【完結】100トンホシノ先輩の規格外な日常   作:ていん?が〜

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別作品の『少女忍法帖ミチルっち:忍法ブチギレの術』と同じ世界であり、そこの主人公のミチルっちです。ミチルっちに何が起きたかはそっちも見ていただけますと嬉しいです。


第28話:おじさんの動画配信は、ネットの海を物理的に沈ませる

 アビドス高等学校、午前7時30分。

 

 砂漠の朝特有の、突き抜けるような青空から差し込む陽光が、校舎の廊下を白く照らし出していた。

 

 黒見セリカは、軽快な足取りで廊下を歩いていた。手には登校途中に買ったばかりの「柴関特製・冷やし中華(大盛り)」の袋を提げている。

 

「よし。今日は誰よりも早く着いたわよね。一番乗りで生徒会室の窓を開けて、空気を入れ換えておこうかしら」

 

 セリカは得意げに鼻を鳴らしながら、生徒会室の重厚な——ホシノの自重による歪みを防ぐための超硬化鋼鉄製——扉に手をかけた。

 

 

 ガチャリ。

 

 

 扉を開けると、そこには予想に反して、すでに一人の影があった。

 副会長、砂狼シロコだ。

 

 シロコは窓際の、耐震補強されたデスクに腰を下ろし、身を乗り出すようにしてスマートフォンの画面を凝視していた。

 耳にはワイヤレスイヤホンを装着し、周囲の音を完全に遮断しているようだ。

 

「あら、シロコ先輩。もう来てたの? 今日は早いのね」

 

 セリカが声をかけるが、シロコは微動だにしない。尻尾が不自然なほどピンと直立し、時折ピクピクと痙攣するように震えている。

 その集中力は、銀行強盗のプランを練っている時ですら見せないほど、異様なほどに深いものだった。

 

「……? ちょっと、シロコ先輩? 聞いてるの?」

 

 セリカはおずおずと近づき、シロコの左耳のイヤホンを「ひょい」と外した。

 その瞬間。

 

『――いいかプレジデントォ!! お前のその錆びついた論理回路に、一フレームの重みを物理的に刻み込んでやるゥゥッ!!』

 

「ひっ!?」

 

 イヤホンから漏れ出したのは、少女の声とは思えないほどの、鼓膜を直接刺突してくるような凄まじい音圧の「絶叫」だった。

 セリカは気圧されて一歩後退り、思わずシロコのスマートフォンの画面を覗き込んだ。

 

 そこには、地獄の業火のごとき背景の中、ボロボロの囚人服を着た銀髪のタヌキ耳少女が、自分より数倍巨大なロボット——カイザーのプレジデント——の胸ぐらを片手で掴み上げ、音速に近い速度でキヴォトスの空を駆け抜けながら、顔面に怒号を叩き込んでいる狂気の映像が映し出されていた。

 

「な……な、何よこれ!? 放送事故!? それとも、新手のオカルトビデオ!?」

 

 セリカが戦慄の声を上げると、シロコはようやく顔を上げ、無機質な瞳でセリカを見つめた。

 

「ん。……セリカ、トレンドに遅れてる。これは今、キヴォトスで最も熱い、最も破壊的なチャンネル。『少女忍法帖ミチルっち』」

 

「ミチルっち……? あ! あの、数日前に連邦矯正局を力技で脱獄して、いまや『八囚人』なんて呼ばれてるっていう……あの千鳥ミチルさん!?」

 

「ん。……暴虐の銀狸。彼女の放つ言葉の熱量は、物理的な衝撃波に変換される。……推定、一叫びで時速300キロの突風。……アイアンクローの握力は、重装甲車のハッチを握りつぶす。……非常に興味深い。一度、直接話を聞きたい」

 

「冗談でもやめなさい!! 死ぬわよ!? 確実に壁の一部にされるわよ!!」

 

 セリカは必死にツッコミを入れながら、スマホの中でプレジデントを雑巾のように振り回しているミチルを見て、全身に鳥肌が立つのを感じた。

 

「……というか、なんでシロコ先輩がこんなテロリストの動画なんか見てるのよ。また変な襲撃計画の参考にでもしてるんじゃないでしょうね?」

 

「ん。……違う。これは、リサーチ。……アビドスのイメージ戦略のための、先行事例調査」

 

「イメージ戦略……?」

 

