碇シンジと最上イズモ 他人を演じるということ 作:最上 イズモ
警報が鳴った瞬間、空気の温度が一段落ちた。
第三新東京市の空を切り裂くようなサイレンが、骨に触る振動で司令室まで届いてくる。赤い表示灯が点滅し、壁面モニターの光が人の顔色を薄く変えた。通信員の声が飛び交う。報告、座標、解析、迎撃準備。
最上イズモはブリーフィングの残りを聞くより早く、視線を正面モニターへ向けていた。
人型。
白い。細い。立っているだけで、何かがずれて見える輪郭。
使徒。
伊吹マヤ「目標、旧市街西部に着地。現在、進行停止。反応固定しています」
日向マコト「パターン青、使徒です」
葛城ミサト「……妙ね」
誰かが息を呑む音がした。
止まっている。
それだけで不気味だった。これまでの敵は、来れば壊した。壊すために動いた。だが画面の中のそれは、街の真ん中へ降り立ちながら、まるで待っているように静止していた。
碇ゲンドウ「初号機、弐号機を出す」
冬月コウゾウ「動きがない相手に二機か」
碇ゲンドウ「だからだ」
短い返答のあと、司令室の視線が散る。命令が確定し、周囲の流れが次の段階へ切り替わる。
イズモは立ち上がった。
葛城ミサト「碇君」
呼び止める声に振り向く。
ミサトの目は、いつもの軽さを一枚剥いだ奥にあった。測っている。けれど、それだけでもない。前回までと違って、止めるべきか押すべきか、自分の中でまだ揺れている顔だった。
葛城ミサト「今回は様子見なんてさせないわよ」
最上イズモ「そのつもりはありません」
葛城ミサト「……ならいい」
頷きながらも、彼女の指先は端末の縁を一度だけ強く叩いた。
その癖を見て、イズモは少しだけ視線を落とす。
迷っている。
作戦ではなく、自分の判断に。
前の流れを身体のどこかが覚えている者の顔だった。
発進用通路は冷えていた。
鋼の匂い。油の匂い。減圧された空気が肺に薄く刺さる。搬送ラインの振動が足裏から上がってくる。
エントリープラグ前で、惣流・アスカ・ラングレーが腕を組んでいた。
先に来ていたらしい。赤いプラグスーツの肩で照明が弾け、視線だけがまっすぐこちらを刺した。
惣流・アスカ・ラングレー「遅い」
最上イズモ「司令部で状況確認を」
惣流・アスカ・ラングレー「言い訳が真面目すぎるのよ」
いつもの調子だった。
だが、そこへ乗る圧が少し違う。今日は喧嘩をしに来た顔ではない。何かを証明したい時の顔だ。
惣流・アスカ・ラングレー「で、聞いた?」
最上イズモ「敵性体が停止中。解析不足。二機同時出撃」
惣流・アスカ・ラングレー「そこじゃない」
アスカは一歩近づいてきた。
至近距離で止まる。ヘルメットを抱えた腕に力が入っている。
惣流・アスカ・ラングレー「今度は足引っ張らないでよね」
最上イズモ「善処します」
惣流・アスカ・ラングレー「そういう返し腹立つって言ってるでしょ」
けれど、言葉ほど怒ってはいない。
彼女はイズモの顔を一秒見て、何かを探すみたいに目を細め、それから鼻を鳴らした。
惣流・アスカ・ラングレー「……まあいい。今日は最初から合わせるわよ」
最上イズモ「合わせる?」
惣流・アスカ・ラングレー「変な言い方ね。連携するって意味」
少しだけ間が空く。
アスカは視線を逸らさないまま続けた。
惣流・アスカ・ラングレー「なんか知らないけど、あんた相手だと説明長くする気なくなるのよ」
最上イズモは返事をしなかった。
その代わり、彼女の立ち方を見る。重心。肩の抜き方。踏み込みの癖。口で強く言う時ほど、最初の一手を鋭くしすぎる傾向がある。
覚えている、というより、知っていた。
いつからかは分からない。だが、その動きの選び方だけは、妙に身体に馴染んでいた。
惣流・アスカ・ラングレー「なによ」
最上イズモ「いえ」
惣流・アスカ・ラングレー「今、私のこと見て何か考えたでしょ」
最上イズモ「開幕で前に出すぎると孤立します」
アスカの眉がぴくりと動く。
惣流・アスカ・ラングレー「は?」
最上イズモ「一機目の接触はあなたが取ってもいいですが、間合いを詰めすぎると射線管理が崩れます」
惣流・アスカ・ラングレー「ちょっと待ちなさいよ」
アスカは声を荒げたが、怒鳴り切る手前で止まった。
図星を刺された時の止まり方だった。
惣流・アスカ・ラングレー「あんた、なんでそういうの分かるのよ」
最上イズモ「分かるわけではありません」
惣流・アスカ・ラングレー「じゃあ何よ」
最上イズモ「たぶん、そうなると困るので」
