【完結】100トンホシノ先輩の規格外な日常   作:ていん?が〜

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お待たせしました。
食べ過ぎたホシノ先輩に連動して本文もいつもよりボリューミーになりました。


第24話:おじさんのダイエットは、若き料理人を修羅道へと引き摺り込む

 ゲヘナ学園。そこはキヴォトスにおいても群を抜いて自由と混沌が支配する学園だ。

 

 日々爆破され、美食の名の下に拉致され、風紀委員会の銃弾が飛び交う戦火。

 その中心で、全校生徒数千人の胃袋を一手に引き受ける「給食部」の部長、愛清フウカにとって、日常は常に文字通りの戦場だった。

 

 だが、今日。彼女はゲヘナの喧騒を離れ、砂漠の彼方に再興された奇跡の地、アビドス高等学校が新設した「特別更生・訓練施設」の巨大な門の前に立っていた。

 

「ここね……。ついに、ついにこの場所に、自分の足で立てるんだわ……っ!」

 

 フウカは、自分の体重ほどもある大きなパンパンのリュックを、覚悟を決めたように背負い直した。

 その手には、しわくちゃになるほど握りしめられた一枚のチラシがある。それは、アビドス特別施設の期間限定料理人募集の告知だった。

 

 キヴォトス全土の料理人にとって、アビドス本校の食堂採用は「聖域」への招待状も同然だ。

 

 何せ、あの100トンの少女や、その背後にある圧倒的な資金力が支える厨房なのだ。食材は世界中から最高級のものが集まり、設備は最新鋭を通り越してオーパーツに近い。

 採用倍率は1000倍という、もはや天文学的な数字。フウカはアビドス復興からの3年間、落選の通知を受け取るたびに枕を濡らし、それでも諦めずに応募し続けては書類選考の壁に弾かれ続けてきた。

 

 しかし今回、期間限定とはいえ、ついにその門戸が開かれた。

 

「(ここでの経験は、絶対に今後に活かすんだから。美食研究会の連中に振り回されて、スクーターの荷台に簀巻きにされて拉致されるだけの私じゃないって……世界一流の現場で認められた料理人なんだって、証明してみせるんだから……!)」

 

 フウカの瞳には、かつてないほどの情熱の炎が宿っていた。震える手で重厚な、防爆仕様の扉に手をかけようとした、その時だった。

 

「おや、ゲヘナの給食部さんも来てたのかい? 奇遇だね」

 

 落ち着いた、しかし芯の通った姉御肌の声が響いた。フウカが驚いて振り返ると、そこには山海経高級中学校「玄武商会」の会長、朱城ルミが悠然と佇んでいた。

 

「ルミさん……! 貴女も採用されたんですか?」

 

「ああ。会長なんて肩書きを背負ってると、政治だの利権だの、料理以外のノイズが多くてね。たまにはこういう、純粋に『職人』として腕を振るえる現場が恋しくなってね。……しかし、君のような若き才能と肩を並べられるとは、今回の仕事は退屈しなさそうだ」

 

 ルミは不敵に微笑み、月餅の型をしたヘイローを輝かせた。彼女もまた、料理人としての至高の栄誉を求め、1年生の頃からアビドスの門を叩き続けては、その倍率の高さに煮湯を飲まされてきた一人だ。

 

「山海経のトップであるルミさんまで……。アビドスの料理人募集、やっぱり凄まじい影響力なんですね」

 

「当然さ。あそこの厨房で扱われる『神秘』は、料理人の一生を変えると言われている。……さあ、愛清部長。挨拶はこれくらいにしよう。扉の向こうには、私たちがまだ見たことのない美食の深淵が待っているはずだ。お互い、最高の経験を積もうじゃないか」

 

二人は、キヴォトス屈指の料理人としての敬意を込め、固い握手を交わした。

 期待と高揚感で胸ははち切れんばかりだ。重厚な扉が「プシュッ」と蒸気を吐き出し、ゆっくりと開いていく。

 

 

 だが、そこで彼女たちを待っていたのは、美食の深淵などではなく、想像を絶する「物理的な絶望」だった。

 

 

