【完結】100トンホシノ先輩の規格外な日常 作:ていん?が〜
アビドス自治区の劇的な復興と繁栄。それはキヴォトス全土に希望の光を灯したが、同時に隣接する自治街区ではかつてない種類、かつてない規模の「公害」が発生していた。
それは排気ガスによる大気汚染でも、工場排水による水質汚濁でもない。物理学の常識を置き去りにした「局地的な連続震災」である。
ヴァルキューレ警察学校、生活安全局の受付窓口には、連日連夜、悲鳴のような通報が殺到していた。
「アビドス方向から来る謎の縦揺れで、自慢の棚の皿が全部割れたんだ!」
「道路をトラックが通ったわけでもないのに、人型の巨大な陥没穴が開いている!」
「庭の池の水が、一分間に一回のペースで逆流する!」
これらすべての怪現象の震源地は、一点を指し示していた。
「……もう限界だ。これ以上、アビドス発の『震動テロ』を生活安全の観点から見過ごすわけにはいかない」
ヴァルキューレ警察学校、公安局長の尾刃カンナは、執務室で重厚なコートを羽織り、立ち上がった。
彼女の目の前にあるコーヒーカップの中身は、遠くアビドスから伝わってくる周期的な地響きに合わせ、メトロノームのように正確に小刻みな波紋を立て続けている。その鋭い眼光は、書類の山を突き抜け、すでに「真犯人」の姿を捉えていた。
「うへ〜、おじさん、今日は天気がいいから校門の掃除でもしようかなぁ。あ、セリカちゃん、おじさんの箒は倉庫の奥にある、あの特注の鉄筋製のやつでお願いね」
アビドス高等学校の校門前。ホシノが「ドォン、ドォン」と大地を鳴らし、一歩ごとにアスファルトを数センチ沈み込ませながら歩いていると、砂漠の彼方から猛烈な砂煙を上げて、数台のパトカーが急停車した。
赤色灯を回しながら中から現れたのは、鉄の意志を纏った公安局長、カンナである。その後ろでは、生活安全局の一般委員たちが、すでに震え始めている地面に腰を引かせながら展開していた。
「小鳥遊ホシノ! あなたを不法歩行、および公共物損壊、並びにキヴォトス全域におよぶ広域器物損壊の疑いで任意同行願う!」
カンナが厳しい口調で手帳を掲げ、鋭い指先でホシノを指し示した。
「うへ〜、不法歩行? 公安局長さん、おじさんただ普通に健康のために歩いてるだけなんだけどなぁ。キヴォトスの地面が、おじさんの熱意に耐えきれずに勝手に道を譲ってくれてるだけだよ」
「熱意でアスファルトが30センチも沈み込み、近隣住民の食器棚が全壊するわけがないだろう! 現在、この周辺の道路はあなたの『歩行』という名の物理的侵食によって、事実上の通行不能状態に陥っている。……歩くだけで震度3を撒き散らすなど、生活安全の規範から大きく逸脱している。大人しく署まで来てもらおう」
カンナが威圧的に詰め寄ろうとしたその時、ホシノの背後から副会長のシロコが影のように現れた。彼女はホシノから正確に二メートル以上の距離を保ち、決してホシノの「質量領域」に踏み込もうとはしない。
「ん、公安局長。……ホシノ先輩を連行するのは、論理的ではない。……パトカーのサスペンションが、先輩を乗せた瞬間に自重で爆発する。ん、過去のデータから推測。輸送には最低でも戦車運搬車が3台、もしくは大型輸送ヘリでの十点吊り下げが必要。ん、今のヴァルキューレの予算では、護送費用だけで学園が破産する」
「シロコ先輩、そういう現実的な問題じゃないでしょ! 公安局長さん、あの、話せばわかるんです! 悪気はないんですよ! ねえ、アヤネちゃん!」
会計のセリカが慌てて割って入り、弁明を試みる。
「そうだね、セリカちゃん。……でも公安局長さん、ホシノ先輩を力ずくで『確保』しようとするのは、噴火中の活火山を素手で抑え込もうとするくらい無謀ですよ。あ、ほら、公安局長さんの足元も……」
書記のアヤネが眼鏡の位置を直し、指差した先。そこではホシノがただ静止しているだけで、カンナの立っている地面までが、巨大な漏斗のように「ミシミシ」と音を立ててホシノの方へと傾斜し始めていた。
100トンの質量がもたらす空間の歪みが、周囲の地形を物理的に吸い寄せているのだ。
「くっ……! 私は職務を遂行するだけだ。法を司る者が、対象の体重を理由に捜査を断念するなどあってはならない。……小鳥遊ホシノ、ヴァルキューレまで来てもらう。……無駄な抵抗はするなよ」
カンナは意を決して、一気に間合いを詰めた。そしてホシノの腕を掴もうとしたその瞬間、横からふわりとユメが割って入った。
「あはは! 局長さん、お疲れ様! ホシノちゃんの取り締まり? いいよ〜、私たちも協力するよ! でもね局長さん、手錠を使うなら特注の超高張力鋼……そう、戦艦の係留用チェーン並みのやつじゃないと、ホシノちゃんが可愛く『くしゅんっ』てくしゃみしただけで、塵も残さず千切れちゃうよ!」
「ユメ先輩……。これは法執行の現場なんです。笑い事じゃないんですよ……」
ユメに呆れるアヤネをよそに、カンナは真っ直ぐにホシノの肩に手を置いた。
「……悪いが、法は法だ。アビドスの――ッ!?」
その瞬間、カンナの表情が驚愕と戦慄に染まった。
触れた瞬間に伝わる、圧倒的な、あまりにも圧倒的な「密度」。それは少女の柔らかな肩の感触などではなく、惑星の核、あるいはブラックホールの外縁に直接触れたかのような、絶対的な拒絶感だった。
ホシノが力を入れているわけでもないのに、ただそこに「存在」しているという事実だけで放たれる質量の圧力が、カンナの指の関節をミシミシと悲鳴を上げさせ、腕の骨にヒビを入れかねない勢いで押し返してくる。
「うへ〜、公安局長さん。おじさんに触ると危ないよ。ほら、おじさんの体はちょっと『頑固』だからね」
ホシノが軽く、本当に、肩に止まった羽虫を払う程度のつもりで、わずかに肩を揺らした。
ドォォォォォン!!
