碇シンジと最上イズモ 他人を演じるということ   作:最上 イズモ

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境界を残したまま

三日後、と聞いた時、碇シンジは思っていたより落胆しなかった。

 

すぐじゃない。

 

そう思う気持ちはたしかにあった。けれど、KAEDEが予定表を静かに開き、「最も自然に長時間確保できるのは三日後です」と告げた時、不思議とそれを拒む気にはならなかった。

 

今すぐ会いたいわけじゃない。

でも、次に会う時はもう少し長く話したい。

 

その気持ちの形が、自分の中でもようやく分かってきていた。

 

KAEDE「綾波レイ、惣流・アスカ・ラングレー両名とも、三日後は任務外時間が長く取れます」

 

碇シンジ「……オフなんだ」

 

KAEDE「完全な自由日ではありませんが、低優先待機のみです」

 

シンジは端末の上に表示されたスケジュールを見る。

 

綾波の名前。

アスカの名前。

任務枠の空白。

訓練。

整備確認。

そして、その間に確保された接触時間。

 

こうして表で見ると、やっぱり彼女たちも“エヴァに乗る側”の生活をしているのだと分かる。向こうの世界と同じではない。けれど、兵器と同期し、任務と待機の間で日々が区切られていく感じは、ひどく近い。

 

碇シンジ「……お願いしたい」

 

KAEDE「長時間接触をですか」

 

碇シンジは少しだけ息を整える。

 

言葉にすると、理由が急に自分でも露骨に見えてしまう。

でも隠しても仕方がなかった。

 

碇シンジ「うん」

碇シンジ「前にいた世界に近い話ができる人がいるの、思ってたより安心するから」

 

KAEDEはその一言をすぐには返さなかった。

 

否定や確認ではなく、受理のための短い沈黙。

それから、小さく頷く。

 

KAEDE「理解しました」

KAEDE「依存兆候ではなく、文脈共有による安定化要請として処理します」

 

その言い方に、シンジは少しだけ笑いそうになる。

 

碇シンジ「そういう言い方になるんだ」

 

KAEDE「正確さが必要です」

 

碇シンジ「……でも、たぶんそういうことなんだと思う」

 

綾音と話す時とは少し違う。

綾音は、今の自分の怖さや揺れをそのまま受け止めてくれる。

それは確かに救いだった。

 

でも、綾波やアスカの名前を持つあの二人と話していると、向こうの世界の“息苦しさの輪郭”ごと共有される感じがあった。

 

NERV。

エヴァ。

乗る前に決められること。

降りたあとも残る圧。

 

そういう言葉を、最初から説明しなくていい。

それだけで、ひどく楽だった。

 

KAEDE「時間枠を延長します」

 

端末上で、予定が少しだけ動く。

三日後。

昼から夕方。

本来は一時間ほどだった接触枠が、倍近くへ伸びる。

 

碇シンジ「……そんなに取れるんだ」

 

KAEDE「はい」

KAEDE「ただし、長時間接触は相手側の負荷も増えます」

 

シンジはそこで少しだけ口を閉じる。

 

そうだ。

自分が会いたいだけでは足りない。

相手の側にとって、それがどんな時間になるかもある。

向こうの綾波やアスカに近い名前を持っていても、彼女たちは彼女たちで、自分の生活と任務を抱えている。

 

碇シンジ「……無理させるなら、やめる」

 

KAEDE「現時点では、両名とも接触継続に否定的ではありません」

 

その答えに、胸の奥のどこかが少しだけほどける。

 

否定的ではない。

それは好意の保証ではない。

でも、拒まれてもいない。

 

今の自分には、それで十分だった。

 

KAEDE「三日後までに、接触目的を整理することを推奨します」

 

碇シンジ「目的」

 

KAEDE「はい」

KAEDE「安心感のためだけでも構いません」

KAEDE「ただし、自分が何を求めて会うのかを把握しておいた方が、接触後の揺れは減ります」

 

シンジはゆっくり椅子へ座る。

 

目的。

難しい言葉だった。

でも必要なのは分かる。

 

ただ会いたい。

ただ話したい。

それだけでも本当だ。

けれど、その“ただ”の中にはもう少し細かいものが混じっている。

 

向こうのNERVを知る人がいる安心。

エヴァに乗る人同士でしか通じない感覚。

そして、名前だけでは終わらない“再会みたいな何か”を、もう少し確かめたい気持ち。

 

碇シンジ「……たぶん」

碇シンジ「向こうのことを、もう少し普通に話したいんだと思う」

 

KAEDEは静かに聞いている。

 

碇シンジ「綾音とか、KAEDEとかに話すのも助かる」

碇シンジ「でも、綾波とかアスカの名前を持つ人に話すと、向こうの世界がただの説明じゃなくなる感じがして」

 

その言葉は少し曖昧だった。

でも、いまの自分にはそれ以上きれいに言えない。

 

KAEDE「文脈共有による現実感の再配置」

 

碇シンジ「そういう言い方にしなくていい」

 

