碇シンジと最上イズモ 他人を演じるということ   作:最上 イズモ

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他人を演じるということ

 

 音が消えた。

 

 ゼルエルの断末魔も。

 

 初号機の咆哮も。

 

 発令所から飛び交っていた声も。

 

 LCLの中で響いていた自分の呼吸さえ、遠くなる。

 

 最上イズモは目を開けた。

 

 白い。

 

 上下がない。

 

 床もない。

 

 それでも立っている。

 

 手を見る。

 

 長い指。

 

 掌に残る細い傷。

 

 見慣れた。

 

 自分の手だった。

 

 イズモは数秒、その手を見たまま動かなかった。

 

 袖も。

 

 肩も。

 

 視線の高さも。

 

 全部。

 

 最上イズモ「……戻ってる」

 

「まだだよ」

 

 声。

 

 振り向く。

 

 少し離れた場所に。

 

 一人の少年が立っていた。

 

 白いシャツ。

 

 細い身体。

 

 黒い髪。

 

 何度も鏡で見た顔。

 

 でも。

 

 今は初めて見る。

 

 自分ではないものとして。

 

 碇シンジ「……初めまして」

 

 イズモは少しだけ目を細めた。

 

 最上イズモ「初めまして」

 

 二人とも。

 

 妙な顔をした。

 

 同じ言葉を使うには。

 

 遅すぎる。

 

 何日も。

 

 互いの身体で生きた。

 

 互いの痛みを拾った。

 

 互いの周囲の人間と話した。

 

 それでも。

 

 顔を合わせるのは。

 

 これが初めてだった。

 

 碇シンジ「もっと……」

 

 シンジが言葉を探す。

 

 碇シンジ「怖い人だと思ってた」

 

 最上イズモ「それはすみません」

 

 碇シンジ「そういうところ」

 

 少しだけ。

 

 シンジが笑った。

 

 イズモも。

 

 ほんの少しだけ口元を緩める。

 

 碇シンジ「ログ、読んだ」

 

 最上イズモ「でしょうね」

 

 碇シンジ「KAEDEにも会った」

 

 最上イズモ「でしょうね」

 

 碇シンジ「綾音さんにも」

 

 最上イズモ「……でしょうね」

 

 碇シンジ「そこはちょっと嫌そう」

 

 最上イズモ「帰ったあとが怖いので」

 

 シンジが今度こそ笑った。

 

 短い。

 

 でも。

 

 ちゃんと笑った。

 

 その声を聞きながら。

 

 イズモは思う。

 

 違う。

 

 自分とは。

 

 全然違う。

 

 似ている場所もある。

 

 理解できる場所もある。

 

 それでも。

 

 違う。

 

 それでいい。

 

 碇シンジ「僕も、そっちでいろいろ知った」

 

 最上イズモ「はい」

 

 碇シンジ「あなたが何でもできる人じゃないことも」

 

 最上イズモ「はい」

 

 碇シンジ「無茶することも」

 

 最上イズモ「……はい」

 

 碇シンジ「止められることも」

 

 最上イズモ「それは状況によります」

 

 碇シンジ「そういうとこだよ」

 

 少し強く返された。

 

 イズモは黙る。

 

 嫌ではない。

 

 むしろ。

 

 少し安心する。

 

 自分を知った相手が。

 

 自分を肯定するとは限らない。

 

 それで壊れない。

 

 その方がいい。

 

 碇シンジ「でも」

 

 シンジが自分の手を見る。

 

 自分の。

 

 本来の。

 

 十四歳の手。

 

 碇シンジ「守ってくれた」

 

 イズモはすぐには返さなかった。

 

 碇シンジ「僕の身体」

 

 碇シンジ「トウジ」

 

 碇シンジ「綾波も、アスカも」

 

 碇シンジ「僕のいた場所も」

 

 一つずつ。

 

 確認するように。

 

 碇シンジ「ありがとう」

 

 最上イズモ「……借りていたので」

 

 碇シンジ「うん」

 

 否定されない。

 

 それが。

 

 少し意外だった。

 

 碇シンジ「だから返して」

 

