「術式反転」
城崎はそう呟くと同時に、反転術式で生み出した正のエネルギーを術式に流し込む。
その異様な雰囲気を察知したのかバイエルは距離をとろうとするが、城崎に足首をがっちりと掴まれていて逃げられない。
(このガキ! なんてパワー!!)
「俺の術式【
(術式の開示!? まずい!!)
「それが術式順転の効果だ。この場合術式対象は非生物に限られてるが、
「離せクソガキぃ!!」
「遅い」
逃げられないならば殺すしかない。残る5本のナイフで頭を串刺しにして殺す。バイエルの判断は速かったが、それ以上に城崎のほうが速かった。
バイエルの右足首が崩壊する。まるで鉛筆の芯が折れるように、足が転がり落ちた。
「ぐうっ!! クソッ!!」(この手! 呪力の防御も無視して問答無用で対象を崩壊させるのか!!)
「邪魔だ」
痛みに呻くバイエルだが、城崎はさらに手を伸ばしてバイエルの顔に触れようとする。それを妨害しようと飛来するナイフを、刃で手が傷つくのも構わず、蚊を追い払うように叩き落とす。ナイフは音もなく消滅した。否、消滅したように見えるだけで、実際には「原子レベルまで崩壊した」といったほうが正しい。
バイエルの術式には時間制限がない。その代わり、射程が15メートルと限られている。さらには、一度対象に刺さったナイフは呪力を込め直さないと操作できないという弱点があった。既に城崎の肉体に刺さったナイフはバイエルの術式対象外。今しがた操作していたナイフも崩壊した。
城崎の術式は物体だけでなく呪力のようなエネルギーにも作用するため、呪力防御も貫通して対象を崩壊せしめる。いわばこれは防御不能の絶対的破壊だ。
「待っ―――」
バイエルの懇願は最早城崎の耳に入らない。端から相手の言葉に耳を傾けるつもりなどないからだ。
城崎の掌がバイエルの顔面に触れた端から、塵へと変わっていく。振り上げられたバイエルの腕が力なくリビングの床に落ちる。
頭部を崩壊させ、完全に絶命したことを確認した城崎は立ち上がった。両親のほうへと振り返る。
「とうさん、かあさん」
弱々しく両親を呼ぶ。だがその声に応える者はもういない。
肉体は元通りに修復されても、そこには命が宿っていないから。
城崎はこれまで、多くの人を助けてきた。呪霊に襲われる非術師、戦って傷ついた呪術師。彼が傷を癒した者は両手足の指よりも多い。
「ごめん」
だが、決して抗えない理というものが存在する。
死んだ命だけは戻らない。この世界の外からやってきた城崎にも絶対に覆せない絶対的ルール。
「ごめんなさい」
城崎は涙を流しながら気を失った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
城崎夫妻の葬儀は恙なく執り行われた。彼らの親族は皆既に亡くなっており遺族は息子一人であったため、直葬*1という形になった。
遺族の城崎丈は葬儀の間ずっと心ここにあらずといった様子だった。
「あの子は高専に住むことになった。母方の親戚が仙台にいたそうだが、3年前に亡くなっている。…どのみち彼は呪詛師に狙われている。高専で匿うべきというのが
「関係ねえよ」
「悟」
夜蛾の言葉を五条が遮る。乱暴な言葉遣いを夏油が諫めたが、彼も気持ちは同じだ。
斎場の片隅で3人は話していた。周囲に聞かせるべきではない内容であるため声のトーンは抑えめだが、やるせなさと怒りが滲み出している。
「Qとかいう連中をブッ潰す。ほかに丈を狙う呪詛師がいるんならそいつらもブッ潰す。それだけだろ」
五条自身、暗殺の標的になったことはある。しかし今回狙われたのは一般家庭出身の城崎と、非術師である両親だ。御三家である五条家に生まれ、最初から呪術界の注目の的だった五条悟とは話が違う。
「…現在、冥がQのアジトを割り出している。位置が分かり次第、準1級以上の術師による部隊を送り込むことが決定された。……だがお前たちは部隊に編成されていない」
「はあ!? なんでだよ!!」
五条が声を荒らげる。斎場中の視線が集まった。その中には城崎の隣に寄り添う家入の姿もあり、「静かにしろ」と言いたげに五条を睨んでいる。
すぐさま夏油が周囲に一礼し、五条を宥める。
「悟、落ち着くんだ。…でも先生、どうして私たちが外されたんですか? 納得できません。アジトの捜索だって私の術式が最適のはずです」
夏油は夜蛾に掴みかからんばかりの五条を腕で制し、問いかける。その声は落ち着き払っているように聞こえるが、有無を言わせない圧があった。
「お前が見つけたら悟と2人で乗り込むつもりだろう」
「っ」
「Qとの戦いは敵味方入り乱れての殲滅戦になることが想定される。お前たちの術式では味方を巻き込みかねない」
「だったらなおさら、俺と傑だけで行ったほうがいいだろ」
五条の言うことには一理ある。無下限呪術も呪霊操術も規模の大きい術式であるため連携には向かないが、この2人だけなら息の合ったコンビネーションを発揮できる。相手が1級レベルの集団であろうと負けるビジョンはない。
しかし夜蛾はそれも却下する。
「今お前たちがすべきは復讐ではない。……友としてあの子のそばにいることだろう」
「「!!」」
