碇シンジと最上イズモ 他人を演じるということ   作:最上 イズモ

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同調、違和感

 警報が鳴った瞬間、空気の温度が一段落ちた。

 

 第三新東京市の空を切り裂くようなサイレンが、骨に触る振動で司令室まで届いてくる。赤い表示灯が点滅し、壁面モニターの光が人の顔色を薄く変えた。通信員の声が飛び交う。報告、座標、解析、迎撃準備。

 

 最上イズモはブリーフィングの残りを聞くより早く、視線を正面モニターへ向けていた。

 

 人型。

 

 白い。細い。立っているだけで、何かがずれて見える輪郭。

 

 使徒。

 

 伊吹マヤ「目標、旧市街西部に着地。現在、進行停止。反応固定しています」

 

 日向マコト「パターン青、使徒です」

 

 葛城ミサト「……妙ね」

 

 誰かが息を呑む音がした。

 

 止まっている。

 

 それだけで不気味だった。これまでの敵は、来れば壊した。壊すために動いた。だが画面の中のそれは、街の真ん中へ降り立ちながら、まるで待っているように静止していた。

 

 碇ゲンドウ「初号機、弐号機を出す」

 

 冬月コウゾウ「動きがない相手に二機か」

 

 碇ゲンドウ「だからだ」

 

 短い返答のあと、司令室の視線が散る。命令が確定し、周囲の流れが次の段階へ切り替わる。

 

 イズモは立ち上がった。

 

 葛城ミサト「碇君」

 

 呼び止める声に振り向く。

 

 ミサトの目は、いつもの軽さを一枚剥いだ奥にあった。測っている。けれど、それだけでもない。前回までと違って、止めるべきか押すべきか、自分の中でまだ揺れている顔だった。

 

 葛城ミサト「今回は様子見なんてさせないわよ」

 

 最上イズモ「そのつもりはありません」

 

 葛城ミサト「……ならいい」

 

 頷きながらも、彼女の指先は端末の縁を一度だけ強く叩いた。

 

 その癖を見て、イズモは少しだけ視線を落とす。

 

 迷っている。

 

 作戦ではなく、自分の判断に。

 

 前の流れを身体のどこかが覚えている者の顔だった。

 

 発進用通路は冷えていた。

 

 鋼の匂い。油の匂い。減圧された空気が肺に薄く刺さる。搬送ラインの振動が足裏から上がってくる。

 

 エントリープラグ前で、惣流・アスカ・ラングレーが腕を組んでいた。

 

 先に来ていたらしい。赤いプラグスーツの肩で照明が弾け、視線だけがまっすぐこちらを刺した。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「遅い」

 

 最上イズモ「司令部で状況確認を」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「言い訳が真面目すぎるのよ」

 

 いつもの調子だった。

 

 だが、そこへ乗る圧が少し違う。今日は喧嘩をしに来た顔ではない。何かを証明したい時の顔だ。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「で、聞いた?」

 

 最上イズモ「敵性体が停止中。解析不足。二機同時出撃」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「そこじゃない」

 

 アスカは一歩近づいてきた。

 

 至近距離で止まる。ヘルメットを抱えた腕に力が入っている。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「今度は足引っ張らないでよね」

 

 最上イズモ「善処します」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「そういう返し腹立つって言ってるでしょ」

 

 けれど、言葉ほど怒ってはいない。

 

 彼女はイズモの顔を一秒見て、何かを探すみたいに目を細め、それから鼻を鳴らした。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「……まあいい。今日は最初から合わせるわよ」

 

 最上イズモ「合わせる?」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「変な言い方ね。連携するって意味」

 

 少しだけ間が空く。

 

 アスカは視線を逸らさないまま続けた。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「なんか知らないけど、あんた相手だと説明長くする気なくなるのよ」

 

 最上イズモは返事をしなかった。

 

 その代わり、彼女の立ち方を見る。重心。肩の抜き方。踏み込みの癖。口で強く言う時ほど、最初の一手を鋭くしすぎる傾向がある。

 

 覚えている、というより、知っていた。

 

 いつからかは分からない。だが、その動きの選び方だけは、妙に身体に馴染んでいた。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「なによ」

 

 最上イズモ「いえ」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「今、私のこと見て何か考えたでしょ」

 

 最上イズモ「開幕で前に出すぎると孤立します」

 

 アスカの眉がぴくりと動く。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「は?」

 

 最上イズモ「一機目の接触はあなたが取ってもいいですが、間合いを詰めすぎると射線管理が崩れます」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「ちょっと待ちなさいよ」

 

 アスカは声を荒げたが、怒鳴り切る手前で止まった。

 

 図星を刺された時の止まり方だった。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「あんた、なんでそういうの分かるのよ」

 

 最上イズモ「分かるわけではありません」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「じゃあ何よ」

 

 最上イズモ「たぶん、そうなると困るので」

 

 数秒、静寂が落ちた。

 

 遠くで発進準備のアナウンスが流れる。オペレーターの声。ハッチ閉鎖。ケーブル接続完了。

 

 アスカは呆れたように息を吐いた。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「ほんっと気持ち悪い」

 