 イズモが顔を上げる。

 

 碇シンジ「僕の身体」

 

 一拍。

 

 碇シンジ「僕の場所」

 

 声は震えていない。

 

 強がってもいない。

 

 ただ。

 

 自分のものを。

 

 自分のものとして求めている。

 

 最上イズモ「了解」

 

 短く答えた。

 

 今度は。

 

 それで十分だった。

 

 シンジもこちらを見る。

 

 碇シンジ「イズモも」

 

 最上イズモ「何」

 

 碇シンジ「帰って」

 

 言葉が止まる。

 

 碇シンジ「あなたの身体に」

 

 碇シンジ「あなたの人たちのところに」

 

 遠くで。

 

 何かが軋んだ。

 

 白い空間へ。

 

 細い亀裂のような光が走る。

 

 時間がない。

 

 直感で分かる。

 

 二人が重なっていられる状態そのものが。

 

 終わろうとしている。

 

 シンジも気づいた。

 

 碇シンジ「これで戻れるのかな」

 

 最上イズモ「分かりません」

 

 碇シンジ「そこは分からないんだ」

 

 最上イズモ「初めてなので」

 

 碇シンジ「何百個も世界行ってるのに?」

 

 最上イズモ「人格交換は専門外です」

 

 碇シンジ「……なんだよ、それ」

 

 また少し笑う。

 

 光が増える。

 

 互いの輪郭が。

 

 少しずつ薄くなる。

 

 イズモは。

 

 最後に一つだけ確認した。

 

 最上イズモ「シンジ」

 

 碇シンジ「うん」

 

 最上イズモ「戻ったあと」

 

 言葉を選ぶ。

 

 答えを渡しすぎないように。

 

 未来まで決めないように。

 

 最上イズモ「僕みたいになる必要はありません」

 

 シンジが目を瞬く。

 

 最上イズモ「ログも」

 

 最上イズモ「僕の判断も」

 

 最上イズモ「この数日間に起きたことも」

 

 最上イズモ「使えるものだけ使ってください」

 

 白い光の向こう。

 

 シンジの表情が少し変わる。

 

 最上イズモ「あなたは碇シンジなので」

 

 沈黙。

 

 そのあと。

 

 シンジは。

 

 小さく頷いた。

 

 碇シンジ「イズモも」

 

 最上イズモ「はい」

 

 碇シンジ「僕を演じなくていいよ」

 

 その言葉だけ。

 

 少し深く入った。

 

 最上イズモ「……そうですね」

 

 白が。

 

 すべてを埋める。

 

 最後に。

 

 互いの姿が消える直前。

 

 シンジが言った。

 

 碇シンジ「またね」

 

 イズモは。

 

 一瞬だけ考えて。

 

 いつもの言葉を使わなかった。

 

 最上イズモ「また」

 

 そこで。

 

 世界が切れた。

 

     *

 

 最初に戻ったのは。

 

 痛みだった。

 

 碇シンジ「──っ!」

 

 身体が跳ねる。

 

 肺へ液体。

 

 喉。

 

 胸。

 

 腕。

 

 神経の奥。

 

 全部。

 

 知っている。

 

 嫌というほど。

 

 知っている。

 

 シンジは目を開いた。

 

 赤い。

 

 LCL。

 

 モニター。

 

 警告表示。

 

 初号機。

 

 自分の身体。

 

 自分の痛み。

 

 自分の世界。

 

 伊吹マヤ『初号機、パイロット反応復帰!』

 

 声がする。

 

 伊吹マヤ。

 

 葛城ミサト『シンジ君!?』

 

 シンジは。

 

 返そうとして。

 

 一度咳き込んだ。

 

 碇シンジ「……はい」

 

 自分の声。

 

 少し高い。

 

 弱い。

 

 聞き慣れた声。

 

 それだけで。

 

 泣きそうになった。

 

 葛城ミサト『状態は!?』

 

 伊吹マヤ『生体反応安定化! 同期率急低下……いえ、正常域へ復帰しています!』

 

 赤木リツコ『人格パターンは!?』

 