「ん。……ホシノ先輩、最近、世間から『歩く天災』『物理法則のバグ』『遭遇したら地盤が死ぬ』と、過度に怖がられている。……本人は気にしていないけど、学校のイメージとしてはマイナス。……だから、動画配信を通じて、先輩の『ゆるい、親しみやすい、おじさん』な一面をアピールし、イメージを払拭すべきだと判断した」

 

 シロコは至極真面目な顔で、手帳に書かれた「好感度向上作戦」の項目を指差した。

 

「(……いや、イメージを払拭するために見てる相手が、現在進行形でキヴォトス全域を恐怖のどん底に叩き落としてる八囚人って、矛盾しすぎでしょ……!!)」

 

 セリカが心の中で叫んでいた、その時。

 

「うへ〜、朝から随分とにぎやかだねぇ。おじさん、廊下までセリカちゃんの声が聞こえて目が覚めちゃったよぉ」

 

 扉が開き、眠たげな目を擦りながらホシノが入ってきた。その後ろには、アヤネ、ノノミ、そしてエプロン姿のユメが続いていた。

 

「あら、シロコちゃんにセリカちゃん。おはよう! 何の話をしてるの?」

 

 ユメがひまわりのような笑顔で尋ねる。シロコは淡々と、先ほどの「ホシノ先輩・イメージ向上動画計画」を説明した。

 

「ほわぁ〜☆ 動画配信ですか! 素敵ですねぇ! 私もノノミっちチャンネルを開設しようかと思ってたところなんです〜☆」

 

「いいじゃない! ホシノちゃんの可愛さを世界に知ってもらうチャンスだよ! よーし、お姉ちゃんプロデューサーになっちゃおうかな!」

 

 ノノミとユメが、獲物を見つけた肉食獣のような(ただし笑顔の)勢いで食いついた。

 一方、当のホシノは露骨に嫌そうな顔をして、特注の沈み込むソファへと避難しようとする。

 

「えぇ〜……おじさん、動画なんてめんどくさいよぉ……。カメラの前で笑うとか、肩が凝っちゃうし。だいたい、誰が見るのさ、100トンの女子高生がお昼寝してるだけの映像なんて」

 

「ホシノちゃん……。先日の夏休みの宿題、スバルちゃんに泣きつきながらも、お姉ちゃんの監視の下でようやく全部終わらせたばかりだよね……? その時に『これからは心を入れ替えて真面目に取り組む』って誓ったのは、どこのおじさんだったかな……?」

 

 ユメが、背後にどす黒いオーラを背負いながら、ニッコリと微笑んだ。

 

「ひっ!? ……あ、あはは……やるよ、やればいいんでしょ! おじさん、撮影頑張っちゃうよぉ!」

 

 ホシノはガタガタと震えながら、即座に降伏を宣言した。あの般若の如き説教を再び受けるくらいなら、キヴォトス全域に恥を晒す方がマシだった。

 

「……ん。では、撮影開始。……各自、ホシノ先輩の魅力を最大化する企画を立案済み。……まずは私から」

 

 

 ① 砂狼シロコ案:『【検証】100トン女子高生は、重機を素手で強奪できるのか?』

 

「シロコ先輩、それイメージ向上どころか犯罪告白動画よ!!」

 

 セリカの叫びを無視し、シロコはカメラを回し始めた。

 

 舞台は学校の裏手。用意されたのは、カイザーから「接収」したという巨大なショベルカーだ。

 

「ん。……ホシノ先輩、そこに立って。……私が重機で攻撃するから、それを片手で受け止めて、そのまま持ち上げて。……タイトルの『強奪』は、後で『救出』に書き換えておくから大丈夫」

 

「全然大丈夫じゃないよぉ……。うへぇ、いくよ〜」

 

 

 【動 画 撮 影 開 始】

 

 シロコが操作する巨大なパワーショベルのバケットが、時速80キロでホシノの頭上へ振り下ろされる。

 

 ホシノは「よっこいしょ」と、蚊を払うような動作で右手を上げた。

 

 

 ガキィィィィィィン!!!!!