 最上イズモ「評価として受け取っておきます」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「受け取るな」

 

 けれど、その口元がほんの少しだけ上がる。

 

 次の瞬間には、もう戦う顔に戻っていた。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「いいわ。じゃあ見てなさい。最初の一発で決める」

 

 最上イズモ「了解」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「あと、遅れたら置いてく」

 

 最上イズモ「その場合は、前へ出すぎたと判断します」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「……ほんと腹立つ」

 

 だが彼女はそれ以上言わず、ヘルメットを被ってプラグへ乗り込んだ。

 

 拘束具解除。

 

 電圧上昇。

 

 神経接続開始。

 

 エントリープラグ内の薄い液体が身体を包む。肺へ流れ込むLCLの感覚は、何度経験しても生物の本能と喧嘩する。イズモは目を閉じず、表示の立ち上がる速度を追った。

 

 初号機、起動。

 

 視界が切り替わる。

 

 紫色の腕。巨大な指。金属と筋肉の混ざった、借り物でありながらもう半ば自分の身体になりつつある質量。

 

 弐号機が隣で拘束を外される。赤い巨体が前傾し、獣みたいに立ち上がった。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「先行くわよ」

 

 最上イズモ「了解」

 

 発進。

 

 カタパルトの加速が背骨を叩く。地上へ押し出される瞬間、視界の端で街が裂けるように開く。高層ビル群、装甲板、退避済みの道路。人工都市の骨格が陽光の下でむき出しになっていた。

 

 目標は街路の中央に立っている。

 

 白い。

 

 滑らかな外殻。細い四肢。人に似ているくせに、人が本来持つ重さが見えない形。

 

 使徒イスラフェル。

 

 止まっているように見えて、その実、こちらの出方を待つ構えが完成しきっていた。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「いける」

 

 弐号機が前へ出る。

 

 速い。

 

 イズモは初号機を半歩遅らせる。追うのではなく、ずらす。真正面ではなく斜め。弐号機の突進線から外れ、相手の回避先を削る位置へ。

 

 この動きに説明はいらない。

 

 そう思った瞬間、自分の中の何かが小さく軋んだ。

 

 初めてではない。

 

 そんな確信だけが先にあった。

 

 イスラフェルが動く。

 

 横へ流れる。人間なら膝を使うところを、骨のない刃物みたいに軸だけでずらした。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「そこっ」

 

 弐号機の蹴りが空間を裂く。

 

 避けられる。

 

 その軌道は見えていた。

 

 だから、イズモは迷わなかった。

 

 初号機を滑り込ませる。回避先へ。弐号機の攻撃で相手が開く瞬間に合わせ、拳ではなく掌底で胸部を打つ。

 

 鈍い衝突音。

 

 イスラフェルの体勢が崩れる。

 

 弐号機がすでに戻っている。速い。踏み込みが深すぎる時の修正を、今日のアスカは最初からやっていた。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「左、開いてる!」

 

 最上イズモ「見えています」

 

 初号機が腕を払う。弐号機が逆側から肘を叩き込む。

 

 白い外殻に亀裂。

 

 司令部の叫びが通信に乗る。

 

 伊吹マヤ「えっ、初手から押してます!」

 

 日向マコト「なんだこの連携……訓練記録にありません!」

 

 葛城ミサト「……碇君、あんた」

 

 彼女の声だけが、最後まで言い切らなかった。

 

 イスラフェルが跳ぶ。

 

 高い。軽い。ありえない角度でビルの側面へ着地し、そのまま壁を走る。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「逃がすか!」

 

 最上イズモ「上です」

 

 弐号機が跳躍する。初号機は地上に残り、着地点へ先回りする。追うのではなく、落とす位置を作る。

 

 白い影が空で身を捻る。

 

 その一瞬、イズモの視界が揺れた。

 

 月明かり。音楽。二つの影。重なる足音。

 

 知らないはずの断片が、脳の奥で閃いて消える。

 

 次の瞬間には身体が動いていた。

 

 最上イズモ「アスカ、右へ一歩」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「は?」

 

 最上イズモ「今です」

 

 問い返しながらも、弐号機が右へずれる。

 

 その直後、イスラフェルの落下軌道が変わった。さっきまでいた位置を爪が薙ぎ払う。赤い機体の肩を掠めるはずだった一撃が空を切り、初号機の前へ滑り込む。

 

 最上イズモ「捕まえます」

 

 初号機が腕を差し込む。

 

 白い身体の片腕を抱え込み、回転で投げる。地面へ叩きつけるのではない。弐号機の射程へ流し込む。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「っ、舐めんじゃないわよ!」

 

 振り下ろされたプログレッシブナイフが外殻を裂いた。

 

 赤い火花。高い金属音。白い表面に深い断面が走る。

 

 イスラフェルが初めて声を上げた。

 

 悲鳴というより、結晶が砕ける時のような不協和音。

 

 その音に、司令部の全員が一瞬だけ黙る。

 

 勝てる。

 

 そう思わせるには十分な手応えだった。

 

 だが、次の瞬間だった。

 

 白い身体が、裂け目から開いた。

 

