『異世界で屋台を始めたら魔王・皇帝・竜皇が常連になりました』   作:綾鷹大好きクラブ

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久々に書きたくなっちゃった★


転生~乳児期
第1話「若様、妖怪に拾われる」


近衛義忠(このえよしただ)は、どこにでもいる普通の男だった。

少なくとも、本人はそう思っていた。

日本の中堅企業に勤める、ごく平凡なサラリーマン。

特別優秀というわけでもないが、無能でもない。

仕事は真面目にこなし、遅刻もほとんどせず、上司の命令にも基本的には従う。

 

ただし――

 

一つだけ、彼には欠点があった。

融通が利かないほどの正直者であること。

 

それが、会社では致命的だった。

 

その日も、会議室の空気は重かった。

長机を挟み、上司が資料を叩きながら言った。

 

「この数字は外に出すな。わかったな?」

義忠は眉をひそめた。

 

「ですが、このデータは改ざんですよね」

室内が静まり返る。

同僚たちは目を伏せる。

誰も口を開かない。

上司の顔が引きつった。

 

「・・・何が言いたい」

「実際の利益はこの半分です。

 これを投資家に出すのは――」

「近衛」

低い声が遮った。

「空気を読め」

 

義忠は黙らなかった。

「空気ではなく事実の話です」

一瞬の沈黙。

 

そして、上司はため息をついた。

「・・・もういい」

 

 

その日の午後。

人事から呼び出しがかかった。

結果は、分かりきっていた。

 

 

会社にとって都合の悪い人間は、いらない。

義忠は、会社を去ることになった。

 

 

失業して三ヶ月。

義忠は、思ったより落ち込んではいなかった。

貯金はある。

失業手当も出ている。

 

むしろ――

 

久しぶりに、時間があった。

朝、目覚ましなしで起きる。

コーヒーを淹れる。

ニュースを見る。

昼は散歩、夜は本。

そんな穏やかな生活だった。

 

その日も、いつものように川沿いを歩いていた。

冬の終わりから春へ差し掛かる頃なのだろう、まだ少し肌寒い風が吹いている。

川の水は、雪解けの影響でまだ冷たい。

義忠は、橋の上で足を止めた。

その時だった。

 

「・・・何か聞こえるな?」

微かな鳴き声が聞こえた。

「ミャー・・・」

小さい。

か細い。

義忠は川を覗き込んだ。

 

流れの中で――

 

一匹の子猫が溺れていた。

 

段ボールの破片にしがみつきながら、必死に水面へ顔を出している。

だが、流れは速い。このままでは、長くは持たない。

義忠は周囲を見回した。しかし、誰もいない。

スマホを取り出す。が、すぐにしまった。

救助を呼んでも、間に合わない。

子猫の鳴き声が弱くなる。

 

「・・・仕方ないか」

義忠は靴を脱ぎ、上着を脱ぎ捨てた。

 

そして――

躊躇なく川へ飛び込んだ。

当然ながら冷たい。氷水のようだった。

一瞬で息が止まりそうになる。

だが義忠は泳いだ。

子猫は必死に鳴く。

「ミャ・・・!」

「もう少しだ」

流れに逆らい、腕を伸ばす。

水が重い。

体温が奪われる。

 

それでも――

指先が届いた。

 

義忠は子猫を抱き上げた。

びしょ濡れの小さな体が震えている。

「よし・・・捕まえた」

義忠は岸へ泳いだ。

 

流れに押されながらも、なんとか石の多い浅瀬に足をつける。

よろめきながら、岸へ上がる。

膝をつき、子猫を地面に置いた。

子猫は震えながら鳴いた。

「ミャ・・・」

生きている。

義忠は、ほっと息を吐いた。

「よかったな」

その時だった。

 

胸の奥が――

ズキン

と痛んだ。

 

「・・・・・?」

息が、苦しい。

心臓が、妙に速い。

体が、震える。

冷たい水。

急激な体温低下。

そして極度の運動。

それらが重なった結果。

 

冷水ショック。

 

そして――

 

心臓発作。

 

「・・・あれ」

視界が揺れる。

立ち上がろうとする。

その瞬間――

 

突風が吹いた。

川沿い特有の、強い横風。

ふらりと体が揺れた。

足元の石は濡れている。

滑った。

 

