【完結】100トンホシノ先輩の規格外な日常   作:ていん?が〜

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アリウス編完結です。


第20話:おじさんの母校は、深淵の落とし子たちを光へ導く

 キヴォトスのどこか、座標すら定かではない特異空間。そこには、世界の理を解釈し、神秘を弄ぶ謎の組織「ゲマトリア」の構成員たちが集う拠点がある。

 

 普段ならば冷徹な知性と、どこか超越的な静寂が支配するはずのその円卓。しかし今日、そこに漂っているのは、言葉にしがたい困惑と、煮えたぎるような苛立ちだった。

 

 円卓を囲むのは、四人の異形。

 

 タキシードを纏った双頭のマネキン、マエストロ。

 

 首のないコート姿の怪人デカルコマニーと、彼が持つ額縁の中に潜む紳士、ゴルコンダ。

 

 そして、一切の動揺を見せず、無機質な表情でティーカップを弄ぶ黒服である。

 

「……はぁ。理解に苦しむ、とはまさにこのことですね」

 

 沈黙を破ったのは、額縁の中のゴルコンダだった。その声には隠しきれない疲労の色が混じっている。

 

「今回お集まりいただいたのは、他でもありません。二日前、我々の同僚であるベアトリーチェが、突如として失踪……いえ、逃亡した件についてです。……デカルコマニー、あれを」

 

「そういうこった!」

 

 デカルコマニーが叫びながら取り出した端末から、ホログラムのメッセージが空間に浮かび上がった。それは、ベアトリーチェが残した最後の通信記録だ。

 

 

『ゲマトリアを脱退します。探さないでください。もう嫌。あんな「普通」の皮を被った理不尽、二度と御免です。私は重力も善意も届かない、誰も私の名前を知らない静かな土地で余生を過ごします。さようなら。……あと、お土産の羊羹は置いていきました。重すぎて動かせないので』

 

 

「……見ての通りです。音信不通。拠点も引き払われ、彼女の私物すらほとんど残っていない。組織の重鎮が、たった一日の『何か』で精神を完膚なきまでに叩き折られ、隠居を決意するなど前代未聞ですよ。……さて、黒服。貴方、心当たりがあるのではないですか?」

 

 ゴルコンダが冷ややかな視線を向ける。黒服は、出涸らしのような色の紅茶を一口啜り、わざとらしく小首を傾げた。

 

「おやおや。なんのことやら。私はただ、親愛なる友人をマダムの元へと案内したに過ぎませんのに…。まさか彼女がこれほどまでに繊細な感性の持ち主だったとは、私としても計算外の事態でしたがね」

 

「白々しい! アリウスの監視記録は途切れていますが、貴方が何らかの『凶行』を主導、あるいは傍観していたのは明白です! 止めるどころか進んでその場に居合わせてたくせに無関係を装うとは、図々しいにもほどが――ゲホッ! ゴホッ、ゲハッ!!」

 

 怒鳴りすぎたせいか、ゴルコンダが勢いよくむせ返った。額縁の中の彼は苦しげに喉を押さえ、隣の相棒に助けを求める。

 

「デカルコマニー……紅茶だ。紅茶を飲ませてくれ……。喉が、喉が焼けるようだ……」

 

「そういうこった!」

 

 デカルコマニーは威勢よく応じると、黒服の前のティーポットをひっ掴んだ。

 しかし、彼は「額縁の中の非実在の人物」にどうやって液体を流し込めばいいのか、その手順を一切理解していなかった。

 

 

「そういうこったあああああ!!!!」

 

 バッシャァァァァァァ!!!