「うへ〜、お腹空いたよ〜……。お腹が空きすぎて、お腹と背中がくっついちゃうよぉ〜……」

 

「うあああああん!! 不幸ですぅぅ!! 胃袋がブラックホールみたいになって、内臓が悲鳴を上げてますぅぅぅ!! 」

 

 

 驚愕。

 

 

 そこには、体型こそ変わらないが、密度が限界突破して111トンにまで増量し、一歩歩くたびに特注の超強化床を「メキメキ」と突き破りそうになっているホシノがいた。

 その存在感はもはやブラックホールのなり損ないである。

 

 そしてその隣には、身長が10メートルにまで巨大化し、施設の天井を窮屈そうに突き破らんばかりの威圧感を放つヒヨリが、特注の巨大アビドスジャージを着て立ち尽くしていた。

 

「あ、来たね! 今日から二人のダイエットメニュー作りをお願いする、フウカちゃんとルミちゃんだね!」

 

 おっとりと、しかし逃げ場のない笑顔で現れたのはアビドスOGのユメだった。

 

 フウカはホシノの放つ、視界が歪むほどの凄まじい「密度」に戦慄し、ルミはヒヨリの10メートルという圧倒的な「スケール」を見上げ、それぞれ開いた口が塞がらない。

 

「ダ、ダイエット……? この、巨人と……歩く鉄塊のような会長さんの……?」

 

 フウカは膝が笑い、その場に腰を抜かしそうになった。111トンの少女。10メートルの不憫な少女。常識という名の壁が、音を立てて崩れ去っていく。

 

 しかし、その直後、料理人としての誇りが恐怖を上書きした。

 

「……やってやろうじゃない。ゲヘナの数千人分を毎日、美食研究会のテロに怯えながら作ってる私を、舐めないで!」

 

「はは…燃えるね。山海経の火力の極致、見せてやろうじゃないか」

 

 

 

 場面は変わり、施設の訓練場。

 

 講師として招かれたのは、ホシノの母親、小鳥遊ツキノだ。

 

「さあ、ホシノ、ヒヨリちゃん。楽しく、エクササイズを始めましょう〜。ワン、ツー、ワン、ツー」

 

 ツキノがのんびりと手拍子を打つ。しかし、その「エクササイズ」の内容は、キヴォトスの理を物理的に破壊する地獄そのものだった。

 

「うへ〜……身体が重いよ〜……」

 

 111トンのホシノが、「ワン」の掛け声に合わせて軽くジャンプする。その瞬間、ドォォォォォォン!! という凄まじい衝撃が施設を貫いた。

 衝撃波が放射状に広がり、部屋の中にあった耐震仕様の観葉植物やスチール製のベンチが、木の葉のように天井まで舞い上がる。

 

「あ、あわわわわ!! 観測機器が!!」

 

 黒服がデータ採取のために設置していたオーパーツ級の精密機器までもが、ジャンプの余波で天井に突き刺さり、そのまま壁の中にめり込んで火花を散らした。

 

「うああああん!! 次は『ツー』ですよねぇぇ!! えいっ!!」

 

 巨大化したヒヨリが、泣きながら10メートル級の腕を振り回す。その動作が空気を急激に圧縮し、ドガァァァァァン!! と凄まじいソニックブームを発生させた。

 衝撃に耐えきれず、強化防弾仕様の窓ガラスがすべて一斉に粉々に砕け散り、施設の外へと飛散していく。

 

「あらあら、元気ねぇ二人とも。じゃあ次はもっとテンポを上げていくわよ〜」

 

 ツキノの穏やかな声が、地獄と化した訓練場に響き渡る。

 

 

 一方、キッチンはさらなる修羅場と化していた。

 

 そこはもはや「調理場」などという生易しい場所ではない。

 巨大な煙突からは黒煙が噴き出し、床は溢れ出た熱気で陽炎が立つ、さながら巨大な兵器工場の心臓部であった。

 

「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!! 火力が足りない!! もっとだ! アビドスの全電力をここに回せ!! 鋼鉄の超耐熱鍋を持ってこい!!」

 

