碇シンジと最上イズモ 他人を演じるということ 作:最上 イズモ
来日当日の空気は、警報のない日のそれにしては落ち着きがなかった。
最上イズモは艦上の風に制服の裾を揺らされながら、目の前の海を見ていた。青い。穏やかだ。穏やかな海ほど嫌なものはない。こういう日は大抵、その下に何かを隠している。
葛城ミサトが双眼鏡を下ろし、こちらを見る。
葛城ミサト「緊張してる?」
最上イズモ「少し」
葛城ミサト「珍しく素直」
最上イズモ「今日は誤魔化す意味が薄いので」
ミサトが小さく笑う。
葛城ミサト「まあね」
葛城ミサト「ドイツ支部からの正式移送、セカンドチルドレン来日、弐号機輸送、VIP対応、政治配慮、ついでに使徒警戒」
葛城ミサト「そりゃ落ち着かないわよ」
ついで、ではないだろうとイズモは思う。
この世界では使徒が“ついで”の顔をして現れるから厄介なのだ。
赤木リツコは少し離れた位置で資料端末を確認していた。彼女も表情は平静だが、会場進行の平静と技術者の警戒が半分ずつ混ざっている顔だった。今日の主役はアスカ来日だ。だが、NERVにおいて主役イベントほど邪魔が入りやすいのもまた事実だ。
艦上にはそれなりに人がいた。
軍関係者。
NERV職員。
輸送部隊。
視察名目のスーツ組。
広報に近い人間までいる。
アスカ来日は単なるパイロット交代ではない。政治も、支部間の面子も、全部乗る。
その中心に、弐号機があった。
甲板上に固定された赤い機体。
海風に晒されながらも、あの色はやけに強い。
初号機とは違う。零号機とも違う。より攻撃的で、より“見せる”ことを前提にした輪郭をしている。
イズモはしばらく黙ってそれを見る。
葛城ミサト「どう?」
最上イズモ「目立ちますね」
葛城ミサト「そこ?」
最上イズモ「主張の強い機体です」
ミサトが少しだけ苦笑する。
葛城ミサト「まあ、乗る子も似たような感じだと思うわ」
最上イズモ「でしょうね」
その返しがあまりに自然だったせいか、ミサトが横目で見る。
葛城ミサト「……また変な“知ってます”感出してない?」
最上イズモ「一般論です」
葛城ミサト「一般論でそこまで納得した顔する?」
そこへ通信が入る。
到着の知らせだ。
艦橋側が慌ただしくなる。
視線が前方へ集まる。
空気の中心が、海から一人の少女へ移る。
惣流・アスカ・ラングレー。
最初に見えたのは、姿勢だった。
迷いなく前へ出る歩き方。
自分が見られていることを最初から前提にしている人間の重心。
それがもう、向こうの世界の記憶とどこかで重なる。
だが同一ではない。
顔立ちも、表情の作り方も、細部は違う。
違うのに、“この名前が入る人格”としての圧はきちんとある。
アスカは甲板へ出ると、まず艦上全体をひと目で見た。
視線の走らせ方が速い。
軍人ほどではないが、見られている側の速度ではない。自分から場を取る側の目だ。
その後で、ようやくミサトたちへ向く。
惣流・アスカ・ラングレー「ファーストコンタクトってもっと華やかかと思ってたんだけど」
葛城ミサト「十分華やかでしょ」
惣流・アスカ・ラングレー「海風強いし、軍艦だし、顔ぶれ硬いし」
惣流・アスカ・ラングレー「まあ嫌いじゃないけど」
その言い方に、ミサトが肩をすくめる。
葛城ミサト「こっちは任務込みだからね」
アスカの目が、次にイズモへ向く。
品定めは一瞬だった。
その一瞬で、相手をどう扱うかの仮置きまで終わらせるような視線。
惣流・アスカ・ラングレー「あんたがサード?」
来た。
イズモは少しだけ息を整える。
最上イズモ「はい。碇シンジです」
アスカが腕を組む。
顎をわずかに上げる。
いかにもそれらしい。
惣流・アスカ・ラングレー「ふうん」
惣流・アスカ・ラングレー「思ってたより静かね」
最上イズモ「あなたが惣流・アスカ・ラングレーですね」
惣流・アスカ・ラングレー「そうよ」
イズモは短く頷く。
最上イズモ「実力者だと聞いています」
その一言で、アスカの表情がほんの少しだけ止まる。
完全な褒め言葉ではある。
だが媚びてはいない。
持ち上げすぎてもいない。
ただ、戦力評価としてそのまま置いた感じ。
アスカは一拍遅れて口元を上げる。
惣流・アスカ・ラングレー「……ふん、分かってるじゃない」
ミサトが横で小さく吹き出しかけて、咳払いで誤魔化す。
葛城ミサト「なんであんた、初手だけ妙に上手いのよ」
イズモは答えない。
答えると余計なものまで混じる。
リツコがそこで前へ出る。
赤木リツコ「歓迎はそのくらいにして、搬入手順へ移るわよ」
惣流・アスカ・ラングレー「えー、つまんない」
赤木リツコ「仕事中」
アスカは露骨に肩を落としながらも、きちんと従う。
そのあたりがやはり“軍組織に馴染んだ優等生”の顔も持っている。
イズモはその様子を見ながら、少しだけ思う。
扱いに慣れている。
たしかにそうだ。
地雷の踏み方も、褒め方も、張り合い方も、ある程度知っている。
だが、それをそのまま出しすぎると不自然だ。
初対面としての距離を残しながら、でも必要以上に事故らせない。