 肉でも金属でもない。光の膜みたいな断面を残したまま、使徒が二つに分かれる。

 

 通信回線の向こうで誰かが息を呑む。

 

 伊吹マヤ「目標、分裂!」

 

 日向マコト「個体数二! 二体です!」

 

 葛城ミサト「……そう来るわけ」

 

 地面へ転がった二体のイスラフェルが、鏡のように同じ動きで立ち上がる。

 

 左右に開く。

 

 同じ形。同じ反応速度。同じ殺気。

 

 普通なら、ここで初動は遅れる。

 

 情報の更新。脅威度の再計算。役割分担の組み直し。人間の判断が一拍止まる。

 

 だが、イズモの中では別のものが先に立ち上がっていた。

 

 分かれても変わらない。

 

 そういう確信。

 

 そしてもう一つ。

 

 隣の赤い機体が、この状況で何を選ぶかも。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「左、私がやる!」

 

 予想通りだった。

 

 速度で押し切る。強い方へ正面から噛みつく。片方を自分が抑えればもう片方もどうにかなると考える。アスカらしい。正しい。けれど、そのままだと半歩足りない。

 

 最上イズモ「了解。三秒だけ」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「は?」

 

 最上イズモ「突っ込みすぎないでください。左は引きつけて」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「誰に命令して――」

 

 言い終わる前に、弐号機はもう動いている。

 

 だが、完全には否定しなかった。

 

 左のイスラフェルへ向かう進路が、ほんの僅かだけ深すぎない。真正面へ噛みつくのではなく、噛みつかせる角度。イズモの言葉を受け取った上で、自分の速さへ変換した動きだった。

 

 最上イズモ「そのままで」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「言われなくても!」

 

 左の個体が弐号機へ反応する。

 

 踏み込む。

 

 腕が振り下ろされる。

 

 アスカはそれを待っていたみたいに半身で流し、内側へ潜る。火花が散る。装甲が悲鳴を上げる。だが致命ではない。

 

 その瞬間、右の個体の意識が一拍だけ薄れる。

 

 初号機が走る。

 

 地面を蹴る衝撃で舗装が砕ける。真正面ではない。円を描くように、右個体の背後へ食い込む。

 

 白い首が回る。

 

 遅い。

 

 その遅れごと、知っていた。

 

 最上イズモ「今です、アスカ」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「分かってる!」

 

 赤と紫が同時に動く。

 

 初号機のナイフが右個体の中軸へ突き立ち、弐号機の蹴りが左個体の体勢を崩す。倒すためではない。向きを揃えるための一撃。

 

 二体の顔が、ほぼ同時にこちらへ向く。

 

 そこへ。

 

 初号機は右腕を引き、弐号機はもう一歩踏み込む。

 

 まるで打ち合わせていたみたいに。

 

 いや、打ち合わせより先に、身体が知っていたみたいに。

 

 最上イズモ「左、半拍早いです」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「誰のせいよ!」

 

 文句を吐きながら、アスカの踏み込みが修正される。

 

 半拍。

 

 それだけで足りた。

 

 両機の刃が、別々の個体へ、ほぼ同時に突き込まれる。

 

 白い外殻が裂ける。

 

 音が重なる。

 

 二体のイスラフェルが初めて同じ苦鳴を上げ、街路の両端へ弾かれた。

 

 司令部が凍りついた。

 

 通信の向こうで紙が落ちる音さえ聞こえそうな沈黙。

 

 伊吹マヤ「え……」

 

 日向マコト「同時攻撃……初見で?」

 

 青葉シゲル「ありえないだろ」

 

 葛城ミサトは何も言わなかった。

 

 ただ、モニターの二機を見つめる目だけが、さっきまでとは違っていた。

 

 計算じゃない。

 

 偶然でもない。

 

 自分の知らない何かが、あの二人の間にもうある。

 

 そう認めざるを得ない時の目だった。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「……は?」

 

 弐号機の通信が入る。

 

 荒い呼吸。だが、崩れていない。むしろ今の一撃の感触に、本人が一番追いつけていない声だった。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「ちょっと待って。なんで合ったのよ、今」

 

 最上イズモ「未確認です」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「はあ?」

 

 最上イズモ「ですが、悪くはありません」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「……っ」

 

 短く詰まったあと、アスカが噛みつくみたいに笑う気配がした。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「上等じゃない」

 

 左の個体が起き上がる。右も続く。傷は深いが、まだ沈まない。

 

 けれど、もう最初の一手は取られなかった。

 

 街路の真ん中で、赤と紫が並ぶ。

 

 肩を寄せるほど近くはない。互いを邪魔しない、けれど見失わない距離。

 

 使徒が二体、こちらを見る。

 

 その視線を正面から受けながら、アスカの声が回線へ落ちた。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「次も合わせるわよ」

 

 最上イズモ「了解」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「遅れたら殺す」

 

 最上イズモ「努力します」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「そういうとこよ」

 

 白い敵影が同時に跳ぶ。

 

 赤と紫も、同時に前へ出た。

 

 白が二つ、空を裂いた。

 

 高い。

 