義忠の体は――

後ろへ倒れた。

 

「・・・あ」

次の瞬間。

ドボン

再び川へ落ちた。

冷たい水が体を包む。

 

しかし――

もう泳ぐ力は残っていなかった。

心臓は激しく脈打ち。

 

そして。

止まった。

 

意識が消える。

体は流れに乗る。

力なく、川の下流へと流されていった。

 

岸では、助けられた子猫が鳴いていた。

「ミャア・・・」

だが、その声を聞く者はいない。

川の水音だけが、静かに響いていた。

 

 

――その時。

誰にも見えない空の上で。

複数の存在が、その光景を見ていた。

八百万の神々である。

 

「・・・見たか」

一柱が言った。

「見た」

別の神が答える。

「見事な行いだ」

神々は、しばらく沈黙した。

 

そして誰かが呟いた。

「・・・転生資格」

別の神が頷く。

「問題ないだろう」

さらに別の神が笑った。

「面白い魂だ」

 

義忠の体は、川を流れていく。

 

だがその魂は――

 

静かに、空へと昇っていった。

その先に待つ運命を、まだ知らぬまま。近衛義忠の意識は、ゆっくりと浮かび上がっていた。

 

最初に感じたのは――

静寂。

 

次に感じたのは――

光。

 

どこまでも広がる白い空間。

床も壁も、境界すら存在しない。

ただ柔らかな光だけが満ちている。

 

「・・・ここは?」

義忠は周囲を見回した。

体は濡れていない。

服も乾いている。

冷たさも消えていた。

 

「確か・・・川に」

そこまで思い出した瞬間――

 

声が響いた。

「目覚めたか」

声がする方向へ振り向く。そこには人がいた。

いや違う。あれは人じゃない。

人の形をした存在だ。

でも人らしき立体感がある。

いったい何者なのだろうか。

 

目の前にいたのは白い衣をまとった老人。

しかしその背後には、空間そのものが揺らぐような威圧感がある。

義忠は本能的に理解した。

 

「・・・神様?」

老人は微笑んだ。

「その認識で大きく間違ってはいない」

「という事は・・・やっぱり死んだのか」

義忠はため息をついた。

驚きはあった。あれで人は死ぬものなのかと。

過去にテレビでお笑い芸人達が、ほぼ裸同然で海に落とされるような番組があったが、それでも芸人達は生きていた。

そんな芸人達よりも肥えていた自分が死ぬなんてのは、確率で言うなら低いのではないか。

だが、妙に納得もしていた。健康な人がポックリ逝ってしまう事だってある。その逆も然りだし、

なによりも、あの時に心臓が止まった感覚を覚えているからだ。

 

「子猫は?」

神は答えた。

「助かった」

義忠は肩の力を抜いた。

 

「なら良かった」

神は目を細めた。

「自分が死んだというのに、まずそれか」

「まあ・・・助けた意味が無かったら嫌じゃないですか」

義忠は頭をかいた。

 

その瞬間。

空間がざわめいた。

老人の後ろに、次々と人影が現れる。

男、女、老人、若者。

様々な姿。

 

しかし全員が――

 

神であった。

「ほう」

「面白い」

「やはりこの魂だ」

神々は興味深そうに義忠を見ている。

 

義忠は少し引いた。

「えーと・・・?」

 

見かねた老人の神が説明する。

「ここは神界でお前は死んだ。そして我々は、その行いを見ていた」

 

義忠は眉を上げた。

「行い?」

「子猫を助けた行為だ」

神々の一柱が言った。

「見ず知らずの命のため」

「自分の命を危険に晒した」

「見事」

別の神が頷く。

「善行だ」

「間違いなくな」

 

義忠は苦笑した。

「そんな大げさな・・・」

「いや」

老人神が言う。

「大げさではない」

神々の一人が指を鳴らす。

すると空間に映像が浮かんだ。

川。

子猫。

飛び込む義忠。

助ける姿。

そして倒れる瞬間。

「我々は常に見ている」

神は言った。

「人の善行も」

「悪行も」

「すべてな」

 

義忠は頭をかいた。

「それはちょっと恥ずかしいですね」

神々の中から笑いが漏れた。

「良い」

「実に良い」

「こういう魂は久しい」

「最近の人間は自己保身ばかりだからな」

義忠は肩をすくめた。

「俺だって怖かったですよ。ただ・・・」

 