今日はそこの綱渡りになる。
弐号機搬送の確認が進む。
艦上スタッフが走る。
輸送固定が外れる。
オペレーターが声を飛ばす。
見た目には平和だ。だがこの手の平和は、大抵長く持たない。
アスカは途中でまたこちらへ来た。
惣流・アスカ・ラングレー「ねえ」
最上イズモ「はい」
惣流・アスカ・ラングレー「ずいぶん落ち着いてるのね」
惣流・アスカ・ラングレー「私が来たのよ?」
最上イズモ「はい」
惣流・アスカ・ラングレー「はい、じゃなくて」
少しだけ口元が緩む。
このやり取りの温度も、だいたい知っている。
最上イズモ「頼もしいですね」
アスカの目が少しだけ細くなる。
最上イズモ「近くで見られるなら助かります」
その返しに、アスカは満足げに鼻を鳴らす。
惣流・アスカ・ラングレー「でしょ?」
そしてそのまま、一歩だけ近づく。
惣流・アスカ・ラングレー「なら特等席で見せてあげるわよ」
惣流・アスカ・ラングレー「二人で弐号機乗る?」
来た、と思う。
原作の記憶に近い流れ。
けれど、ここでの返しはもう決まっていた。
最上イズモ「光栄です」
アスカの表情が一瞬だけ明るくなる。
そこで切らずに、イズモは続けた。
最上イズモ「ただ、使徒戦ではシンクロ率が大事です」
最上イズモ「弐号機はあなたが乗る方が強い」
最上イズモ「僕が入ると機体の癖が乱れる可能性があります」
最上イズモ「後方支援に回ります。その方が全体が安定する」
アスカが数秒、黙った。
拒絶ではない。
予想外だったのだろう。
“乗らない”と言われた。
だが、それは逃げでも、遠慮でもない。
弐号機の主を自分だと、戦力としてそのまま認めた上での判断。
惣流・アスカ・ラングレー「……ふーん」
少しだけ顎を上げる。
惣流・アスカ・ラングレー「当然よね」
惣流・アスカ・ラングレー「弐号機は私の機体だし」
最上イズモ「はい」
惣流・アスカ・ラングレー「分かってるならいいわ」
その返しで十分だった。
機嫌は悪くない。
むしろ少しだけ上がっている。
ミサトが少し離れた位置でその会話を聞いていて、額に手を当てる。
葛城ミサト「……何でそんなに上手く捌くのよ」
赤木リツコ「そこに今触らない方がいいわ」
葛城ミサト「いや、でも初対面であれは変でしょ」
変だろう。
だが、変な環境で変に最適化されると、こういう返しになる。
そこへ警報が鳴った。
全員の表情が一瞬で切り替わる。
甲板の空気が、歓迎イベントから使徒対応へ反転する。
何かが海中にいる。
しかも近い。
アスカの顔が、今度は完全に戦う側のものへ変わる。
惣流・アスカ・ラングレー「へえ」
惣流・アスカ・ラングレー「来日祝いにしては派手じゃない」
ミサトが即座に指示を飛ばす。
葛城ミサト「全員所定位置! 使徒反応確認、戦闘配備へ移行!」
赤木リツコ「弐号機起動準備急いで! 海中戦想定で装備再確認!」
イズモは海の一点を見る。
水面に異常な波紋。
影。
深い位置を走る大きな何か。
嫌な確信が先に来る。
海中目標。
装甲厚不明。
接近リスク高。
まずは情報を取る方が先。
最上イズモ「葛城さん」
葛城ミサト「何」
最上イズモ「魚雷を可能な限り」
その一言で、ミサトがこちらを振り向く。
葛城ミサト「……は?」
アスカも同時にこっちを見る。
惣流・アスカ・ラングレー「魚雷?」
最上イズモ「まず飽和攻撃で外装反応を見たいです」
最上イズモ「有効打でなくても構造は取れます」
最上イズモ「外装の割れ方が分かれば、中枢位置の推定が可能です」
ミサトが目を見開く。
リツコの視線が鋭くなる。
アスカは半歩引いた。
惣流・アスカ・ラングレー「……あんた時々ほんと気持ち悪いわね」
最上イズモ「理屈は通っているはずです」
惣流・アスカ・ラングレー「それが腹立つのよ!」
ミサトが数秒だけ考える。
考えてから、低く息を吐く。
葛城ミサト「……理屈は分かる」
葛城ミサト「艦隊側に通す! 魚雷、爆雷、使える対潜火力は全部用意!」
アスカがイズモをじっと見る。
惣流・アスカ・ラングレー「ほんとに後方支援する気なのね」
最上イズモ「あなたのシンクロを落とす方が損です」
その返しに、アスカは少しだけ口を閉じた。
その一瞬だけで、完全に悪い気はしていないのが分かる。
惣流・アスカ・ラングレー「……なら、ちゃんと見てなさい」
惣流・アスカ・ラングレー「私の勇姿を近くで見られるのよ」
最上イズモ「頼もしいですね」
今度はアスカがふっと笑う。
惣流・アスカ・ラングレー「分かってるじゃない」
警報が艦上に響く。
海は相変わらず青い。
だが、その下にはもう戦場がある。
アスカ来日は、歓迎イベントとしてはほとんど機能しなかった。
けれど、イズモはその短い時間の中で一つだけ確信する。
やはり、この名前を持つ彼女は前に出られる。
そして、自分はそれを知っている。
知っているからこそ、奪わず、任せる。
その方がこの場では正しい。
ミサトが走りながら怒鳴る。
葛城ミサト「で、何で中学生が魚雷を当たり前みたいに要求するのよ!」
