【完結】100トンホシノ先輩の規格外な日常   作:ていん?が〜

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他作品の「鏡合わせのアル、あるいは透き通った陸八魔」と同じ世界です。
ミライに何があったかについては、アルの作品の14〜17話にて書いていますので、興味を持っていただけると幸いです。


第21話:おじさんの縄張りは、資本主義の涙に濡れる

 かつて、この場所は「地獄」の代名詞だった。

 

 キヴォトスのどの地図からも抹消され、深いカタコンベの先に隠匿されたアリウス自治区。

 そこは、崩れかけの石造りの校舎と、砲弾の痕が無数に刻まれた瓦礫の山、そして「vanitas vanitatum et omnia vanitas(全ては虚しい。どこまで行こうとも全ては虚しいものだ)」という呪詛のような教義だけが支配する、死んだ街だった。

 

 しかし、たった一週間。

 

 常識を物理的に置き去りにしたような超短期間で、その光景は一変した。

 

 瓦礫は全て撤去され、最新のナノコンポジット素材を用いた超高層ビルが空を突き刺すように建ち並んでいる。

 街の街路樹は、一年中枯れることのない人工知能制御のホログラム・サクラが舞い、路面はホシノの歩行にも耐えうる衝撃吸収型の特殊ポリマーで舗装されている。

 

 並んでいる店も、これまでのアリウスでは考えられないほど豪華だ。ミレニアムの最新ガジェットを取り扱う直営店、トリニティ御用達の高級スイーツパラダイス、さらには「柴関ラーメン・アリウス分校前店」までが軒を連ねている。

 その景観は、もはやミレニアムサイエンススクールの中心街をも凌駕する「未来都市」そのものだった。

 

 そして、この街の生命線とも言えるのが、アビドス本校とアリウス分校を直結する「超高速リニアモーターカー」である。

 最新の慣性制御装置――アビドスの黒いスーツを着た謎のスポンサーが設計に関与したと噂される「G無効化エンジン」――を搭載したこの列車は、数百キロの距離をわずか5分で駆け抜ける。

 時速数千キロの世界でありながら、乗客が感じるGは皆無。コーヒーカップの波紋一つ揺れることなく、目的地に到着することができるのだ。

 

 

 

「……ククク。とにもかくにも、ここはキヴォトスにおいて発展途上であるとともにビジネスのブルーオーシャンですね。私の嗅覚に狂いはありません」

 

 

 鼻眼鏡をクイと押し上げ、不気味なほどに目を輝かせている少女が一人。ミレニアムサイエンススクールの元疑似科学部部長、吾妻ミライである。

 彼女は新設されたばかりの「リニア・アリウス中央駅」のコンコースで、行き交う観光客や新しい制服に身を包んだ生徒たちを眺めながら、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「ヨヨヨ……。ここに来るまで、本当に、本当に辛い道のりでした。あの憎き陸八魔アル。ああ、思い出すだけでも血圧が上がります。ギャンブルクルーズで3億を搾り取るはずが、あの赤髪のイカサマで薔薇色の未来がなくなっただけでなくバイト代すら貰い損ねました…。あぁ…!なんと、悲劇的なことでしょう……!!」

 

 ミライは往来のど真ん中で、顔芸をフル活用しながらさめざめと泣く演技を披露した。

 

「……何、あの鼻眼鏡の子」

 

「観光客かな。でも往来で自分語りなんてちょっと頭が可哀想な子だね」

 

 周囲の観光客たちが、冷ややかな、あるいは哀れむような視線を投げかける。ミライは瞬時にその視線に気づき、ケロッとした顔で作法正しく頭を下げた。

 

「……失礼しました。感情の揺らぎは、健康な疑似科学的ライフスタイルには不要です。おほほ……」

 

 赤くなった顔を隠すように、彼女は足早にその場を去り、街の路地裏へと滑り込んだ。

 

 

 

「さて……感傷に浸っている暇はありません。失った3000万のボーナスは、このアリウスの地で10倍にして回収します」

 

 

 

 ミライは裏路地の角で、アビドスの制服を着た元アリウス生徒の少女に目をつけた。彼女はかつての兵士としての癖か、無意識に周囲を警戒しながら歩いている。

 

ミライは背後から忍び寄り、声をかけた。

 

「そこのお嬢さん、ちょっとよろしいでしょうか?」

 

「……ッ!?」

 

 生徒は即座に反応した。腰のホルスターから銃を引き抜き、流れるような動作でミライの眉間に銃口を突きつける。流石はアリウス育ち、初動に一切の迷いがない。

 

「ひいいっ!? 待った! ストップです。暴力は資本主義の観点においてエネルギーの無駄遣いです!私は怪しい者ではありません。ただの、貴女たちの『信仰心』を形にするお手伝いに来た、しがない慈善事業家です」

 

「……何? 慈善事業……?」

 

 生徒は銃を下ろさない。ミライは冷や汗を流しながらも、素早く鞄から「商品」を取り出した。

 

「見てください。これこそが、貴女たちを地獄から救い出した救世主……『100トンホシノ様』の特製御利益グッズです」

 

