【完結】100トンホシノ先輩の規格外な日常 作:ていん?が〜
「うへ〜、今日はトリニティのミカちゃんのところへ遊びに行く約束なんだよねぇ。おじさん、久しぶりの遠出だから楽しみだよ」
アビドス高等学校の玄関口。澄み渡る青空の下で、小鳥遊ホシノは浮き輪とエビフライの詰め合わせバッグを手に、のんびりと背伸びをした。
だが、その無造作な「伸び」一つで、アビドスが誇る超強化アスファルトにバキバキと放射状の巨大な亀裂が走り、周囲に待機していた生徒会役員たちは一斉に姿勢を低くして衝撃に備えた。
「ホシノ先輩、公共交通機関は全て使用禁止。……レールが自重でひしゃげる。トリニティまでの進路上の自治体には、既にアビドス生徒会から『大規模震動災害警報』を発令済み。ん、主要道路は軍事レベルで全面封鎖。一般車両の進入は物理的に不可能」
副会長の砂狼シロコが、複数の軍事衛星から送られてくるリアルタイムモニターを指先で操作しながら、淡々と告げる。
彼女はホシノのすぐ隣に立っているが、決してその体に触れようとはしない。かつて親愛の情を込めて肩を叩こうとした者が、反作用だけで数メートル吹き飛んだ歴史を熟知しているからだ。
「ちょっと、シロコ先輩! 遊びに行くだけなのに、私のスマホの緊急速報がさっきから鳴り止まないわよ! 『超重量物の接近に伴い、沿道住民は直ちに鉄筋コンクリート造の建物2階以上に退避してください。窓ガラスには近づかないでください』って、アヤネちゃん、これやりすぎじゃないの!?」
会計の黒見セリカが、真っ赤に点滅し続け、もはや警告音そのものと化したスマホの画面を突き出す。
「仕方ないよ、セリカちゃん。ホシノ先輩が歩くということは、震度4の震源地が時速4キロで移動するようなものなんだから。……あ、ほら。今、D.U.(キヴォトス中央特区)からも公式通信が来た。『行政特区内への立ち入りは、地盤沈下のリスクが許容範囲を超えるため、許可を留保する』……だって。通過許可を渋ってるね」
書記の奥空アヤネが胃を押さえながら、刻一刻と更新される「被害予測シミュレーション」に目を通す。
当のホシノは「え〜、おじさん普通に歩いて行きたいんだけどなぁ」と、自分の存在がもたらす地政学的(物理的)な混乱をどこ吹く風で、不満げに首を傾げた。
その頃、トリニティ総合学園。
正門前から校舎へと続く、歴史ある壮麗な目抜き通りは、まるで最終決戦直前のような異常な緊張感と地獄絵図が展開されていた。
「正義実現委員会の全戦力をもって、路面の補強を急ぎなさい! ティーパーティーのナギサ様からは、『大聖堂のステンドグラスが一枚でも割れたら、我が校の歴史的損失として切腹ものだ』と言われています! 間に合わせなさい!」
正義実現委員会副委員長の羽川ハスミが、巨大な黒い翼を大きく広げて現場を指揮する。
彼女の指示により、優雅な石畳の上には、厚さ数メートルの工業用強化ゴムと、戦艦の装甲板を転用した鋼鉄プレートが幾重にも敷き詰められていた。周囲の由緒ある校舎には、倒壊防止用の油圧ジャッキが数百本単位で設置されている。
「副委員長! アビドス境界線より緊急入電! 『ターゲット、一歩踏み出しました! 震動波を検知!』……ひ、避難アラート、最大レベルの5に移行します!」
正義実現委員会の一般委員が、通信機を握りしめたまま絶叫する。
「来ル……来ルゾ……密度ノ……魔王ガ……ッ! キヒ、キヒヒヒヒ!! 潰サレテモ……文句ハ……言エナイ……ッ!!」
委員長の剣先ツルギは、正面から迫りくる圧倒的なプレッシャーに理性が蒸発し、血走った目で校門の彼方を睨みつけていた。彼女の足元の石畳が、まだ見ぬホシノの影響で微かに震え始めている。
トリニティの自治街区では、不気味なサイレンが鳴り響き、「これは演習ではありません。繰り返します。小鳥遊ホシノ氏が通過します。直ちに身の安全を確保し、窓ガラスから離れてください」という避難アナウンスが無限に繰り返されていた。
街の住人たちは、まるで観測史上最大の台風が直撃するのを待つかのように、固く扉を閉ざし、クローゼットの中で祈りを捧げていた。
「やっほ〜☆ ホシノちゃん! 待ってたよ〜!」
地平線の向こうから土煙を上げ、一歩ごとに「ドォォォォン!!」という、心臓に直接響くような重低音を響かせてやってくる少女を、聖園ミカだけが満面の笑みで迎える。
彼女の背後では、衝撃波に備えて土嚢の陰に隠れ、ガスマスクまで装着した一般委員たちが、ガタガタと歯を鳴らして震えていた。
「うへ〜、ミカちゃん。なんだか随分と物々しいねぇ。おじさん、ただの女子高生なんだけどな」
ホシノがトリニティの敷地に、記念すべき最初の一歩を静かに(彼女なりの全力で静かに)下ろした。
ズゥゥゥゥゥゥン!!!!!
