碇シンジと最上イズモ 他人を演じるということ   作:最上 イズモ

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守るための仕組み

食堂を出たあと、碇シンジはそのまま部屋へ戻るつもりでいた。

 

けれど、KAEDEは少しだけ進路を変えた。

 

KAEDE「時間に余裕があります」

KAEDE「売店へ寄りますか」

 

シンジはその言葉に少しだけ目を上げる。

 

碇シンジ「売店、あるんだ」

 

KAEDE「はい」

 

それだけの返事なのに、妙に生活の匂いがした。

食堂の次は売店。

ここは未来すぎる技術と、妙に普通の生活が平然と同じ階層へ並んでいる。

 

売店は食堂より小さかった。

でも、品揃えはかなり広い。

 

飲み物。

軽食。

文具。

小さな端末用アクセサリ。

衣類補修キットみたいなものまである。

しかも、その並び方がやけに整っている。コンビニに近いのに、少しだけ“補給所”っぽい。

 

シンジは棚を見ながら、ぽつりと言う。

 

碇シンジ「……なんか、普通だね」

 

KAEDE「はい」

KAEDE「極端に非日常へ寄せると、継続生活の負荷が上がるためです」

 

その言い方がいかにもこの世界らしい。

普通に見えること自体が、ちゃんと設計されている。

 

シンジは飲み物の棚の前で止まる。

ラベルも形も見慣れないものが多い。

でも“水”“茶”“果実系”みたいな分類はちゃんと分かる。

未来すぎて全部が異世界、というほどではない。

 

碇シンジ「これ、お金は?」

 

KAEDE「個別決済も可能ですが、居住セクター内の基礎生活物資は大半が供給枠内です」

 

シンジは少しだけ振り返る。

 

碇シンジ「……供給枠」

 

KAEDE「はい」

KAEDE「ピースギア系生活圏では、生活必需の一部が市場取引だけに依存しません」

 

それを聞いて、シンジは棚の飲み物より先にKAEDEの方を見てしまう。

 

向こうの世界では、食べることも、暮らすことも、だいたい金か誰かの世話に紐づいていた。

こっちは違うらしい。

少なくとも“基礎生活物資”までは、完全に個人の財布へ丸投げしていない。

 

KAEDEはその反応を見て、少しだけ補足する。

 

KAEDE「ピースギアの社会設計では、医療・避難支援・教育・インフラ比率が高く置かれています」

KAEDE「生活基盤を不安定にしすぎると、全体の平和維持効率が落ちるためです」

 

“平和維持効率”という言い方が、この世界の優しさの変なところだった。

優しい。

でも、ただの慈善ではない。

社会を壊さないための合理として、最初から生活を守る側へ寄せている。

 

シンジは棚から無難そうな飲み物を一本取る。

 

碇シンジ「……こっちの社会って、なんか」

少し考えてから、

碇シンジ「“良いことだからやってる”っていうより、“崩れないためにやってる”感じがする」

 

KAEDEは静かに頷く。

 

KAEDE「妥当です」

KAEDE「ピースギアの任務は、戦闘よりも和平、死よりも無力化を標語としていますが、それは感傷ではなく統治理念でもあります」

 

シンジはその言葉を頭の中で反芻する。

 

戦闘よりも和平。

死よりも無力化。

 

綺麗な言葉だ。

でも、こっちの世界ではその綺麗さが全部システムへ落ちている感じがする。

食堂。

売店。

供給枠。

保護。

停止権限。

全部が同じ方向へ伸びている。

 

売店の奥には、小さな情報端末コーナーがあった。

簡単な雑誌みたいなものや、教育用の薄いモジュール、子ども向けらしい図像教材まで並んでいる。

 

シンジはその一角で少し足を止める。

 

碇シンジ「……学校ってどうなってるの」

 

KAEDE「教育ですか」

 

碇シンジ「うん」

 

KAEDEが少しだけ視線を端末コーナーへ向ける。

 

KAEDE「ピースギア系教育の基本は、個別最適化です」

KAEDE「一斉進行を標準とせず、適性・進度・心理状態・進路志向に応じて学習経路が変わります」

 

シンジは思わず眉を上げる。

 

碇シンジ「そんなの、管理する方が大変じゃない?」

 

KAEDE「はい」

KAEDE「そのため、教育支援AIと学習パートナー制度が強く使われます」

 

学習パートナー。

その言葉が少し引っかかる。

 

碇シンジ「先生とは違うの?」

 

KAEDE「重なりますが完全には同じではありません」

KAEDE「指導者、補助者、対話相手、進路調整役などを兼ねる場合があります」

 

シンジは売店の教育端末を見ながら、少しだけ不思議な気持ちになる。

 

向こうの世界の学校は、クラスがあって、時間割があって、みんな同じ速度で進むのが当たり前だった。

もちろん、それで救われる部分もある。

でも、こっちは最初から“同じ速度では進まない”前提で作られているらしい。

 