 ルミは、月餅型のヘイローを真っ赤に発光させ、鬼気迫る表情で叫んでいた。彼女が振るうのは、直径3メートルはあろうかという特注の巨大中華鍋だ。

 その中には数千リットルのスープが煮え立っており、ルミが全身のバネを使って鍋を振るたびに、周囲の空気が重低音を響かせて震える。

 

「野菜を切れ!! 1トン分よ!! 皮を剥く暇なんてない、そのままぶち込めぇぇ!!!」

 

 対するフウカもまた、完全に理性のタガが外れていた。彼女は両手に巨大な出刃包丁を構え、まな板に積み上げられた野菜の山を火花が散るほどの超高速で刻み続けていた。

 

 「トントントントン」という音はもはや繋がって「ギュイィィィィン!!」という機械的な駆動音に変貌し、刻まれた野菜が次々と宙を舞ってルミの鍋へと吸い込まれていく。

 

 使われている食材は、コンニャク、おから、鶏のささみ、そして大量のセロリ。

 作る料理自体は極めてローカロリーな「ダイエット食」である。しかし、問題はその圧倒的なまでの量であった。

 

 111トンの超高密度なホシノの基礎代謝を維持し、なおかつ10メートルという巨体へ膨れ上がったヒヨリの生命を繋ぎ止める。

 そのためには、一食で一般人の数千人分、いや数万人分に相当する質量を用意しなければならない。一分一秒の遅れが、彼女たちの「空腹による暴走」を招く死線だった。

 

「完成……!! 盛り付けなんて気にするな!! 運べ!! クレーンを使え!! 重機を回せぇぇぇ!!」

 

 フウカの絶叫とともに、巨大なコンテナに詰められた「おからとセロリの超高密度蒸し」が、建築用の大型クレーンによってホールへと吊り上げられていく。

 

 

 ようやく作り終えた、文字通りの山のような料理を前に、フウカとルミはぜーぜーと肩で激しく息をしながら、その場に仰向けに床に突っ伏した。

 しかし、運ばれた料理を見たホシノとヒヨリの反応は、あまりにも無慈悲で冷たいものだった。

 

「うへ〜……これだけ? なんだか控えめな量だねぇ。それに味が淡白すぎて、食べた気がしないよ〜。もっとガツンとしたエビフライとかないかなぁ」

 

「うあああん!! 足りない、全然足りないですぅぅ!! 砂漠に点眼器で水を撒くようなものですぅぅ!! 肉を……もっと脂の乗った、ギトギトの肉をくださいぃぃ!! このままじゃ空腹で内臓が裏返っちゃいますぅぅ!!」

 

「(……この……わがままモンスター共が……ッ! 誰のために、どれだけの魂を削って作っていると思っているのよ……!!)」

 

 フウカの心の中に、一瞬だけ猛烈な殺意が芽生えた。しかし、それすらも今の彼女には贅沢な感情だった。

 怒るために必要なエネルギーすら、すでに枯渇しているのだ。

 

「……ルミさん。夕食の仕込みまで……あと……10分しかないわ……。一分でも遅れたら、あの巨人たちが厨房を食い荒らしに来るわよ……」

 

「……ああ。……行くか。……地獄の、厨房へ……」

 

 ふらふらとゾンビのような足取りでキッチンに戻る二人。

 

 そこからは、地獄の1月であった。

 

 

 

 訓練場では、質量と体積の暴力が吹き荒れていた。

 111トンの密度を誇るホシノと、10メートルの巨躯となったヒヨリにとって、運動とは文字通りの地殻変動に等しい。

 

「うへ〜……おじさん、もう一歩も動けないよ〜。ちょっとだけ横になってもいいかなぁ」

 

「うあああん!! 足が……丸太を通り越して大黒柱みたいに重いですぅぅ!! 不幸です、こんなに汗をかいたら脱水症状で干からびて死んじゃいますぅぅ!!」

 

 二人は大嫌いな運動に不平不満を漏らし、ユメやツキノが少しでも目を離した隙に、地面に這いつくばってサボろうと画策する。

 

 しかし、その甘えは一瞬で粉砕された。

 