 伊吹マヤ『照合中──』

 

 一秒。

 

 二秒。

 

 長い。

 

 そして。

 

 伊吹マヤ『碇シンジ本人です!』

 

 発令所が。

 

 一瞬だけ静かになる。

 

 ミサトの呼吸が。

 

 回線越しに聞こえた。

 

 葛城ミサト『……シンジ君』

 

 碇シンジ「はい」

 

 葛城ミサト『おかえり』

 

 胸の奥が。

 

 少し痛い。

 

 でも。

 

 嫌な痛みではなかった。

 

 碇シンジ「……ただいま」

 

 初号機の内部で。

 

 何かが。

 

 静かに離れていく。

 

 最後まで残っていた。

 

 知らない誰かの気配。

 

 もうない。

 

 寂しい。

 

 少しだけ。

 

 でも。

 

 それでいい。

 

 いなくなったのではない。

 

 帰った。

 

 シンジは。

 

 そう思った。

 

     *

 

 発令所。

 

 赤い警報表示が。

 

 一つずつ消えていく。

 

 ゼルエル。

 

 活動停止。

 

 初号機。

 

 回収可能。

 

 そして。

 

 別系統。

 

 誰にも説明されていなかった表示。

 

『HUMAN INSTRUMENTALITY』

 

 その下で。

 

 演算が止まっていた。

 

『BOUNDARY COLLAPSE』

 

『FAILED』

 

『INDIVIDUAL PATTERN RECONSTRUCTION』

 

『COMPLETED』

 

 赤木リツコは。

 

 画面を見たまま動かなかった。

 

 葛城ミサト「……何、それ」

 

 リツコは答えない。

 

 答えられない。

 

 冬月が。

 

 遠くからモニターを見る。

 

 碇ゲンドウだけが。

 

 完全に動きを止めていた。

 

 冬月コウゾウ「碇」

 

 返事はない。

 

 冬月コウゾウ「終わったぞ」

 

 碇ゲンドウ「…………」

 

 冬月コウゾウ「二人とも、自分へ戻った」

 

 ゲンドウの指が。

 

 机の上で強く組まれる。

 

 冬月コウゾウ「お前たちが消そうとしていた境界を使ってな」

 

 赤い表示。

 

『REJECTED』

 

 初号機。

 

 パイロット。

 

 個体境界。

 

 すべて。

 

 再形成。

 

 統合ではない。

 

 融合でもない。

 

 互いを認識したまま。

 

 それぞれへ戻った。

 

 補完計画が前提としていた。

 

 個体の境界は苦痛である。

 

 だから。

 

 なくせばいい。

 

 その答えを。

 

 二人が。

 

 実際に。

 

 否定した。

 

 冬月コウゾウ「ユイ君にも」

 

 一拍。

 

 冬月コウゾウ「息子にも」

 

 モニターを見る。

 

 冬月コウゾウ「拒まれたな」

 

 ゲンドウは。

 

 最後まで。

 

 答えなかった。

 

     *

 

 目を開ける。

 

 天井。

 

 見慣れている。

 

 灰銀色。

 

 継ぎ目がない。

 

 高い。

 

 最上イズモは。

 

 しばらく瞬きをしなかった。

 

 身体を動かす。

 

 指。

 

 腕。

 

 肩。

 

 脚。

 

 首。

 

 重い。

 

 でも。

 

 自分の重さ。

 

 最上イズモ「……ただいま」

 

 誰に言ったのか。

 

 自分でも分からない。

 

 返事は。

 

 すぐに来た。

 

 KAEDE「おかえりなさい」

 

 視線を動かす。

 

 部屋の隅。

 

 長い髪。

 

 変わらない顔。

 

 KAEDEが立っている。

 

 いつもの距離。

 

 いつもの位置。

 

 イズモは。

 

 少しだけ安心した。

 

 KAEDE「本人確認を行います」

 

 最上イズモ「どうぞ」

 

 KAEDE「氏名」

 

 最上イズモ「最上イズモ」

 

 KAEDE「自己認識」

 

 最上イズモ「自分」

 

 KAEDE「現在地」

 

