【完結】100トンホシノ先輩の規格外な日常   作:ていん?が〜

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第22話:おじさんのお尻は、勇者の伝説を切り裂く

「アリス、止まってくださいいいいぃ!!!!」

 

 絶叫、いや魂の削り出しのような悲鳴が、どこまでも続くアビドス砂漠の熱気に響き渡った。

 

 声の主はケイ。かつて「名もなき神々の王女」を導く冷徹なAIだった彼女は、いまや実体化し、アリスの服の裾を指が白くなるほど握りしめていた。

 正確には、猛烈な速度で砂上を爆走するアリスに引きずられ、凧のように宙を舞っている。

 

「アリスは止まりません! ここは最短ルート、いわゆる『ショートカット』です! 効率的な移動は勇者の嗜みなのです!」

 

 アリスは満面の笑顔で、100キロを超える巨大なレールガン『スーパーノヴァ』を背負っているとは思えない軽やかさで砂の上を爆走する。

 彼女が一歩踏みしめるたびに、アビドスの砂漠には巨大なクレーターが刻まれ、その余波で巻き上げられた砂塵が、後方のケイに容赦なく、かつ物理的な質量を伴って叩きつけられていた。

 

「ぺっ、ぺっ! 砂が……口の中に……! 勇者の嗜みに随行者の安全管理は含まれないのですか!? 演算上、私の表面摩耗率が無視できないレベルに達しています!」

 

 その時、前方の砂が津波のように盛り上がり、アビドスの守護神とも、あるいは移動する自然災害とも呼ばれる超巨大自動機械『ビナー』が姿を現した。

 蛇と鯨を合わせたような鋼鉄の巨躯が、太陽の光を反射してぎらつかせながら咆哮を上げる。侵入者であるアリスを排除せんと、その巨体をうねらせて襲いかかってきた。

 

「ぎゃあああああ!!!! ビナーです! 預言者の一角です! !レベルが違いすぎます、逃げてぇぇぇ!!」

 

 ケイが白目を剥いて叫んだ瞬間、アリスは速度を落とすどころか、さらに加速した。瞳を輝かせ、レールガンの銃身をあえて構えず、体当たりを敢行しようとする。

 

「勇者に逃走の選択肢はありません! 物理演算による接触判定を行います! 当たれば勝ちです!」

 

 

 ドゴォォォォォン!!!

 

 

 すれ違いざまの接触。ただそれだけで、数千トンはあるはずのビナーの鋼鉄の巨体が、まるでデコピンを食らった空き缶のように軽々と天高くぶっ飛ばされた。

 キヴォトスの空の彼方、キラリと光る星となったビナーを見送ることもせず、アリスは土煙を上げながら直進を続ける。

 

「……星になりました。アビドスの象徴が、一撃でログアウトしました……」

 

 

 絶望で賢者モードに入ったケイをなびかせながら、アリスはアビドス高等学校の校門を視認した。

 

「たのもーー!! 勇者アリス、パーティーに合流です!」

 

 アリスは勢いを殺さず校門を突破し、校庭を横切り、校舎の廊下へと突入した。そのあまりの質量移動に、廊下ですれ違うアビドス生徒たちが木の葉のように吹き飛ばされる。

 

「わわっ!? なに、今の突風!?」

 

「今、青色の光速移動体が見えたんだけど……」

 

「ひえぇ、校舎が揺れてる! 地震!? それともホシノ先輩が走ってるの!?」

 

 生徒たちの悲鳴を背に、ケイが空中で必死に頭を下げながら謝罪を振りまく。

 

「ごめんなさい! すみません! 勇者が猪突猛進で申し訳ありません! 修繕費はミレニアムに請求してください!」

 

 

 アリスは生徒会室の前に到達すると、減速することなく扉をバァン!! と景気よく蹴り開けた。

 

 生徒会室内には、独特の緊張感と弛緩が混ざり合っていた。

 

「うへぇ? アリスちゃん? なんだか随分と元気な登場だねぇ」

 

 ソファーでのんびりとクジラのぬいぐるみを抱いていた本校生徒会長のホシノが顔を上げる。

 その横では、侵入者の気配を察知したシロコが「……侵入者。制圧、および強奪する」と無表情に銃を構えていた。

 

「待って、シロコ先輩! 落ち着いてください!」

 

「そうですよ、アリスちゃんだから大丈夫ですってば! 銃を下ろしてください!」

 

 アヤネとセリカが左右からシロコを必死になだめる。

 そして部屋の隅では、アリウス分校の運営相談に来ていたサオリが、ノノミから書類を受け取っているところだった。

 