 さっきまでの一体とは違う。分かれたことで軽くなったのか、あるいは役割そのものを変えたのか、二体の挙動は明らかに鋭くなっていた。落ちてくるのではない。狩る角度で降ってくる。

 

 最上イズモは初号機を半歩引かせた。

 

 避けるためじゃない。視界を広く取るためだ。

 

 左の個体は弐号機へ。右は一度高く抜けてから、初号機の頭上へ落ちる。狙いが分かれている。なら、二体は互いの死角を埋めるように組まれている。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「右、来る!」

 

 最上イズモ「見えています」

 

 初号機が肩を捻る。白い刃が鼻先を掠め、空気の裂ける音が遅れて届いた。そのまま膝を落とし、下から振り上げる。

 

 イスラフェルが受ける。

 

 細い腕で、重い衝撃を弾く。ありえない。細さに対して、返ってくる手応えが硬すぎた。

 

 その一拍の硬直へ、もう片方が入り込む。

 

 左の個体が弐号機を越えていた。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「っ、こいつ!」

 

 弐号機の肩が捻じられる。赤い装甲に白い爪が滑り、火花が散る。浅くない。深くもない。だが、嫌な角度だった。力任せではなく、機体のバランスを崩しにきている。

 

 アスカの呼吸が少しだけ荒くなる。

 

 それでも、弐号機は倒れなかった。

 

 踏みとどまる。片脚を軸に、機体をねじ込み返す。反射じゃない。噛み返す動きだ。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「好きにさせるかぁっ!」

 

 肘打ち。近すぎてナイフも意味を持たない距離で、赤い巨体が本来の質量を叩きつける。左の個体が弾かれ、半歩浮く。

 

 その瞬間を、イズモは待っていた。

 

 最上イズモ「左、離してください」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「今やってる!」

 

 弐号機がさらに踏み込む。押すのではない。相手の軸足をずらす。重心が開く。

 

 初号機は目の前の右個体を蹴り飛ばした。

 

 正面から壊すためではない。斜め上へ逃がす。右の個体は空中で一回転しながら姿勢を立て直すが、その着地点にはもう左の個体が押し流されてきていた。

 

 二体の間合いが、一瞬だけ重なる。

 

 そこへ。

 

 最上イズモ「下がってください、アスカ」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「は?」

 

 最上イズモ「今です」

 

 弐号機は問い返しながらも飛び退いた。

 

 さっきと同じだ。疑いながら、足はもう動いている。

 

 その退き際に、初号機は拾っていた。

 

 道路脇に折れた高圧ケーブルの支持フレーム。鋼材。長さは十分。重量もある。

 

 初号機がそれを横薙ぎに振るう。

 

 二体のイスラフェルが、重なったまま弾き飛ばされた。

 

 白い身体が絡むように転がり、ビルの外壁へ叩きつけられる。装甲板が歪み、ガラスのない窓枠が軋んだ。

 

 司令部の通信が一斉に混線する。

 

 伊吹マヤ「目標、接触! 二体とも体勢崩れています!」

 

 日向マコト「今の即興でやったのか……?」

 

 青葉シゲル「ありえねえ」

 

 葛城ミサト「碇君、そのまま押せる?」

 

 最上イズモ「押せます。ただし――」

 

 言い終わる前に、二体が動いた。

 

 速い。

 

 起き上がるのではない。崩れた姿勢のまま、床を滑るように左右へ散る。次の瞬間には、すでに別角度から入ってくる。

 

 読ませない軌道。

 

 さっきまでの連携が、今度は敵側で完成していた。

 

 右の個体が初号機の視線を引く。真正面から突っ込んでくる。受ければ左が死角へ回る。

 

 イズモは初号機を前へ出した。

 

 避けない。

 

 正面から噛み合う。

 

 白い腕と紫の腕がぶつかる。激突の衝撃で舗装がひび割れ、周囲の車両残骸が跳ねる。右個体の刃が肩へ食い込む。浅い。だが、その浅さが狙いだ。止めるための一撃。

 

 左が来る。

 

 見えない角度から。

 

 だが、来ると分かっているなら、死角は死角ではない。

 

 最上イズモ「アスカ、低く」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「言われなくても!」

 

 弐号機が地面を滑るように潜り込む。低い。普段のアスカなら選びにくい、見栄えの悪い角度だ。だが今日は、それを選んだ。

 

 赤い機体のナイフが、左個体の脚部を斜めに裂く。

 

 白い外殻が開く。個体が傾く。

 

 その崩れを、初号機が正面から押し返す。

 

 右の個体の腕をねじり上げ、そのまま体ごと左へ流す。二体の進路がまた交差する。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「今!」

 

 最上イズモ「合わせます」

 

 今度はアスカが先に読んだ。

 

 弐号機が左個体を蹴り上げる。高くではない。ちょうど、初号機の頭部の高さへ。

 

 初号機のナイフが、その喉元を横に裂く。

 

 同時に、右個体が背後へ回り込もうとする。

 

 だが遅い。

 

 アスカはもう振り向いていた。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「甘いのよ!」

 