 最上イズモ「ピースギア管轄居住区」

 

 KAEDE「直前記憶」

 

 最上イズモ「碇シンジと話しました」

 

 KAEDE「追加確認」

 

 最上イズモ「まだあるの」

 

 KAEDE「あります」

 

 少し。

 

 間。

 

 KAEDE「現在、業務へ復帰できますか」

 

 イズモは。

 

 反射で。

 

 はい。

 

 と言いかけた。

 

 止まった。

 

 身体を見る。

 

 頭が重い。

 

 長い間。

 

 違う身体へ入っていた。

 

 ゼルエル戦。

 

 再構築。

 

 帰還直後。

 

 今。

 

 仕事をする理由は。

 

 ない。

 

 最上イズモ「……今日は無理」

 

 KAEDEが。

 

 ほんの少しだけ。

 

 目を細めた。

 

 KAEDE「正常です」

 

 最上イズモ「その判定なんなの」

 

 扉が。

 

 勢いよく開いた。

 

 綾音「イズモ!」

 

 反射的に身体が固まる。

 

 次の瞬間。

 

 綾音は。

 

 数歩手前で。

 

 止まった。

 

 手を伸ばしかけて。

 

 止めた。

 

 綾音「……触っていい?」

 

 イズモは。

 

 少しだけ笑った。

 

 最上イズモ「はい」

 

 そこで初めて。

 

 距離がなくなる。

 

 肩へ腕が回る。

 

 強い。

 

 痛い。

 

 でも。

 

 離してほしいとは思わなかった。

 

 綾音「馬鹿」

 

 最上イズモ「はい」

 

 綾音「何が再構築計画よ」

 

 最上イズモ「成功しました」

 

 綾音「成功したから怒ってないと思ってる?」

 

 最上イズモ「思ってません」

 

 綾音「ゼルエル使って人格接続限界まで上げるとか」

 

 最上イズモ「はい」

 

 綾音「初号機と世界境界まで巻き込んで」

 

 最上イズモ「はい」

 

 綾音「人類補完計画まで壊して」

 

 最上イズモ「それは副次効果です」

 

 綾音が。

 

 ゆっくり離れる。

 

 顔を見る。

 

 綾音「……あとで説教」

 

 最上イズモ「了解」

 

 KAEDE「本日の高負荷会話は推奨しません」

 

 綾音「じゃあ明日」

 

 最上イズモ「延期になっただけだ」

 

 KAEDE「はい」

 

 逃げ道は。

 

 なかった。

 

 いや。

 

 ある。

 

 断れる。

 

 でも。

 

 たぶん。

 

 これは聞いた方がいい。

 

 イズモは。

 

 ベッドへ背中を預けた。

 

 その時。

 

 机の上に。

 

 端末があることに気づく。

 

 画面が。

 

 点灯する。

 

『個人記録ログ』

 

 その下。

 

 見覚えのないファイル。

 

『記録者:碇シンジ』

 

 イズモの手が止まった。

 

 KAEDE「碇シンジが帰還直前に残しました」

 

 最上イズモ「いつの間に」

 

 KAEDE「あなたが再接続準備中に」

 

 開く。

 

 長くない。

 

 たった数行。

 

『最上イズモへ』

 

『勝手にログを読んでごめんなさい』

 

『でも、読めてよかった』

 

『僕はあなたにはなれないし、ならなくていいって分かった』

 

『あなたも僕にならなくていい』

 

『あと、帰ったら休んでください』

 

 そこで。

 

 イズモの指が止まる。

 

 綾音が横から覗く。

 

 綾音「……ほら」

 

 最上イズモ「何が」

 

 綾音「十四歳にまで言われてる」

 

 最上イズモ「……」

 

 最後の一行。

 

『ありがとう』

 

 それだけ。

 

 イズモは。

 

 しばらく画面を閉じなかった。

 

     *

 

 数日後。

 

 第三新東京市。

 

 朝。

 

 青い空。

 

 校門。

 

 生徒の声。

 

 自転車。

 

 いつもの。

 

 何でもない景色。

 