「あれあれ、二人ともどうしたのかな〜? まだお目々がキラキラしてるから、体力が有り余ってるみたいだね! はい、今の休憩の罰として、腹筋とスクワットをあと100セット追加だよ〜!」

 

 ユメがひまわりのような笑顔で、地獄の宣告を下す。

 

「ひえぇぇ!? ユメ先輩、笑顔が逆に怖いよ〜!!」

 

「そんなぁぁ!! 100セットなんて、今の私には万死に値する苦行ですぅぅ!!」

 

 絶叫する二人を余所に、ツキノもおっとりと微笑みながら手拍子を打つ。そのたびに重力が局所的に変動し、逃げ場のない負荷が二人を襲う。

 

 

 

 その一方で、キッチンはさらなる深淵へと沈んでいた。フウカとルミは、もはや「起きている」という感覚すら曖昧になり、すべての時間を「切る、焼く、煮る、運ぶ」という原始的な反復動作だけに捧げていた。

 

「……セロリ。あと、500キロ。……ルミさん、火力が、0.1パーセント、落ちてる……」

 

「……。……出力、最大。……コンニャク、投入……。……急げ、次が、来る……」

 

 会話は短文化し、もはや暗号のようだった。彼女たちは自分たちの食事すら、片手でおからを口に放り込みながら、もう片方の手で巨大なヘラを回し、飯を食いながら飯を作り続けるという狂気的な生活を繰り返していた。

 

 唯一の自由時間であるはずの夕食後、そこにあるのは安らぎではない。二人はシャワーを浴びる気力も、服を脱ぐ指先の力すら残っておらず、調理場の硬い床の上で泥のように、あるいは死体のように重なり合って眠る。

 

 

 修行? 経験? 料理人としての栄誉?

 

 そんな輝かしい、耳あたりの良い言葉は、開始から1週間で、すり潰された生ゴミと一緒にゴミ箱へ捨てられた。

 

 

「(感情を殺せ……。私は、タンパク質を熱処理するだけのデバイス……。排気効率のいい、無機質なロボットだと思い込むんだ……)」

 

「(私は、包丁。私は、火。……思考は、ノイズだ。……ただ、出力を、維持しろ……)」

 

 二人の生存本能は、絶え間なくそう囁き続けていた。そうしなければ、目の前にある「111トンの鉄塊」と「10メートルの肉塊」の胃袋を満たすという絶望的な使命に、心が耐えきれなくなることを理解していたからだ。

 

 感情を失った2体のロボットは、翌朝のチャイムが鳴るよりも早く、濁った瞳を見開いて再び包丁を握るのだった。

 

 

 

 

 

そして、地獄のような1ヶ月が経過した。

 

 

 施設の外、眩しい朝日が降り注ぐ広場には、元の「100トン」へと正確にシェイプアップされたホシノの姿があった。

 

「うへ〜。やっぱり身体が軽いのはいいことだねぇ。おじさん、生まれ変わった気分だよぉ〜」

 

 ホシノは軽やかな足取り(一歩ごとに地面が4センチ沈む程度)で、満足げに施設を後にした。

 なお、このわずか1週間後に、いつもの食習慣により体重が5トン増えてユメーズ・ブートキャンプに即日逆戻りするのだが、今の彼女は知る由もない。

 

 一方、不憫な書記・ヒヨリもまた、元の華奢な体型へと戻っていた。しかし、1ヶ月間に及ぶ超高負荷の「100トン対応訓練」を潜り抜けた代償として、彼女の代謝機能はキヴォトスの理を越えて「異常進化」を遂げていた。

 

 帰路の途中でヒヨリが何気なく一口、小さなクッキーを食べた、その瞬間である。

 

 

 ズズズンッ!! ドゴォォォン!!