 

 

 衝撃波だけで周囲の砂が舞い上がる。重さ数トンの鋼鉄の塊は、ホシノの掌に触れた瞬間に、まるで薄いアルミホイルのようにクシャリとひしゃげた。

 ホシノはそのまま指先に力を込めて重機の腕を掴むと、

 

「えいっ」

 

 と、15トンの重機本体を、片手で軽々と頭上高く持ち上げた。

 ホシノの足元の地面は、その反作用で半径10メートルにわたって30センチ沈み込み、局地的なクレーターが出来上がった。

 

「……ん。いい画が撮れた。……シュールでパワフル。……一部の特殊工作員層には受けるはず」

 

「受ける場所が狭すぎるわよ!!」

 

 

 ② 十六夜ノノミ案:『100トンおじさんの、ASMR・エビフライ咀嚼音☆』

 

「ホシノ先輩の可愛さといえば、やっぱりお食事風景ですよね〜☆」

 

 ノノミが用意したのは、ミレニアムのエンジニア部に特注した、デシベル限界を無視する超高性能指向性マイク。

 

「先輩、このエビフライを、マイクのすぐそばで美味しく食べてくださいね♪」

 

「うへ〜、食べるだけならおじさん大歓迎だよぉ。あ〜ん……」

 

 

 【動 画 撮 影 開 始】

 

 ホシノが一口、巨大なエビフライを噛んだ。

 

 

 バキィィィィィン!!!!!

 

 

 マイクを通した音が、生徒会室のスピーカーから鳴り響く。

 

 それは「サクサク」という心地よい音ではなく、戦艦の装甲板が超大型プレス機によって粉砕されたかのような、物理的な「衝撃」を伴う重低音だった。

 

 音圧だけで、ノノミの持っていたスマホの画面にピシリとヒビが入り、遠く離れたアビドス市街地の防犯アラームが一斉に作動する。

 

「ほわぁ〜☆ なんという重厚なサウンドでしょう! 鼓膜が物理的に震えますねぇ!」

 

「アヤネちゃんの耳から血が出てるわよ!! 止めてあげて!!」

 

 

 ③ 黒見セリカ案:『【激撮】100トンの美少女(?)が教える、究極の節約・ダイエット術!』

 

「私、考えたの。ホシノ先輩の『密度』って、つまり無駄がないってことでしょ? それを節約とかダイエットに結びつければ、主婦層や女子高生にバズるはずよ!」

 

 セリカは「これこそ正統派よ!」と自信満々にカメラを構えた。

 

「先輩、まずはその……軽い運動を見せて、これだけ密度の高い体を作る秘訣を教えてください!」

 

「運動〜? おじさん、普段は寝てるだけなんだけどなぁ。じゃあ、ちょっとだけ縄跳びでもしてみようか」

 

 

 【動 画 撮 影 開 始】

 

 ホシノが、鉄筋製の太いワイヤーを「縄」にして、軽く一回ジャンプした。

 

 

 ズゥゥゥゥゥゥゥン!!!!!

 

 

 着地の瞬間、アビドス校舎全体が震度5強の縦揺れに見舞われた。

 セリカの足元の床がバキバキと音を立てて陥没し、撮影していたカメラがその衝撃で成層圏まで吹き飛ばされた。

 

「…………。……。……ダイエットの前に、家の再建築費用で破産するわね」

 

 セリカは真っ白になって崩れ落ちた。

 

 

 ④ 奥空アヤネ案:『知られざるアビドスの神秘、100トンホシノ先輩の「静寂の読書タイム」』

 

「もう、皆さん無茶苦茶です……。イメージ払拭なら、もっと知的で穏やかな、文化的な側面を見せるべきです。先輩、そこで静かに本を読んでいてください。私が最高にエモいフィルターで撮影しますから」

 

 アヤネは胃を押さえながら、レンズにソフトフィルターを装着した。

 ホシノは「お、それならおじさん得意だよ」と、百科事典(ホシノの指でも破れない特殊強化ペーパー製)を開いた。

 

 

 【動 画 撮 影 開 始】

 

 夕暮れの教室。窓から差し込む斜光が、ホシノのピンク色の髪を美しく透かしている。

 

 ホシノが静かにページを捲った。

 

 

 バリィィィィンッ!!!!

 

 

 ただのページを捲る動作。しかし、100トンの腕が動いた際の慣性エネルギーが、周囲の空気を急激に圧縮。

 発生した「ページ捲りソニックブーム」によって、アヤネの背後の窓ガラスがすべて一斉に粉々に弾け飛んだ。

 さらに、空気の渦に吸い込まれたアヤネの眼鏡が、弾丸のような速度で壁に突き刺さった。

 

「………………。……もう、いいです。……書記として、この動画の公開は物理的に許可できません」

 

 

 ⑤ 梔子ユメ案:『ホシノちゃんの「たかいたかい」体験! 世界一安全(?)な空中散歩』

 

「最後は私だね! ホシノちゃんの圧倒的な包容力をアピールするには、これが一番だよ! ほら、ホシノちゃん、私を『たかいたかい』して!」

 

「えぇっ!? ユメ先輩、危ないですよ! おじさんの力だと、先輩が星になっちゃう!」

 

「大丈夫、大丈夫! 私、ホシノちゃんの『愛の重み』には慣れてるもん!」

 

 

 【動 画 撮 影 開 始】

 

 ホシノが、ユメの脇を抱えて、上空へ向かって軽く放り投げた。

 

 本当に、赤ん坊をあやすような、小指の先ほどの力加減だった。

 

 

 ドゴォォォォォォォン!!!!!