数秒、静寂が落ちた。
遠くで発進準備のアナウンスが流れる。オペレーターの声。ハッチ閉鎖。ケーブル接続完了。
アスカは呆れたように息を吐いた。
惣流・アスカ・ラングレー「ほんっと気持ち悪い」
最上イズモ「評価として受け取っておきます」
惣流・アスカ・ラングレー「受け取るな」
けれど、その口元がほんの少しだけ上がる。
次の瞬間には、もう戦う顔に戻っていた。
惣流・アスカ・ラングレー「いいわ。じゃあ見てなさい。最初の一発で決める」
最上イズモ「了解」
惣流・アスカ・ラングレー「あと、遅れたら置いてく」
最上イズモ「その場合は、前へ出すぎたと判断します」
惣流・アスカ・ラングレー「……ほんと腹立つ」
だが彼女はそれ以上言わず、ヘルメットを被ってプラグへ乗り込んだ。
拘束具解除。
電圧上昇。
神経接続開始。
エントリープラグ内の薄い液体が身体を包む。肺へ流れ込むLCLの感覚は、何度経験しても生物の本能と喧嘩する。イズモは目を閉じず、表示の立ち上がる速度を追った。
初号機、起動。
視界が切り替わる。
紫色の腕。巨大な指。金属と筋肉の混ざった、借り物でありながらもう半ば自分の身体になりつつある質量。
弐号機が隣で拘束を外される。赤い巨体が前傾し、獣みたいに立ち上がった。
惣流・アスカ・ラングレー「先行くわよ」
最上イズモ「了解」
発進。
カタパルトの加速が背骨を叩く。地上へ押し出される瞬間、視界の端で街が裂けるように開く。高層ビル群、装甲板、退避済みの道路。人工都市の骨格が陽光の下でむき出しになっていた。
目標は街路の中央に立っている。
白い。
滑らかな外殻。細い四肢。人に似ているくせに、人が本来持つ重さが見えない形。
使徒イスラフェル。
止まっているように見えて、その実、こちらの出方を待つ構えが完成しきっていた。
惣流・アスカ・ラングレー「いける」
弐号機が前へ出る。
速い。
イズモは初号機を半歩遅らせる。追うのではなく、ずらす。真正面ではなく斜め。弐号機の突進線から外れ、相手の回避先を削る位置へ。
この動きに説明はいらない。
そう思った瞬間、自分の中の何かが小さく軋んだ。
初めてではない。
そんな確信だけが先にあった。
イスラフェルが動く。
横へ流れる。人間なら膝を使うところを、骨のない刃物みたいに軸だけでずらした。
惣流・アスカ・ラングレー「そこっ」
弐号機の蹴りが空間を裂く。
避けられる。
その軌道は見えていた。
だから、イズモは迷わなかった。
初号機を滑り込ませる。回避先へ。弐号機の攻撃で相手が開く瞬間に合わせ、拳ではなく掌底で胸部を打つ。
鈍い衝突音。
イスラフェルの体勢が崩れる。
弐号機がすでに戻っている。速い。踏み込みが深すぎる時の修正を、今日のアスカは最初からやっていた。
惣流・アスカ・ラングレー「左、開いてる!」
最上イズモ「見えています」
初号機が腕を払う。弐号機が逆側から肘を叩き込む。
白い外殻に亀裂。
司令部の叫びが通信に乗る。
伊吹マヤ「えっ、初手から押してます!」
日向マコト「なんだこの連携……訓練記録にありません!」
葛城ミサト「……碇君、あんた」
彼女の声だけが、最後まで言い切らなかった。
イスラフェルが跳ぶ。
高い。軽い。ありえない角度でビルの側面へ着地し、そのまま壁を走る。
惣流・アスカ・ラングレー「逃がすか!」
最上イズモ「上です」
弐号機が跳躍する。初号機は地上に残り、着地点へ先回りする。追うのではなく、落とす位置を作る。
白い影が空で身を捻る。
その一瞬、イズモの視界が揺れた。
月明かり。音楽。二つの影。重なる足音。
知らないはずの断片が、脳の奥で閃いて消える。
次の瞬間には身体が動いていた。
最上イズモ「アスカ、右へ一歩」
惣流・アスカ・ラングレー「は?」
最上イズモ「今です」
問い返しながらも、弐号機が右へずれる。
その直後、イスラフェルの落下軌道が変わった。さっきまでいた位置を爪が薙ぎ払う。赤い機体の肩を掠めるはずだった一撃が空を切り、初号機の前へ滑り込む。
最上イズモ「捕まえます」
初号機が腕を差し込む。
白い身体の片腕を抱え込み、回転で投げる。地面へ叩きつけるのではない。弐号機の射程へ流し込む。
惣流・アスカ・ラングレー「っ、舐めんじゃないわよ!」
振り下ろされたプログレッシブナイフが外殻を裂いた。
赤い火花。高い金属音。白い表面に深い断面が走る。
イスラフェルが初めて声を上げた。