 

 

 ヒヨリの全身から蒸気が吹き上がり、骨が鳴る。コンマ数秒で彼女の身長は3メートル伸び、着ていた制服が「パツゥゥン!!」とはじけ飛ぶ轟音が響いた。

 

「……。ヒヨリ。もういい、わかった、もう諦めた」

 

 副会長代理のスバルは、感情の死んだ瞳でその光景を見守っていた。彼女は震える手で、全高20メートルの天井高を誇る「ヒヨリ専用・超巨大増築個室」の建築指示書に、力なくハンコを叩きつけた。

 

 

 

 

 そして、施設の勝手口。重い鉄の扉がゆっくりと開き、二人の「怪物」が這い出してきた。

 

「……終わったのね。……光が、眩しすぎて、網膜が焼けそうだわ……」

 

「……。……。……(シュッ、シュッ)」

 

 愛清フウカと朱城ルミ。そこにかつての面影は微塵もなかった。

 

 1ヶ月の地獄。不眠不休で111トンと10メートルの怪物を養い続けた肉体は、キヴォトスの物理法則を超越していた。

 腕の筋肉は岩盤のように硬く盛り上がり、包丁ダコを通り越して指先は鋼鉄の硬度を誇る。眼球は底なしの沼のように濁りきり、一切の感情が排されたその顔は、もはや精密な調理機械のそれであった。

 

 

 

 

 山海経高級中学校。玄武商会の本店前では、帰還する会長を待つマネージャーの鹿山レイジョの姿があった。

 

「お帰りなさい、ルミ様。アビドスでの研修、お疲れ様で……っ!?」

 

 ルミの姿を視界に入れた瞬間、レイジョの言葉が凍りついた。レイジョの全身を、本能的な恐怖が突き抜ける。

 

「ル、ルミ様……!? そのお姿は一体……! 目が、目が座りすぎていて、まるで太古の闘士のようです。冗談抜きで、今のルミ様からは生命の危機を感じるほどの覇気が漂っています……」

 

 レイジョは戦慄した。キヴォトス屈指の武闘派として鳴らす彼女ですら、腰の銃を抜くことすら忘れ、ただその場に釘付けになる。

 ルミは濁った瞳をレイジョへ向け、感情を排した無機質な声で答えた。

 

「……レイジョ。……腹、減ったか? ……注文を言え。……3秒で100人前、完璧な温度で提供する。……拒否権は無い、食え」

 

「ルミ様!? 落ち着いてください! !……ああっ、包丁が! ルミ様が包丁を抜いただけで真空波が発生しているっ……!!」

 

 敬愛する主人の変貌に、レイジョはかつてない恐怖に震えながら後退りするしかなかった。

 

 

 

 

 

 一方、ゲヘナ学園の給食部。

 

「フウカ部長ぉぉ!! どこに行ってたんですかぁ! 寂しかったですぅ、もう一人でジャガイモの皮を剥くのは嫌ですよぉぉ!!」

 

 ジュリが泣き喚きながら、帰還したフウカの腰にしがみついた。しかし、ジュリはすぐに気づいた。

 フウカから漂う、尋常ではない「厨房の支配者」としての殺気に。

 

「ジュリ……。……野菜の切り方が、コンマ一ミリ単位で揃っていないわ。……やり直し。……次は、無い。……効率の悪い奴は、次の煮込み料理の具にするわよ……」

 

 かつての心優しく、苦労性で、愚痴をこぼしながらも愛情を込めていた部長の姿は消えていた。

 そこにいたのは、効率と速度の極致を体現し、一瞬の無駄も許さない「厨房の魔王」であった。

 

「フウカ部長ぉぉぉ!! 戻ってきてくださいぃぃ!! あの、美食研究会に拉致されて泣いていた頃の、可愛い部長にぃぃ!! 今の部長は怖すぎますぅぅ!! うわぁぁぁぁぁん!!」

 

 ジュリの悲痛な泣き声が、夕暮れのゲヘナに虚しく、しかし力強く響き渡った。

 

 アビドスの夏、地獄のダイエット大作戦は、2人の天才料理人の魂を白く燃やし尽くし、キヴォトスの料理界に拭い去れない「傷跡(技術)」を刻んで幕を閉じたのである。




今話も見ていただきありがとうございます。

そして大事なお知らせです。
次回以降から投稿頻度を1週間に1回、毎週土曜日の18時5分投稿に切り替えます。
その分、ホシノ先輩同様に密度高めの青春をお届けするつもりなので今後も見ていただけると嬉しいです!
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