少しだけ笑って言うと、KAEDEはほんのわずかに首を傾けた。

 

KAEDE「では」

 

少し考えてから、言い直す。

 

KAEDE「“一人で思い出さなくてよくなる”感覚ですか」

 

シンジはそこで黙った。

 

その一言の方が、ずっと近かった。

 

碇シンジ「……うん」

 

そうだったのだと思う。

向こうの世界のことを、自分一人の記憶だけで持っているのが、少しずつ重くなっていた。

エヴァに乗っていたことも、NERVにいたことも、綾波やアスカやミサトさんのことも。

全部が“自分しか知らない前の世界”になると、現実味が薄れる一方で、重さだけが残る。

 

でも、こっちにもNERVを知っていて、エヴァに乗っていた人がいる。

話せば、向こうの世界はただの思い出じゃなくなる。

少なくとも、自分だけの中で腐らずに済む。

 

KAEDE「では、その方向で調整しておきます」

 

碇シンジ「ありがとう」

 

その日はそれで終わった。

 

三日後、と決まってからの時間は、意外なほど静かに過ぎた。

 

すぐ会えないことが、逆によかったのかもしれない。

今すぐ会えたら、たぶん自分は整理しないまま全部を口からこぼしていた。三日あることで、その間に何を話したいのか、少しずつ自分の中で形ができていく。

 

一日目の夜。

窓の外を見ながら、シンジは向こうのNERVの廊下を思い出した。

硬い床。

少し冷えた空気。

どこへ行っても漂う管理の匂い。

こっちの施設にも似た静けさはある。でも、似ていても違う。

 

二日目の昼。

端末を見ながら、綾波とアスカの名簿項目をもう一度開いた。

前より怖くはなかった。

その代わり、細かな運用注記が少しずつ引っかかるようになった。

意思確認を優先。

単独判断を尊重。

過負荷時の停止権限。

こっちの世界は、エヴァパイロットへ最初から“壊れる可能性”を織り込んでいる。

 

三日目の朝。

起きた瞬間から、少しだけ落ち着かなかった。

 

緊張しているのかと聞かれれば、そうなのだろう。

でも、怖いだけじゃない。

向こうの世界の話を、ようやく“話していい場所”へ持っていける感覚もあった。

 

KAEDE「予定通り進行可能です」

 

壁際に立つKAEDEの声はいつも通りだ。

 

KAEDE「綾波レイ、惣流・アスカ・ラングレー両名とも接触継続に同意しています」

KAEDE「時間延長も問題ありません」

 

シンジは服の襟元を少しだけ直す。

 

碇シンジ「……何か持っていくものとか、あるかな」

 

言ってから、自分で少し変な気分になる。

会いに行く相手が友達なのか、任務関係者なのか、その境目がまだ曖昧だ。

 

KAEDE「物理的な手土産は不要です」

 

碇シンジ「そうじゃなくて」

 

言葉を探す。

少しだけ考えてから、やっと言えた。

 

碇シンジ「……ちゃんと話せる状態で行きたい」

 

KAEDEは一拍置いてから頷く。

 

KAEDE「では、直前まで情報入力は止めます」

KAEDE「接触前一時間は静的環境へ切り替えます」

 

その配慮がありがたい。

この世界は、そういうふうに“会う前の負荷”まで管理しようとする。向こうではあまりなかったことだ。

 

約束の時間が近づくにつれて、窓の外の都市はゆっくり昼へ寄っていく。

シンジは部屋を出る前に、一度だけ深く息を吐いた。

 

三日前、自分はKAEDEに“長いコンタクトがほしい”と頼んだ。

理由はたぶん単純だ。

 

安心したかった。

前にいた世界に近いものを、もう少しだけちゃんと感じたかった。

 

その気持ちは、いまも変わらない。

 

けれど、それだけでもなかった。

 

綾波やアスカの名前を持つ彼女たちが、この世界でどうエヴァへ向き合っているのか。

自分のいたNERVと、こっちのNERVがどう違って、どう似ているのか。

そして、その話をした先で、自分が少しでも“自分だけが向こうの記憶を持っている状態”から抜け出せるのか。

 

それを確かめたい気持ちも、もう確かにある。

 

KAEDE「移動します」

 

シンジは頷いた。

 

廊下へ出る。

静かな通路。

整えられた光。

足音。

 

三日前に自分で頼んだ時間へ向かって歩きながら、シンジはようやく少しだけ実感する。

 

これは情報収集ではない。

ただの設定確認でもない。

たぶん、自分にとってはもう少し個人的なものだ。

 

向こうの世界を知っている人たちと、

向こうの世界のことを、

いつもより長く話す。

 

それだけのことなのに、

それだけのことだからこそ、

いまはひどく大事に思えた。

 

扉が閉まったあとの静けさは、前より少しやわらかかった。

 

碇シンジは前回と同じ応接区画の席へ座りながら、最初の時ほど肩に力が入っていないことに気づいていた。緊張はある。けれど、あの時みたいな“何が出てくるか分からない場所へ入る怖さ”とは少し違う。