 

 

 ユメの体は、大気を切り裂く青白い光の尾を引いて、垂直に上昇した。

 音速の壁を突破した際のソニックブームが校庭の砂を津波のように巻き上げ、ユメの姿は一瞬で雲を突き抜け、宇宙空間の境界線まで到達した。

 

 

 

 数分後。

 摩擦熱で全身を真っ赤に発光させたユメが、隕石のような速度で降下。

 

 

 ドォォォォォォンッ!!

 

 

 ホシノの腕の中に、寸分狂わず「着弾」した。

 ホシノは一歩も動かずに受け止めたが、その衝撃で校庭の地盤は完全に液状化し、付近の電柱がすべてドミノ倒しになった。

 

「あはは! 楽しかったー! まさに銀河鉄道の夜だね!」

 

 焦げたエプロンから煙を出しながら笑うユメ。

 それを見ていたシロコたちは、もはやツッコミを入れる気力さえ失い、ただ壊れた校庭を見つめていた。

 

 

 

 数日後。

 アビドス生徒会の公式チャンネルに、これらの動画が『アビドスの日常・ホシノ先輩編』としてダイジェストでアップロードされた。

 

 その結果。

 

「……アヤネちゃん。再生数は?」

 

 セリカが恐る恐る尋ねる。

 

「……。……驚異的、です。……公開から三時間で、キヴォトス全域の急上昇ランキング1位を独占しています。……ですが、コメント欄が……」

 

 アヤネが端末を表示した。

 

 

・『【警告】この動画はCGではなく実写です。視聴者は直ちに近隣のシェルターを確認してください』

 

・『ページ捲っただけでビルが揺れるとか、どんな怪談だよ』

 

・『たかいたかい(成層圏到達)。これもう軍事兵器の試射映像だろ』

 

・『八囚人のミチルっちが可愛く見えるレベル。アビドスの重心、マジでヤバい』

 

・『遭遇=死。アビドスには絶対に近づかないと決めました』

 

 

 大半のコメントは、かつてないほどの「恐怖」と「畏怖」に満ち溢れていた。

 シロコの狙いとは裏腹に、ホシノの『歩く最終兵器』としてのイメージは、より強固に、より絶望的なまでに確立されてしまったのだ。

 

「……あ、でも見てください! わずかですが、好意的なコメントもありますよ!」

 

 アヤネが指差した先。そこには、一握りの、しかし狂信的なまでの熱量を帯びたファンたちの声があった。

 

 

・『この圧倒的な「正解」の質量……。世界がひれ伏すのも無理はない。一生ついていきます、ホシノ様!』

 

・『物理法則をガン無視するその姿に、理系の限界を感じて救われました。今日から私の神はホシノ先輩です』

 

・『100トンの愛……なんて重厚で甘美な響き。抱きつかれて粉砕されたい層、ここに集まれ』

 

 

 それは、ホシノの放つ「絶対的な重み」に、物理的にも精神的にも「分からされて」しまった、新たな中毒者(ファン)の誕生だった。

 

「うへ〜、おじさん、また変なファンが増えちゃったみたいだねぇ。まあ、みんなが楽しんでくれたなら、それでいいかな」

 

 ホシノは特注の、ひしゃげたソファで大きくあくびをした。

 

「ん。……作戦は、半ば成功。……知名度の爆発的向上。……次は、収益化してアリウス分校のリニア鉄道の拡張工事費に回す」

 

「だから、そういう合理的な恐怖政治はやめなさいって言ってるでしょ!!」

 

 セリカの叫びが響く中、アビドスの昼下がりは、今日も重厚な地響きと、一握りのファンからの「お布施(エビフライ券)」と共に、のんびりと過ぎていくのだった。

 

 ホシノの「質量」は、ネットの海をもドッシリと沈ませ、その波紋はキヴォトス全土へと広がり続けていた。




明日も18時5分投稿です。
また、別作品のアル様の25話も明日の18時5分に投稿する予定なのでそちらも見ていただけますと嬉しいです!
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