【完結】100トンホシノ先輩の規格外な日常   作:ていん?が〜

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第23話:おじさんの後輩は、育ち盛りの成長期

 アビドス高等学校・アリウス分校。かつての瓦礫の山と絶望が支配していた自治区は、今や見る影もない。

 そびえ立つ全面強化ガラスのビル群、ミレニアムの技術をさらに研ぎ澄ませたような超近代的な街並みが窓の外に広がっている。

 

 その中心に位置する、分校校舎内の重厚な石造りと最新のセキュリティが融合した生徒会室。

 室内には、一台のホログラムディスプレイが淡い青光を放ち、ひたすら精密なタイピング音と、大量の書類が裁断・整理される事務的な音だけが響いていた。

 

「……はぁ。この物流センターの設置許可証、まだトリニティ側との調整用ハンコが足りません。サオリ、ここの承認ルート、これで合っていますか? 自治区の境界線が以前より数メートル拡張されているので、旧地図は使えませんよ」

 

 アリウス分校副会長代理、梯スバルは眉間に深く指を当て、疲れ切った眼差しで隣のデスクをチラリと見た。

 

 そこには、かつての冷酷な暗殺者の面影を完全に「超人的な事務処理能力」へと昇華させた生徒会長、錠前サオリがいた。

 彼女は眼光鋭くモニターを見据え、常人の数倍の速度でキーボードを叩き、行政報告書を作成している。

 

「……ああ、スバル。その件なら、すでにアビドスのアヤネ氏と連絡済みだ。リニア鉄道の敷設計画と照らし合わせ、三層構造の承認フローを通せば問題ない。……ミサキ、そちらの予算案はどうなっている」

 

 サオリの問いに、さらに隣のデスクで計算機を猛烈な勢いで叩いていた会計の戒野ミサキが、感情を削ぎ落とした声で応じる。

 

「……順調。ベアトリーチェが溜め込んでいた隠し口座の資産洗浄も終わった。あとは、街のインフラ維持費に回す分を差し引いて、アビドス本校への返済計画に組み込むだけ。……邪魔しないで。今、小数点以下の計算で神経を削ってるんだから」

 

 二人の周囲には、精鋭特有のストイックで、それでいて静謐な空気が漂っていた。……しかし。

 

 

 スバルの左側から聞こえてくるのは、およそ国家の再建を担う生徒会室にふさわしくない、不快なまでに騒がしい音だった。

 

 

「うわああああん!! 美味しいですぅぅぅ!! サクサクのエビフライが……私の空っぽな不幸な胃袋を、物理的に埋めてくれますぅぅぅ!! むぐっ、はふっ、タルタルソースが……タルタルソースが脳の髄まで染み渡りますぅぅ!! 幸せすぎて涙が止まりませんぇぇ!!」

 

 

 バリッ、ボリッ、バキィッ! ズズゥーッ!

 

 

 凄まじい咀嚼音と、嚥下音。スバルはペンを握る手にミシミシと青筋を立てた。

 彼女はあえて左を向かずに、努めて穏やかな、しかし絶対的な殺意を秘めた声で、書記の槌永ヒヨリへ告げた。

 

「……ヒヨリさん。休憩時間は、公式には一時間と三十分前に終わっています。提出すべき広報用の書類が山積みなんですよ。……その汚いフォークを今すぐ置いて、一本でもいいからペンを動かしてくれませんか?」

 

「ふぇぇぇ!? スバルさん、これは休憩じゃないんですぅ! 私は今、絶望的なカロリー不足によって機能停止しかけているんです! これは、アリウス再興という過酷な任務における、パフォーマンス最大化のための戦略的栄養補給……いわば小休憩なんですぅぅ!!」

 

「そうですかそうですか……。戦略的、ね。……ヒヨリさん。前からずっっっと、喉元まで出かかっていたのですがね」

 

 スバルが椅子をゆっくりと引き、立ち上がった。彼女の背後から噴き出した漆黒の怒気が、生徒会室の空気を震わせ、サオリのタイピングが一瞬止まる。

 

 

 

「食い過ぎなんだよお前ええええええええぇぇぇ!!!!! さっさと仕事しろこのデブヒヨリがああああ!!!」

 

 

 

 スバルが怒りで顔を真っ赤にし、咆哮とともに指差した先。そこには、物理学的にも生物学的にも説明のつかない、あまりに異様な光景が広がっていた。

 

 書記のヒヨリは、その体型こそ元の「不憫で華奢な少女」のままであったが、その全高はなんと6メートルにまで膨れ上がっていた。

 