「ひゃうんっ!?」
対策されていたはずの鋼鉄プレートが、まるでアルミホイルのように一瞬でひしゃげ、正門の巨大な門柱が「メキメキ」と音を立てて10度ほど傾いた。
ハスミが愛用するティーカップが、その震動だけで粉々に砕け散る。
「ふ、副委員長! 講堂のシャンデリアが三つ落下! 正義実現委員会の一般委員数名が、地面からの垂直方向の突き上げに耐えきれず、空中へ数メートル跳ね飛ばされました!」
「落ち着きなさい! これでも学園の災害対策予算を最大まで引き上げ、路面を補強した結果なのです! 彼女の『静止質量』に、物理学が敗北しているだけです!」
ハスミは銃を構えたまま、額に冷や汗を流してホシノに向き直った。その目は、もはや親善訪問の客を迎えるものではなく、歩く天災を見守る観測者のそれだった。
「アビドス生徒会長、小鳥遊ホシノ様……。貴女の訪問を心より歓迎しますが、伏してお願いです……。どうか、その場から一歩も動かないでいただけますか? 貴女が1歩歩くたびに、トリニティが誇る歴史的建造物の修繕予算が数億クレジット単位で溶けていくのです」
「あはは、ハスミちゃんも相変わらず真面目だねぇ。ほら、そんなにカリカリしないで。これ、お土産のエビフライ。密度高めに詰めてきたから、みんなで食べなよ。一本で一日分のカロリーが取れるからさ」
「……密度、ですか。……受け取るだけで両腕の骨が折れそうな、不穏な響きですね。……責任を持って、重機で慎重にお預かりします」
「ん、ホシノ先輩。ミカとの約束、14時から。……予定より遅れてる。急がないと、お茶が冷める」
シロコはホシノに触れないよう、磁石の同極同士が反発し合うような絶妙な距離感を保ちながら、手でティーパーティー会場の方向を示す。
それを見たハスミが、悲鳴のような絶叫を上げた。
「促さないでください! 彼女に慣性が乗り、加速がついてしまったら、トリニティ総合学園そのものが物理的に地図から消滅します!!」
「あはは! 大丈夫だよハスミちゃん! ホシノちゃんが歩いてボロボロになった道は、私が後で魔法みたいに埋め立てておくから! 砂漠から砂を1000トンくらい持ってくるよ!」
ホシノの背後から、ひょっこりとユメが顔を出して無邪気に笑う。
「ユメ先輩……。埋め立てる前に、地盤そのものが液状化して崩壊してるんですよ……。もう、誰も止められないんですか、この状況を」
アヤネの悲痛なツッコミも、ミカがホシノの腕を(ミカの全力でようやくホシノの慣性を変えられるレベルだが)引いて、強引にティーパーティーの会場へ連れて行く際の、地響きを伴う爆音にかき消された。
その日、トリニティ総合学園では、歴史上類を見ない規模の「全校生徒への精神的・物理的被害に対する慰問金」が支給されることになった。
「うへ〜、おじさん、ミカちゃんの部屋でお昼寝していい? 慣れない地面を歩いて疲れちゃった」
「いいよ! もちろん! ベッドはミレニアムの工学部に発注して、超耐荷重プレス機用の土台に羽毛を敷いた特別製に変えておいたから☆ 100トン乗っても大丈夫だよ!」
ミカがホシノを連れて歩き出すたびに、トリニティの誇る歴史ある石畳は容赦なく粉砕されてクレーターと化し、後方ではハスミが白目を剥いて、崩壊していく大聖堂の回廊を見ながら卒倒しかけていた。
ホシノが放つ圧倒的な「質量」は、もはや外交問題という言葉では生ぬるい。
それは、防ぎようのない絶対的な天災として、トリニティの清廉な空気を重苦しく、そして圧倒的な存在感で支配し続けていた。
「ん、ホシノ先輩。……お昼寝の前に、まずはエビフライ。……エネルギーを補給しないと、次の歩行で建物が完全に保たない」
シロコの声が、地面の軋む音と共に、今日も平和に(?)響き渡るのだった。
【おじさんの「重い」お悩み相談】
うへ〜、読み進めてくれてありがとう。おじさん、嬉しいよ。
でも、まだまだおじさんの『密度』が足りないみたいなんだよねぇ。
「この子と遊んでほしい!」とか「こんな地響きが見たい!」っていうリクエスト、感想欄に置いていってくれないかな?
全部に応えるのはちょっと肩(100トン)が凝っちゃうけど、おじさんの琴線……いや、質量に触れたものは、全力の衝撃波を乗せて形にするよ。
あ、そうそう。評価とかお気に入りとか……そういう『応援の重み』を貰えると、おじさんの筆……じゃなくて質量がもっともっと増えて、さらに凄い地響きが書ける気がするんだ。
みんなの『重すぎる愛(リクエストや評価)』、待ってるね〜。