 碇シンジは。

 

 校門の前で少しだけ立ち止まった。

 

 前にも。

 

 ここへ来たことがある。

 

 もちろん。

 

 自分の学校だから。

 

 でも。

 

 同じ場所を。

 

 別の誰かの目で見た記憶がある。

 

 それが。

 

 少しだけ不思議だった。

 

 鈴原トウジ「シンジ!」

 

 後ろから声。

 

 振り向く。

 

 トウジ。

 

 まだ完全ではない。

 

 歩き方にも少し違和感が残っている。

 

 それでも。

 

 自分で歩いている。

 

 相田ケンスケもいる。

 

 相田ケンスケ「お前またボーッとしてるぞ」

 

 碇シンジ「……うん」

 

 鈴原トウジ「なんやその返事」

 

 碇シンジ「いや」

 

 少し考える。

 

 碇シンジ「学校って、こんな感じだったなって」

 

 鈴原トウジ「毎日来とったやろ」

 

 碇シンジ「そうなんだけど」

 

 先を歩く。

 

 教室。

 

 アスカがいる。

 

 こちらを見る。

 

 惣流・アスカ・ラングレー「遅い」

 

 碇シンジ「まだ遅刻じゃないよ」

 

 惣流・アスカ・ラングレー「そういう問題じゃないの」

 

 綾波もいる。

 

 赤い目が。

 

 こちらを見る。

 

 以前と同じ。

 

 でも。

 

 少し違う。

 

 綾波レイ「碇君」

 

 碇シンジ「うん」

 

 一拍。

 

 綾波レイ「おかえり」

 

 シンジは。

 

 少し驚いた。

 

 それから。

 

 笑う。

 

 碇シンジ「ただいま」

 

 自分の席へ座る。

 

 机。

 

 椅子。

 

 教科書。

 

 窓。

 

 全部。

 

 自分の場所。

 

 完璧ではない。

 

 父さんのことも。

 

 ネルフのことも。

 

 使徒のことも。

 

 終わっていないものは残っている。

 

 怖いものも。

 

 嫌なものも。

 

 まだある。

 

 でも。

 

 それは。

 

 自分で考えていい。

 

 止まっていい。

 

 逃げてもいい。

 

 戻ってもいい。

 

 頼ってもいい。

 

 誰かと違ったままで。

 

 隣にいていい。

 

 窓の外を見る。

 

 青い空。

 

 どこか。

 

 とても遠い場所にも。

 

 同じように空を見ている人がいる気がした。

 

     *

 

 ピースギア。

 

 居住区。

 

 イズモは。

 

 窓際の机で。

 

 新しいログを開いていた。

 

『SELF─022』

 

 入力欄。

 

 指を置く。

 

 少し考える。

 

 そして。

 

 書く。

 

『他人を演じることは、他人になることではない』

 

 止まる。

 

『理解することも、同じになることではない』

 

 もう一行。

 

『境界があるから、返せる』

 

 最後。

 

『そして、離れたあとでも、知ったことは残る』

 

 保存。

 

 閉じる。

 

 KAEDE「記録完了」

 

 最上イズモ「はい」

 

 KAEDE「次の予定を表示しますか」

 

 イズモは窓の外を見る。

 

 広い都市。

 

 光。

 

 遠くを走る輸送機。

 

 見慣れた世界。

 

 自分の場所。

 

 少しだけ考えて。

 

 答える。

 

 最上イズモ「今日はいい」

 

 KAEDE「了解しました」

 

 何も始まらない。

 

 警報も。

 

 転移も。

 

 戦闘も。

 

 予定も。

 

 ただ。

 

 静かな時間だけが残る。

 

 イズモは。

 

 椅子の背へ身体を預けた。

 

 遠い世界にいる。

 

 一人の少年を思い出す。

 

 碇シンジ。

 

 もう。

 

 演じる必要はない。

 

 自分も。

 

 彼も。

 

 それぞれの名前で。

 

 それぞれの場所にいる。

 

 それでいい。

 

 窓の向こう。

 

 見知った青が。

 

 どこまでも続いていた。

 

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