【完結】100トンホシノ先輩の規格外な日常 作:ていん?が〜
アリウス自治区、その中枢。かつてアリウスの絶対的支配者と恐れられたベアトリーチェは、今、人生最大の…そして生命の危機すら感じる「不条理」の真っ只中に立ち尽くしていた。
彼女の脳裏には、走馬灯のようにこれまでの人生が駆け巡る。ゲマトリアの一員として、神秘の追求と、暴力と蹂躙による支配の愉悦を謳歌するはずだった。
恐怖で民を跪かせ、絶対的な権威をもって世界を塗り替える――。そのはずだった。
「……なぜ。どうして…こう、なったの…?私は、私はただ、支配を……」
だが、現実はどうだ。目の前には、1ミリも、いや1ナノメートルも理解できない「一般人の皮を被った宇宙人」たちが、自分を勝手に「悲しい過去を持つ可哀想な人」と定義し、陳腐な感動ドラマの配役に引きずり込んだ挙句、強制的にテニスをやらされる羽目になっている。
「さあ、ベアトリーチェさん! 遠慮はいりませんよ。スポーツの喜びで、心の雲を吹き飛ばしましょう!」
ホシノの父親である小鳥遊太陽の声が、審判台に腰掛けた黒服のホイッスルとともに響く。
「クク……。第1マッチ、サービス。小鳥遊太陽様。……マダム、死なない程度に頑張ってください。これは極上のデータになりますから」
黒服がハンディカメラを回す中、太陽が「小鳥遊家特製・超硬化チタン合金ラケット」を構えた。彼が軽く膝を曲げた瞬間、足元の石畳がミシミシと音を立てて粉砕される。
「いきますよ! 必殺、お父さんサーブ!!」
ドガァァァァァン!!!
放たれたのは、もはやテニスボールなどという生易しいものではなかった。音速の壁を幾重にも突き破り、空間そのものを焼き切るようなオレンジ色の流星。
それはベアトリーチェの鼻先を掠め、コートにバウンドすることさえ拒否した。
接地した瞬間に地面を直径数メートルにわたって抉り取り、そのまま凄まじい岩飛沫を撒き散らしながら、アリウスの地層の奥深くへと消えていった。
「うへ〜、お父さん、今日はちょっと気合入りすぎじゃない? ほら、ベアトリーチェさんが腰抜かしちゃってるよ〜」
ホシノがのんびりと歩き出し、ボールが消えた暗黒の大穴に腕を突っ込む。
「よいしょっと。……あ、埋まっちゃってるね。えいっ」
ホシノが軽く腕を振って「土掘り」を始めた瞬間、ズゥゥゥン!! という地鳴りとともに、巨大な岩の塊や瓦礫が、まるで隕石群のようにベアトリーチェの頭上に降り注ぐ。
ベアトリーチェは、逃げ出したかった。絶叫しながらこの場を去りたかった。だが、あまりの「物理的な死」への恐怖による強烈な硬直で、指一本動かすことができない。
15分後、テニスは一方的に(太陽の自打球によるコート消失によって)終了した。
「ふぅ、いい汗をかいた。 ベアトリーチェさんも、顔色が随分と白くなって……感動で言葉も出ないようだね!」
太陽が爽やかに額の汗を拭う。ベアトリーチェは青ざめ、幽霊のような顔で立ち尽くしている。
「お父さん、まだベアトリーチェさんの悲しみは癒えていないみたいですよ。きっと、運動量が足りないんですわ。次はバスケットボールをしましょう!」
ホシノの母親である小鳥遊ツキノの提案に、太陽が「いいね母さん!」と即座に同意する。
黒服がその場で、アリウスの堅牢な外壁を改造した「100トン対応特製ゴールリング」と、中身が超高密度のタングステンで詰まった「100トン対応ボール」を召喚する。
「2on2でいきましょうか。私と母さん、ホシノとベアトリーチェさんのチームです!」
試合開始のホイッスル。しかし、それはバスケットボールではなかった。
ツキノがボールをドリブルしようと床に叩きつけるたびに、地殻変動レベルの震動がアリウスを襲う。
ボールはバウンドせず、叩きつけられるたびに床に蟻地獄のように深いクレーターを作り、めり込んでいく。
そして、ツキノがコートの端から「シュート!」と叫んでボールを放った。
キィィィィィィィィィン!!!