悲鳴というより、結晶が砕ける時のような不協和音。
その音に、司令部の全員が一瞬だけ黙る。
勝てる。
そう思わせるには十分な手応えだった。
だが、次の瞬間だった。
白い身体が、裂け目から開いた。
肉でも金属でもない。光の膜みたいな断面を残したまま、使徒が二つに分かれる。
通信回線の向こうで誰かが息を呑む。
伊吹マヤ「目標、分裂!」
日向マコト「個体数二! 二体です!」
葛城ミサト「……そう来るわけ」
地面へ転がった二体のイスラフェルが、鏡のように同じ動きで立ち上がる。
左右に開く。
同じ形。同じ反応速度。同じ殺気。
普通なら、ここで初動は遅れる。
情報の更新。脅威度の再計算。役割分担の組み直し。人間の判断が一拍止まる。
だが、イズモの中では別のものが先に立ち上がっていた。
分かれても変わらない。
そういう確信。
そしてもう一つ。
隣の赤い機体が、この状況で何を選ぶかも。
惣流・アスカ・ラングレー「左、私がやる!」
予想通りだった。
速度で押し切る。強い方へ正面から噛みつく。片方を自分が抑えればもう片方もどうにかなると考える。アスカらしい。正しい。けれど、そのままだと半歩足りない。
最上イズモ「了解。三秒だけ」
惣流・アスカ・ラングレー「は?」
最上イズモ「突っ込みすぎないでください。左は引きつけて」
惣流・アスカ・ラングレー「誰に命令して――」
言い終わる前に、弐号機はもう動いている。
だが、完全には否定しなかった。
左のイスラフェルへ向かう進路が、ほんの僅かだけ深すぎない。真正面へ噛みつくのではなく、噛みつかせる角度。イズモの言葉を受け取った上で、自分の速さへ変換した動きだった。
最上イズモ「そのままで」
惣流・アスカ・ラングレー「言われなくても!」
左の個体が弐号機へ反応する。
踏み込む。
腕が振り下ろされる。
アスカはそれを待っていたみたいに半身で流し、内側へ潜る。火花が散る。装甲が悲鳴を上げる。だが致命ではない。
その瞬間、右の個体の意識が一拍だけ薄れる。
初号機が走る。
地面を蹴る衝撃で舗装が砕ける。真正面ではない。円を描くように、右個体の背後へ食い込む。
白い首が回る。
遅い。
その遅れごと、知っていた。
最上イズモ「今です、アスカ」
惣流・アスカ・ラングレー「分かってる!」
赤と紫が同時に動く。
初号機のナイフが右個体の中軸へ突き立ち、弐号機の蹴りが左個体の体勢を崩す。倒すためではない。向きを揃えるための一撃。
二体の顔が、ほぼ同時にこちらへ向く。
そこへ。
初号機は右腕を引き、弐号機はもう一歩踏み込む。
まるで打ち合わせていたみたいに。
いや、打ち合わせより先に、身体が知っていたみたいに。
最上イズモ「左、半拍早いです」
惣流・アスカ・ラングレー「誰のせいよ!」
文句を吐きながら、アスカの踏み込みが修正される。
半拍。
それだけで足りた。
両機の刃が、別々の個体へ、ほぼ同時に突き込まれる。
白い外殻が裂ける。
音が重なる。
二体のイスラフェルが初めて同じ苦鳴を上げ、街路の両端へ弾かれた。
司令部が凍りついた。
通信の向こうで紙が落ちる音さえ聞こえそうな沈黙。
伊吹マヤ「え……」
日向マコト「同時攻撃……初見で?」
青葉シゲル「ありえないだろ」
葛城ミサトは何も言わなかった。
ただ、モニターの二機を見つめる目だけが、さっきまでとは違っていた。
計算じゃない。
偶然でもない。
自分の知らない何かが、あの二人の間にもうある。
そう認めざるを得ない時の目だった。
惣流・アスカ・ラングレー「……は?」
弐号機の通信が入る。
荒い呼吸。だが、崩れていない。むしろ今の一撃の感触に、本人が一番追いつけていない声だった。
惣流・アスカ・ラングレー「ちょっと待って。なんで合ったのよ、今」
最上イズモ「未確認です」
惣流・アスカ・ラングレー「はあ?」
最上イズモ「ですが、悪くはありません」
惣流・アスカ・ラングレー「……っ」
短く詰まったあと、アスカが噛みつくみたいに笑う気配がした。
惣流・アスカ・ラングレー「上等じゃない」
左の個体が起き上がる。右も続く。傷は深いが、まだ沈まない。
けれど、もう最初の一手は取られなかった。
街路の真ん中で、赤と紫が並ぶ。
肩を寄せるほど近くはない。互いを邪魔しない、けれど見失わない距離。
使徒が二体、こちらを見る。
その視線を正面から受けながら、アスカの声が回線へ落ちた。
惣流・アスカ・ラングレー「次も合わせるわよ」
最上イズモ「了解」