 弐号機の回し蹴りが、右個体の側頭部を打ち抜く。

 

 白い機体が道路を滑り、非常用シャッターへ激突。鋼板が内側へ歪み、土煙が立ち上がった。

 

 赤と紫が、互い違いの位置で止まる。

 

 呼吸だけが回線に乗る。

 

 荒い。けれど乱れてはいない。

 

 最上イズモは一瞬だけ弐号機を見る。

 

 アスカも、同じタイミングでこちらを見ていた。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「……今の、私が合わせたんじゃないわよね」

 

 最上イズモ「こちらも同意見です」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「気持ち悪い」

 

 最上イズモ「すでに評価済みです」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「更新してあげる。かなり気持ち悪い」

 

 その声の奥に、妙な熱が混じっていた。

 

 嫌悪だけではない。噛み合ってしまった時にしか出ない種類の高ぶりだ。本人が認めたくない時ほど、言葉はきつくなる。

 

 通信の向こうで、ミサトが息を吐く気配がした。

 

 葛城ミサト「いいわ、そのまま継続。けど深追いしないで。相手の変形条件がまだ見えてない」

 

 伊吹マヤ「コア位置、不明のままです!」

 

 冬月コウゾウ「分裂後も中心が読めんか」

 

 碇ゲンドウは何も言わなかった。

 

 ただ、黙って画面を見ている。その沈黙が逆に重い。

 

 土煙の向こうで、二体の影がまた立ち上がる。

 

 さっきより遅い。

 

 だが、止まらない。

 

 裂かれた喉元。砕けた側頭部。脚部の損傷。普通の生物なら動きが鈍るはずの傷を負いながら、イスラフェルはなお均整を保とうとしていた。

 

 その姿が、妙に不快だった。

 

 痛みを持っていないのではない。持っていて、それを無視する構造だ。

 

 最上イズモの胸の奥で、低い熱が動いた。

 

 合理的だ。

 

 そして、だからこそ嫌いだった。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「まだ来る」

 

 最上イズモ「来ますね」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「ねえ」

 

 アスカの声が少しだけ変わる。

 

 戦闘中の短いやり取りの中で、それは異物みたいに聞こえた。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「次、最初から同時に行くわよ」

 

 最上イズモ「了解」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「違う」

 

 イズモは黙る。

 

 アスカも数秒黙った。言い直すか迷った声だった。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「……ずれたら、私が合わせる」

 

 最上イズモは即答しなかった。

 

 それがどれだけ彼女らしくない言い方か、分かってしまったからだ。主導権を手放したいわけではない。だが、今の噛み合いを偶然で終わらせたくない。そういう時の言い方だった。

 

 最上イズモ「こちらも合わせます」

 

 短い沈黙。

 

 それから、回線の向こうでアスカが小さく舌打ちした。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「それでいいのよ」

 

 白い二体が、今度は揃って地を蹴った。

 

 左右からではない。

 

 上下。

 

 片方が高く、片方が低く。視線を割り、反応を裂くための軌道。

 

 イズモは初号機を前へ。

 

 アスカは弐号機を低く。

 

 事前に決めていない。だが、決まっていたみたいに機体が分かれる。

 

 低い個体が弐号機へ噛みつく。

 

 高い個体が初号機の上を取る。

 

 その瞬間、イズモの視界の奥でまた閃く。

 

 二つの音。規則。拍。落ちる影。

 

 同時。

 

 同時でなければ意味がない。

 

 最上イズモ「アスカ」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「分かってる!」

 

 言葉が重なる。

 

 初号機は上へ跳んだ。

 

 弐号機は下から跳ねた。

 

 逆方向から伸びた二本の刃が、交差する一点を目指す。

 

 イスラフェルの二体が、初めて明確に躊躇した。

 

 回避か、防御か。

 

 迷った。

 

 その迷いだけで足りた。

 

 上の個体の胸部へ初号機の刃が沈む。下の個体の腹部へ弐号機のナイフが食い込む。二体が同時に仰け反る。

 

 だが、まだ浅い。

 

 浅いまま、二体が光る。

 

 嫌な予感が先に来た。

 

 最上イズモ「離れてください!」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「っ!」

 

 爆ぜる。

 

 衝撃波ではない。圧縮された光そのものが、近接距離で弾けた。

 

 初号機の視界が白に潰れる。弐号機の警告音が回線を埋める。街路のアスファルトがめくれ、信号柱が根元から折れた。

 

 吹き飛ばされる。

 

 初号機の背がビル側面へ叩きつけられ、装甲に鈍い振動が走る。頭の中まで響く。LCLの中で身体が浮き、ベルトが胸を締めた。

 

 視界が戻る頃には、土煙が街を満たしていた。

 

 警報。損傷報告。ノイズ。

 

 伊吹マヤ「初号機、左肩部損傷! 弐号機も右腕にダメージ!」

 

 葛城ミサト「二人とも、応答して!」

 

 最上イズモ「初号機、稼働可能」

 

 数秒遅れて、アスカの声が入る。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「……弐号機も、まだやれる」

 

 息が上がっている。

 

 けれど、折れてはいない。

 