ボールは放物線を描くことさえ放棄し、レーザーのような一直線の光となって空気を切り裂いた。
それは厚さ30センチの超鋼鉄製バックボードを一瞬で貫通し、さらに背後のアリウス大聖堂の塔をぶち抜き、雲を突き抜け、文字通り「夜空の星」となって消えていった。
「……あ。……あぁ……」
ベアトリーチェは、もはや思考することを放棄した。目の前で起きているのはスポーツではない。惑星規模の破壊活動だ。
「次はカルタですよ! 黒服さん、読み上げをお願いしますね」
ツキノが取り出したのは、一枚一枚が厚さ5センチの鉄板で作られた特製カルタだった。
「クク……読み上げましょう。『あ』。――『熱い友情、地獄も天国』」
「うへぇ、これだぁ〜」
ドゴォォォォォォン!!!
読み上げが終わるより早く、ホシノの手が床の札を叩いた。
その衝撃で、アリウスの広大な中庭が真っ二つに割れた。巨大な地割れが発生し、その底から凄まじい上昇気流が吹き荒れる。
ベアトリーチェはその亀裂に飲み込まれかけ、涙目で必死に崩れゆく縁にしがみついた。
その後も、一家の「親切心」という名の暴力は加速していった。
その3. だるまさんがころんだ
太陽が「だるまさんが、ころんだ!」と叫んで振り返るたびに、急停止しようとする100トンのホシノの慣性エネルギーが衝撃波となって全方位に放出された。
そのたびに周囲の建物が「く」の字に曲がり、ベアトリーチェは風圧だけで数十メートル後方まで吹き飛ばされた。
その4. 大縄跳び
太陽とツキノが、戦艦の係留用チェーンを「縄」にして両端を持ち、ぶんぶんと回し始めた。
「さあホシノ、跳びなさい! ベアトリーチェさんも一緒に!」
ホシノが跳ぶ。その着地のたびに震度6級の直下型地震が発生し、アリウスの地下水脈が噴水のように噴き出した。
回されるチェーンが空を切る音は戦闘機のソニックブームそのもので、ベアトリーチェは気圧の変化だけで鼓膜が悲鳴を上げた。
その5. しっぽ取り
ツキノがホシノの腰に「しっぽ」として鋼鉄のワイヤーを巻き付け、太陽とベアトリーチェに追わせる。
ホシノが「捕まえてみてよ〜」と軽く駆け出すだけで、周囲の空間が質量に引きずられて歪み、追いかける太陽の足音でアリウスの地面は耕された畑のようにボロボロになった。
そしてベアトリーチェは逃げるホシノが巻き起こす真空状態に吸い込まれ、地面を転がり続けた。
その6. 相撲
「はっけよい、のこった!」太陽とホシノがぶつかり合った瞬間、二人の間に発生した超高密度の重力干渉により、局地的な無重力空間が発生した。
アリウス宮殿の瓦礫、そしてベアトリーチェは成層圏付近までふわふわと浮き上がり、太陽が「おっと」と彼女の足を掴んで引き戻さなければ、そのまま宇宙の塵になるところだった。
気がつけば、アリウスの空にはどす黒い紫色の夕闇が降りていた。
太陽とツキノ、そしてホシノは、当初の予定――サオリたちを虐めるベアトリーチェへの抗議と話し合い――を、綺麗さっぱり忘れていた。
いや、彼らの脳内では「ベアトリーチェさんと仲良くなって、彼女の心の傷を癒す」という目標に、完全にアップデートされていた。
「いやぁ、今日は本当に楽しかったね、ベアトリーチェさん。貴方の顔、最初よりずっと……まるで干したての布団のように真っ白になってスッキリしたみたいだ」
太陽が満足げに、ボロボロになった自分の服を整えながら微笑む。ベアトリーチェは、もはや自力で立つこともできず、崩れかけた柱の残骸に背を預けて、ガタガタと震えていた。
「ベアトリーチェさん、また明日も遊びに来ますわね。次は卓球なんてどうかしら?」
「うへ〜、おじさんも楽しみだよ。ベアトリーチェさん、また明日ねぇ」
ホシノが軽く手を振る。その「気圧の変化」だけで、ベアトリーチェの背後の壁が粉々に粉砕された。
「それではご機嫌よう、マダム。貴女の『更生』の記録、歴史に残る名画になりましたよ。ククク……」
黒服はカメラを回しながら、不気味な笑みを残して闇に消えていった。
静寂が、アリウスの「跡地」を包み込む。
そこに残されたのは、終末戦争の直後のような惨状と、魂が完全に抜け殻となったベアトリーチェだけだった。
彼女は、ふらふらと、壊れかけの操り人形のようなおぼつかない足取りで歩き始めた。
「(……理解したわ。ようやく理解できた)」
ベアトリーチェの心の中で、冷徹な、そして極めて生存本能に基づいた結論が出された。
あの父親と母親……小鳥遊太陽と小鳥遊ツキノ。彼らは、本気なのだ。
この世界が「善意」と「性善説」で回っていると、心の底から、何ら疑うことなく信じ込んでいる。
だからこそ、どれほど邪悪な相手であろうと「心に傷を負った優しい人」という独自の解釈を押し付け、おせっかいという名の、抗いようのない「暴力的な親切」の渦に他人を叩き落とす。
「(あんなものの近くにいたら、死ぬ。確実に、私は物理的に圧死させられる)」
今日、彼女が生き残ったのは、単なる幸運に過ぎない。
明日、また彼らが「遊び」に来れば、今度こそアリウスという地名そのものが地図から消滅するだろう。
自分が悪事を働けば、あの「善意の化身」たちが、また「悩みを聞きに」嗅ぎ回ってやってくるのだ。
「(逃げなきゃ、今すぐに……このキヴォトスから…あの一家が絶対に手の届かない場所へ……)」
神秘の追求? 暴力による支配?