イズモは足を止めずに返す。
最上イズモ「水中目標ですので」
葛城ミサト「そういう意味じゃなーい!」
海戦の始まりとしては、だいぶ騒がしい方だった。
来日当日の空気は、警報のない日のそれにしては落ち着きがなかった。
最上イズモは艦上の風に制服の裾を揺らされながら、目の前の海を見ていた。青い。穏やかだ。穏やかな海ほど嫌なものはない。こういう日は大抵、その下に何かを隠している。
葛城ミサトが双眼鏡を下ろし、こちらを見る。
葛城ミサト「緊張してる?」
最上イズモ「少し」
葛城ミサト「珍しく素直」
最上イズモ「今日は誤魔化す意味が薄いので」
ミサトが小さく笑う。
葛城ミサト「まあね」
葛城ミサト「ドイツ支部からの正式移送、セカンドチルドレン来日、弐号機輸送、VIP対応、政治配慮、ついでに使徒警戒」
葛城ミサト「そりゃ落ち着かないわよ」
ついで、ではないだろうとイズモは思う。
この世界では使徒が“ついで”の顔をして現れるから厄介なのだ。
赤木リツコは少し離れた位置で資料端末を確認していた。彼女も表情は平静だが、会場進行の平静と技術者の警戒が半分ずつ混ざっている顔だった。今日の主役はアスカ来日だ。だが、NERVにおいて主役イベントほど邪魔が入りやすいのもまた事実だ。
艦上にはそれなりに人がいた。
軍関係者。
NERV職員。
輸送部隊。
視察名目のスーツ組。
広報に近い人間までいる。
アスカ来日は単なるパイロット交代ではない。政治も、支部間の面子も、全部乗る。
その中心に、弐号機があった。
甲板上に固定された赤い機体。
海風に晒されながらも、あの色はやけに強い。
初号機とは違う。零号機とも違う。より攻撃的で、より“見せる”ことを前提にした輪郭をしている。
イズモはしばらく黙ってそれを見る。
葛城ミサト「どう?」
最上イズモ「目立ちますね」
葛城ミサト「そこ?」
最上イズモ「主張の強い機体です」
ミサトが少しだけ苦笑する。
葛城ミサト「まあ、乗る子も似たような感じだと思うわ」
最上イズモ「でしょうね」
その返しがあまりに自然だったせいか、ミサトが横目で見る。
葛城ミサト「……また変な“知ってます”感出してない?」
最上イズモ「一般論です」
葛城ミサト「一般論でそこまで納得した顔する?」
そこへ通信が入る。
到着の知らせだ。
艦橋側が慌ただしくなる。
視線が前方へ集まる。
空気の中心が、海から一人の少女へ移る。
惣流・アスカ・ラングレー。
最初に見えたのは、姿勢だった。
迷いなく前へ出る歩き方。
自分が見られていることを最初から前提にしている人間の重心。
それがもう、向こうの世界の記憶とどこかで重なる。
だが同一ではない。
顔立ちも、表情の作り方も、細部は違う。
違うのに、“この名前が入る人格”としての圧はきちんとある。
アスカは甲板へ出ると、まず艦上全体をひと目で見た。
視線の走らせ方が速い。
軍人ほどではないが、見られている側の速度ではない。自分から場を取る側の目だ。
その後で、ようやくミサトたちへ向く。
惣流・アスカ・ラングレー「ファーストコンタクトってもっと華やかかと思ってたんだけど」
葛城ミサト「十分華やかでしょ」
惣流・アスカ・ラングレー「海風強いし、軍艦だし、顔ぶれ硬いし」
惣流・アスカ・ラングレー「まあ嫌いじゃないけど」
その言い方に、ミサトが肩をすくめる。
葛城ミサト「こっちは任務込みだからね」
アスカの目が、次にイズモへ向く。
品定めは一瞬だった。
その一瞬で、相手をどう扱うかの仮置きまで終わらせるような視線。
惣流・アスカ・ラングレー「あんたがサード?」
来た。
イズモは少しだけ息を整える。
最上イズモ「はい。碇シンジです」
アスカが腕を組む。
顎をわずかに上げる。
いかにもそれらしい。
惣流・アスカ・ラングレー「ふうん」
惣流・アスカ・ラングレー「思ってたより静かね」
最上イズモ「あなたが惣流・アスカ・ラングレーですね」
惣流・アスカ・ラングレー「そうよ」
イズモは短く頷く。
最上イズモ「実力者だと聞いています」
その一言で、アスカの表情がほんの少しだけ止まる。
完全な褒め言葉ではある。
だが媚びてはいない。
持ち上げすぎてもいない。
ただ、戦力評価としてそのまま置いた感じ。
アスカは一拍遅れて口元を上げる。
惣流・アスカ・ラングレー「……ふん、分かってるじゃない」
ミサトが横で小さく吹き出しかけて、咳払いで誤魔化す。
葛城ミサト「なんであんた、初手だけ妙に上手いのよ」
イズモは答えない。
答えると余計なものまで混じる。
リツコがそこで前へ出る。
赤木リツコ「歓迎はそのくらいにして、搬入手順へ移るわよ」
惣流・アスカ・ラングレー「えー、つまんない」
赤木リツコ「仕事中」
アスカは露骨に肩を落としながらも、きちんと従う。
そのあたりがやはり“軍組織に馴染んだ優等生”の顔も持っている。
イズモはその様子を見ながら、少しだけ思う。
扱いに慣れている。
たしかにそうだ。
地雷の踏み方も、褒め方も、張り合い方も、ある程度知っている。