その言葉に、五条と夏油は振り向く。城崎の肉体は家入の反転術式によって治ったが、傷ついた心までは治せない。
心の傷を癒すのは時間だ。だがその時間を生きていくには支えが必要だ。
「…わかったよ」
五条は頭を掻きむしりながら渋々、夜蛾の言葉を聞き入れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「水飲む?」
骨壺を抱えて長椅子に座る城崎に、家入がペットボトルを差し出す。城崎は小さく頷いてボトルを受け取った。家入は城崎の隣に腰掛け、いつものように煙草をふかす。
両親の死から3日経つが、ずっとこんな調子だ。話しかけても上の空で、夜蛾がいなければ葬儀の手配もできなかっただろう。
「私はさ」
城崎が聞いているのかいないのか分からないが、それを気にせず家入が話し始める。
「あのとき死を引き換えにした縛りで歌姫先輩を生かそうとした。これまで“力不足”を言い訳に見送ってきた命は山ほどあるのにね。なにやってんだろって感じだよ。
でも丈が来て先輩は助かって…それからも運ばれてきた怪我人はほとんど丈が治しちゃってさ。……正直、嫉妬したよ」
「……え?」
耳を疑った城崎は思わず訊き返す。家入は他者に入れ込む気質ではないし、誰かに嫉妬するなどといった感情とは無縁の存在だと思っていたからだ。
実際、それは正しい。家入は自他を比較して一喜一憂するようなことはしない。しかしそれにも例外というものがある。
「驚いた? 確かにそういうタイプじゃないんだけどさ、丈は私にできること全部私よりできるじゃん。嫉妬するなってほうが無理だと思わない?」
漸くまともな反応を見せた城崎に、満足そうに家入は笑う。
「……俺にできなくて家入さんにできることもあると思いますけど………」
「へえ。たとえば?」
「……煙草が吸えるとか酒が飲めるとか?」
「もしかして喧嘩売ってる?」
「
両頬を引っ張られ、城崎は涙目になった。
「俺を治せる、とか……」
「わかってんじゃん」
「…ごめんなさい」
「なんであやまんの」
「俺を治すために“縛り”を使ったんでしょう。自分自身を治せないって縛りを」
城崎は、背中や肩など計6ヶ所の刺し傷に加え両手に切り傷を負った状態で高専に運ばれた。家入の反転術式では両手の傷は治せたが、刺し傷はそうはいかない。特に背中の傷は胃、脾臓、膵臓などの損傷を伴っており、一秒を争うほどだった。
出力を上げる方法として最も単純なのは死を引き換えとした縛り。だが家入がとった手段はそうではなかった。その答えは既に城崎自身が見せたもの。「反転術式で自分自身を治療できない」という縛りを自らに科し、家入は城崎の傷を跡形もなく治してみせたのだった。
「まあね。でも丈が謝ることじゃないよ。どうせ私は戦って怪我するリスクは低いんだし」
「でもっ」
「責任感じてるんだったら、もし私が怪我したらそのときは丈が治してよ」
「…!」
城崎は二の句が継げなかった。
城崎を治せるのが家入だけであるならば、その逆もしかり。家入を治せるのは城崎だけというわけだ。
「わかりました。これからどんなことがあろうと、俺が治しますよ」
その目には光が戻っていた。*2
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2006年5月某日。呪術界の転覆を目論む呪詛師集団「Q」が壊滅した。長野県の山間部にあったアジトは徹底的に破壊されたが、そこで発見された書類は呪術界に激震を巻き起こした。
そこに記されていたのは星漿体の暗殺計画。同化を阻止することで天元を暴走させ、呪術界を根底からひっくり返すというもの。同化まであと1ヶ月を切っていたことを考えると、計画の実行は目前だった。
もし実現していれば日本を中心として世界中に呪霊が際限なく溢れ出る事態になっていたかもしれない。成り行きではあったがその計画を未然に防げたことに、呪術師たちは安堵した。
しかし星漿体を暗殺しようとする勢力はQだけではない。純粋な天元を信奉し、星漿体という不純物が混ざることを忌避する宗教組織「盤星教」。彼らは非術師の集団だが、それゆえに手段を選ばない。
高額の報酬で暗殺者を雇い、なんとしてでも同化を阻止しようとしている。
星漿体・天内理子に、魔の手が迫ろうとしていた。
家入硝子(16)
自らに「自分自身を治療できない」縛りを科すことで瀕死の城崎を治療できるまでになった。素の呪力出力がそこまで高いわけではないため城崎ほどのパフォーマンスは出せないが、それでも部位欠損くらいならば治せる。
【
城崎丈の生得術式。
術式に付随して反転術式が初めから使えるため、術式反転も同時に習得した。順転の効果は「触れたもの*1の修復」であり、反転の効果は「触れたもの*2の分解」である。
この「触れる」とは本来どの部位で触れても発動条件を満たしているが、城崎は「術式の発動を手で触れた場合に限る」という縛りで術式効果を底上げしている。
城崎は初めて術式反転を試した際、誤って衣服を分解してしまった。
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