 

 

 デカルコマニーは、ゴルコンダが写っている額縁の正面から、熱々の紅茶を景気よくぶっかけた。

 

「アッ!? 熱ッ、熱い熱い熱い!! な、何をするんだこの野郎!! 飲ませろと言ったのに、なぜ正面からぶっかける!? 額縁の隙間から染み込んで、熱湯が直接肌に――あああ、熱い!! 誰かタオルを、非実在でも拭けるタオルを持ってこい!!」

 

 あまりの仕打ちに、紳士の仮面をかなぐり捨てたゴルコンダが額縁の中で跳ね回る。滴る紅茶を拭う術もなく、彼はさらに黒服に向かって吠えた。

 

「というかこの紅茶、味がしねえじゃねえか!! 貴様、また使い古しのティーパックを10回くらい使い回して淹れたな!? 客にこんな泥水以下の出涸らしを出すな、このMr.●ーム&ウ●ッチが!!」

 

「おやおや、失礼。研究費を捻出するために、私生活のコストは極限まで削っていますから。資源の有効活用ですよ」

 

「そういう活用は自分だけでやれ、クソが!!」

 

 キレ散らかす同僚を見て、それまで彫像のように黙っていたマエストロが、不協和音を立てて首を軋ませた。

 

「……ふむ。ゴルコンダよ。貴様も十分、黒いではないか。外面も内面も、そしてその滴る紅茶の汚れも…。クク……なんと滑稽な舞台装置だ」

 

「揚げ足を取るなクソマネキン! 私の話を聞け! ……ああ、もう、ろくなことがない。最近は日常生活からして最悪なんだ。昨日だって、家の鍵を側溝のわずかな隙間に落としてしまった…!非実在の鍵を実在の側溝から拾い上げるのがどれほどの手間か、貴様にわかるか!? それだけじゃない、計画は一向に進まず、ベアトリーチェは逃亡し、私の自信作であるヘイロー破壊爆弾も、彼女が勝手に持ち出したきりデータの一つも送られてこない。このストレス、どこにぶつければいいんだ!」

 

 ゴルコンダの愚痴は崩壊したダムの濁流のように止まらない。

 そんな相方の荒ぶりを気にすることなく、デカルコマニーは「そういうこった!」と叫びながら、今度は自分の首があるべきはずの空洞へ、残りの紅茶をザバーと流し入れた。

 もちろん、受け皿がないのでそのままコートの裏地へと消えていく。

 

「……おお、見事。見事なる不条理劇よ!」

 

 マエストロが突如、興奮を抑えきれずにテーブルの上に飛び乗った。彼は芝居がかった身振り手振りで、ミュージカルの役者のように激しく踊り始める。

 

「たった1日の空白によって、我々の築き上げた『神秘』が塗りつぶされたのだ! これこそが至高のアート! 私を導くインスピレーションの源泉よ!」

 

 マエストロがテーブルの上でステップを踏むたびに、マネキンの関節が「ギィ、ギィ」と耳障りな音を奏でる。その騒乱の中、黒服はスッと立ち上がった。

 

「さて。私は昨日から、新しい契約と再編の支援で忙しくなっています。議論が済んだのなら、これで失礼しますよ」

 

 黒服は一礼すると、影の中に溶け込むように消えていった。

 

 

 

 30分後。

 

 マエストロの踊りは、さらに激しさを増していた。彼はテーブルから勢いよく飛び降りると、ステップの動きに合わせて周りの椅子を蹴り飛ばし、棚をなぎ倒し、家具を次々と破壊していく。

 

「芸術だ! すべてを破壊し、再構築するのだ!!」

 

「……おい。……黒服の奴、いつの間にか居なくなってないか?」

 

「そういうこった!」

 

「誰か引き止めろよバカ!! まだ話は終わってないんだぞ!!」

 

 ゴルコンダの絶叫が、破壊されていく拠点に虚しく響き渡った。

 

 

 

 

 場面は変わり、キヴォトスのとある一角。

 

 快晴の空の下、アビドス生徒会の面々が、新しく整備された巨大な施設へと向かっていた。

 

 ドォォォォォン……ドォォォォォン……

 

「うへ〜、お腹空いたねぇ。おじさん、テニスとかバスケとか久しぶりにスポーツしたもんだから、まだ体が重いよ〜」

 

 ホシノがいつものように、一歩ごとに大地を震わせながら歩く。

 その後ろを歩くアヤネとセリカは、先ほどホシノから聞いた「二日間の出来事」を反芻し、理解を拒む脳を必死に動かしていた。

 