だが、それをそのまま出しすぎると不自然だ。
初対面としての距離を残しながら、でも必要以上に事故らせない。
今日はそこの綱渡りになる。
弐号機搬送の確認が進む。
艦上スタッフが走る。
輸送固定が外れる。
オペレーターが声を飛ばす。
見た目には平和だ。だがこの手の平和は、大抵長く持たない。
アスカは途中でまたこちらへ来た。
惣流・アスカ・ラングレー「ねえ」
最上イズモ「はい」
惣流・アスカ・ラングレー「ずいぶん落ち着いてるのね」
惣流・アスカ・ラングレー「私が来たのよ?」
最上イズモ「はい」
惣流・アスカ・ラングレー「はい、じゃなくて」
少しだけ口元が緩む。
このやり取りの温度も、だいたい知っている。
最上イズモ「頼もしいですね」
アスカの目が少しだけ細くなる。
最上イズモ「近くで見られるなら助かります」
その返しに、アスカは満足げに鼻を鳴らす。
惣流・アスカ・ラングレー「でしょ?」
そしてそのまま、一歩だけ近づく。
惣流・アスカ・ラングレー「なら特等席で見せてあげるわよ」
惣流・アスカ・ラングレー「二人で弐号機乗る?」
来た、と思う。
原作の記憶に近い流れ。
けれど、ここでの返しはもう決まっていた。
最上イズモ「光栄です」
アスカの表情が一瞬だけ明るくなる。
そこで切らずに、イズモは続けた。
最上イズモ「ただ、使徒戦ではシンクロ率が大事です」
最上イズモ「弐号機はあなたが乗る方が強い」
最上イズモ「僕が入ると機体の癖が乱れる可能性があります」
最上イズモ「後方支援に回ります。その方が全体が安定する」
アスカが数秒、黙った。
拒絶ではない。
予想外だったのだろう。
“乗らない”と言われた。
だが、それは逃げでも、遠慮でもない。
弐号機の主を自分だと、戦力としてそのまま認めた上での判断。
惣流・アスカ・ラングレー「……ふーん」
少しだけ顎を上げる。
惣流・アスカ・ラングレー「当然よね」
惣流・アスカ・ラングレー「弐号機は私の機体だし」
最上イズモ「はい」
惣流・アスカ・ラングレー「分かってるならいいわ」
その返しで十分だった。
機嫌は悪くない。
むしろ少しだけ上がっている。
ミサトが少し離れた位置でその会話を聞いていて、額に手を当てる。
葛城ミサト「……何でそんなに上手く捌くのよ」
赤木リツコ「そこに今触らない方がいいわ」
葛城ミサト「いや、でも初対面であれは変でしょ」
変だろう。
だが、変な環境で変に最適化されると、こういう返しになる。
そこへ警報が鳴った。
全員の表情が一瞬で切り替わる。
甲板の空気が、歓迎イベントから使徒対応へ反転する。
何かが海中にいる。
しかも近い。
アスカの顔が、今度は完全に戦う側のものへ変わる。
惣流・アスカ・ラングレー「へえ」
惣流・アスカ・ラングレー「来日祝いにしては派手じゃない」
ミサトが即座に指示を飛ばす。
葛城ミサト「全員所定位置! 使徒反応確認、戦闘配備へ移行!」
赤木リツコ「弐号機起動準備急いで! 海中戦想定で装備再確認!」
イズモは海の一点を見る。
水面に異常な波紋。
影。
深い位置を走る大きな何か。
嫌な確信が先に来る。
海中目標。
装甲厚不明。
接近リスク高。
まずは情報を取る方が先。
最上イズモ「葛城さん」
葛城ミサト「何」
最上イズモ「魚雷を可能な限り」
その一言で、ミサトがこちらを振り向く。
葛城ミサト「……は?」
アスカも同時にこっちを見る。
惣流・アスカ・ラングレー「魚雷?」
最上イズモ「まず飽和攻撃で外装反応を見たいです」
最上イズモ「有効打でなくても構造は取れます」
最上イズモ「外装の割れ方が分かれば、中枢位置の推定が可能です」
ミサトが目を見開く。
リツコの視線が鋭くなる。
アスカは半歩引いた。
惣流・アスカ・ラングレー「……あんた時々ほんと気持ち悪いわね」
最上イズモ「理屈は通っているはずです」
惣流・アスカ・ラングレー「それが腹立つのよ!」
ミサトが数秒だけ考える。
考えてから、低く息を吐く。
葛城ミサト「……理屈は分かる」
葛城ミサト「艦隊側に通す! 魚雷、爆雷、使える対潜火力は全部用意!」
アスカがイズモをじっと見る。
惣流・アスカ・ラングレー「ほんとに後方支援する気なのね」
最上イズモ「あなたのシンクロを落とす方が損です」
その返しに、アスカは少しだけ口を閉じた。
その一瞬だけで、完全に悪い気はしていないのが分かる。
惣流・アスカ・ラングレー「……なら、ちゃんと見てなさい」
惣流・アスカ・ラングレー「私の勇姿を近くで見られるのよ」
最上イズモ「頼もしいですね」
今度はアスカがふっと笑う。
惣流・アスカ・ラングレー「分かってるじゃない」
警報が艦上に響く。
海は相変わらず青い。
だが、その下にはもう戦場がある。
アスカ来日は、歓迎イベントとしてはほとんど機能しなかった。
けれど、イズモはその短い時間の中で一つだけ確信する。
やはり、この名前を持つ彼女は前に出られる。
そして、自分はそれを知っている。
知っているからこそ、奪わず、任せる。
その方がこの場では正しい。