そんな陳腐な野望は、100トンの質量と、それを「可愛い娘」として育てる狂気的な日常の前では、ただの砂上の楼閣に過ぎなかった。
「……ゲマトリアなんて、もうやめるわ。私は……私は、ただの……誰も私の正体を知らない、静かな場所へ……」
ベアトリーチェは、一度も後ろを振り返ることなく、半壊した宮殿を後にした。
ふらつく足取りで、地平線の彼方へ。二度と、このキヴォトスの地を踏むことはないと誓って。
翌日、午後13時。
昨日の約束と全く同じ時間。小鳥遊太陽とツキノは、予告通りに「卓球ラケット」と「予備のピンポン玉(超高密度仕様)」を携えてアリウスへとやってきた。案内役の黒服も、新しい記録用ストレージを抱えてニヤニヤと笑っている。
だが、彼らが到着したアリウス宮殿の広場に、待ち構える「支配者」の姿はなかった。
「あれ?ベアトリーチェさん、いないねぇ」
ホシノがドシンドシンと歩き回りながら首を傾げる。広場には、ただ数十人のアリウス生徒たちが、昨日破壊された石畳や崩れた壁の周りで、魂が抜けたような顔をして立ち尽くしていた。
彼女たちは、自分たちが崇拝し、あるいは恐れていた絶対的な支配者が、昨日たった一日の「レクリエーション」で完全に精神を折られ、夜逃げ同然に姿を消したという事実を、まだ咀嚼できずにいた。
「あらあら、お出かけかしら?残念ね。お父さん、せっかくダブルスの練習してきたのに」
「そうだね、母さん。でも、あの子たち……なんだかとても困っているみたいだ」
太陽が丸眼鏡の奥の目を優しく細め、呆然と座り込んでいるアリウス生徒に歩み寄った。
「こんにちは。君たちの親御さん……ベアトリーチェさんはどこへ行ったか知っているかな? ……おや、お腹が空いているのかい? よし、おじさんたちが買ってきた羊羹、みんなで食べようか」
キヴォトス最恐の火種であったアリウスの支配は、一組のあまりにも親切で、あまりにもパワフルな「一般家庭」の家庭訪問によって、跡形もなく消滅した。
生徒たちが震える手で羊羹を受け取る中、アリウスの空は、かつてないほどに晴れ渡っていた。
【おじさんの「重い」お悩み相談】
うへ〜、読み進めてくれてありがとう。おじさん、嬉しいよ。
でも、まだまだおじさんの『密度』が足りないみたいなんだよねぇ。
「この子と遊んでほしい!」とか「こんな地響きが見たい!」っていうリクエスト、感想欄に置いていってくれないかな?
全部に応えるのはちょっと肩(100トン)が凝っちゃうけど、おじさんの琴線……いや、質量に触れたものは、全力の衝撃波を乗せて形にするよ。
あ、そうそう。評価とかお気に入りとか……そういう『応援の重み』を貰えると、おじさんの筆……じゃなくて質量がもっともっと増えて、さらに凄い地響きが書ける気がするんだ。
みんなの『重すぎる愛(リクエストや評価)』、待ってるね〜。