少し考えた。

「見捨てる方が嫌だっただけです」

神々の空気が変わった。

満足。

納得。

評価。

そんな感情が満ちている。

老人神が言った。

「お前には資格がある」

「資格?」

「転生の資格だ」

義忠は目を瞬いた。

 

「転生?」

「そうだ」

神が頷く。

「別の世界で新たな人生を与える」

 

義忠は少し考えた。

「断ることもできます?」

 

 

 

 

 

 

 

神々が一斉に静まった。

「・・・理由は?」

義忠は答える。

「別に未練はないですけど、面倒そうだなって」

 

 

神々は数秒沈黙した。

そして――

 

 

大笑いした。

「はははは!」

「やはり面白い!」

「普通は喜ぶぞ!」

「そういう魂だから選ばれたのだ!」

老人神が笑いながら言う。

「安心しろ」

「特典を与える」

 

「特典?」

神が指を鳴らす。

光が降りた。

 

「まずは定番の万象言語」

義忠の頭に知識が流れ込む。

「すべての言語を理解する能力だ。それの最上位のものをやろう」

 

次の光。

「次は神眼だ」

「なんかラノベとかに出てくる鑑定みたいなやつですかね?」

「そうだ。それの最上位のもので、さらに対象の感情・悪意・思考を視認できる」

「連続で最上位のものって・・・」

 

また光。

「続いて虚空蔵庫!よくある無限収納空間だと思えばよいぞ」

 

義忠は目を丸くした。

「すごいな。こんなに貰えるのか・・・」

 

神々は頷く。

「さらに」

「希望特典じゃ。おぬしの魂の情報からしてこんなもんかの・・・ほいっと!」

光が増える。

「無病息災」

「料理スキル」

「ネットショッピング」

「コピー&ペースト」

 

義忠は笑った。

「ドンピシャで欲しいやつばかりだ・・・というかネットショッピングってあるんだな」

「便利だろう」

「これだけで十分過ぎる程ですよ」

 

神々が頷く。

「だがそれだけではない」

「え?」

 

突然。

別の神が言った。

「これも付けておこう」

光。

「召喚士」

別の神。

「日本妖怪召喚」

また別の神。

「ものづくりの達人」

さらに別の神。

「平和の使徒」

そして最後に。

「KAMI-PHONE」

義忠は呆然としていた。

 

「増えてません?」

神々は頷く。

「増やした」

「面白そうだからな」

 

義忠は苦笑した。

「まあ・・・いいか」

 

老人神が言う。

「では行くぞ」

「新しい世界へ」

光が溢れる。

空間が揺らぐ。

「人生を楽しめ」

「お前なら大丈夫だ」

 

「じゃあ・・・行ってきます」

 

そして。

魂は光に包まれた。

新しい世界へ。

新しい人生へ。

――転生。

 

 

光が消えた。

近衛義忠――いや、これから生まれる魂は、すでに神界から消えている。

静寂が戻った。

先ほどまで笑っていた神々は、今は少しだけ真剣な顔になっていた。

最初に口を開いたのは、白衣の老人神だった。

 

「・・・送り出したな」

別の神が腕を組む。

「本当に良かったのか?」

女神が小さくため息をついた。

「よりによって、あの役を任せる魂としては・・・少し穏やかすぎる気もするけれど」

若い姿の神が笑う。

「だが適任だろう?」

「争いを望まない」

「損得で動かない」

「誰とでも対等」

「そして、あの図太さ」

 

老人神が頷いた。

「確かにな」

別の神が言う。

「六極の均衡は、すでに限界に近い」

神界の空間に、巨大な世界の幻影が浮かび上がった。

六つの大国。

それぞれが強大な力を持つ国家。

魔族の国。

人間帝国。

エルフの王国。

ドワーフの王国。

竜の帝国。

そして聖なる宗教国家。

 

その境界には――

 

 

巨大な草原。

六極緩衝地帯。

「戦争は起きていない」

「だが」

「それは均衡が保たれているからだ」

女神が静かに言う。

「均衡は、いつか崩れる」

若い神が笑う。

「だからあの魂を用意した」

 