惣流・アスカ・ラングレー「遅れたら殺す」
最上イズモ「努力します」
惣流・アスカ・ラングレー「そういうとこよ」
白い敵影が同時に跳ぶ。
赤と紫も、同時に前へ出た。
白が二つ、空を裂いた。
高い。
さっきまでの一体とは違う。分かれたことで軽くなったのか、あるいは役割そのものを変えたのか、二体の挙動は明らかに鋭くなっていた。落ちてくるのではない。狩る角度で降ってくる。
最上イズモは初号機を半歩引かせた。
避けるためじゃない。視界を広く取るためだ。
左の個体は弐号機へ。右は一度高く抜けてから、初号機の頭上へ落ちる。狙いが分かれている。なら、二体は互いの死角を埋めるように組まれている。
惣流・アスカ・ラングレー「右、来る!」
最上イズモ「見えています」
初号機が肩を捻る。白い刃が鼻先を掠め、空気の裂ける音が遅れて届いた。そのまま膝を落とし、下から振り上げる。
イスラフェルが受ける。
細い腕で、重い衝撃を弾く。ありえない。細さに対して、返ってくる手応えが硬すぎた。
その一拍の硬直へ、もう片方が入り込む。
左の個体が弐号機を越えていた。
惣流・アスカ・ラングレー「っ、こいつ!」
弐号機の肩が捻じられる。赤い装甲に白い爪が滑り、火花が散る。浅くない。深くもない。だが、嫌な角度だった。力任せではなく、機体のバランスを崩しにきている。
アスカの呼吸が少しだけ荒くなる。
それでも、弐号機は倒れなかった。
踏みとどまる。片脚を軸に、機体をねじ込み返す。反射じゃない。噛み返す動きだ。
惣流・アスカ・ラングレー「好きにさせるかぁっ!」
肘打ち。近すぎてナイフも意味を持たない距離で、赤い巨体が本来の質量を叩きつける。左の個体が弾かれ、半歩浮く。
その瞬間を、イズモは待っていた。
最上イズモ「左、離してください」
惣流・アスカ・ラングレー「今やってる!」
弐号機がさらに踏み込む。押すのではない。相手の軸足をずらす。重心が開く。
初号機は目の前の右個体を蹴り飛ばした。
正面から壊すためではない。斜め上へ逃がす。右の個体は空中で一回転しながら姿勢を立て直すが、その着地点にはもう左の個体が押し流されてきていた。
二体の間合いが、一瞬だけ重なる。
そこへ。
最上イズモ「下がってください、アスカ」
惣流・アスカ・ラングレー「は?」
最上イズモ「今です」
弐号機は問い返しながらも飛び退いた。
さっきと同じだ。疑いながら、足はもう動いている。
その退き際に、初号機は拾っていた。
道路脇に折れた高圧ケーブルの支持フレーム。鋼材。長さは十分。重量もある。
初号機がそれを横薙ぎに振るう。
二体のイスラフェルが、重なったまま弾き飛ばされた。
白い身体が絡むように転がり、ビルの外壁へ叩きつけられる。装甲板が歪み、ガラスのない窓枠が軋んだ。
司令部の通信が一斉に混線する。
伊吹マヤ「目標、接触! 二体とも体勢崩れています!」
日向マコト「今の即興でやったのか……?」
青葉シゲル「ありえねえ」
葛城ミサト「碇君、そのまま押せる?」
最上イズモ「押せます。ただし――」
言い終わる前に、二体が動いた。
速い。
起き上がるのではない。崩れた姿勢のまま、床を滑るように左右へ散る。次の瞬間には、すでに別角度から入ってくる。
読ませない軌道。
さっきまでの連携が、今度は敵側で完成していた。
右の個体が初号機の視線を引く。真正面から突っ込んでくる。受ければ左が死角へ回る。
イズモは初号機を前へ出した。
避けない。
正面から噛み合う。
白い腕と紫の腕がぶつかる。激突の衝撃で舗装がひび割れ、周囲の車両残骸が跳ねる。右個体の刃が肩へ食い込む。浅い。だが、その浅さが狙いだ。止めるための一撃。
左が来る。
見えない角度から。
だが、来ると分かっているなら、死角は死角ではない。
最上イズモ「アスカ、低く」
惣流・アスカ・ラングレー「言われなくても!」
弐号機が地面を滑るように潜り込む。低い。普段のアスカなら選びにくい、見栄えの悪い角度だ。だが今日は、それを選んだ。
赤い機体のナイフが、左個体の脚部を斜めに裂く。
白い外殻が開く。個体が傾く。
その崩れを、初号機が正面から押し返す。
右の個体の腕をねじり上げ、そのまま体ごと左へ流す。二体の進路がまた交差する。
惣流・アスカ・ラングレー「今!」
最上イズモ「合わせます」
今度はアスカが先に読んだ。
弐号機が左個体を蹴り上げる。高くではない。ちょうど、初号機の頭部の高さへ。
初号機のナイフが、その喉元を横に裂く。