 ミライが取り出したのは、ピンク色の髪を模した極太の繊維で編まれた「100トン耐荷重・開運ブレスレット(ゲルマニウム&タングステン配合)」や、ホシノが寝返りを打った瞬間の地響きを録音したという「安眠誘導・重力振動スピーカー」、そして彼女の質量を1/1000スケールで再現した(という設定の)「真鍮製・超高密度文鎮」などだ。

 

「これ……ホシノさんの?」

 

 生徒の目が、一瞬で変わった。彼女たちにとって、自分たちをベアトリーチェの圧政から救い出したホシノは、もはや生き神様も同然である。

 

「ええ、そうです。これを身につければ、貴女たちのヘイローも100トンの重圧に耐えうる強靭なものになります。今なら特別価格、たったの5000クレジット。5000クレジットでホシノ様の『重み』を共有できるのですよ」

 

「……買う。これを二つ。……いや、三つ。仲間の分も必要だ」

 

「あ、私にも! 私もホシノさんの文鎮をください! 毎日枕元に置いて祈ります!」

 

 いつの間にか、他の生徒たちも集まってきていた。彼女たちはアビドス分校設立の際に「当面の生活支援金」として支給されたばかりの札束を、惜しげもなくミライの手元に積み上げた。

 

「まいどあり。貴女たちの未来はこれで安泰です!」

 

 ルンルン気分で去っていく生徒たちを見送り、ミライは確信した。

 

「(ギャハハハハ!! ちょろすぎる…!ちょろすぎますっ!!カモの街です、ここは!やっぱり慣れないバイトなんてするものではありません。商売こそが私の肌に合っています。ビバ! 資本主義!!)」

 

 

 ミライはその後も、街の各所で様々なホシノグッズを売り捌いていった。

 

 「ホシノ様の寝息入り缶詰(空気が100トンの圧力で圧縮されているという設定)」や「ピンク髪育成ヘアトニック」など、荒唐無稽な商品が飛ぶように売れていく。

 

「おほほ! 見てください、この膨らみきった財布を! 疑似科学の勝利、いえ、私の執念の勝利です! 商品の開発費用なんて端金(はしたがね)に思えるほど、自分へのご褒美に回す資金が有り余っていますわ! さあ、今すぐこの街で一番高い、あの宝石のような高級スイーツショップに向かいましょう! 砂糖とバターという名の、資本主義の結晶を存分に味わうのです!」

 

 ミライはパンパンに膨らみ、もはや閉じることができなくなった財布を高く掲げ、勝ち誇った顔で哄笑した。

 鼻眼鏡がその激しい動きに耐えきれずズレ落ち、素顔の端正な美貌が露わになっているが、今の彼女にそれを気にする余裕はない。

 

 その足取りは、まるで雲の上を歩くかのように軽く、そして何より傲慢だった。一歩踏み出すたびに、脳内では高級ケーキの層が重なり、贅沢なクリームの香りが広がる。

 彼女の瞳には、目の前の現実の路地裏ではなく、まばゆい照明に照らされたショーケースの中の、一切れ数千円は下らないガトーショコラが映し出されていた。

 

「これぞ、労働の後の悦楽……! 疑似科学万歳、アリウスの信仰心万歳です!」

 

 スキップを交えながら高級スイーツショップへと向かうミライ。

 

 

 

 

 だが、その背後に、音もなく影が落ちた。

 

 

「……見つけた」

 

「え……?」

 

 ミライの言葉が漏れるより早く、後頭部に冷たい金属の感触が押し付けられた。

 

「……アビドス高等学校アリウス分校、生徒会会計、戒野ミサキ。……この街で、私たちの仲間相手に詐欺を働くなんて、舐めたマネしてくれるね」

 

 凍てつくような、感情の欠落した声。ミライが震えながら横を向くと、そこにはいつの間にか、ゾロゾロとゆっくり集まってきた元アリウスの生徒たちがいた。

 彼女たちは全員が銃を構え、その目はかつてのアリウス兵としての「光のない殺意」を宿していた。

 

「あ、あらぁ? ミサキさん。これは誤解です。これは疑似科学に基づいた正当な……」

 

「……その鼻眼鏡、叩き割られたい? あんた、キヴォトス中でお尋ね者になってる吾妻ミライだろ」

 

 ミサキの銃口が、ミライのこめかみに強く押し付けられる。ミライは逃げようと足掻くが、即座にミサキに組み伏せられ、地面に顔を押し付けられた。

 

「ま、待ってください! 私を誰だと思っているのですか! ミレニアムの擬似科学部の元部長ですよ!? 正当な手続きを踏んでヴァルキューレに引き渡しなさい! こんな路地裏で勝手な真似をしていいはずがありません!!」

 

 必死に喚き散らすミライを、ミサキは感情の失せた瞳で見下ろした。その周囲を囲む生徒たちの殺気は、湿った重圧となって路地裏を支配する。

 

「……ヴァルキューレ? 呼ばないよ。アンタがここで消えても、誰も気づきやしない。アリウスの土壌は、不純物を飲み込むのが得意なんだ。あんたみたいな小悪党一人がいなくなったところで、世界は何も変わらない。……ねえ、まずはその汚い口を塞いでから、どこの埋立地に放り込むか相談しようか」

 

「ひいぃぃん! 命だけは! 命だけはご勘弁をぉぉ!! 資本主義の神様、助けてください!!」

 

 ミライがなりふり構わず、泥だらけの地面の上でジタバタと暴れ、惨めに命乞いをしていた、その瞬間。

 

 

 ドォォォォォン……!!!