ミサトが走りながら怒鳴る。
葛城ミサト「で、何で中学生が魚雷を当たり前みたいに要求するのよ!」
イズモは足を止めずに返す。
最上イズモ「水中目標ですので」
葛城ミサト「そういう意味じゃなーい!」
海戦の始まりとしては、だいぶ騒がしい方だった。
来日当日の空気は、警報のない日のそれにしては落ち着きがなかった。
最上イズモは艦上の風に制服の裾を揺らされながら、目の前の海を見ていた。青い。穏やかだ。穏やかな海ほど嫌なものはない。こういう日は大抵、その下に何かを隠している。
葛城ミサトが双眼鏡を下ろし、こちらを見る。
葛城ミサト「緊張してる?」
最上イズモ「少し」
葛城ミサト「珍しく素直」
最上イズモ「今日は誤魔化す意味が薄いので」
ミサトが小さく笑う。
葛城ミサト「まあね」
葛城ミサト「ドイツ支部からの正式移送、セカンドチルドレン来日、弐号機輸送、VIP対応、政治配慮、ついでに使徒警戒」
葛城ミサト「そりゃ落ち着かないわよ」
ついで、ではないだろうとイズモは思う。
この世界では使徒が“ついで”の顔をして現れるから厄介なのだ。
赤木リツコは少し離れた位置で資料端末を確認していた。彼女も表情は平静だが、会場進行の平静と技術者の警戒が半分ずつ混ざっている顔だった。今日の主役はアスカ来日だ。だが、NERVにおいて主役イベントほど邪魔が入りやすいのもまた事実だ。
艦上にはそれなりに人がいた。
軍関係者。
NERV職員。
輸送部隊。
視察名目のスーツ組。
広報に近い人間までいる。
アスカ来日は単なるパイロット交代ではない。政治も、支部間の面子も、全部乗る。
その中心に、弐号機があった。
甲板上に固定された赤い機体。
海風に晒されながらも、あの色はやけに強い。
初号機とは違う。零号機とも違う。より攻撃的で、より“見せる”ことを前提にした輪郭をしている。
イズモはしばらく黙ってそれを見る。
葛城ミサト「どう?」
最上イズモ「目立ちますね」
葛城ミサト「そこ?」
最上イズモ「主張の強い機体です」
ミサトが少しだけ苦笑する。
葛城ミサト「まあ、乗る子も似たような感じだと思うわ」
最上イズモ「でしょうね」
その返しがあまりに自然だったせいか、ミサトが横目で見る。
葛城ミサト「……また変な“知ってます”感出してない?」
最上イズモ「一般論です」
葛城ミサト「一般論でそこまで納得した顔する?」
そこへ通信が入る。
到着の知らせだ。
艦橋側が慌ただしくなる。
視線が前方へ集まる。
空気の中心が、海から一人の少女へ移る。
惣流・アスカ・ラングレー。
最初に見えたのは、姿勢だった。
迷いなく前へ出る歩き方。
自分が見られていることを最初から前提にしている人間の重心。
それがもう、向こうの世界の記憶とどこかで重なる。
だが同一ではない。
顔立ちも、表情の作り方も、細部は違う。
違うのに、“この名前が入る人格”としての圧はきちんとある。
アスカは甲板へ出ると、まず艦上全体をひと目で見た。
視線の走らせ方が速い。
軍人ほどではないが、見られている側の速度ではない。自分から場を取る側の目だ。
その後で、ようやくミサトたちへ向く。
惣流・アスカ・ラングレー「ファーストコンタクトってもっと華やかかと思ってたんだけど」
葛城ミサト「十分華やかでしょ」
惣流・アスカ・ラングレー「海風強いし、軍艦だし、顔ぶれ硬いし」
惣流・アスカ・ラングレー「まあ嫌いじゃないけど」
その言い方に、ミサトが肩をすくめる。
葛城ミサト「こっちは任務込みだからね」
アスカの目が、次にイズモへ向く。
品定めは一瞬だった。
その一瞬で、相手をどう扱うかの仮置きまで終わらせるような視線。
惣流・アスカ・ラングレー「あんたがサード?」
来た。
イズモは少しだけ息を整える。
最上イズモ「はい。碇シンジです」
アスカが腕を組む。
顎をわずかに上げる。
いかにもそれらしい。
惣流・アスカ・ラングレー「ふうん」
惣流・アスカ・ラングレー「思ってたより静かね」
最上イズモ「あなたが惣流・アスカ・ラングレーですね」
惣流・アスカ・ラングレー「そうよ」
イズモは短く頷く。
最上イズモ「実力者だと聞いています」
その一言で、アスカの表情がほんの少しだけ止まる。
完全な褒め言葉ではある。
だが媚びてはいない。
持ち上げすぎてもいない。
ただ、戦力評価としてそのまま置いた感じ。
アスカは一拍遅れて口元を上げる。
惣流・アスカ・ラングレー「……ふん、分かってるじゃない」
ミサトが横で小さく吹き出しかけて、咳払いで誤魔化す。
葛城ミサト「なんであんた、初手だけ妙に上手いのよ」
イズモは答えない。
答えると余計なものまで混じる。
リツコがそこで前へ出る。
赤木リツコ「歓迎はそのくらいにして、搬入手順へ移るわよ」
惣流・アスカ・ラングレー「えー、つまんない」
赤木リツコ「仕事中」
アスカは露骨に肩を落としながらも、きちんと従う。
そのあたりがやはり“軍組織に馴染んだ優等生”の顔も持っている。
イズモはその様子を見ながら、少しだけ思う。