「ノノミ、私以外のアポイントメントはあったか? この騒がしさは、分校の治安維持計画に致命的な欠陥がある証拠だが」

 

 サオリが眉をひそめて問う。ノノミはホワホワと笑いながら、紅茶を注ぎ足した。

 

「いえ、今日のアポイントはサオリさんだけですよ〜。でも、ミレニアムのゲーム開発部さんから『近々、最新のゲームを直接届けに行く』という連絡は受けていました。……どうやら、今がその時みたいですね」

 

「お待たせしました! ホシノの圧倒的な質量にも耐えうる、最強の『ホシノ専用ゲーム機』がついに完成したのです! 今日こそ、ホシノと決闘(デュエル)です!」

 

 アリスが自信満々に胸を張る。その隣で、ようやく地面に着地したケイが「突然の不法侵入、心よりお詫び申し上げます。移動中のGにより、私の内部クロックが数秒狂いました……」と深々と頭を下げていた。

 

「うへぇ〜、おじさんまだお昼寝の気分なんだけどなぁ〜」

 

 ホシノがのっそりとソファーから立ち上がった。その瞬間、ズゥゥゥン!! と校舎全体が数センチ沈み込み、窓ガラスが「ビリビリ」と悲鳴を上げる。

 

 その時、アリスたちの後ろから「ねぇねぇ、何してるの〜?」と、パジャマの上にエプロンを羽織ったユメがひょっこり現れた。

 

「ッ!ユメ姐さん!! 」

 

 サオリが、先ほどまでの冷徹なリーダーの顔をかなぐり捨て、母親を見つけた子供のように顔を輝かせた。

 尻尾があれば千切れんばかりに振っているに違いないその豹変ぶりに、セリカたちが「相変わらずのユメ先輩大好きっ子ね……」と苦笑する。

 

 その視線に気づいたサオリは顔を赤くしつつもコホンと咳払いをして誤魔化す。

 

「あ〜…ところで姫、また姐さんに引っ付いてるのか?」

 

 サオリの視線がユメの背中に向けられる。そこには、ユメの背中に蝉のようにがっしりと引っ付き、足をユメの腰に回して完璧にホールドしているアリウス分校副会長、秤アツコの姿があった。

 

「ユメ姐さんが困っているだろう。早く離れろ、アツコ。それに、また仕事をサボって……スバルがまた顔を真っ赤にして怒鳴り散らしていたぞ」

 

 サオリの注意に、アツコはユメの肩に顔を埋めながら、ブー垂れながら文句を言う。

 

「やーだもん! お姉ちゃんと一緒にいたいんだもん! お仕事なんて、スバルが全部やればいいんだもん!」

 

 お姫様モード全開の拒否。ユメは「いいのいいの、アツコちゃんは温かくて気持ちいいしね〜。サオリちゃんも、後でお茶しようね」と、文字通り仏のような慈愛で全てを受け流していた。

 

「ところでアヤネちゃん、この子たちは何しに来たの?」

 

 ユメが尋ねると、アヤネが「ゲーム対決だそうです」と説明した。ユメは二つ返事で「いいよ〜! ホシノちゃん、勝負受けてあげなよ!」と勝手に了承。

 

「え〜、おじさん眠いんだけど……。ゲームなんて目が疲れちゃうよ〜」

 

 ホシノが抗議しようとしたが、ユメが「勝ったら特大エビフライ、揚げたての最高なやつを山盛りにしちゃうぞ〜」と言うと、ホシノの目が一瞬で見開かれた。

 

「……勇者の挑戦、おじさんが受けて立とう。逃げることは許されないよ」

 

 エビフライに釣られてあっさり懐柔されたホシノ。それを見たアリスは心の中で、完璧な勝利を確信してほくそ笑んだ。

 

「(ふふふ、この日のためにエンジニア部に頼んで、ホシノさんの動きを完全に封じる特製ソフトを用意したのです。万に一つも、ホシノさんの勝ちはあり得ません!」

 

「アリス、全部声に出てますよ…」

 

 ケイの鋭いツッコミを無視し、一行は校庭へと移動した。

 

 

 

 

 

 アビドス校庭。

 

 全校生徒が安全距離(半径50メートル)を保ちながら、固唾を呑んで見守っている。

 生徒会メンバー、ケイ、サオリ、ユメ、そしてユメにガッチリとくっついたままのアツコゼミも、観客席に並んでいた。

 

 アリスが持ってきた「最新ゲーム機」は、全身の関節に装着するモーションセンサー型だった。

 

「これはゲーム開発部のアイデアと、エンジニア部が一週間徹夜して作り上げた、100トンの負荷にも耐えうる超硬化オリハルコン合金センサーです!」

 

 ゲームソフトは、かつての伝説的クソゲー『ケツ●トラー』をベースに、物理演算を極限まで強化した対戦格闘ゲーム。

 アリスがケツに刀型リモコンを装着して構える。

 

「いざ、尋常に……勝負です!」

 

 続いてホシノがリモコンを装着し、やる気なく構えた、その瞬間――。

 

 

 バキィィィィィン!!!