 

 

 はるか遠く、しかし確実に大気を震わせて、心臓を直接巨人の手で握りつぶされるような凄まじい振動と重低音が響き渡った。

 

 衝撃は波状的に伝わり、路地の壁に立てかけられた空き缶が激しく音を立て、水たまりが同心円状に激しく波打つ。

 その「音」と「震え」を感じた瞬間、先ほどまでミライを処分しようと冷酷な殺気を放っていた元アリウスの生徒たちが、雷に打たれたようにピタッと動きを止めた。

 

 

「……来た」

 

 一人の生徒が、祈るように呟いた。

 

 

「ホシノさんだ。ホシノさんがパトロールに来てくれた」

 

「ああ……この振動、この圧倒的な重力。今日も一歩ごとに地盤が4センチ沈み込んでいる。なんて尊い重力なの……」

 

「この空気の震えこそが救済……ホシノ様、今日もお美しい……!」

 

 生徒たちは口々に歓声を上げ、さっきまで獲物を狙う獣のようだった表情を、神を仰ぐ聖職者のような陶酔へと変え、恭しく武器を下げて道を開けた。

 

 

 ドォォォォォン……ドォォォォォン……!!

 

 

 ゆっくりと、しかし確実に。一歩一歩がキヴォトスの理を書き換えるような、不可避の衝撃がミライに近づいてくる。

 

 地面から伝わる物理的な圧力が、ミライの脊髄を、細胞を、そして魂を震わせる。

 生存本能が、目前に迫る「不可抗力の質量」に対して最大級の、絶望的なまでの警報を鳴らした。

 

 

「あ……あぅ……。……ひ、ひゃん……っ」

 

 

 あまりの恐怖と重圧に、ミライは白目を剥き、口から泡を吹いてその場にバタリと倒れ込んだ。

 それはもはや恐怖という感情ですらなく、精神が絶対的な物理法則の前に屈服し、シャットダウンを選択した瞬間だった。

 

「……怖がらせすぎだよ、会長」

 

 視認できる距離まで来たピンク髪の少女、ホシノ。彼女はその手に、串に刺さった巨大なエビフライを持ち、それを頬張りながらのんびりと現れた。

 

「うへ〜? ミサキちゃん、何やってるの? そこで寝てる鼻眼鏡の人は……お友達?」

 

「……いや、詐欺師。あんたの名前を使って、仲間にガラクタを売り捌いてた。……処遇はどうする? 特に何もないなら、私たちに任せて欲しいんだけど。アリウス流の『処理』をするからさ」

 

 ミサキが冷たく問う。ホシノは「う〜ん」と首を傾げ、最後の一口のエビフライを飲み込んだ。

 

「うへぇ〜、そんな物騒なこと言わないでよぉ〜…。……あっ、そうだ。いいこと思いついた」

 

 

 

 

 

 数時間後。アリウス分校の新設された資材置き場。

 

「ひぃ〜ん!!重いですぅ!!この鋼鉄の資材、疑似科学的に見て重量過多です!!」

 

 そこには、アリウスの生徒たちに四方から銃口を向けられながら、涙目で巨大な鋼鉄の梁を運ぶミライの姿があった。

 

「……おい、手が止まってるぞ。次はあの排水溝のヘドロ掃除だ。一滴も残さず綺麗にしろ」

 

「サボったら、さっき売ってた『ホシノ様の文鎮』を、胃の中に10個ほど強制的に返品してやるから、覚悟しな」

 

 元アリウス生徒たちの、あまりにも執着が極限に達した、逃げ場なき監視。

 

「資本主義……資本主義はどこへ行ったのですかぁぁ!!」

 

 ミライの絶叫が、発展を続けるアリウスの空に虚しく響き渡った。




【おじさんの「重い」お悩み相談】

 うへ〜、読み進めてくれてありがとう。おじさん、嬉しいよ。
でも、まだまだおじさんの『密度』が足りないみたいなんだよねぇ。

「この子と遊んでほしい!」とか「こんな地響きが見たい!」っていうリクエスト、感想欄に置いていってくれないかな?

 全部に応えるのはちょっと肩(100トン)が凝っちゃうけど、おじさんの琴線……いや、質量に触れたものは、全力の衝撃波を乗せて形にするよ。

 あ、そうそう。評価とかお気に入りとか……そういう『応援の重み』を貰えると、おじさんの筆……じゃなくて質量がもっともっと増えて、さらに凄い地響きが書ける気がするんだ。

 みんなの『重すぎる愛(リクエストや評価)』、待ってるね〜。
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