もうひとつの世界の主人公   作:沙野衣千歌

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3:★ プロデューサー ―― 315プロダクションにて ―― ★

20XX年 1月16日(土) 午後五時五十八分

 

 百々人さんが持ってきてくれたお菓子を頬張り、休憩後は残りの作業を頑張ろうと決意する私。

 作業が終わったら今日は私が鍵閉め係なので、それを忘れないようにしないといけない。

 点いていたテレビの天気予報コーナーが始まり、六時になろうとする直前だった。

 机に置いていたコーヒーが波打ち、キッチンにある食器棚から食器類が触れ合う音が聞こえる。

 

 地震だ。

 

 私は即座に自身の担当アイドルを守ることに意識が向いた。

「百々人さん! 急いで私のデスクの下に逃げて!」

 百々人さんを、今いるソファから一番近い私のデスクの下に避難させる。

「う、うん! わかった!」

 なんとか担当のいっときの安全は確保できた。

 

 点いていたテレビから緊急事態を知らせる音が聞こえる。

 

――ティロンティロン ティロンティロン 緊急地震速報です 強い揺れに警戒してください――

 

 私は即座に震源地と対象とされた地域を見ると震源地は東京湾北部。

 対象となった地域は、関東・甲信・静岡・伊豆諸島。

 

 私自身も私のデスクの向かいのデスクの下に避難する。

 

 一瞬の隙もなく、轟音が聞こえ始め下から突き上げるかのような縦揺れが襲い、物が激しく倒れる音が聞こえる。

 まさしく、激震を体全体で感じている。

 そして少し古いビルであるこの建物からの悲鳴が聞こえ始め、窓ガラスが割れた音も聞こえる。

 そして一瞬のうちに停電が発生し、事務所内は闇に包まれる。

 揺れは十数秒程度で収まったが、非常に激しい揺れを感じた私は、察していたことが起こってしまったと即座に分かった。

 

 ――首都直下型地震が、起こった。そうとしか思えなかった。

 

 それと同時に、百々人さんの無事が気になる。

 揺れた後から全く反応がない。

 非常に心配な気持ちになり、デスクの下から出て、うまく暗順応ができない目を必死に開き、外から差し込む微かな光を頼りにして自らのデスクまで向かう。

 向かう途中に倒れたものにつまづき、脛あたりを打撲する。

「痛っ……」

 私の声に気づいたのか、百々人さんのいる方向から物音が聞こえた。

 良かった、反応はある。

 私は私のデスクへと向かい、下に避難した百々人さんの肩を軽く叩く。

「百々人さん? 大丈夫ですか?」

 私の声掛けに少し安心したのか、百々人さんは少し震えた声で答える。

「う、うん……大丈夫だよ。でも、すごい、怖かった……」

「怖かったですよね……。まだ完全に大丈夫とは言えませんが、私が絶対百々人さんのことを守りますから……!」

 私はそう言って、百々人さんの手を握りつつ引いて、立ち上がらせる。

「すごく暗いね……」

 百々人さんは不安なのか、私の手を握る手が強くなる。

 確かに、先程までは蛍光灯の灯りが点いていて、いつもの事務所がそこにはあったけれど、今はその姿を感じることのできない闇の中に包まれた事務所になってしまった。

 そういえば、と私はある物の存在を思い出し自らのデスクの一番下の引き出しを漁る。

「あった」

 "もし、万が一があったら"を想定して、準備していたもの。

「良かった。LEDライト、忍ばせておいて良かった……」

 私はLEDライトのスイッチを入れ、辺りを照らす。

「百々人さん、これで少しは安心できそうです?」

「うん、ありがとう……ぴぃちゃん」

 辺りを照らすと、被害の実情がまざまざと視界情報として入ってくる。

 先ほどまで見ていたテレビ、いつも荷物をしまっておくロッカー、本棚が全て激しく床に倒れていた。

 奇跡的に私の鞄はロッカーが倒れる前に外に出ていたようで、少しホッとするのも束の間の休憩。

 

 私はこのビルが、旧耐震基準であることを知っていた。

 もし、さっきの揺れが"本震"ではなく"前震"だったとしたら。

 さっきの揺れでは耐えたけど、次の揺れで耐えられなくなって倒壊でもしたら。

 私は少し怖くなり、百々人さんに提案することにした。

「百々人さん、一旦事務所を出て、広場に一時的に避難したいと思うのですが、大丈夫ですか?」

 百々人さんの顔を覗き込むように尋ねると。

「うん。じゃあ、一緒に行こう?」

 百々人さんと私は事務所を出ることにしたが、ふと、考えが複数個過ぎる。

 

 まず、ブレーカーの大元を落としておくこと。

 ブレーカーの大元を落としておかないと、通電火災が起きてしまう可能性がある。

 劣化したコードから発火でもしたら、大変なことになってしまう。

 倒れた物を避けながら、なんとかブレーカーの位置まで辿り着く。

 手を伸ばして大元の電源を落とそうとするが、若干手が届かない。

「ん〜……」

 すると、百々人さんが近くに寄ってくる。

「ぴぃちゃん、何してるの?」

「ブレーカーを落とそうとしていて。ちょっと手が届かないんです……」

 私がそう言うと百々人さんはスッとブレーカーを落としてくれた。

「これで、大丈夫かな?」

「はい! 百々人さん、ありがとうございます!」

 百々人さんは私の表情を見るとどこか安心したようで、少し微笑んでくれた。

 