「――がぁっ!?」
カンナの視界が反転した。彼女は物理現象としての爆風に煽られたかのように数メートル後方へ吹き飛び、自身の背後に停めてあったパトカーのフロントガラスに叩きつけられた。
強化ガラスが粉々に砕け、さらにその衝撃だけでパトカーの車体全体がV字にひしゃげた。
「きょ、局長ーーー!!」
生活安全局の面々が、もはや取り締まりを忘れて絶叫する。
「……はぁ、はぁ……。なんて……デタラメな……。一歩も歩くことなく、ただ肩をすくめただけでパトカーを廃車にするなど、前代未聞だ……。これでは逮捕術どころか、物理的な攻撃すら通用しない……」
カンナはひしゃげたボンネットから這い出し、コートの煤を払った。その腕はまだ激しく震えており、ホシノから伝わった「質量の残響」が全身の筋肉に激痛を走らせている。
「ごめんごめん、おじさん、ちょっと肩が凝っててさ。今の、マッサージ代わりにならないかな? おじさんも体が重くて、セルフマッサージも一苦労なんだよ」
「……マッサージで最新のパトカーが全損するか!!」
カンナの叫びが、アビドスの青空に虚しく響いた。結局、その日の任意同行は見送られた。いや、見送らざるを得なかったのだ。
数日後、カンナが作成し連邦生徒会に提出した報告書には、こう記されていた。
『現行の警察車両、および全ての身体拘束設備では、小鳥遊ホシノ氏を物理的に拘束・移送することは不可能である。彼女に対する物理的な接触そのものが捜査官の生命に致命的な危険を及ぼすと判断。以降、彼女の移動に伴う損害については、法的措置ではなく天災への対策として対処することを推奨する』
「アヤネちゃん、これって無罪放免なのかな?」
会計のセリカが、ヴァルキューレから届いた特例通知書を見ながら首を傾げる。
「そうだね、セリカちゃん。……というか、『取り締まる側が物理的に消滅する危険がある』ため、特例としてホシノ先輩の散歩は、台風や地震と同じ『移動性天災』として扱われることになったみたいだよ」
「うへ〜、おじさん、ついに台風と同じ扱いになっちゃった。なんだか感慨深いねぇ。シロコちゃん、お祝いにエビフライでも食べに行こうか。おじさん、お腹が空いたよ」
「ん、ホシノ先輩。……エビフライ、密度高めで注文。ん、揚げたての衝撃波、期待」
シロコがホシノを誘導するように歩き出す。100トンの少女が歩けば、秩序も重力に負けてひれ伏す。
アビドスの夕暮れは、今日もカンナの溜息と、地面が物理的に沈み込む重厚な足音、そして遠くの自治街区で鳴り響く避難警報と共に、静かに過ぎていくのだった。
【おじさんの「重い」お悩み相談】
うへ〜、読み進めてくれてありがとう。おじさん、嬉しいよ。
でも、まだまだおじさんの『密度』が足りないみたいなんだよねぇ。
「この子と遊んでほしい!」とか「こんな地響きが見たい!」っていうリクエスト、感想欄に置いていってくれないかな?
全部に応えるのはちょっと肩(100トン)が凝っちゃうけど、おじさんの琴線……いや、質量に触れたものは、全力の衝撃波を乗せて形にするよ。
あ、そうそう。評価とかお気に入りとか……そういう『応援の重み』を貰えると、おじさんの筆……じゃなくて質量がもっともっと増えて、さらに凄い地響きが書ける気がするんだ。
みんなの『重すぎる愛(リクエストや評価)』、待ってるね〜。