 

もう知っている名前がある。

もう知っている空気がある。

それだけで、部屋の中の輪郭が少しはっきりする。

 

綾波レイは前と同じように静かに座っていた。

惣流・アスカ・ラングレーは、今日は最初からこちらを見ていた。警戒が消えたわけではない。けれど、前回より“品定め”の割合は減っている。

 

KAEDEが短く言う。

 

KAEDE「本接触は、前回の続きとして扱います」

KAEDE「相互情報補完と、認識齟齬の整理が目的です」

 

惣流・アスカ・ラングレー「ほんと、そういう時だけ妙に固いのよね」

 

KAEDE「必要です」

 

そのやり取りが一つ入るだけで、シンジは少しだけ息を抜く。

 

綾波がこちらを見る。

 

綾波レイ「前より顔色はいい」

 

碇シンジ「……そうかな」

 

綾波レイ「うん」

惣流・アスカ・ラングレー「少なくとも前回より“見知らぬ場所に放り込まれました”感は薄いわね」

 

それが嬉しいのかどうか、自分でもすぐには分からない。

ただ、少しだけこの場が“会話の続きができる場所”になり始めているのは分かる。

 

アスカが脚を組み直し、すぐ本題へ入る顔になる。

 

惣流・アスカ・ラングレー「で、今日は何を知りたいの」

 

シンジは少し考えた。

 

いくつもある。

でも、前回会ったあとからずっと引っかかっていたのは、たぶん一つだった。

 

碇シンジ「……こっちのNERVって、前と比べて何か変わった?」

 

アスカと綾波が、一瞬だけ互いを見る。

 

その一瞬で、問いが正しい場所へ刺さったのだと分かる。

KAEDEは何も言わない。

答えるべき人間が誰かを、ちゃんと分けている。

 

綾波が先に口を開く。

 

綾波レイ「少しずつ」

 

惣流・アスカ・ラングレー「かなり、でしょ」

 

綾波がそちらを見る。

否定はしない。

 

シンジの胸の奥が少しだけ緊張する。

 

やっぱり変わったのだ。

そしてその変化に、イズモが絡んでいる。

 

碇シンジ「……イズモが来てから?」

 

綾波レイ「うん」

 

今度はアスカが先に身を乗り出した。

 

惣流・アスカ・ラングレー「正確には、“別なシンジに憑依したイズモ”がNERVへ入ってきてから」

惣流・アスカ・ラングレー「そこから少しずつ、ね」

 

その言い方に、シンジは少しだけ目を瞬く。

 

憑依。

ずいぶん直接的な言葉だった。

でも、この二人の前ではそのくらいの言い切り方の方が逆に正確なのかもしれない。

 

碇シンジ「……別なシンジ」

 

綾波が静かに続ける。

 

綾波レイ「あなたと完全に同じではない」

綾波レイ「でも、近い輪郭を持った“碇シンジ”に、イズモが入った」

 

シンジはその言葉を頭の中で反芻する。

 

自分そのものではない。

でも近い。

こちらの世界にも“碇シンジ”の席はあった。

そこへイズモが入った。

 

いま向こうで起きていることに近いのに、少しだけ違う。

その“少し”がひどく気持ち悪くて、でも物語としては筋が通りすぎている。

 

惣流・アスカ・ラングレー「で、そのイズモ入りシンジがまあ、変だったのよ」

 

綾波が小さく頷く。

 

綾波レイ「最初から」

 

アスカの口元に少しだけ笑いが浮かぶ。

 

惣流・アスカ・ラングレー「変っていうか、“こいつ急に参謀になった?”みたいな」

惣流・アスカ・ラングレー「しかも、ただ知識ひけらかすんじゃなくて、被害の切り方とか、兵装の癖の見方とか、そういうのだけ妙に鋭い」

 

シンジは黙って聞く。

 

それは、向こうでミサトが感じ取っていたものに近い。

どこの世界でも、イズモの異物感はまず“有能さの出方”に現れるのだろう。

 

綾波レイ「最初は、違和感だった」

 

綾波の視線が少しだけ遠くを見る。

 

綾波レイ「でも、違和感だけで終わらなかった」

綾波レイ「兵器の最適化が始まったから」

 

シンジは少しだけ身を乗り出す。

 

兵器の最適化。

 

その言い方は向こうで聞いたことがない。

でも、こっちの世界ではたぶん日常語のように使われるのだろう。

 

惣流・アスカ・ラングレー「大げさな刷新じゃないのよ」

惣流・アスカ・ラングレー「でも、嫌なところにちゃんと手が入る感じ」

惣流・アスカ・ラングレー「武装の切り替え順とか、出力の配分とか、待機中の負荷とか」

 

綾波が補う。

 

綾波レイ「“人が壊れにくい形”へ寄った」

 

その一言が、妙にイズモらしい。

 

兵器を強くするより先に、人が壊れにくい形へ寄せる。

それは向こうでシンジが見てきたログや、綾音の注記や、KAEDEの言葉とも同じ方向を向いている。

 

