碇シンジと最上イズモ 他人を演じるということ   作:最上 イズモ

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知識の開示

発令所の熱が引いたあとで残るのは、たいてい静けさではなく視線だった。

 

最上イズモは医療区画へ向かう通路を歩きながら、それを背中で数えていた。ラミエルは落ちた。作戦も通った。旧米軍衛星レーザーと高出力レーザー砲を繋いだ一撃で、第三新東京市はまた一つ生き延びた。

 

だが、助かったことと、疑われないことは別だ。

 

むしろ今回は、助かったからこそ疑いが濃くなる。

 

葛城ミサトが隣を歩いている。早足ではない。戦闘直後にしては落ち着いた速度だ。けれど、その落ち着き方がかえって不自然だった。何も考えていない人間の歩幅ではない。頭の中で言葉を整理している時の歩き方だ。

 

ラミエル戦の高揚はまだ身体の奥に残っている。

 

待機の長さ。

衛星照射の瞬間。

主砲の反動。

撃ち返される寸前の砲口。

 

全部が焼きついているのに、隣の気配の方が先に神経へ触る。

 

医療区画の手前で、ミサトが足を止めた。

 

葛城ミサト「……ちょっといい?」

 

最上イズモ「はい」

 

通路の照明は白い。白いのに、NERVの白はどうしても清潔というより監視の色に見える。ミサトはその白の下で腕を組みそうになって、やめた。組むと尋問っぽくなりすぎると分かっているのだろう。

 

葛城ミサト「今日の作戦」

 

最上イズモ「はい」

 

葛城ミサト「正しかった」

 

最上イズモは少しだけ目を伏せる。

 

最上イズモ「そう見えたなら良かったです」

 

葛城ミサト「そこ謙遜しなくていいの」

 

ミサトは少しだけ息を吐く。

 

葛城ミサト「衛星レーザーも、高出力レーザー砲も、初号機を射手にするのも、全部通った」

葛城ミサト「結果論じゃなくて、あの場で一番現実的だったのも分かる」

 

そこまでは評価だ。

 

その先が来る。

 

葛城ミサト「で」

 

イズモは顔を上げる。

 

ミサトの目はまっすぐだった。

 

葛城ミサト「何で、あなたが旧米軍の衛星レーザーなんて知ってるの」

 

来た、と思う。

 

当然だ。あの場では作戦の正しさが先に立つ。だが戦闘が終われば、次に残るのは出所だ。中学生の碇シンジが、国家機密の残骸みたいな兵器構想を即座に引っ張り出し、運用案まで繋げた。説明のつかない不自然さしかない。

 

イズモは一拍だけ黙る。

 

ここで完全な嘘は危険だ。かといって、本当の出所など言えるはずがない。

 

ピースギア側の冷戦期技術資料。

旧地球圏の放棄兵器構想。

過去文明の遺物整理ログ。

 

そんなものを、今の自分が持っている理由はどこにも存在しない。

 

最上イズモ「昔、そういう記録を見たことがある気がして」

 

言ってから、自分でも苦いと思う。

 

雑だ。

曖昧だ。

言い逃れとしても弱い。

 

だが、完全にゼロから作るより、記憶の端に引っかかった程度へ落とす方がまだ現実的だった。

 

ミサトの眉がゆっくり寄る。

 

葛城ミサト「気がして、で国家機密級の兵器構想出してきたの?」

 

最上イズモ「案自体は妥当だったはずです」

 

葛城ミサト「そこじゃないのよ!」

 

声が少しだけ上がる。

 

通路の奥で誰かが振り向きかけ、すぐに目を逸らす。ミサトはそれに気づいて一度だけ目を閉じ、呼吸を落とした。

 

葛城ミサト「……ごめん。怒鳴りたいわけじゃない」

葛城ミサト「ただ、本気で引っかかってるの」

 

最上イズモ「分かっています」

 

葛城ミサト「分かってるなら、もう少し困って」

 

困っている。

かなり。

だが、それをそのまま表に出しても事態は改善しない。

 

ミサトは壁へ軽く背を預けた。

 

葛城ミサト「あなた、戦場で必要な情報を拾う速度が速すぎる」

葛城ミサト「戦術の組み方も、被害の切り方も、普通じゃない」

葛城ミサト「そこへ国家機密級の兵器知識まで乗ると、さすがに“変わった”で済ませるのが苦しくなるの」

 

イズモは目を伏せたまま、白い床を少しだけ見る。

 

変わった、では済まない。

その認識はたぶん正しい。

自分でも、今日の発言が“やらかし”だと分かっている。作戦としては正解だった。だが、発言者としては危険すぎた。

 