 そして、一時(いっとき)集合場所に向かうとなったらしなくてはいけないこと。

「百々人さん、帽子とマスク、ちゃんとしていてくださいね」

 アイドルである以上、私という異性のプロデューサーが近くについて行動する以上絶対に必要なこと。

 変にゴシップなどが広まれば大変なことになってしまうし、万が一盗撮でもされたらそれはもう大変なことになる。

「うん、ちゃんと身につけたよ」

 百々人さんの特徴的な髪は隠れたかなと判断し、この件に関してはひとまず解決。私は私の荷物を、百々人さんは百々人さんのカバンを持って一時集合場所に向かう。

 

 事務所から外へ出ようと試みるが、先程の地震で扉が歪んだらしく扉が開かない。

「ぴぃちゃん、どうしよう、開かないよ」

 百々人さんが焦った声で私に訴えかけてくる。

「え、っと……、どうしよう……」

 "本震"が迫っているかもしれないと焦る私は頭を抱えることになる。

 頭を悩ませていると、過去にテレビの地震関連番組で見た内容を思い出す。

「そうだ、全体重を扉にかけて……っと!」

 レバーを下げつつ、肩から足まで全ての体重を扉に集中させる。

 すると人一人が出られるくらいのスペースが開いた。

「開きました!」

「流石ぴぃちゃん♪ 頼もしいなぁ」

 念の為鍵を閉めた後、なんとか階段まで辿り着けた私たちは、異様な光景を目にすることになる。

 階段近くの壁一面に、大きなヒビ……というか亀裂が走り、コンクリートの奥に鉄筋がのぞいているのを目にする。

「ぴぃちゃん……これって……」

「地震の凄まじさが……見えますね……」

 やはり、この建物は長くは持たないかもしれない。

 今は一刻も早くこの建物を出なければいけない。

 百々人さんと手を繋ぎつつ、階段を一歩一歩降りていく。

 ようやく外が見え、奇跡的に少し空いていた玄関をこじ開け、外に出る。

 すると、建物全体が斜めに傾いており、隣のビルに寄りかかっているのが見えてしまった。

 今までの事務所での記憶が、昨日の事のように思い出されてくるが、そんなことを考えていても仕方がない。

 若干泣きそうになった私を慮ってか、百々人さんが近寄ってくれた。

「ふふ、ぴぃちゃんが近くにいると、あったかいなぁ」

 今は、私が百々人さんを守らなければいけない、そう思うと自然と涙は引っ込んだ。

「そうですか? ならよかったです」

 先ほどまで怯えていた百々人さんが私で癒やされるのなら、それでいいと思った。

 

 外に出て、私はもう一つ大事なことを思い出した。

「あ、ガス栓閉めなきゃ」

「ガス栓……? 事務所に戻るの?」

 百々人さんが私に疑問を投げかける。

「いえ、ここにある元栓を閉めるんです。ガス漏れを防いで二次災害を起こさないようにするんですよ」

 私は言いながら事務所のキッチンで使用している元栓と、一応たまこやさんの方の元栓も閉めておいた。

「ぴぃちゃんって……すごいね。色々知ってて、かっこいいなって、思っちゃった」

「え、あ、しゅ、趣味なので……!」

 変なこと言った気がする。

「ぴぃちゃんが、僕のぴぃちゃんでよかった……」

 百々人さんが好意的に受け取ってくれたので良しとしておこう。

 

 ガスの元栓を閉めた後、一時集合場所までの通りの道を数メートル歩くことに。

「さっきぴぃちゃんが言った広場? ってどこなの?」

「すぐそこです! 渋沢広場って言うらしくて……」

 315プロを出て、左に曲がり、永代通りに向かう。

 渋沢永代ビルディングの前にある広場がここらへんの一時集合場所になっているのを私は知っていた。

「そろそろ着きます」

 私がそう言うと、また少し揺れを感じた。

 先ほどの地震と比べると、穏やかではあるが地震は地震だ。

「ぴぃちゃん……手、離さないでね」

 百々人さんはやはり怖がっているようだ。

 自分がしっかりしないと。

 すると、さっきまで恋人のように密着していた私と百々人さんの間に少し距離が開く。

 既に広場には何人かちらほら集まってきていて、ざっと十から十五人程度の人がいた。

 恥ずかしくて少し距離を開けたのかな? と思っていると、百々人さんが急に早歩きになった。

「どこ行くんです……?」

 私は疑問の中、手は繋ぎっぱなしなので百々人さんに連れられてついていく。

 すると百々人さんは小声で私に告げた。

「あそこ、あのベンチに座ってるの……しゅーくんのおじーちゃんとおばーちゃんなんだけど……」

 

 

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