碇シンジ「……具体的には」

 

アスカが指を一本立てる。

 

惣流・アスカ・ラングレー「まず、出撃前の確認が増えた」

 

シンジは少しだけ目を瞬く。

それは地味すぎて、逆に意外だった。

 

惣流・アスカ・ラングレー「でも、意味のないチェックじゃないの」

惣流・アスカ・ラングレー「“乗れるかどうか”をちゃんと見る感じ」

惣流・アスカ・ラングレー「前は“出せるから出す”寄りだったのが、“出して壊れないか”を先に切るようになった」

 

綾波レイ「停止権限も増えた」

 

シンジの胸が少しだけ動く。

 

停止権限。

またその言葉だ。

 

綾波レイ「前は、乗る・出る・継続する、が強かった」

綾波レイ「今は、“ここで止める”を選べる場面が増えた」

 

碇シンジ「……誰が止めるの」

 

惣流・アスカ・ラングレー「上も止める」

惣流・アスカ・ラングレー「でも、こっち側にも少し返ってきた」

 

綾波レイ「本人確認が増えた」

 

その言葉で、シンジは前に名簿で見た注記を思い出す。

 

意思確認を優先。

過負荷時の停止権限。

単独判断を尊重。

 

資料の中の冷たい文字が、ようやく人間の側から意味を持ち始める。

 

惣流・アスカ・ラングレー「あと武装」

惣流・アスカ・ラングレー「これがけっこう変わった」

 

アスカは少しだけ楽しそうになる。

兵装の話に入る時の顔だ。

 

惣流・アスカ・ラングレー「前は“強い武器を持たせる”感じが強かったのよ」

惣流・アスカ・ラングレー「今は、“この状況ならこの順番で、この武装だけ持たせる”って、やたら細かい」

 

綾波レイ「使わない武装を持たない」

 

シンジは思わず小さく頷く。

 

向こうでも、イズモはそういう考え方をしていた。

必要な手段だけを残す。

選択肢が多いこと自体を、必ずしも良いとは見ない。

 

惣流・アスカ・ラングレー「最初はうるさいと思ったわよ」

惣流・アスカ・ラングレー「でも、実際やると分かるの」

惣流・アスカ・ラングレー「手数が減るぶん、判断のノイズも減るのよね」

 

綾波レイ「待機中も楽になった」

 

シンジは綾波の方を見る。

 

綾波レイ「乗る前から、次に何が来るか決まっていると、接続のノイズが少ない」

 

その言葉は、実感として分かる気がした。

向こうでも、待機の長さや不確定さは神経を削った。

こっちでは、その削れを最初から少しでも減らすように設計されている。

そして、その調整にイズモが関わった。

 

碇シンジ「……組織の方は」

 

今度は、綾波より先にアスカが笑う。

 

惣流・アスカ・ラングレー「そっちは兵器より面倒」

 

いかにもそうだと思う。

 

惣流・アスカ・ラングレー「NERVって、どこの世界でも息苦しい組織なのかもね」

惣流・アスカ・ラングレー「こっちも前は、責任の線が妙に曖昧だったのよ」

 

綾波が静かに続ける。

 

綾波レイ「誰が決めるか、誰が止めるか、誰が責任を持つか」

綾波レイ「その線が少しずつ明確になった」

 

シンジは目を伏せる。

 

それはかなり大きい変化だ。

でも、イズモならやりそうでもある。

向こうのミサトやリツコに対しても、ずっとそこを問題にしていた。

 

惣流・アスカ・ラングレー「急に革命みたいには変わらないわよ」

惣流・アスカ・ラングレー「でも、“何となく上が決めて、何となくこっちが従う”のが少し減る」

惣流・アスカ・ラングレー「その代わり、止まる場所が増える」

 

綾波レイ「面倒ではある」

 

惣流・アスカ・ラングレー「でも前よりマシ」

 

その言い方に、シンジは少しだけ笑いそうになる。

 

綾波もアスカも、全面的に称賛しているわけではない。

改善はされた。

でも、面倒さも増えた。

そういう現実的な評価の仕方が、妙に信じやすかった。

 

碇シンジ「……イズモが来て、急に全部良くなったって感じじゃないんだ」

 

綾波レイ「うん」

 

惣流・アスカ・ラングレー「そんなわけないでしょ」

惣流・アスカ・ラングレー「ただ、“変えていい場所”に手を入れるのが上手いのよ」

惣流・アスカ・ラングレー「あと、“これ放置すると後で死人が出る”ってところを、嫌なくらい先に見つける」

 

シンジは静かに聞く。

 

それは向こうのミサトの言葉と重なる。

事故ルートに入る前に潰す。

人が死ぬ前に止める。

戦場でも日常でも、その順番だけは変わらない。

 

綾波が少しだけ首を傾ける。

 

綾波レイ「あなたは、向こうでのイズモをどう見ているの」

 

不意打ちみたいな問いだった。

 

シンジはすぐには答えられない。

 