扱いに慣れている。
たしかにそうだ。
地雷の踏み方も、褒め方も、張り合い方も、ある程度知っている。
だが、それをそのまま出しすぎると不自然だ。
初対面としての距離を残しながら、でも必要以上に事故らせない。
今日はそこの綱渡りになる。
弐号機搬送の確認が進む。
艦上スタッフが走る。
輸送固定が外れる。
オペレーターが声を飛ばす。
見た目には平和だ。だがこの手の平和は、大抵長く持たない。
アスカは途中でまたこちらへ来た。
惣流・アスカ・ラングレー「ねえ」
最上イズモ「はい」
惣流・アスカ・ラングレー「ずいぶん落ち着いてるのね」
惣流・アスカ・ラングレー「私が来たのよ?」
最上イズモ「はい」
惣流・アスカ・ラングレー「はい、じゃなくて」
少しだけ口元が緩む。
このやり取りの温度も、だいたい知っている。
最上イズモ「頼もしいですね」
アスカの目が少しだけ細くなる。
最上イズモ「近くで見られるなら助かります」
その返しに、アスカは満足げに鼻を鳴らす。
惣流・アスカ・ラングレー「でしょ?」
そしてそのまま、一歩だけ近づく。
惣流・アスカ・ラングレー「なら特等席で見せてあげるわよ」
惣流・アスカ・ラングレー「二人で弐号機乗る?」
来た、と思う。
原作の記憶に近い流れ。
けれど、ここでの返しはもう決まっていた。
最上イズモ「光栄です」
アスカの表情が一瞬だけ明るくなる。
そこで切らずに、イズモは続けた。
最上イズモ「ただ、使徒戦ではシンクロ率が大事です」
最上イズモ「弐号機はあなたが乗る方が強い」
最上イズモ「僕が入ると機体の癖が乱れる可能性があります」
最上イズモ「後方支援に回ります。その方が全体が安定する」
アスカが数秒、黙った。
拒絶ではない。
予想外だったのだろう。
“乗らない”と言われた。
だが、それは逃げでも、遠慮でもない。
弐号機の主を自分だと、戦力としてそのまま認めた上での判断。
惣流・アスカ・ラングレー「……ふーん」
少しだけ顎を上げる。
惣流・アスカ・ラングレー「当然よね」
惣流・アスカ・ラングレー「弐号機は私の機体だし」
最上イズモ「はい」
惣流・アスカ・ラングレー「分かってるならいいわ」
その返しで十分だった。
機嫌は悪くない。
むしろ少しだけ上がっている。
ミサトが少し離れた位置でその会話を聞いていて、額に手を当てる。
葛城ミサト「……何でそんなに上手く捌くのよ」
赤木リツコ「そこに今触らない方がいいわ」
葛城ミサト「いや、でも初対面であれは変でしょ」
変だろう。
だが、変な環境で変に最適化されると、こういう返しになる。
そこへ警報が鳴った。
全員の表情が一瞬で切り替わる。
甲板の空気が、歓迎イベントから使徒対応へ反転する。
何かが海中にいる。
しかも近い。
アスカの顔が、今度は完全に戦う側のものへ変わる。
惣流・アスカ・ラングレー「へえ」
惣流・アスカ・ラングレー「来日祝いにしては派手じゃない」
ミサトが即座に指示を飛ばす。
葛城ミサト「全員所定位置! 使徒反応確認、戦闘配備へ移行!」
赤木リツコ「弐号機起動準備急いで! 海中戦想定で装備再確認!」
イズモは海の一点を見る。
水面に異常な波紋。
影。
深い位置を走る大きな何か。
嫌な確信が先に来る。
海中目標。
装甲厚不明。
接近リスク高。
まずは情報を取る方が先。
最上イズモ「葛城さん」
葛城ミサト「何」
最上イズモ「魚雷を可能な限り」
その一言で、ミサトがこちらを振り向く。
葛城ミサト「……は?」
アスカも同時にこっちを見る。
惣流・アスカ・ラングレー「魚雷?」
最上イズモ「まず飽和攻撃で外装反応を見たいです」
最上イズモ「有効打でなくても構造は取れます」
最上イズモ「外装の割れ方が分かれば、中枢位置の推定が可能です」
ミサトが目を見開く。
リツコの視線が鋭くなる。
アスカは半歩引いた。
惣流・アスカ・ラングレー「……あんた時々ほんと気持ち悪いわね」
最上イズモ「理屈は通っているはずです」
惣流・アスカ・ラングレー「それが腹立つのよ!」
ミサトが数秒だけ考える。
考えてから、低く息を吐く。
葛城ミサト「……理屈は分かる」
葛城ミサト「艦隊側に通す! 魚雷、爆雷、使える対潜火力は全部用意!」
アスカがイズモをじっと見る。
惣流・アスカ・ラングレー「ほんとに後方支援する気なのね」
最上イズモ「あなたのシンクロを落とす方が損です」
その返しに、アスカは少しだけ口を閉じた。
その一瞬だけで、完全に悪い気はしていないのが分かる。
惣流・アスカ・ラングレー「……なら、ちゃんと見てなさい」
惣流・アスカ・ラングレー「私の勇姿を近くで見られるのよ」
最上イズモ「頼もしいですね」
今度はアスカがふっと笑う。
惣流・アスカ・ラングレー「分かってるじゃない」
警報が艦上に響く。
海は相変わらず青い。
だが、その下にはもう戦場がある。
アスカ来日は、歓迎イベントとしてはほとんど機能しなかった。
けれど、イズモはその短い時間の中で一つだけ確信する。
やはり、この名前を持つ彼女は前に出られる。