 広々としたはずの生徒会室は、巨大化したヒヨリによって完全に圧迫され、彼女は天井に頭をぶつけないよう、首を無残に折り曲げて体育座りのような姿勢で収納されていた。その巨体で、ヒヨリは器用に巨大なエビフライを次々と口に放り込んでいる。

 

 さらにその横では、アビドスOGの梔子ユメが、まるで土木工事に使うような大型のシャベルを手にし、揚げたてのエビフライを山のように巨大ヒヨリの口元へ運び続けていた。

 

「はい、あーんしてヒヨリちゃん! 食べれば食べるほど大きくなって、とっても立派だよ〜!」

 

 そしてスバルの精神的限界を加速させていたのが、ユメの身体に文字通り密着している副会長、秤アツコだった。

 アツコはユメの胸に完全に顔を埋め、背中にガッチリと両足をホールドさせ、まるでセミのようにユメの体温を貪る「アツコゼミ」と化して甘え倒していた。

 

「なんで食って太るんじゃなくて巨大化するんだよ!? お前の身体の細胞はどうなってんだよ!!」

 

 スバルの魂の叫びに対し、ヒヨリは巨大な目から滝のような涙を流して反論した。

 

「うわああああん!!! 『成長期』なんですぅぅぅ!! キヴォトスの過酷な環境に適応するために、身体が進化を求めているんですぅぅ!!」

 

「キノコを取ったマ○オみたいな、急激すぎる成長期があるかボケぇ!! 服が弾け飛んでないのが不思議でならないよ!!」

 

 スバルは激しく肩で息をしながら、ユメに向き直った。

 

「ユメ先輩! ヒヨリをこれ以上甘やかさないでください! それと……その、貴女の身体に張り付いている姫もです! 彼女、副会長なんですよ!? 少しは威厳を持って仕事するように、その、言ってください!」

 

「えー? なんでー? だってスバルちゃん、見てよこの二人。とっても可愛いんだから、モーマンタイだよ〜!」

 

 ユメは、巨大なヒヨリの頬をシャベルの先で優しく撫で、後光が差すような笑顔で答えた。

 スバルはユメのことを、アリウスを救った聖母としてサオリ達に劣らぬほど尊敬している。しかし、この底なしの甘やかしだけは、実務家としての彼女を狂わせる。

 

「全然モーマンタイじゃないです!! 部屋の酸素がヒヨリの巨体で薄くなってるんですよ!!」

 

 スバルは次に、ユメの胸に顔を埋めたままのアツコを、指を差して糾弾した。

 

「副会長! 遊んでないで仕事してください! 貴女の分の決裁書類、サオリが代行してるんですよ!」

 

 すると、アツコはユメの胸から少しだけ顔を出し、イー、と指で自分の口の端を横に開き、スバルを小馬鹿にするようなわがままな口調で言い放った。

 

「ヤダもーん。お仕事なんて、やりたくないもーん。私は今、お姉ちゃん成分の摂取で忙しいんだもん。そんなに私が邪魔なら、副会長なんて辞めてあげる。その代わりに、スバルが副会長になればいいじゃない」

 

「(ロイヤルブラッドであるお前をホイホイ簡単に辞めさせられたら苦労しねえよ!!)」

 

 スバルは心の中で血の涙を流しながら絶叫した。

 

「(元アリウス生たちは、今でもアツコを絶対的な『姫』として信仰しているんだぞ。あいつら、アツコを生徒会長にしろって暴動寸前だったのを、なんとか説得して『象徴としての副会長』に据えることで、ようやく今の安定を保ってるんだ。ここでアツコがわがままで辞任なんてしてみろ。明日には旧アリウス派の残党が校舎を包囲して、キヴォトス全域が再び火の海になるわ!!)」

 

「うわああああん!! タルタルソースが足りませぇぇん!! エビフライが泣いていますぅぅ!!」

 

 

 ズゥゥゥゥン!!

 

 

 巨大なヒヨリが駄々をこねて床を叩き、生徒会室の窓ガラスが震動でピシリと割れる。

 

 その瞬間、スバルの頭の中で、何かが音を立てて完全に弾け飛んだ。

 

「……もう、いい。もう限界だ」

 

 スバルは無言でデスクを飛び越え、生徒会室の壁際まで猛烈な勢いで助走をつけた。

 

「スバル? 何をするつもりだ」

 

 サオリが驚き、タイピングの手を止めた。

 

 

 

「痩せるまで二度と帰ってくるな、このデブがああああああ!!!」

 

 

 

 スバルは一気に加速し、跳躍。

 

 繰り出されたのは、火事場の馬鹿力という名の理不尽を乗せた、渾身のドロップキックだった。

 

 

「ふぇ……? 」

 

 ドガシャアアアアン!!!