同時に、右個体が背後へ回り込もうとする。
だが遅い。
アスカはもう振り向いていた。
惣流・アスカ・ラングレー「甘いのよ!」
弐号機の回し蹴りが、右個体の側頭部を打ち抜く。
白い機体が道路を滑り、非常用シャッターへ激突。鋼板が内側へ歪み、土煙が立ち上がった。
赤と紫が、互い違いの位置で止まる。
呼吸だけが回線に乗る。
荒い。けれど乱れてはいない。
最上イズモは一瞬だけ弐号機を見る。
アスカも、同じタイミングでこちらを見ていた。
惣流・アスカ・ラングレー「……今の、私が合わせたんじゃないわよね」
最上イズモ「こちらも同意見です」
惣流・アスカ・ラングレー「気持ち悪い」
最上イズモ「すでに評価済みです」
惣流・アスカ・ラングレー「更新してあげる。かなり気持ち悪い」
その声の奥に、妙な熱が混じっていた。
嫌悪だけではない。噛み合ってしまった時にしか出ない種類の高ぶりだ。本人が認めたくない時ほど、言葉はきつくなる。
通信の向こうで、ミサトが息を吐く気配がした。
葛城ミサト「いいわ、そのまま継続。けど深追いしないで。相手の変形条件がまだ見えてない」
伊吹マヤ「コア位置、不明のままです!」
冬月コウゾウ「分裂後も中心が読めんか」
碇ゲンドウは何も言わなかった。
ただ、黙って画面を見ている。その沈黙が逆に重い。
土煙の向こうで、二体の影がまた立ち上がる。
さっきより遅い。
だが、止まらない。
裂かれた喉元。砕けた側頭部。脚部の損傷。普通の生物なら動きが鈍るはずの傷を負いながら、イスラフェルはなお均整を保とうとしていた。
その姿が、妙に不快だった。
痛みを持っていないのではない。持っていて、それを無視する構造だ。
最上イズモの胸の奥で、低い熱が動いた。
合理的だ。
そして、だからこそ嫌いだった。
惣流・アスカ・ラングレー「まだ来る」
最上イズモ「来ますね」
惣流・アスカ・ラングレー「ねえ」
アスカの声が少しだけ変わる。
戦闘中の短いやり取りの中で、それは異物みたいに聞こえた。
惣流・アスカ・ラングレー「次、最初から同時に行くわよ」
最上イズモ「了解」
惣流・アスカ・ラングレー「違う」
イズモは黙る。
アスカも数秒黙った。言い直すか迷った声だった。
惣流・アスカ・ラングレー「……ずれたら、私が合わせる」
最上イズモは即答しなかった。
それがどれだけ彼女らしくない言い方か、分かってしまったからだ。主導権を手放したいわけではない。だが、今の噛み合いを偶然で終わらせたくない。そういう時の言い方だった。
最上イズモ「こちらも合わせます」
短い沈黙。
それから、回線の向こうでアスカが小さく舌打ちした。
惣流・アスカ・ラングレー「それでいいのよ」
白い二体が、今度は揃って地を蹴った。
左右からではない。
上下。
片方が高く、片方が低く。視線を割り、反応を裂くための軌道。
イズモは初号機を前へ。
アスカは弐号機を低く。
事前に決めていない。だが、決まっていたみたいに機体が分かれる。
低い個体が弐号機へ噛みつく。
高い個体が初号機の上を取る。
その瞬間、イズモの視界の奥でまた閃く。
二つの音。規則。拍。落ちる影。
同時。
同時でなければ意味がない。
最上イズモ「アスカ」
惣流・アスカ・ラングレー「分かってる!」
言葉が重なる。
初号機は上へ跳んだ。
弐号機は下から跳ねた。
逆方向から伸びた二本の刃が、交差する一点を目指す。
イスラフェルの二体が、初めて明確に躊躇した。
回避か、防御か。
迷った。
その迷いだけで足りた。
上の個体の胸部へ初号機の刃が沈む。下の個体の腹部へ弐号機のナイフが食い込む。二体が同時に仰け反る。
だが、まだ浅い。
浅いまま、二体が光る。
嫌な予感が先に来た。
最上イズモ「離れてください!」
惣流・アスカ・ラングレー「っ!」
爆ぜる。
衝撃波ではない。圧縮された光そのものが、近接距離で弾けた。
初号機の視界が白に潰れる。弐号機の警告音が回線を埋める。街路のアスファルトがめくれ、信号柱が根元から折れた。
吹き飛ばされる。
初号機の背がビル側面へ叩きつけられ、装甲に鈍い振動が走る。頭の中まで響く。LCLの中で身体が浮き、ベルトが胸を締めた。
視界が戻る頃には、土煙が街を満たしていた。
警報。損傷報告。ノイズ。
伊吹マヤ「初号機、左肩部損傷! 弐号機も右腕にダメージ!」
葛城ミサト「二人とも、応答して!」
最上イズモ「初号機、稼働可能」
数秒遅れて、アスカの声が入る。