 土煙の向こうで、二つの白い影がまた形を取り戻す。

 

 傷だらけのくせに、なお立ち上がる。

 

 今度は、完全にこちらを殺すための形で。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「しつこい……!」

 

 最上イズモは損傷表示を見た。

 

 肩。出力低下。ナイフ残量。都市構造。敵の反応速度。分裂条件。光の爆発。二体の位置関係。

 

 足りない。

 

 このまま押し切るには、何かが足りない。

 

 そして、その足りなさを知っている気がするのがいちばん厄介だった。

 

 月光。音。歩幅。

 

 脳裏をかすめる断片が、今はまだ使えない。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「ねえ」

 

 今度のアスカの声は、さっきより低かった。

 

 怒鳴る手前の声じゃない。自分の中で、ひとつ線を引き直した後の声だ。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「このままじゃ、押し切れない」

 

 最上イズモ「同意します」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「じゃあ考えなさいよ」

 

 最上イズモ「考えています」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「早く」

 

 その一言は急かしじゃなかった。

 

 投げたのでもない。

 

 自分も考える。その上で、今ここでお前の頭を使えと言っている声だった。

 

 初号機はゆっくり立ち上がる。

 

 弐号機も、右腕の火花を散らしながら体勢を戻す。

 

 白い二体が、道路の向こうで揃って構える。

 

 赤と紫も、再び並ぶ。

 

 街の中央に、次の一手だけを待つ緊張が張り詰めた。

 

 最上イズモは、土煙の中で目を細める。

 

 断片はまだ名前を持たない。

 

 だが、どこかで知っている。

 

 この敵は、力だけでは落ちない。

 

 合わせるだけでも足りない。

 

 もっと精密な何かがいる。

 

 ずれを消すための、たった一拍分の完全さが。

 

 その感触に指先が触れかけた時、司令部からミサトの声が飛んだ。

 

 葛城ミサト「二人とも、一旦距離を取りなさい! 解析班で再計算する!」

 

 けれど、イズモは返答の前に、白い二体の足元を見ていた。

 

 動き出す。

 

 次は待たない。

 

 最上イズモ「距離を取る時間はありません」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「だったら、ここで決めるしかないわね」

 

 そう言ったアスカの声に、もう迷いはなかった。

 

 次の瞬間、二体のイスラフェルが、同時にこちらへ駆けた。

 

 白い二体が、今度は完全に揃っていた。

 

 左右でも上下でもない。

 

 同じ速度、同じ歩幅、同じ角度。鏡写しではなく、重なるように詰めてくる。二つに増えたくせに、一つの意志で動いている。視界がそれを認識した瞬間、息が浅くなる。

 

 最上イズモは初号機を半歩だけ前へ出した。

 

 弐号機が隣で低く構える。右腕の損傷警告がまだ消えていない。だがアスカは退かない。退く気配が最初からない。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「来るわよ」

 

 最上イズモ「はい」

 

 二体のイスラフェルが跳ぶ。

 

 右が高く、左が低い。だが途中で入れ替わる。上空で軸が交差し、どちらがどちらか判別を狂わせる軌道。

 

 嫌な作りだ。

 

 見てからでは遅れるようにできている。

 

 最上イズモ「右を見ないでください」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「は?」

 

 最上イズモ「左だけを」

 

 弐号機が一拍だけ止まる。

 

 その間に初号機は前へ出た。上から来る個体へ正面から踏み込む。受けるためじゃない。わざと目立つために。

 

 高い方の個体が、初号機へ意識を寄せる。

 

 その瞬間、低い方の動きがほんの少しだけ素直になる。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「……そういうこと」

 

 弐号機が地を滑る。

 

 赤い脚が低く、鋭く、白い脛を払った。低い個体の姿勢が崩れる。そこへ弐号機は止まらない。崩した脚の内側へ肩を差し込み、そのまま体ごと持ち上げる。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「こっちはもらう!」

 

 初号機の上では、高い個体が刃を振り下ろす。

 

 イズモは受けない。

 

 踏み込む。

 

 刃の内側へ入る。肩でいなして、胸へ潜る。紫の巨体が白い胴へ密着するほど近づいた瞬間、相手の腕の使い方が変わる。斬る動きから、弾く動きへ。

 

 遅い。

 

 最上イズモ「今です、アスカ」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「うるさい!」

 

 叫びながら、弐号機が持ち上げた個体を回した。

 

 投げるのではない。半回転だけ。向きを変える。それだけで十分だった。

 

 二体のイスラフェルの顔が、同じ側を向く。

 

 その一直線へ。

 

 初号機が高い個体を蹴り飛ばし、弐号機が低い個体を押し込む。

 

 白い二体が、ほぼ同時に、同じ方向へ崩れる。

 

 司令部で誰かが何か叫んだ。通信が割れる。だがもう聞いていなかった。

 

 最上イズモの視界の奥で、また断片が閃く。

 

 同じ型を相手にする時、ずれを作るな。

 

 ずれは向こうの武器になる。

 

 なら、先にずれを奪う。

 

 初号機がナイフを逆手に持ち替える。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「ねえ!」

 