どう見ている。

それは、自分でも整理がつききっていない。

 

向こうで自分の身体を使って戦っている。

有能で、怖くて、場数の桁が違う。

でも、ただの兵器みたいな人でもない。

人を止める言葉を持っていて、自分にもそれを残していった。

 

碇シンジ「……強いと思う」

碇シンジ「でも、強いっていうより、壊れないように組んでる感じ」

 

綾波の目が静かに揺れる。

アスカも口を挟まずに聞いている。

 

碇シンジ「向こうの僕の身体で戦ってるの、正直ちょっと悔しい」

碇シンジ「上手くやってるのも分かるし、助かってるのも分かる」

碇シンジ「でも、それだけで安心できるほど簡単じゃない」

 

アスカがふっと息を漏らす。

 

惣流・アスカ・ラングレー「そりゃそうでしょ」

惣流・アスカ・ラングレー「自分の席を、他人がきれいに埋めてるの見せられるの、気分いいわけないじゃない」

 

その言葉が、ひどくまっすぐ胸に入る。

 

綾波も小さく頷いた。

 

綾波レイ「でも、あなたもこちらで代わりをしている」

 

シンジは少しだけ首を振る。

 

碇シンジ「代わりって言えるほどじゃない」

 

惣流・アスカ・ラングレー「本人がそう思ってるのと、外からそう見えるのは別」

 

また同じ言葉だった。

でも、前より少しだけそれを受け取れる。

 

KAEDEがここで初めて口を挟む。

 

KAEDE「補足します」

KAEDE「NERV内の変化は、最上イズモ単独によるものではありません」

KAEDE「既存の不満、現場側の疲弊、搭乗者保護要求、運用効率改善要請が蓄積していたため、介入が形になりやすかった」

 

綾波レイ「そう」

 

惣流・アスカ・ラングレー「イズモ一人で変えた、って言うと腹立つしね」

 

シンジは少しだけ笑う。

 

それは大事なことだと思う。

救世主みたいな話ではない。

変えられる土壌があった。

そこへイズモが入って、線を引いて、止めて、押した。

だから少しずつ変わった。

 

その方が、物語としても現実としてもずっと納得がいく。

 

碇シンジ「……向こうでもそうなるのかな」

 

問いというより、独り言に近かった。

 

綾波が静かに返す。

 

綾波レイ「なるかもしれない」

 

アスカは少しだけ肩をすくめる。

 

惣流・アスカ・ラングレー「でも、イズモがいるだけじゃ駄目でしょ」

惣流・アスカ・ラングレー「周りがどこまで変わる気あるかにもよる」

 

それもそうだ。

 

向こうのNERVで、ミサトは少しずつイズモを見ていた。

リツコも、全部飲むわけではないが、論点は切り分け始めていた。

綾波も違和感を放置していない。

それがどう積み上がるかは、まだ分からない。

 

でも、ゼロではない。

 

シンジはそこへ少しだけ希望を持ちそうになる。

持ちそうになって、やめる。

希望はまだ早い。

ただ、完全な絶望ではないと分かるだけで十分だ。

 

惣流・アスカ・ラングレー「で」

 

アスカが少しだけ口元を上げる。

 

惣流・アスカ・ラングレー「ここまで聞いて、どう?」

惣流・アスカ・ラングレー「イズモに身体返したくなくなった?」

 

シンジは思わず顔を上げる。

 

碇シンジ「ならないよ」

 

即答だった。

自分でも少し驚くくらい速かった。

 

アスカがそこで少しだけ笑う。

 

惣流・アスカ・ラングレー「うん。なら大丈夫そう」

 

綾波も小さく頷いた。

 

綾波レイ「境界は残っている」

 

その言い方が、この世界らしかった。

 

境界。

借りているもの。

返すべきもの。

自分のもの。

全部を混ぜないための線。

 

シンジは静かに息を吐く。

 

碇シンジ「……会ってよかった」

 

また同じ言葉だった。

でも今度は、前回より意味が増えている気がする。

 

綾波レイ「私も」

 

惣流・アスカ・ラングレー「まあ、今日はかなりマシだったわね」

 

アスカは少しだけ伸びをする。

 

惣流・アスカ・ラングレー「次はこっちの任務の話も聞きたいならしてあげる」

惣流・アスカ・ラングレー「どうせX号機とか気になってるんでしょ」

 

その名前が出た瞬間、シンジの胸が少しだけ動く。

 

やっぱり、そこへ繋がる。

イズモ仕様X号機。

兵器と人間の境界。

乗る理由。

止める権利。

 

まだ重い。

でも、前みたいに一人で抱える感じではない。

 

碇シンジ「……聞きたい」

 

綾波が静かに言う。

 

綾波レイ「なら、また時間を取れる」

 

KAEDEはそれを妨げない。

ただ、予定表を静かに更新するだけだ。

 

シンジは二人を見る。

 

綾波レイ。

惣流・アスカ・ラングレー。

 

違う世界の、違う彼女たち。

でも、エヴァに乗って、NERVにいて、そのあとも任務を背負っているという一点で、自分のいた世界とちゃんと接続している。

 