惣流・アスカ・ラングレー「……弐号機も、まだやれる」
息が上がっている。
けれど、折れてはいない。
土煙の向こうで、二つの白い影がまた形を取り戻す。
傷だらけのくせに、なお立ち上がる。
今度は、完全にこちらを殺すための形で。
惣流・アスカ・ラングレー「しつこい……!」
最上イズモは損傷表示を見た。
肩。出力低下。ナイフ残量。都市構造。敵の反応速度。分裂条件。光の爆発。二体の位置関係。
足りない。
このまま押し切るには、何かが足りない。
そして、その足りなさを知っている気がするのがいちばん厄介だった。
月光。音。歩幅。
脳裏をかすめる断片が、今はまだ使えない。
惣流・アスカ・ラングレー「ねえ」
今度のアスカの声は、さっきより低かった。
怒鳴る手前の声じゃない。自分の中で、ひとつ線を引き直した後の声だ。
惣流・アスカ・ラングレー「このままじゃ、押し切れない」
最上イズモ「同意します」
惣流・アスカ・ラングレー「じゃあ考えなさいよ」
最上イズモ「考えています」
惣流・アスカ・ラングレー「早く」
その一言は急かしじゃなかった。
投げたのでもない。
自分も考える。その上で、今ここでお前の頭を使えと言っている声だった。
初号機はゆっくり立ち上がる。
弐号機も、右腕の火花を散らしながら体勢を戻す。
白い二体が、道路の向こうで揃って構える。
赤と紫も、再び並ぶ。
街の中央に、次の一手だけを待つ緊張が張り詰めた。
最上イズモは、土煙の中で目を細める。
断片はまだ名前を持たない。
だが、どこかで知っている。
この敵は、力だけでは落ちない。
合わせるだけでも足りない。
もっと精密な何かがいる。
ずれを消すための、たった一拍分の完全さが。
その感触に指先が触れかけた時、司令部からミサトの声が飛んだ。
葛城ミサト「二人とも、一旦距離を取りなさい! 解析班で再計算する!」
けれど、イズモは返答の前に、白い二体の足元を見ていた。
動き出す。
次は待たない。
最上イズモ「距離を取る時間はありません」
惣流・アスカ・ラングレー「だったら、ここで決めるしかないわね」
そう言ったアスカの声に、もう迷いはなかった。
次の瞬間、二体のイスラフェルが、同時にこちらへ駆けた。
白い二体が、今度は完全に揃っていた。
左右でも上下でもない。
同じ速度、同じ歩幅、同じ角度。鏡写しではなく、重なるように詰めてくる。二つに増えたくせに、一つの意志で動いている。視界がそれを認識した瞬間、息が浅くなる。
最上イズモは初号機を半歩だけ前へ出した。
弐号機が隣で低く構える。右腕の損傷警告がまだ消えていない。だがアスカは退かない。退く気配が最初からない。
惣流・アスカ・ラングレー「来るわよ」
最上イズモ「はい」
二体のイスラフェルが跳ぶ。
右が高く、左が低い。だが途中で入れ替わる。上空で軸が交差し、どちらがどちらか判別を狂わせる軌道。
嫌な作りだ。
見てからでは遅れるようにできている。
最上イズモ「右を見ないでください」
惣流・アスカ・ラングレー「は?」
最上イズモ「左だけを」
弐号機が一拍だけ止まる。
その間に初号機は前へ出た。上から来る個体へ正面から踏み込む。受けるためじゃない。わざと目立つために。
高い方の個体が、初号機へ意識を寄せる。
その瞬間、低い方の動きがほんの少しだけ素直になる。
惣流・アスカ・ラングレー「……そういうこと」
弐号機が地を滑る。
赤い脚が低く、鋭く、白い脛を払った。低い個体の姿勢が崩れる。そこへ弐号機は止まらない。崩した脚の内側へ肩を差し込み、そのまま体ごと持ち上げる。
惣流・アスカ・ラングレー「こっちはもらう!」
初号機の上では、高い個体が刃を振り下ろす。
イズモは受けない。
踏み込む。
刃の内側へ入る。肩でいなして、胸へ潜る。紫の巨体が白い胴へ密着するほど近づいた瞬間、相手の腕の使い方が変わる。斬る動きから、弾く動きへ。
遅い。
最上イズモ「今です、アスカ」
惣流・アスカ・ラングレー「うるさい!」
叫びながら、弐号機が持ち上げた個体を回した。
投げるのではない。半回転だけ。向きを変える。それだけで十分だった。
二体のイスラフェルの顔が、同じ側を向く。
その一直線へ。
初号機が高い個体を蹴り飛ばし、弐号機が低い個体を押し込む。
白い二体が、ほぼ同時に、同じ方向へ崩れる。
司令部で誰かが何か叫んだ。通信が割れる。だがもう聞いていなかった。
最上イズモの視界の奥で、また断片が閃く。