最上イズモ「……発言のあとで、自分でも不審だと思いました」

 

ミサトの目が止まる。

 

葛城ミサト「あとで?」

 

最上イズモ「案を出す方が先に来たので」

 

数秒、沈黙が落ちる。

 

それからミサトが、信じられないものを見るような顔になった。

 

葛城ミサト「……正気?」

 

最上イズモ「作戦は正しかったと思います」

 

葛城ミサト「そういう話じゃない!」

 

今度は声を抑えたまま怒気が混ざる。

 

葛城ミサト「普通、自分がその知識を知ってていい立場かどうかって先にブレーキ入るの!」

葛城ミサト「あなたはそこ飛ばして“勝てる案”を先に出してる!」

 

その指摘は痛いほど正確だ。

 

ラミエルを見た。

高火力一点突破しかないと判断した。

ピースギアの過去資料で見た冷戦期放棄兵器構想が引っかかった。

出した。

そのあとで、碇シンジがそれを知っている理由がないと気づいた。

 

順番が逆だ。

良い癖ではない。

 

最上イズモ「……そうですね」

 

ミサトはしばらくこちらを見ていたが、やがて額を押さえるように手を当てた。

 

葛城ミサト「ねえ」

 

最上イズモ「はい」

 

葛城ミサト「あなた、本当に戦場だと“正しい方を先に掴む”のね」

 

最上イズモ「たぶん」

 

葛城ミサト「で、掴んでから、人間の方の整合性に気づく」

 

最上イズモ「否定しません」

 

ミサトはその場で少しだけ天井を見上げた。

 

葛城ミサト「……厄介」

 

その言葉には、呆れと感心と頭痛が全部混ざっていた。

 

医療スタッフが奥からこちらを窺っている。呼びたいのだろう。だがミサトが通路を塞いでいるせいで、入るタイミングを失っている。

 

それを見て、イズモは少しだけ言う。

 

最上イズモ「先に処置を」

 

葛城ミサト「逃がさないわよ」

 

最上イズモ「逃げるつもりはありません」

 

葛城ミサト「その返しもなんか腹立つのよね」

 

ミサトはそう言って、ようやく身体をどかした。

 

医療区画へ入る。白い処置台。冷たい金属。センサー。固定具。戦闘のあとにいつも通される手順。ここまで来ると少しだけ安心する自分もいる。少なくとも、何をされるか分かるからだ。

 

リツコがもう待っていた。

 

赤木リツコ「遅かったわね」

 

葛城ミサト「会話してたの」

 

赤木リツコ「そう」

 

その一音だけで、ほとんど全部察した顔になる。

 

リツコは手元の端末を見ながら言う。

 

赤木リツコ「ラミエル戦の被弾なし、主砲反動由来の神経負荷、待機時間による精神疲労。肉体損傷は軽い」

赤木リツコ「ただし、別の意味で疲れてる顔してるわね」

 

最上イズモ「否定しません」

 

赤木リツコ「今日はよく否定しないのね」

 

ミサトが横から低く言う。

 

葛城ミサト「旧米軍の衛星レーザー知ってた理由聞いた」

 

リツコの手が止まる。

 

赤木リツコ「……で?」

 

葛城ミサト「“昔、そういう記録を見たことがある気がして”だそうよ」

 

リツコは数秒、無言でイズモを見た。

 

その沈黙には、医学も研究もない。ただ純粋な意味で“何を言っているんだこの子は”という人間の顔があった。

 

赤木リツコ「最悪ね」

 

最上イズモ「案自体は」

 

赤木リツコ「そこじゃない!」

 

ミサトとほぼ同じ返しが飛ぶ。

 

一瞬だけ、イズモは少し笑いそうになる。

笑える状況ではない。

だが、同じ箇所に同じ角度で突っ込まれると、さすがに自覚が深くなる。

 

赤木リツコ「作戦は正しかった」

赤木リツコ「でも、出所としては最悪」

赤木リツコ「碇シンジの口から出ていい知識量じゃないわ」

 

葛城ミサト「でしょ?」

 

赤木リツコ「当然でしょ」

 

二人の温度が妙に揃う。

 

戦闘後で疲れているはずなのに、そこだけは一致していた。案そのものではなく、その案を出した“中学生の口”の方が問題だと。

 

リツコは処置用の手袋をはめながら、少しだけ声を落とす。

 

赤木リツコ「司令は使えるなら使うでしょうね」

赤木リツコ「でも、私はそこを放置したくない」

 

最上イズモ「分かっています」

 