 最上イズモ「合わせてください」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「だから何を――」

 

 言葉の途中で、アスカが気づく。

 

 二体の中心線。

 

 崩れた姿勢。

 

 回復に使う一拍。

 

 その全部が、今だけ一直線に並んでいる。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「……っ、やる!」

 

 弐号機が走る。

 

 右腕の損傷を無視してでも、踏み込みを優先する加速。舗装が砕ける。赤い巨体が低く沈み、初号機の外側を抜ける。

 

 初号機は逆に内へ。

 

 二機の進路が交差する。

 

 その瞬間だけ、世界から余計な音が落ちた。

 

 警報も。通信も。都市の残響も。

 

 残ったのは、二つの重い足音だけだった。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「遅れんじゃないわよ!」

 

 最上イズモ「あなたこそ」

 

 白い二体が起き上がる。

 

 間に合う。

 

 いや、間に合わせる。

 

 赤と紫の刃が、左右からではなく、斜めに入る。

 

 ひとつは胸部の内側へ。

 

 ひとつは腹部の核に近い線へ。

 

 同時。

 

 今度こそ、完全に。

 

 白い外殻が裂けた。

 

 火花ではない。もっと深い場所から、乾いた光が漏れる。二体のイスラフェルが、初めて同じ顔で仰け反った。苦鳴が重なる。地面が震える。

 

 伊吹マヤ「反応減衰! 減衰してます!」

 

 日向マコト「コア反応――待て、二つじゃない!」

 

 青葉シゲル「中心、共有してるのか……!?」

 

 葛城ミサト「そこよ! 二人とも、そのラインを離さないで!」

 

 だがイスラフェルも、ただ裂かれただけでは終わらなかった。

 

 二体の身体が、傷口から光を引き合う。

 

 寄る。

 

 再結合するつもりだ。

 

 最上イズモの背筋が冷える。

 

 ここで戻されたら、次はもう同じ手は通らない。

 

 最上イズモ「アスカ、離さないでください!」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「分かってる!」

 

 弐号機がナイフをさらに深く押し込む。だが右腕の損傷で力が逃げる。白い外殻が軋みながらも、完全には止まりきらない。

 

 二体の境目が、また寄ってくる。

 

 初号機の刃も、じりじりと押し返される。

 

 出力警告。

 

 肩部損傷。

 

 残り時間。

 

 数字が視界に浮かび、全部がうるさい。

 

 だが、そのうるささの奥で、ひどく静かな感触があった。

 

 まだ足りない。

 

 ただ同時に裂くだけでは足りない。

 

 合わせるだけではだめだ。

 

 揃えるんじゃない。

 

 固定する。

 

 ずれない状態を、その一瞬だけ世界に押し付ける。

 

 それが何なのか、言葉になる前に、口が動いた。

 

 最上イズモ「アスカ、次で終わらせます」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「だからどうやって!」

 

 最上イズモ「三拍です」

 

 短い沈黙。

 

 白い二体が押し返してくる。刃が軋む。装甲が鳴る。

 

 アスカは舌打ちした。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「説明になってない!」

 

 最上イズモ「一拍目で開く。二拍目で揃える。三拍目で切る」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「は?」

 

 最上イズモ「できますか」

 

 いつもなら、こんな聞き方はしない。

 

 命令するか、自分で決める。

 

 だが今は違った。ここで必要なのは、従わせることじゃない。彼女自身が噛みつくことだ。

 

 アスカの返事は、早かった。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「できるに決まってるでしょ!」

 

 その声で、初号機の中の何かが定まる。

 

 最上イズモ「では、一拍目」

 

 初号機があえて刃を引いた。

 

 押し合っていた力が抜け、二体のイスラフェルが一瞬だけ前へ出る。再結合しようと寄っていた身体が、その勢いでわずかに開く。

 

 最上イズモ「二拍目」

 

 弐号機が蹴る。

 

 蹴る場所は個体じゃない。二体の間。境目そのもの。

 

 赤い脚が、白い光の継ぎ目を横から打ち抜く。二体の軸がずれ、同じ方向へ傾く。

 

 今だ。

 

 その瞬間、イズモの脳裏で断片が初めて形になる。

 

 音楽。

 

 歩幅。

 

 呼吸。

 

 同時攻撃じゃない。

 

 同期だ。

 

 最上イズモ「三拍目」

 

 初号機と弐号機が、同時に跳んだ。

 

 もう確認はいらない。

 

 アスカがどこへ刃を入れるか、分かっている。

 

 自分がどこへ入れるべきかも、身体が先に知っていた。

 

 赤は上から。

 

 紫は下から。

 

 交差する二本の刃が、二体のイスラフェルを繋ぐ中心線へ、寸分違わず重なる。

 

 閃光。

 

 今度の苦鳴は、明らかに違った。

 

 二体分ではない。

 

 もっと奥の、ひとつだけある核が裂けた時の音だった。

 

 白い身体が跳ねる。

 

 二体の輪郭が保てなくなる。腕が、脚が、顔が、境目から崩れ、光へ戻っていく。再結合ではない。維持できなくなっている。

 