同じ型を相手にする時、ずれを作るな。
ずれは向こうの武器になる。
なら、先にずれを奪う。
初号機がナイフを逆手に持ち替える。
惣流・アスカ・ラングレー「ねえ!」
最上イズモ「合わせてください」
惣流・アスカ・ラングレー「だから何を――」
言葉の途中で、アスカが気づく。
二体の中心線。
崩れた姿勢。
回復に使う一拍。
その全部が、今だけ一直線に並んでいる。
惣流・アスカ・ラングレー「……っ、やる!」
弐号機が走る。
右腕の損傷を無視してでも、踏み込みを優先する加速。舗装が砕ける。赤い巨体が低く沈み、初号機の外側を抜ける。
初号機は逆に内へ。
二機の進路が交差する。
その瞬間だけ、世界から余計な音が落ちた。
警報も。通信も。都市の残響も。
残ったのは、二つの重い足音だけだった。
惣流・アスカ・ラングレー「遅れんじゃないわよ!」
最上イズモ「あなたこそ」
白い二体が起き上がる。
間に合う。
いや、間に合わせる。
赤と紫の刃が、左右からではなく、斜めに入る。
ひとつは胸部の内側へ。
ひとつは腹部の核に近い線へ。
同時。
今度こそ、完全に。
白い外殻が裂けた。
火花ではない。もっと深い場所から、乾いた光が漏れる。二体のイスラフェルが、初めて同じ顔で仰け反った。苦鳴が重なる。地面が震える。
伊吹マヤ「反応減衰! 減衰してます!」
日向マコト「コア反応――待て、二つじゃない!」
青葉シゲル「中心、共有してるのか……!?」
葛城ミサト「そこよ! 二人とも、そのラインを離さないで!」
だがイスラフェルも、ただ裂かれただけでは終わらなかった。
二体の身体が、傷口から光を引き合う。
寄る。
再結合するつもりだ。
最上イズモの背筋が冷える。
ここで戻されたら、次はもう同じ手は通らない。
最上イズモ「アスカ、離さないでください!」
惣流・アスカ・ラングレー「分かってる!」
弐号機がナイフをさらに深く押し込む。だが右腕の損傷で力が逃げる。白い外殻が軋みながらも、完全には止まりきらない。
二体の境目が、また寄ってくる。
初号機の刃も、じりじりと押し返される。
出力警告。
肩部損傷。
残り時間。
数字が視界に浮かび、全部がうるさい。
だが、そのうるささの奥で、ひどく静かな感触があった。
まだ足りない。
ただ同時に裂くだけでは足りない。
合わせるだけではだめだ。
揃えるんじゃない。
固定する。
ずれない状態を、その一瞬だけ世界に押し付ける。
それが何なのか、言葉になる前に、口が動いた。
最上イズモ「アスカ、次で終わらせます」
惣流・アスカ・ラングレー「だからどうやって!」
最上イズモ「三拍です」
短い沈黙。
白い二体が押し返してくる。刃が軋む。装甲が鳴る。
アスカは舌打ちした。
惣流・アスカ・ラングレー「説明になってない!」
最上イズモ「一拍目で開く。二拍目で揃える。三拍目で切る」
惣流・アスカ・ラングレー「は?」
最上イズモ「できますか」
いつもなら、こんな聞き方はしない。
命令するか、自分で決める。
だが今は違った。ここで必要なのは、従わせることじゃない。彼女自身が噛みつくことだ。
アスカの返事は、早かった。
惣流・アスカ・ラングレー「できるに決まってるでしょ!」
その声で、初号機の中の何かが定まる。
最上イズモ「では、一拍目」
初号機があえて刃を引いた。
押し合っていた力が抜け、二体のイスラフェルが一瞬だけ前へ出る。再結合しようと寄っていた身体が、その勢いでわずかに開く。
最上イズモ「二拍目」
弐号機が蹴る。
蹴る場所は個体じゃない。二体の間。境目そのもの。
赤い脚が、白い光の継ぎ目を横から打ち抜く。二体の軸がずれ、同じ方向へ傾く。
今だ。
その瞬間、イズモの脳裏で断片が初めて形になる。
音楽。
歩幅。
呼吸。
同時攻撃じゃない。
同期だ。
最上イズモ「三拍目」
初号機と弐号機が、同時に跳んだ。
もう確認はいらない。
アスカがどこへ刃を入れるか、分かっている。
自分がどこへ入れるべきかも、身体が先に知っていた。
赤は上から。
紫は下から。
交差する二本の刃が、二体のイスラフェルを繋ぐ中心線へ、寸分違わず重なる。
閃光。
今度の苦鳴は、明らかに違った。
二体分ではない。
もっと奥の、ひとつだけある核が裂けた時の音だった。
白い身体が跳ねる。
二体の輪郭が保てなくなる。腕が、脚が、顔が、境目から崩れ、光へ戻っていく。再結合ではない。維持できなくなっている。
伊吹マヤ「コア反応崩壊! 崩壊します!」