別の神が言う。

「だが、本人はまったく気付いていないぞ」

老人神が頷いた。

「それでいい」

「自覚して動く者は、多くの場合、思惑に縛られる」

「無自覚だからこそ自然に世界へ影響する」

 

女神が少し不安そうに言う。

「しかし・・・本当に大丈夫?あの性格で。六極の頂点たちと関わることになるのよ?」

神々の一人が笑った。

「問題ない。むしろ、あの性格だからいい」

別の神が言った。

「権力を恐れない、媚びない、敵視もしない、平等に扱う」

老人神が言う。

「そう、それこそが必要なのだ」

 

神界の空間に、未来の可能性が一瞬だけ映る。

六人の王。

魔王。

皇帝。

女王。

王。

竜皇。

教皇。

 

そして――

 

 

小さな屋台。

そこに集まる六人。

 

神々の一柱が笑った。

「さて。世界はどう変わるかのう」

若い神が肩をすくめる。

「多分大丈夫だろう」

女神が苦笑した。

「随分適当ね」

老人神は空を見上げた。

「まあ・・・」

そして静かに言った。

「あの魂なら、大丈夫だろう」

神々は再び笑った。

 

 

誰もまだ知らない。

世界を動かすきっかけが――

 

一つの屋台になることを。

 

 

暗闇の中で、意識が揺れていた。

暖かい。

柔らかい。

だが――

 

狭い。

 

「・・・?」

意識がぼんやりと浮かぶ。

近衛義忠は、奇妙な感覚に包まれていた。

 

体が思うように動かない。

手を動かそうとする。

 

だが。

小さい。

驚くほど小さい。

「・・・え?」

 

声を出そうとした。

出たのは――

 

「おぎゃあ!」

赤ん坊の泣き声だった。

 

その瞬間。

義忠は理解した。

(ああ・・・)

(本当に転生したのか)

 

ぼやけた視界の中。

誰かの顔が見える。

女性だった。

涙を浮かべながら、赤子を抱いている。

 

「生まれた・・・生まれたわ・・・!」

その横には男。

「よかった・・・」

どうやら、この二人が今世の両親らしい。

義忠――いや、まだ名前のない赤子は、ぼんやり思った。

(まあ・・・)

(なるようになるか)

 

 

 

数ヶ月が過ぎた。

赤子はすくすく育っていた。

この世界の文明は高くない。

村は木造の家ばかり。

農業中心の生活。

だが人々は穏やかだった。

 

赤子の両親も、優しい人だった。

だが。

問題が起きたのは――

 

 

 

ある日のことだった。

赤子は寝床の中で、ぼんやりと天井を見ていた。

(暇だな・・・)

赤子なので、出来ることはほとんどない。

 

寝る。

泣く。

ミルク。

それだけだ。

 

 

その時、赤子は何気なく思った。

(もっと明るくならないかな)

 

その瞬間。

 

パァッ

 

部屋が光った。

窓から差し込む光が、突然強くなった。

昼間なのに、まるで真昼のような明るさ。

 

母親が驚いた。

「え?」

 

赤子も驚いた。

(・・・今の、俺?)

 

 

数日後。

別の事件が起きた。

 

 

父親が言った。

「今年は雨が少ないな・・・」

畑が心配だった。

村人たちも不安そうにしている。

 

その時、赤子はぼんやり思った。

(雨、降ればいいのに)

 

その日の夜。

土砂降りになった。

村人たちは大喜びした。

 

だが。

次の事件で、空気が変わる。

 

 

村の子供たちが喧嘩していた。

泣き声が聞こえる。

赤子はイライラした。

(うるさいな)

(静かになればいいのに)

 

次の瞬間。

 

子供たちは、突然口を閉じた。

声が出ない。

喉を押さえている。

村は騒然となった。

 

翌日。

村の広場には、ほぼすべての村人が集まっていた。

農民、狩人、女たち。

誰もが不安そうな顔をしている。

 

最近、この村では不可思議なことが続いていた。

晴天なのに突然の豪雨。

昼間なのに異様な光。

 

そして――

 

子供たちが、突然声を失った事件。

 

ざわめきが広がる。

「やっぱりあの子じゃないのか」

「最近の出来事は全部あの家の近くだ」

「呪いの子だ・・・」

 

母親が叫んだ。

「違う!」

赤子を抱きしめている。

「この子は普通の子よ!」

 