そして、自分はそれを知っている。
知っているからこそ、奪わず、任せる。
その方がこの場では正しい。
ミサトが走りながら怒鳴る。
葛城ミサト「で、何で中学生が魚雷を当たり前みたいに要求するのよ!」
イズモは足を止めずに返す。
最上イズモ「水中目標ですので」
葛城ミサト「そういう意味じゃなーい!」
海戦の始まりとしては、だいぶ騒がしい方だった。
魚雷発射の号令が下った時、海はまだ穏やかな顔をしていた。
その穏やかさが嫌いだと、最上イズモは思う。
艦上指揮区画へ移ったあと、彼はモニターへ映る海面とソナー表示を交互に見ていた。水中の影は大きい。速い。だが、まだ形が甘い。生体反応。異常推進。通常兵器では決定打にならない可能性が高い。だからこそ、まずは“どう壊れるか”を見る。
葛城ミサトがインカム越しに怒鳴る。
葛城ミサト「全艦、第一波撃て! 近接しすぎないで!」
オペレーター「魚雷発射! 爆雷散布開始!」
モニターの海中へ白い線が何本も走る。
規則的な発射音。
遅れて海面のふくらみ。
その下で、水が裂けるみたいに爆発が連続する。
アスカの声が別回線で飛ぶ。
惣流・アスカ・ラングレー『派手にやるじゃない』
最上イズモ「観測優先です」
惣流・アスカ・ラングレー『分かってるわよ。でも、使徒相手に魚雷ぶち込む発想がまず変なの』
その返しへ答える前に、ソナー表示が乱れた。
影が揺れる。
外殻へ命中。
外装の一部が剥がれる。
爆発そのものでは沈まない。だが、“ただの生体”ではない壊れ方をしている。
イズモは画面へ少しだけ身を寄せる。
最上イズモ「……外殻あり」
赤木リツコが別回線で応答する。
赤木リツコ『見えてるわ。表面装甲化してる』
最上イズモ「割れ方が均質すぎます」
赤木リツコ『生体だけじゃないわね』
最上イズモ「内部に防御層がある。コアは表層ではないはずです」
アスカが鼻を鳴らす。
惣流・アスカ・ラングレー『ちょっと、ほんとに観測のために撃たせたの?』
最上イズモ「有効打も兼ねています」
惣流・アスカ・ラングレー『嫌な答え方するわね!』
第二波が入る。
今度は少し角度を変えた飽和攻撃。
使徒の姿勢が崩れる。
外装がさらにめくれる。
その下に、光沢の違う層が見える。肉ではない。だが機械でもない。生体と兵装の境界みたいな内部構造。
イズモの視線が一点で止まる。
外殻の裂け目。
守られ方。
衝撃に対する反応の偏り。
最上イズモ「中枢は深部寄り」
最上イズモ「しかも前面防御が厚い」
葛城ミサト「要するに?」
最上イズモ「魚雷だけでは抜けません」
赤木リツコ『コアが内側にあるってこと?』
最上イズモ「高確率で」
最上イズモ「散発火力では足りない。対艦兵器へ切り替えたいです」
ミサトが数秒だけ黙る。
黙って、すぐ決める。
葛城ミサト「艦隊側へ通す! 対艦ミサイル、艦砲、使える火力全部!」
オペレーター「了解!」
アスカの声が割り込む。
惣流・アスカ・ラングレー『ちょっと待って、私の出番あるんでしょうね!?』
イズモはその問いに迷わない。
最上イズモ「あります」
惣流・アスカ・ラングレー『ならいいわ』
返しが妙に早くて、少しだけ口元が動きそうになる。
分かりやすい。
そして、その分だけ前に出る時の信頼も置きやすい。
海中の使徒が向きを変える。
速い。
今まで受けていた火力を無視して、艦隊側へ直線的に寄り始めた。観測だけでなく、こちらも相手へ“撃ち方”を見られたのだと分かる。
葛城ミサト「まずい、艦隊が近い!」
赤木リツコ『弐号機、発進準備急いで!』
アスカの声が少しだけ鋭くなる。
惣流・アスカ・ラングレー『行くわよ』
ミサトがイズモを見る。
その一瞬だけで、問いが分かる。
本当に乗らないのか。
今この状況でも後方支援へ残るのか。
最上イズモ「弐号機はアスカ」
最上イズモ「僕は観測と火力誘導を続けます」
葛城ミサト「……分かった」
その返しには、完全な納得と少しの不安が両方あった。
だが、ここでイズモを無理に弐号機へ押し込まないあたり、ミサトももうこの手の最適配置に慣れ始めている。
弐号機発進。
赤い機体が艦上から海へ出る。
躊躇がない。
海中戦用の姿勢へ入る動きも速い。
アスカはやはり“前に出る側”として強い。
惣流・アスカ・ラングレー『さあ、どきなさい!』
その声が、モニター越しでも妙に艦内の空気を変える。
派手で、自信過剰で、でもその自信を戦力へ変えられるタイプの声だ。
イズモはソナー情報と外装破断映像を重ねる。
最上イズモ「前面へ行かないでください」
惣流・アスカ・ラングレー『はあ?』
最上イズモ「前面防御が厚い」
最上イズモ「側面下方、装甲遷移の薄いラインがあります」
惣流・アスカ・ラングレー『……分かった!』
アスカは即座に機体を切る。
素直だとは言わない。
だが、実戦中の判断は早い。
そこが本当に強い。
海中で弐号機が回り込み、艦隊側からの対艦ミサイルが遅れて入る。
使徒の側面へ命中。
今度は姿勢制御が大きく乱れる。
裂け目が広がる。
内部の光が一瞬だけ見えた。