日向マコト「いける、いけるぞ!」
葛城ミサト「二人とも離れて!」
爆ぜた。
都市の中央に、白い光の柱が立つ。遅れて衝撃が来る。ビルの壁面が鳴り、道路の破片が宙へ浮く。初号機と弐号機がそれぞれ後方へ弾かれ、地面を削りながら滑った。
視界が乱れる。
ノイズ。
警報。
そして、その全部の奥で、もうあの気配が消えている。
白い残光が、空へほどけていく。
最上イズモは初号機を止めたまま、しばらく動かなかった。
LCLの中で、自分の呼吸だけがやけに大きい。
終わった。
分かる。
だが、その終わり方が、勝ったという感覚より先に、胸の内側へ別の痕を残していた。
知っていた。
この倒し方を。
知らないはずなのに。
通信が戻る。
葛城ミサト「……目標、完全沈黙。作戦終了」
司令部に、遅れて空気が流れ込む気配がした。誰かが安堵して椅子へ沈む。誰かがまだ画面を見続ける。マヤの震えた息。日向の乾いた笑い。青葉の押し殺した声。
その中で、アスカの回線だけがすぐには入らなかった。
数秒。
それから、ようやく。
惣流・アスカ・ラングレー「……何よ、今の」
戦闘後の高揚でも、いつもの怒気でもない声だった。
まだ戦場の真ん中にいるみたいな、足場の悪い声音。
最上イズモ「使徒の反応は消えました」
惣流・アスカ・ラングレー「そこじゃない!」
ぴしゃりと返る。
だが続く言葉が、少し遅れた。
惣流・アスカ・ラングレー「なんで……なんで合わせられたのよ、あんなの」
最上イズモは答えなかった。
答えられなかった。
説明できる言葉がない。
ただ、脳裏に残っている。月明かりの下で、誰かと歩幅を合わせる感覚。相手が踏み出す前の重心の移り方。次に来る拍を、身体の奥で先に拾う感覚。
それが、今の斬撃と同じ場所にある。
気づいてしまうと、寒気がした。
惣流・アスカ・ラングレー「……ねえ」
アスカの声が今度は低い。
近づくのをためらう時の声だった。
惣流・アスカ・ラングレー「私、今の、知ってた気がする」
最上イズモの喉がわずかに詰まる。
司令部の向こうでも、誰かが黙った気配がした。
言ってはいけない何かを、けれど誰かが先に触れてしまった時の沈黙。
惣流・アスカ・ラングレー「見たことないのに、身体が勝手に動いた」
その先を、彼女は飲み込む。
飲み込んだまま、通信越しでも分かるほど強く歯を食いしばった。
惣流・アスカ・ラングレー「……気持ち悪い」
最上イズモ「そうですね」
惣流・アスカ・ラングレー「否定しなさいよ、そこは」
最上イズモは少しだけ目を閉じる。
LCLの中で視界が赤く暗い。
けれど、その暗さの向こうにさっきの閃光がまだ焼き付いている。
最上イズモ「軽く言っていい話じゃないので」
短い沈黙。
それから、アスカが小さく息を吐いた。
怒っている時の吐き方ではなかった。
惣流・アスカ・ラングレー「……ほんと、そういうのずるい」
最上イズモ「自覚はありません」
惣流・アスカ・ラングレー「あるでしょ」
そこで初めて、彼女の声に少しだけいつもの棘が戻る。
その戻り方が、妙にありがたかった。
葛城ミサト「二人とも、回収ラインへ。損傷確認を優先するわ」
命令が落ちる。
街はまだ戦闘の余熱で軋んでいる。折れた信号柱。割れた舗装。白い残滓。無人のビル群。第三新東京市は何も言わず、それでも確かに今の戦いを受け止めていた。
初号機が向きを変える。
弐号機も少し遅れて動き出す。
並ぶ。
行きと同じ距離のはずなのに、戻りの間隔は少しだけ違っていた。
近いわけじゃない。
だが、もうさっきまでと同じではない。
通信が落ちる直前、アスカがぽつりと言った。
惣流・アスカ・ラングレー「次、ちゃんと説明しなさいよ」
最上イズモ「努力します」
惣流・アスカ・ラングレー「それ、説明する気ない時の返事でしょ」
最上イズモ「……善処します」
惣流・アスカ・ラングレー「同じよ」
小さな舌打ち。
けれど最後に混じった音は、少しだけ笑いに近かった。
通信が切れる。
最上イズモは、しばらく前だけを見た。
戦いは終わった。
だが、消えなかったものの方が大きい。
敵ではない。
自分の中にある、知らないはずの一致。
そして、あの赤い機体の中にも、同じ種類の何かが残っているという感触。
それが次に何を連れてくるのか、まだ見えない。
ただ一つだけ、はっきりしていた。
今日のイスラフェル戦は、使徒を倒した戦闘としてではなく、もっと厄介な何かの始まりとして残る。