そのことが、思っていた以上に安心だった。

 

向こうの世界は、自分の中だけの過去じゃない。

少なくとも、ここでは似た重さを知っている人たちがいる。

 

それだけで、今日の会話は十分に意味があった。

 

次に会った時、部屋へ入る前から空気が少し違った。

 

碇シンジは扉の前で立ち止まり、いつものように一度だけ呼吸を整える。前は“知らない名前の知っている人たち”に会う場所だった。今はもう少し違う。綾波レイと惣流・アスカ・ラングレーという、この世界の個人に会う場所であり、同時に向こうの世界の重さを少しだけ持ち寄れる場所にもなっている。

 

その違いは大きかった。

 

KAEDE「本日は、前回要請された任務説明の続きです」

 

碇シンジ「……うん」

 

扉が開く。

 

綾波は前と同じ場所にいた。静かな座り方。だが、前回よりこちらを見る速度が少し早い。アスカは窓際で立っていて、入室した瞬間に振り返る。

 

惣流・アスカ・ラングレー「来たわね」

 

綾波レイ「こんにちは」

 

その二つの声だけで、シンジは少しだけ肩の力が抜ける。

 

挨拶がある。

当たり前のことなのに、こういう場所ではそれが妙にありがたい。

 

KAEDEは部屋の端へ下がる。

今日は最初から“見守る側”へ徹している感じだった。

 

アスカが先に本題へ入る。

 

惣流・アスカ・ラングレー「で、前回の続き」

惣流・アスカ・ラングレー「兵器の最適化とか、NERVの体制の変化とか、そのへん聞きたいんでしょ」

 

シンジは頷く。

 

碇シンジ「うん」

碇シンジ「あと……任務のことも」

 

綾波が静かに言う。

 

綾波レイ「X号機」

 

シンジはその名前に少しだけ胸を固くする。

 

やっぱりそこへ繋がる。

避けては通れないのだろう。

 

アスカはソファへ腰を下ろしながら、少しだけ言葉を選ぶ顔になる。

 

惣流・アスカ・ラングレー「じゃあ順番に行くわよ」

惣流・アスカ・ラングレー「まず、兵器の最適化」

惣流・アスカ・ラングレー「これね、派手な改造ばっかじゃないの」

 

シンジは少し意外に思ってそちらを見る。

 

惣流・アスカ・ラングレー「そりゃ大型兵装の更新とか、制御系の見直しとかもある」

惣流・アスカ・ラングレー「でも一番変わったのって、たぶん“乗る側の前提”なのよ」

 

綾波が小さく頷く。

 

綾波レイ「前は、兵器へ人を合わせる方が強かった」

綾波レイ「今は、人が壊れにくい範囲へ兵器を寄せることが増えた」

 

シンジは前回も聞いたその話を、今度はもう少し深く受け止める。

 

向こうでは、エヴァに人が合わせられていた。

少なくとも自分にはそう感じられていた。

こっちでは、兵器側も人間の限界へ少し寄せる。

それはたしかに大きな差だ。

 

碇シンジ「イズモが、そこを変えたの」

 

アスカは少しだけ肩をすくめる。

 

惣流・アスカ・ラングレー「“変えた”っていうより、“変えないと危ない場所”を指さした感じ」

惣流・アスカ・ラングレー「それを現場側が“まあそうよね”ってなって、上も無視しきれなくなった」

 

綾波レイ「搭乗前確認」

綾波レイ「停止権限」

綾波レイ「武装選択」

綾波レイ「待機中の神経負荷」

 

一つずつ並べられる項目が、どれも地味だった。

でも、その地味さが逆に本物だった。

大きな改革ではなく、壊れやすい場所へ先に手を入れる。

たしかにイズモらしい。

 

アスカが少し笑う。

 

惣流・アスカ・ラングレー「あと、会議」

碇シンジ「会議?」

 

惣流・アスカ・ラングレー「そう。変なところで止めるのよ」

惣流・アスカ・ラングレー「“それ誰が決めるの”“その時止める権限どこにあるの”“失敗した時の避難導線は”って」

惣流・アスカ・ラングレー「いちいち面倒なんだけど、言われると嫌なぐらい必要なの」

 

シンジは思わず少し笑ってしまう。

 

それは、向こうでも見てきた姿だ。

戦闘中だけじゃない。

日常や組織の中でも、イズモはずっとそういう場所へ手を入れていた。

 

綾波が少しだけ考えるように言う。

 

綾波レイ「前のNERVは、良くも悪くも“流れる”組織だった」

 

碇シンジ「流れる」

 

綾波レイ「決まる時は早い」

綾波レイ「でも、止める場所が少ない」

 

アスカが補足する。

 

惣流・アスカ・ラングレー「勢いで進むのよね」

惣流・アスカ・ラングレー「で、後から“誰がそこまで押したの”ってなる」

惣流・アスカ・ラングレー「イズモ入りシンジが来てからは、それが少し減った」

 