 

 

 ホシノがお尻に軽く力を込めただけで、大気を切り裂く突風と真空波が吹き荒れた。

 センサーの固定具が「ギチギチ」と悲鳴を上げ、足元の土砂が爆散する。最前列のギャラリー数人が「うわあああ!」と文字取り吹き飛ばされる。

 

「うへ〜?おじさんの挟む力でも壊れないねぇ。これ、すごい素材だね」

 

「アリス、全力全開です! 秘技・ケツ・カリバー!!」

 

 アリスは持ち前のゲームセンスで、華麗なステップを踏みながらホシノのキャラクターにダメージを叩き込んでいく。

 ホシノは「ええと、これをどうすれば……」と操作に四苦八苦していたが。

 

「あ、こうかな?」

 

 ホシノが、操作のつもりで、ごく自然に「お尻を軽く」一振りした。

 その瞬間、リモコンに伝わった運動エネルギーが、装置の増幅回路をバグらせ、物理的な「断絶」として放出された。

 

 

 ザシュゥゥゥゥゥン!!!

 

 

 青白い真空波が一瞬で特製モニターを両断し、さらにその威力は衰えることなく、遥か成層圏へと突き抜けた。

 

 

 その時。

 

 高度3000メートルを、芸術的な視察のために「お散歩」していたのは、ゲマトリアのマエストロが丹精込めて製造した人工天使、ヒエロニムスだった。

 

 

 パサッ……。

 

 真空波はヒエロニムスの真っ白なフードの先端を、ミリ単位の精度で切り裂いた。

 

「……!?」

 

 あと数センチで聖なる顔面を真っ二つにされるところだったヒエロニムスは、司祭の手を組み、無言で地上を見下ろした。

 そして、そこに見えた「100トンのピンク色の塊」を確認するやいなや、何か「触れてはいけない世界の終焉」を感じ取った。

 

 彼は即座に散歩を中止し、飼い主であるマエストロの元へ、尻尾を巻くような速度で逃げ帰っていった。

 

 

 

 

 一方、地上ではモニターが爆発炎上。

 

「うへ〜、壊れちゃった。ごめんね、アリスちゃん。おじさん、ちょっと力んじゃったかな」

 

「……ドローです。ですが、勇者はリベンジの機会を逃しません! 次は必ず、宇宙開発部にも協力してもらって最強の筐体を作ってきます!」

 

 アリスは爽やかな笑顔で、ホシノに右手を差し出した。

 

「ん、いいよ〜。おじさんも楽しかったよぉ」

 

 ホシノがその手を握った。

 

 

 メキメキメキ……ッ!!

 

 

「ア、アリス……!? 手首から火花とエラー音が出ていますよ!」

 

 ホシノの無意識の握力に耐えかねたアリスの体内から、『Error: 404... Pressure Limit Exceeded... ギギギ……パガッ!』という不気味なノイズとともに、頭頂部からシュウシュウと白煙が上がり始めた。

 

「うへ〜?アリスちゃん、大丈夫〜? ほら、エビフライをお食べ」

 

 ホシノは慌てることなく、ユメから預かっていた揚げたてのエビフライをアリスの口に突っ込んだ。

 

『エビ……エビ……エビビビビ……。サクサクエラー発生……エビフライがパーティーに……合流……ビビ……美味しい……です……』

 

 アリスの音声システムに強烈なノイズが走り、瞳がぐるぐる回る。

 

「アリスゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!? 死なないでくださいアリスゥゥゥ!! 誰か、エンジニア部と、ついでに聖職者を呼んでください!!」

 

 校庭に、ケイの悲痛な叫びが虚しく響き渡った。

 

 

 

 

 

 後日。アビドス高等学校の校門には、『天童アリス様 出入り禁止』の看板が掲げられた。

 

 ケイの「アリスの構造的限界をこれ以上試されては、私の存在意義とミレニアムの予算が消滅します」という涙ながらの強い抗議文書により、勇者のアビドス冒険譚は、一旦の幕を閉じることになったのである。

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