だが。

村人の恐怖は消えない。

父親も必死に言う。

「ただの偶然だ!」

 

その時。

村長がゆっくり立ち上がった。

老人だが、背筋は真っ直ぐ。

かつて聖国で神に仕えていた男。

元聖職者。

村長は静かに言った。

「皆、落ち着け」

ざわめきが止まる。

 

村長は赤子を見た。

赤子は不思議そうに周囲を見ている。

 

その瞬間。

村長は確信した。

(やはり・・・)

 

この子の周囲には、微かだが確かに存在する。

神の気配。

 

聖職者だった頃、奇跡に触れたことがある。

それと同じものだった。

村長は言った。

「これは呪いではない」

 

村人がざわめく。

「では何だ!」

村長は静かに答えた。

「神性の力だ」

空気が凍った。

母親も父親も言葉を失う。

 

村長は続けた。

「この子は、言葉や思いが世界に影響している」

 

村人の顔が青くなる。

「そんな・・・」

「神の子なのか」

「いや、違う」

「危険すぎる!」

恐怖は簡単には消えない。

 

村長は理解していた。

この村人たちは、ただ怖がっているだけではない。

家族を守りたいのだ。

だからこそ――

 

 

 

 

決断しなければならない。

 

 

 

夜。

村長の家。

父親と母親が呼ばれていた。

母親は赤子を抱いている。

目は真っ赤だった。

「村長・・・お願いです。この子を守ってください」

 

父親も頭を下げた。

村長は黙っていた。

 

 

長い沈黙。

 

 

 

そして言った。

「・・・守るために村から出す」

 

 

 

 

母親の顔が崩れた。

「そんな・・・」

父親も震える。

「山は危険です!」

村長は静かに言う。

「殺す者が出る前に」

二人は言葉を失った。

 

村長は続ける。

「恐怖は広がる。いずれ誰かが動く。その時、この子は――」

そこまで言わなかった。

言わなくても分かる。

 

母親は泣き崩れた。

「嫌です・・・」

赤子はその声を聞きながら、ぼんやり思った。

(泣かないでほしいな)

 

すると。

母親の涙が止まった。

本人も驚く。

「・・・あれ?」

村長はそれを見ていた。

(やはり)

 

言霊の力。

まだ無意識だ。

だが確実に存在する。

 

(神よ!この子をお守りください)

 

村長は心の中で祈り、そして決断した。

 

―夜の山道

 

父親が赤子を抱いている。

母親は歩けなくなっていた。

何度も振り返る。

「本当に・・・ここでいいのですか」

 

村長は頷いた。

「ここなら」

 

本当の理由は言わない。

 

 

この山の奥には――

 

 

妖怪の村がある。

 

人間は恐れて近づかない。

だが村長は知っている。

妖怪は必ずしも人を害する存在ではない。

むしろ、人より情が深いこともある。

赤子を置いた父親の手が震えている。

「すまない・・・」

 

母親は声を押し殺して泣いた。

村長は言った。

「振り返るな。戻るぞ」

 

三人は山を下りていった。

 

夜の山は静かだった。

風が木々を揺らす。

虫の声。

遠くで鳴く獣。

その中で――

 

赤子は布に包まれ、静かに眠っていた。

普通ならば山に捨てられた赤子の運命は、長くはない。

 

寒さ。

獣。

飢え。

どれかが、すぐ命を奪う。

 

だが、この夜は違った。

森の奥から、足音が近づいてきた。

ゆっくり、ゆっくり。

 

そして。

 

白い影が現れる。

長い黒髪。

白い着物。

腕には布。

 

女だった。

だが――

 

 

 

人ではない。

 

 

彼女は赤子の前で足を止めた。

静かに見下ろす。

 

その目は、人間のものではなかった。

深い闇のような瞳。

 

そして彼女は、小さく呟いた。

「・・・また」

 

この女の名は――

産女(うぶめ)

 

子を産んで死んだ母の怨念が妖怪となった存在。

赤子に強く執着する妖怪。

 

だが。

この産女は、少し違った。

 

彼女は赤子を見つめた。

布に包まれた小さな命。

 

「捨てられたのか」

赤子は眠ったままだ。

産女は静かにしゃがんだ。

 