シンジはその言葉を静かに聞く。

 

向こうのNERVも、きっとそうだった。

勢いと必要に押されて、誰かが止める前に話が進む。

だから、自分はよく追いつけなかった。

 

こっちでは、少しずつでも止まるようになった。

その変化がどれだけ大きいか、前より少し分かる。

 

碇シンジ「……任務の方は」

 

今度は自分からそこへ進める。

 

綾波の目が静かにこちらへ向く。

アスカの顔つきも、少しだけ真面目になる。

 

綾波レイ「EVA系列搭乗者の任務は、大きく三つに分かれる」

 

シンジは自然と姿勢を正していた。

 

綾波レイ「通常戦域で通常兵装では止めきれない個体脅威への対応」

綾波レイ「高危険域での特殊接続任務」

綾波レイ「そして、戦線崩壊を遅らせるための局地保持」

 

最後の一つが重かった。

 

戦線崩壊を遅らせる。

要するに、全部守りきれない時に、それでも誰かが少しでも持たせるために立つ役目だ。

 

アスカが膝に肘をついて続ける。

 

惣流・アスカ・ラングレー「で、綺麗に分かれるわけじゃない」

惣流・アスカ・ラングレー「任務っていつも混ざるから」

惣流・アスカ・ラングレー「高危険域で接続しながら、局地保持やって、その上で強敵潰すとか普通にある」

 

シンジはゆっくり息を吐く。

 

向こうより規模が大きい。

でも構造は分かる。

分かってしまう。

 

綾波レイ「だから、搭乗者の保護が制度へ入った」

 

碇シンジ「……壊れるから」

 

綾波が小さく頷く。

 

綾波レイ「壊れる」

綾波レイ「死ぬ」

綾波レイ「帰ってきても、そのままではいられないことがある」

 

シンジは目を伏せる。

 

向こうの世界でも、たぶんそうだった。

ただ、それをちゃんと言葉にする制度が少なかっただけで。

 

アスカが少しだけ視線を逸らしながら言う。

 

惣流・アスカ・ラングレー「最初から保護入ってるの、正直ちょっと過保護に感じた時もあったわよ」

惣流・アスカ・ラングレー「でも、一回でも高深度接続やると分かるの」

惣流・アスカ・ラングレー「“戻してもらう時間”がないと、そのまま次へ行かされるのはきつい」

 

その言葉に、シンジは強く頷きそうになるのを少しだけ抑えた。

 

戻してもらう時間。

向こうには、それが足りなかった。

 

KAEDEがここで短く補足する。

 

KAEDE「EVA搭乗者任務は、単純な戦闘職ではありません」

KAEDE「兵装との同期、状況判断、精神負荷管理、帰還後の回復まで含めて一つの任務です」

 

碇シンジ「……そこまでまとめて任務なんだ」

 

KAEDE「はい」

 

アスカが笑う。

 

惣流・アスカ・ラングレー「イズモがそこうるさいのよ」

惣流・アスカ・ラングレー「“戦闘だけ切り出すな”って」

 

シンジは少しだけ目を閉じる。

 

たぶん、それがこっちの世界でイズモが一番嫌がることなのだろう。

戦って終わり。

乗って終わり。

勝ったからそれでいい。

そういう切り出し方。

 

向こうでも、ずっとそこへ怒っていた気がする。

 

綾波が静かにシンジを見る。

 

綾波レイ「あなたの世界では」

 

その先が来る前に、シンジには分かってしまう。

 

碇シンジ「……そこまでじゃなかった」

 

綾波は責めない。

ただ、確認として頷く。

 

綾波レイ「そう」

 

シンジは自分の膝の上の手を見る。

 

イズモの手。

借り物の身体。

でも、その手で今こうしてこの話を聞いている。

 

向こうの自分たちは、もう少し荒い場所で戦っていたのだと思う。

保護がなかったわけじゃない。

でも、最初から任務に組み込まれていたわけではない。

その差はやっぱり大きい。

 

アスカが少しだけ表情を変える。

 

惣流・アスカ・ラングレー「で、本題の後半」

 

碇シンジ「後半」

 

惣流・アスカ・ラングレー「X号機」

 

その名が出るだけで、部屋の温度がほんの少し変わる気がする。

 

綾波の目も、さっきまでとは少し違う静けさになる。

重い話題なのだと、それだけで分かる。

 

惣流・アスカ・ラングレー「X号機の任務は、普通のEVA任務と重なるけど、少し違う」

惣流・アスカ・ラングレー「“前線”っていうより、“前線が崩れた後でも立ち続けるための個体”なの」

 

シンジは息を止めた。

 

綾波が補う。

 

綾波レイ「単独保持」

綾波レイ「高出力広域制圧」

綾波レイ「対艦」

綾波レイ「遅滞」

綾波レイ「脱出支援」

 

一つずつが重い。

そして全部が、向こうのエヴァよりさらに先にある戦場を想定している。

 

惣流・アスカ・ラングレー「だから、あれは最初から“最後まで残る機体”なのよ」

 