碇シンジ「……じゃあ、遅れるとか、ついていけないとかって」

 

KAEDE「概念としてはあります」

KAEDE「ただし、“全員が同じ列で進む”ことを前提にしないため、意味は変わります」

 

それは、少しだけ羨ましいと思った。

 

遅れる。

ついていけない。

空気を読めない。

そういうことの痛さを、自分は学校で覚えた部分もある。

 

こっちは最初から、そこを別の形で処理しようとしている。

 

KAEDEが続ける。

 

KAEDE「教育理念としては、専門形成だけでなく、倫理教育と対人関係管理も強く重視されます」

 

シンジは少しだけ笑いそうになる。

 

碇シンジ「対人関係まで管理するの」

 

KAEDE「はい」

KAEDE「放置コストが高いためです」

 

その答えに、やっぱりこの世界だと思う。

 

優しい。

でも、その優しさは“放っておくと壊れるから先に手を入れる”という合理の顔をしている。

 

売店の棚には、子ども向けらしい学習補助端末がいくつか置かれていた。

それぞれ形も色も違う。

年齢で分けるというより、使い方で分けている感じがする。

 

碇シンジ「……これも、みんな違うんだ」

 

KAEDE「はい」

KAEDE「教室形態も固定ではありません」

KAEDE「集団教室、少人数、遠隔、没入型環境などが選択されます」

 

シンジはその一言で、自分の中の“学校”の形が少し揺れるのを感じる。

 

学校って、もっと固定されたものだと思っていた。

教室。

机。

黒板。

チャイム。

席順。

そういうもの。

 

こっちは違う。

教育まで、生活圏や任務や個人の状態に合わせて変える。

 

碇シンジ「……未来だ」

 

思わず漏れると、KAEDEは少しだけこちらを見る。

 

KAEDE「そう見えるのは自然です」

 

シンジは苦笑する。

 

碇シンジ「でも、なんか」

少し迷ってから、

碇シンジ「未来っていうより、“壊れた後で作り直した社会”っぽい」

 

KAEDEはその言葉をすぐには返さなかった。

 

少しだけ間を置いてから、静かに言う。

 

KAEDE「近い認識です」

KAEDE「教育、供給、医療、避難、翻訳、倫理管理。これらは理想のためだけでなく、喪失と崩壊を経た後に再設計されています」

 

シンジは売店の静かな明るさを見る。

食堂。

売店。

供給枠。

教育端末。

 

全部が普通に見える。

でも、その普通はたぶん最初からあったものじゃない。

何かを失って、そのあと“これがないとまた壊れる”と分かった人たちが積んだ普通だ。

 

それが少しだけ、重い。

でも同時に、嫌いでもない。

 

碇シンジ「……イズモって、こういう社会で育ったんだ」

 

KAEDE「完全には違います」

KAEDE「ただし、長くその構造の中で働いています」

 

シンジは小さく頷く。

 

だからなのかもしれない。

食事を回復に使う。

停止権限を最初から作る。

搭乗後保護を制度にする。

学校や生活の段階で“壊れにくい構造”を組む。

イズモの思考はずっとその延長にある。

 

売店の会計は、拍子抜けするほど静かに終わった。

KAEDEが認証を通し、シンジの飲み物もそのまま供給枠へ入る。

 

碇シンジ「……やっぱり変な感じ」

 

KAEDE「どの点がですか」

 

シンジは飲み物を見ながら言う。

 

碇シンジ「食堂で食べて、売店で飲み物取って、学校の話して」

少しだけ間を置いて、

碇シンジ「それなのに、全部の裏に戦争とか避難とか崩壊の話がある」

 

KAEDEはその言葉を否定しなかった。

 

KAEDE「はい」

KAEDE「この社会は、それらを切り離してはいません」

 

売店を出て、二人で廊下へ戻る。

 

窓の外には、相変わらず整いすぎた都市が光っている。

でも今のシンジには、その整い方が少し違って見えた。

 

未来だからきれいなんじゃない。

きれいにしないと壊れると知っているから、ここまで整えている。

 

その違いは大きかった。

 

碇シンジ「……今度、学校みたいな場所も見てみたいかも」

 

KAEDEが少しだけこちらを見る。

 

KAEDE「教育区画ですか」

 

碇シンジ「うん」

少し考えてから、

碇シンジ「別世界の学校っていうより、この社会がどうやって人を作ってるのか、ちょっと気になる」

 

KAEDEは静かに頷く。

 

KAEDE「調整可能です」

 

その返事を聞きながら、シンジは売店で買った飲み物を少しだけ握り直す。

 

食堂へ行った。

売店にも寄った。

社会と教育の話をした。

一つひとつは小さい。

でも、その小さな生活の話を通して、ピースギアの世界が前より少し“住んでいる人間の側”から見えた気がした。

 

それだけで、今日の続きは十分に前へ進んでいた。

 

 

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