 

 

 6トンの質量を持つ巨大ヒヨリが、スバルの脚力によって弾丸のように吹き飛ばされた。生徒会室の強化ガラスが派手に砕け散り、巨大な緑色の塊が青空へと射出される。

 

 直後、外から「ドゴオオオン!!」という、隕石が市街地に衝突したかのような凄まじい轟音が響き渡った。

 

 校舎全体が激しく揺れ、地響きが数分間収まらなかったが、スバルは冷徹な顔で「……ふぅ。これで少しは酸素が戻りましたね」と、窓の無くなった壁を背に書類に目を戻した。

 

 それを見ていたサオリは、ペンを握ったまま石のように固まっていた。

 

「……す、スバル。貴様……。あの質量を、ドロップキックで……。アリウスの教官時代でも、そこまでの怪力は見せたことがなかったはずだが……」

 

 あまりの光景にドン引きし、サオリの頬には冷や汗が流れる。一方で、ミサキは一切顔を上げることなく、電卓を叩き続けていた。

 

「……別に。あいつが窓代を払うならどうでもいい。サオリ姐さん、驚いてる暇があるならその決裁書類、右に回して」

 

 

 

 

 

 

 

 

 場面は変わり、アリウス分校の華やかな目抜き通り。

 

 そこには、アツコを身体に張り付かせたまま平然と歩くユメと、その横を、巨大な足音を立てながらトボトボと歩く6メートル級のヒヨリの姿があった。

 

「大丈夫? ヒヨリちゃん。どこか痛めてない?」

 

 ユメが心配そうに、自分の倍以上あるヒヨリの膝あたりを見上げて尋ねる。

 

「ううぅ……スバルさん、ひどいですぅ……。私の繊細な心はズタズタですぅ……。あ、ユメ姐さん。さっき買ってもらったコロッケ、もう食べていいですか?」

 

「いいよ〜、いっぱい食べて元気出してね♪」

 

 ヒヨリは泣きながら、ユメが用意した巨大なバケツいっぱいのコロッケ100個を手に取った。

 彼女はそれを一つずつ味わうことはせず、バケツを逆さにし、まるで粉薬を流し込むかのようにザーッ!!と一気に口の中へ注ぎ込んだ。

 

 ゴキュン!!

 

「はふっ、はふっ……美味しいですぅぅ!! でも……でも、2秒で胃袋の底に消えてしまいましたぁぁ!! 姐さん、お腹が空きすぎて、内臓が空回りして火が出そうですぅぅぅ!!」

 

 ヒヨリはあまりの空腹に耐えきれず、近くにあったお惣菜屋に突撃した。彼女はその巨躯を無理やり折り曲げ、店のショーケースの中に直接頭を突っ込んだ。

 

「うああああん!! ここにあるもの、全部ください!! 全部ですぅぅ!!」

 

「ひ、ひえぇぇぇ!? 巨人が……巨人が買い占めに来たぁぁ!!」

 

 店員は腰を抜かして震え上がったが、ユメが笑顔でお金を払うと、「あ、あ、ありがとうございます……!」と震えながら商品を山積みにして差し出した。

 

 ヒヨリは唐揚げ、メンチカツ、ポテトサラダを次々と吸い込むように食らっていった。

 すると、その異常な摂取カロリーに呼応するように、彼女の身体はさらに膨張を続け、ついに8メートル級にまで到達した。

 

 ユメの胸に顔を埋めていたアツコが、ようやく顔を上げてその光景を冷めた目で見上げた。

 

「……ねぇ、お姉ちゃん。ヒヨリ、どんどん大きくなってる。このままだと、街を歩くだけで建物が壊れちゃう。……お姉ちゃん、あのヒヨリを痩せさせる方法、あるの?」

 

 ユメは顎に手を当て、楽しそうに目を細めた。

 

「そうだね〜。実は最近、ホシノちゃんもエビフライの食べ過ぎで少し身体が重くなってきてるって言ってたし、ちょうどいい機会かも!」

 

 ユメはキラリと目を光らせ、空を指差して宣言した。

 

「この機会に、ヒヨリちゃんとホシノちゃんには、私が考案した『ユメーズ・ブートキャンプ』を受けてもらうことにするよ! 二人とも、覚悟してね〜!」

 

 その言葉を聞いた8メートルのヒヨリは、「そんな……ダイエットなんて不幸ですぅぅ……!」と、さらに激しく大号泣するのであった。




次回、ダイエット編です。
そして申し訳ありませんが、私用により次の24話の投稿は4/4にさせていただきます。毎日の投稿を崩してしまい申し訳ありませんが何卒よろしくお願いします。
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