その時だった。

赤子が、ぼんやりと目を開けた。

 

そして。

産女を見た。

 

普通の赤子なら――

 

 

泣く。

 

妖怪の気配は、本能的な恐怖を与える。

だが。

この赤子は。

 

ただ――

 

ぼんやりと見ていた。

 

そして。

小さく手を伸ばした。

産女の髪を掴む。

 

 

「・・・」

産女は固まった。

普通ならありえない。

妖怪に触れる赤子。

しかも恐れない。

 

 

その瞬間。

赤子が、ぼんやり思った。

(女の人だ)

(でもちょっと怖い顔してるな)

 

すると。

その言葉が――

 

言霊として発動した。

産女の顔が、少し柔らかくなった。

本人も気づかない変化。

産女は驚いた。

「・・・?」

 

だが次の瞬間。

彼女は気付いた。

 

赤子の体から、微かな神の気配がする。

「・・・神?」

妖怪は神の力に敏感だ。

この赤子には明らかに普通ではない力がある。

 

産女は少し考えた。

山に捨てられた赤子。

神の気配。

 

そして――

 

この世界には、人間の村では生きられない子もいる。

 

産女は、そっと赤子を抱き上げた。

赤子は泣かなかった。

むしろ安心したように目を閉じた。

「・・・変な子だ」

産女が赤子を抱いて立ち上がって歩き出す。

 

森の奥。

人間が決して辿り着かない場所。

 

やがて空気が変わった。

木々の間に灯りが見える。

 

妖気。

人の世界とは違う空気。

 

そこに広がっていたのは――

 

 

妖怪の村[隠里]。

 

木の上には天狗の住居。

地面には鬼の家。

水辺には河童の集落。

雪女が氷の家を作っている。

座敷童子が家の屋根を走り回る。

 

 

妖怪たちは産女に気付いた。

鬼の一人が笑いかけて真顔で問う。

「おや?赤子・・・ん?人間の赤子か?」

産女は言った。

「山に捨てられていた」

天狗が眉を上げる。

「人間か・・・」

 

その時。

強い妖気が近づいた。

空から降りてくる影。

巨大な翼。

長い鼻。

赤い顔。

 

大天狗。

隠里の長。

村の主。

 

大天狗は赤子を見た。

「ほう」

「面白い」

妖怪たちは静かになる。

大天狗は言った。

「神の気配がする」

 

ざわめきが広がる。

その時。

後ろから声がした。

「見せてみなさい」

 

九本の尾。

黄金の瞳。

玉藻前。

隠里の長老格。

知恵者。

 

 

産女が赤子を差し出す。

玉藻前はしばらく見つめた。

そして顔を引き攣らせながらも苦笑いする。

「これはまた・・・とんでもない子ね。まるで神の御落胤じゃないの・・・」

 

大天狗が酷く慌てる。

「ご、ご、御落胤だと!どどどどどうする!?」

玉藻前は即答した。

「決まってる、育てるのよ」

鬼が笑った。

「面白そうだ」

河童が言う。

「川遊び教えてやる」

雪女が言う。

「料理も覚えさせましょう」

 

先程酷く慌てていた大天狗は何か悟ったのか。

「・・・やむを得ん。放置して神罰が下って村が消えては困るからな。この子を本日を以て里の子とする!」

 

赤子は眠っていた。

続けて、配下の天狗達と酒吞童子率いる鬼軍団、この場にいる全ての妖怪達に指示を出す。

「お前達!神のご落胤とあらば、決して粗略に扱ってはならぬぞ!皆、産女が困ったら補助をせよ、良いなっ!」

大天狗の指示に場が引き締まる。

 

そんな中、一体の天狗が一歩前に出てきた。

「あっしが若様の危険を排除しまさぁ!」

胸を張りながら言ってのけた天狗に大天狗が言葉を被せる。

「たわけ!里一番のお調子者が大層に言うても重みなどあったものではないわ!ちゃんと行動で示すようにせい!」

「そんなぁ!」

「「「「はははは」」」」

大天狗鋭い突っ込みに一同大笑いし場は解散した。

 

 

赤子まだ知らない。

自分が。

人間の村ではなく――

 

妖怪達に育てられることを。




特典がかぶるのはセーフ?
原作パクってるわけじゃないからセーフだとは思うけど。
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