最上イズモ「そこです」
惣流・アスカ・ラングレー『言われなくても見えてる!』
返しながらも、アスカは迷わず突っ込む。
いい。
強い。
この手の局面では、前に出る人間が前へ出る方がいい。
弐号機のナイフが海中で閃く。
使徒の裂けた外装をさらにこじ開ける。
だが、深い。
コアまではまだ遠い。
最上イズモ「コアはさらに内側」
赤木リツコ『やっぱり!』
最上イズモ「周辺構造を先に潰してください」
惣流・アスカ・ラングレー『ちっ、面倒ね!』
その“面倒”の言い方が、嫌がっているようでいてまるで引いていない。
艦砲が入る。
海面が吹き上がる。
弐号機が一瞬だけ離脱。
その隙に対艦ミサイルが側面下部へ集中する。
使徒が初めて明確に崩れた。
内部の光が露出する。
コア。
ようやく見えた。
深部に埋まっていた中枢が、壊れた外殻の奥から一瞬だけ顔を出す。
最上イズモ「今」
惣流・アスカ・ラングレー『分かってる!』
弐号機が海中で加速する。
ナイフを構える。
迷いがない。
コア露出時間は短い。
一撃で外すと、また閉じる。
アスカの動きは鋭い。
原作で知っていたより、この世界の彼女は少しだけ“止められること”に慣れている。だから無茶一辺倒ではない。けれど、決める瞬間には躊躇しない。
その差が、今ちょうどいい方向へ出ていた。
ナイフがコアへ届く。
貫通。
遅れて海中から白い爆発みたいな光が広がる。
水圧が乱れ、モニターが一瞬ノイズを噛む。
艦内が揺れた。
オペレーター「目標反応減衰! 使徒活動停止を確認!」
葛城ミサト「全艦、二次警戒! 弐号機、状態報告!」
アスカの返事は少し息が上がっていた。
惣流・アスカ・ラングレー『弐号機、問題なし!』
一拍置いてから、
惣流・アスカ・ラングレー『……言っとくけど、最後に刺したの私だから』
最上イズモ「ええ」
最上イズモ「頼もしかったです」
その返しに、回線の向こうがほんの一瞬だけ静かになる。
惣流・アスカ・ラングレー『……当然でしょ』
だが、声の角度は少しだけ変わっていた。
完全な勝ち誇りだけじゃない。
少しだけ、気分よく認められた側の響きがある。
ミサトが横で小さく息を吐く。
葛城ミサト「ほんっとに上手いのよね、そのへん」
イズモは海面を見たまま答える。
最上イズモ「戦力評価です」
葛城ミサト「分かってるの。それがまた腹立つの」
リツコが割り込む。
赤木リツコ「感想はあと」
赤木リツコ「碇君、今の戦術判断、あとで全部報告に落として」
最上イズモ「了解しました」
葛城ミサト「はい減点」
赤木リツコ「今のは別にいいでしょう」
少しだけ艦内の空気が戻る。
使徒は沈んだ。
海はまた穏やかな顔へ戻ろうとしている。
けれど、さっきまでその下に戦場があったことを、もう艦内の誰も忘れないだろう。
アスカが帰投するまでの数分、イズモは静かに画面を見ていた。
飽和攻撃。
外装観測。
コア深部推定。
対艦火力集中。
弐号機突入。
やったこと自体は整理できる。
でも、そこへアスカの動きが乗ったことで、ただの軍事処理では終わらなかった。
前に出るべき人間に、ちゃんと前を任せる。
自分は後ろで構造と火力を見る。
その配置がたぶん、今回は一番壊れにくかった。
弐号機回収後、アスカが艦内へ戻ってくる。
髪は少し濡れていた。
機嫌は明らかにいい。
だが、最初の一言はやはり少し棘がある。
惣流・アスカ・ラングレー「魚雷魚雷うるさいと思ったけど」
イズモはそちらを見る。
惣流・アスカ・ラングレー「ちゃんと意味あったわね」
最上イズモ「観測できたので」
惣流・アスカ・ラングレー「そこは普通、“あなたが決めてくれたおかげで勝てた”とか言わない?」
最上イズモ「あなたが刺したので」
アスカが数秒、黙る。
それから少しだけ笑う。
惣流・アスカ・ラングレー「……変なやつ」
その言葉は、今は悪くない意味で受け取れた。
ミサトがそのやり取りを見ながら、頭を抱えるふりをする。
葛城ミサト「なんで来日初日でそこまで距離詰まってるのよ」
リツコが低く言う。
赤木リツコ「詰まってるというより、変な噛み合い方してるだけでしょう」
アスカがすぐ反応する。
惣流・アスカ・ラングレー「変なのはそっちよ」
惣流・アスカ・ラングレー「中学生が海使徒相手に魚雷飽和から対艦火力連携まで平然と指示してる方がどう考えても変」
ミサトが指をさす。
葛城ミサト「ほら!」
最上イズモ「水中目標でしたので」
惣流・アスカ・ラングレー「まだ言う!」
艦内にようやく、歓迎イベントらしい笑いに近いものが戻る。
使徒戦込みの来日初日としては最悪寄りだ。
でも、関係の始まりとしては悪くない。
少なくともアスカは、イズモを“頼りになるけど時々気持ち悪い戦術屋”として認識し始めている。
それはきっと、完全な拒絶よりずっといい。
海は青いままだった。
その青さの下で一度戦ったあとでは、もう最初の景色には戻れない。
それでも艦上に吹く風は少しだけ軽くなっていて、イズモはその変化を、誰にも言わずに静かに受け取っていた。