 伊吹マヤ「コア反応崩壊! 崩壊します!」

 

 日向マコト「いける、いけるぞ!」

 

 葛城ミサト「二人とも離れて!」

 

 爆ぜた。

 

 都市の中央に、白い光の柱が立つ。遅れて衝撃が来る。ビルの壁面が鳴り、道路の破片が宙へ浮く。初号機と弐号機がそれぞれ後方へ弾かれ、地面を削りながら滑った。

 

 視界が乱れる。

 

 ノイズ。

 

 警報。

 

 そして、その全部の奥で、もうあの気配が消えている。

 

 白い残光が、空へほどけていく。

 

 最上イズモは初号機を止めたまま、しばらく動かなかった。

 

 LCLの中で、自分の呼吸だけがやけに大きい。

 

 終わった。

 

 分かる。

 

 だが、その終わり方が、勝ったという感覚より先に、胸の内側へ別の痕を残していた。

 

 知っていた。

 

 この倒し方を。

 

 知らないはずなのに。

 

 通信が戻る。

 

 葛城ミサト「……目標、完全沈黙。作戦終了」

 

 司令部に、遅れて空気が流れ込む気配がした。誰かが安堵して椅子へ沈む。誰かがまだ画面を見続ける。マヤの震えた息。日向の乾いた笑い。青葉の押し殺した声。

 

 その中で、アスカの回線だけがすぐには入らなかった。

 

 数秒。

 

 それから、ようやく。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「……何よ、今の」

 

 戦闘後の高揚でも、いつもの怒気でもない声だった。

 

 まだ戦場の真ん中にいるみたいな、足場の悪い声音。

 

 最上イズモ「使徒の反応は消えました」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「そこじゃない!」

 

 ぴしゃりと返る。

 

 だが続く言葉が、少し遅れた。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「なんで……なんで合わせられたのよ、あんなの」

 

 最上イズモは答えなかった。

 

 答えられなかった。

 

 説明できる言葉がない。

 

 ただ、脳裏に残っている。月明かりの下で、誰かと歩幅を合わせる感覚。相手が踏み出す前の重心の移り方。次に来る拍を、身体の奥で先に拾う感覚。

 

 それが、今の斬撃と同じ場所にある。

 

 気づいてしまうと、寒気がした。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「……ねえ」

 

 アスカの声が今度は低い。

 

 近づくのをためらう時の声だった。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「私、今の、知ってた気がする」

 

 最上イズモの喉がわずかに詰まる。

 

 司令部の向こうでも、誰かが黙った気配がした。

 

 言ってはいけない何かを、けれど誰かが先に触れてしまった時の沈黙。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「見たことないのに、身体が勝手に動いた」

 

 その先を、彼女は飲み込む。

 

 飲み込んだまま、通信越しでも分かるほど強く歯を食いしばった。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「……気持ち悪い」

 

 最上イズモ「そうですね」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「否定しなさいよ、そこは」

 

 最上イズモは少しだけ目を閉じる。

 

 LCLの中で視界が赤く暗い。

 

 けれど、その暗さの向こうにさっきの閃光がまだ焼き付いている。

 

 最上イズモ「軽く言っていい話じゃないので」

 

 短い沈黙。

 

 それから、アスカが小さく息を吐いた。

 

 怒っている時の吐き方ではなかった。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「……ほんと、そういうのずるい」

 

 最上イズモ「自覚はありません」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「あるでしょ」

 

 そこで初めて、彼女の声に少しだけいつもの棘が戻る。

 

 その戻り方が、妙にありがたかった。

 

 葛城ミサト「二人とも、回収ラインへ。損傷確認を優先するわ」

 

 命令が落ちる。

 

 街はまだ戦闘の余熱で軋んでいる。折れた信号柱。割れた舗装。白い残滓。無人のビル群。第三新東京市は何も言わず、それでも確かに今の戦いを受け止めていた。

 

 初号機が向きを変える。

 

 弐号機も少し遅れて動き出す。

 

 並ぶ。

 

 行きと同じ距離のはずなのに、戻りの間隔は少しだけ違っていた。

 

 近いわけじゃない。

 

 だが、もうさっきまでと同じではない。

 

 通信が落ちる直前、アスカがぽつりと言った。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「次、ちゃんと説明しなさいよ」

 

 最上イズモ「努力します」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「それ、説明する気ない時の返事でしょ」

 

 最上イズモ「……善処します」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「同じよ」

 

 小さな舌打ち。

 

 けれど最後に混じった音は、少しだけ笑いに近かった。

 

 通信が切れる。

 

 最上イズモは、しばらく前だけを見た。

 

 戦いは終わった。

 

 だが、消えなかったものの方が大きい。

 

 敵ではない。

 

 自分の中にある、知らないはずの一致。

 

 そして、あの赤い機体の中にも、同じ種類の何かが残っているという感触。

 

 それが次に何を連れてくるのか、まだ見えない。

 

 ただ一つだけ、はっきりしていた。

 

 今日のイスラフェル戦は、使徒を倒した戦闘としてではなく、もっと厄介な何かの始まりとして残る。

 

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