その言い方がひどく嫌だった。

 

最後まで残る。

それは要するに、みんなが引く時にまだ立っている側だ。

 

碇シンジ「……イズモ、そんなのに乗るの」

 

アスカは少しだけ口元を歪める。

 

惣流・アスカ・ラングレー「乗れるから、乗るんでしょうね」

惣流・アスカ・ラングレー「嫌でも」

 

綾波はもっと静かに言う。

 

綾波レイ「だから、止める権利が必要」

 

その一言で、前に見た綾音の注記がまた胸に戻ってくる。

 

最上イズモを消耗品として扱うために作られたものではない。

本人の意思と制約を最大限優先して運用する。

 

碇シンジ「……みんな、それ分かってるんだ」

 

綾波レイ「分かろうとしている」

 

惣流・アスカ・ラングレー「全員じゃないけどね」

惣流・アスカ・ラングレー「でも、前よりはマシ」

 

その“前よりはマシ”が、妙に重かった。

 

完璧じゃない。

優しいだけでもない。

でも、兵器だけが残らないように、ぎりぎりで線を引いている。

そういう世界なのだろう。

 

シンジは少しだけ考えてから、ぽつりと言う。

 

碇シンジ「……戻ったら、乗るなって言いたくなりそう」

 

その言葉が出た瞬間、部屋が少しだけ静かになる。

 

綾波は黙って聞いている。

アスカも、すぐに茶化さなかった。

 

惣流・アスカ・ラングレー「言いたいだけなら、勝手に言えばいいんじゃない」

 

綾波が続ける。

 

綾波レイ「でも、決めるのは最上イズモ本人」

 

それは分かっていた。

分かっていたからこそ苦しい。

 

碇シンジ「うん」

 

綾波レイ「心配するのは自由」

綾波レイ「止めたいと思うのも自然」

綾波レイ「でも、奪うのは別」

 

その言葉が、少しだけ痛い。

 

でも、正しい。

この世界は、優しいだけじゃなくて、ちゃんとそういう線も引く。

 

惣流・アスカ・ラングレー「ま、本人に言えばいいのよ」

惣流・アスカ・ラングレー「“嫌だ”って」

惣流・アスカ・ラングレー「その代わり、相手がそれでも乗るって言う自由も残す」

惣流・アスカ・ラングレー「そこまで含めてでしょ」

 

シンジは黙って頷く。

 

それがたぶん、こっちの世界で少しずつ覚えていることなのだ。

止めていい。

頼っていい。

会いたいと言っていい。

でも、相手の選ぶ権利まで奪わない。

 

綾音とも、KAEDEとも、そして今はこの二人とも、その線の上で話している。

 

KAEDEが静かに告げる。

 

KAEDE「本日の接触は予定時間へ近づいています」

 

シンジは少しだけ驚く。

あっという間だった。

でも、今日は前より疲れ方が少し違う。

 

重い話はした。

X号機のことも聞いた。

イズモが別なシンジに憑依してから、NERVも兵器も少しずつ変わったことも聞いた。

 

なのに、今は“一人で抱え直す”感じが前より少ない。

 

惣流・アスカ・ラングレー「何その顔」

 

碇シンジ「……いや」

 

少し迷ってから、ちゃんと言う。

 

碇シンジ「前より楽」

 

アスカが少しだけ口元を上げる。

 

惣流・アスカ・ラングレー「ならよかったわね」

 

綾波も小さく頷いた。

 

綾波レイ「一人で整理しなくていいから」

 

その言葉が、今日いちばん胸に残った。

 

一人で整理しなくていい。

 

向こうの世界のこと。

こっちの兵器のこと。

イズモのこと。

X号機のこと。

全部が大きくて、一人で持つには重い。

 

でも今は、それを分けて話せる相手がいる。

 

シンジは立ち上がり、二人を見た。

 

碇シンジ「……また会いたい」

 

今度は迷わず言えた。

 

綾波レイ「うん」

 

惣流・アスカ・ラングレー「今度はもう少し、あっちの私たちのことも詳しく話しなさいよ」

 

シンジは少しだけ笑う。

 

碇シンジ「分かった」

 

扉の外へ出ると、通路の空気はいつも通り静かだった。

でも、自分の中は前より少しだけ静かじゃなかった。

その代わり、整っていた。

 

KAEDE「負荷は」

 

碇シンジ「ある」

碇シンジ「でも、今回はちゃんと意味がある感じ」

 

KAEDEは小さく頷く。

 

シンジは歩きながら、さっきの会話を少しずつ頭の中で並べ直す。

 

別なシンジに憑依したイズモ。

そこから変わり始めた兵器とNERV。

人が壊れにくい方へ寄せられた運用。

そして、最後まで残る機体としてのX号機。

 

重い。

でも、前みたいな“知らないものの怖さ”ではない。

 

いまはもう少し違う。

知った上で、どう向き合うかを考える段階へ入っている。

 

それだけで、今日の会話は十分に前へ進んでいた。

 

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