赤木リツコ「じゃあ言うけど」

 

彼女はセンサーを貼りながら、手を止めずに続ける。

 

赤木リツコ「次からは、知ってることを全部そのまま出さないで」

赤木リツコ「正しい案でも、出し方一つで自分の首を絞める」

 

ミサトが横から頷く。

 

葛城ミサト「ほんとそれ」

葛城ミサト「あなた、有能なのに、情報の出し方だけ時々事故る」

 

その評価が、妙にしっくり来てしまうのが腹立たしい。

 

最上イズモ「改善します」

 

葛城ミサト「うん。“改善します”は今のところ正しい」

 

リツコが端末を少しだけこちらへ向ける。

 

ラミエル戦の仮解析データ。

主砲発射タイミング。

衛星照射との同期誤差。

撃破角度。

全部が秒単位で並んでいる。

 

赤木リツコ「それにしても」

 

彼女は小さく息を吐く。

 

赤木リツコ「旧米軍衛星レーザーなんてワード、私でもあの場で真っ先には出てこないわ」

 

その一言が、今日一番重かった。

 

リツコでさえそうなのだ。

ならなおさら、碇シンジの口から出ていいはずがない。

 

最上イズモ「……すみません」

 

今度の謝罪だけは、少しだけ本物に近かった。

 

ミサトがその声を聞いて、わずかに目を細める。

 

葛城ミサト「別に謝ってほしいわけじゃないのよ」

葛城ミサト「勝ったことは勝ったことだし」

葛城ミサト「私が言いたいのは、“勝てる案を出す前に、一回だけ自分がどこにいるか思い出して”ってこと」

 

その言い方はやわらかい。

だが、芯は硬い。

 

葛城ミサト「あなた、自分が今“碇シンジ”としてここにいること、ときどき後ろに飛ばすでしょ」

 

イズモは答えなかった。

 

答えないことが答えみたいなものだった。

 

そうだ。

戦場で必要な解へ飛ぶ時、自分がどの顔でどの名前でそこに立っているかが遅れる。遅れて、そのせいで後から整合性の負債が来る。

 

良い癖ではない。

たぶん、かなり悪い。

 

赤木リツコ「まあ、今回は勝ったからいいわ」

 

葛城ミサト「良くはない」

 

赤木リツコ「結果としてはよ」

 

最上イズモ「次は気をつけます」

 

ミサトがそこで小さく笑う。

 

葛城ミサト「その“次”って、作戦のこと? それとも不審発言のこと?」

 

最上イズモ「両方です」

 

今度はリツコまで少しだけ吹き出しそうになる。

 

赤木リツコ「本当にそういうところだけ素直ね」

 

処置が終わる頃には、戦闘直後の熱は少し落ちていた。

代わりに、別の疲労が残る。

 

ラミエル戦の待機。

綾波との回線。

主砲の反動。

そして、旧米軍衛星レーザーという国家機密級のワードを、碇シンジの顔で口走った事実。

 

どれも、頭の奥で重い。

 

医療区画を出る時、ミサトが歩幅を少しだけ合わせてくる。

 

葛城ミサト「ねえ」

 

最上イズモ「はい」

 

葛城ミサト「今日の結論」

 

最上イズモ「何でしょう」

 

葛城ミサト「あなたは戦場では頼れる」

葛城ミサト「でも、知識の出し方は要教育」

 

最上イズモ「……厳しいですね」

 

葛城ミサト「甘い方よ」

 

その返答に、少しだけ救われる。

 

叱責ではある。

だが、切断ではない。

面倒だと分かっても、まだ教育の枠に置いている。その事実だけで、少しだけ息がしやすい。

 

通路の先、NERVの白い光がまだ続いている。

 

向こうではシンジが、たぶんまた別の世界の重さに触れているだろう。

こっちでは自分が、ラミエルを落としながら国家機密級の知識を事故のように漏らしている。

 

釣り合っているとは言わない。

でも、少なくとも一方だけが楽なわけではない。

 

ミサトが最後に低く言う。

 

葛城ミサト「で、旧米軍衛星レーザーの話」

葛城ミサト「次に誰かに聞かれたら、“言い間違いだった”は通らないからね」

 

最上イズモ「分かっています」

 

葛城ミサト「うん。だから今夜は休みなさい」

葛城ミサト「これ以上余計なこと言う前に」

 

イズモはそこで、ようやく少しだけ笑った。

 

最上イズモ「努力します」

 

葛城ミサト「それでいいわ」

 

ラミエルは落ちた。

だが、ラミエル戦で生まれた新しい不審さは、まだ全然終わっていなかった。

 

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