「……ホシノ先輩。もう一度だけ聞きます。本当に、ベアトリーチェさんとスポーツをして仲良くなっただけなんですね? 何か別の、もっと深刻な……例えば組織の解体とか、そういうことは……」

 

「してないよ〜。お父さんとお母さんも『良い子たちだね』って言ってたし、羊羹も渡したし。ベアトリーチェさんも、最後の方は感動のあまり真っ白になって震えてたから、きっと伝わったんだと思うんだよねぇ」

 

「伝わったっていうか、恐怖で真っ白になったの間違いじゃないかしら……」

 

 セリカがこめかみを押さえる。隣でノノミは「ほわぁ〜、ホシノ先輩、またお友達が増えたんですね! 素敵です〜☆」とパチパチ拍手している。

 シロコは自慢げにマフラーを直し、

 

「ん。さすがホシノ先輩。……スポーツで、心の壁を物理的に粉砕。……合理的。……次は、ラグビーで他の自治区も親善。……ん、準備する」

 

 と、恐ろしい計画を呟いていた。

 

 

 

 

 

 やがて、彼女たちはある広い施設のホールの入り口に辿り着いた。そこには、どこか緊張した面持ちの千人の少女たちが静かに集まっていた。

 

「……あ。ホシノさんだ」

 

 ザワザワとした声が広がる中、ホシノは慣れない壇上へと、ドシンドシンと重厚な音を立てて登っていった。

 彼女はマイクの前に立つと、少しだけ照れくさそうに頭をかき、いつもの、のほほんとした声を響かせた。

 

「うへ〜、みんな集まってくれてありがとう。……えー、堅苦しい挨拶は苦手なんだけど。とりあえず、今日からここは――『アビドス高等学校・アリウス分校』として再出発することになったよ」

 

 ホシノが笑顔で手を振る。

 

「支配する人も、虐める人も、もうここにはいないから。みんな、今日からはアビドスの仲間だよ。……おじさんたちと一緒に、楽しくやっていこうね〜。よろしくね!」

 

 その言葉を最前列で聞いていたのは、サオリ、アツコ、ミサキ、ヒヨリの四人だった。

 彼女たちが着ているのは、アリウスの冷たい戦闘服ではない。アビドスの、青く清々しい制服だ。

 

「……サッちゃん。聞こえた? 私たち、もう自由なんだね」

 

 アツコが春の陽光のような微笑みを浮かべる。サオリも、かつての鋭い眼光を和らげ、静かに頷いた。

 

「……ああ。……姫。ここが、私たちの新しい居場所だ」

 

 ミサキは、どこか吹っ切れたような表情で天井を見上げ、ヒヨリに至っては「アビドスの購買部のパン……とってもふわふわで温かいですぅぅ……! 不幸じゃないです、こんなに胃袋が満たされるなんて、生まれてきて良かったですぅぅ……!」と、既に歓迎会のパンを頬張って泣き笑いしていた。

 

 

 ここはアリウス自治区、アビドス高等学校・アリウス分校。

 

 かつて支配と絶望が渦巻いたこの地は、一組の規格外な家族と、100トンの少女がもたらした「日常」の嵐によって、今や生徒たちの笑顔が咲き誇る学校へと生まれ変わったのだ。




【おじさんの「重い」お悩み相談】

 うへ〜、読み進めてくれてありがとう。おじさん、嬉しいよ。
でも、まだまだおじさんの『密度』が足りないみたいなんだよねぇ。

「この子と遊んでほしい!」とか「こんな地響きが見たい!」っていうリクエスト、感想欄に置いていってくれないかな?

 全部に応えるのはちょっと肩(100トン)が凝っちゃうけど、おじさんの琴線……いや、質量に触れたものは、全力の衝撃波を乗せて形にするよ。

 あ、そうそう。評価とかお気に入りとか……そういう『応援の重み』を貰えると、おじさんの筆……じゃなくて質量がもっともっと増えて、さらに凄い地響きが書ける気がするんだ。

 みんなの『重すぎる愛(リクエストや評価)』、待ってるね〜。
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