その魔法使いの出で立ちは奇妙という他なかった。
川のせせらぎが聞こえる高原の街道筋。初夏の風が草花を揺らす中、男が身を包んでいる”それ”は季節外れもいいところ。羽織っている厚手の白コートには返り血や破片、魔力汚染を弾く特殊な防汚加工が施され、日差しを浴びて鈍い光沢を放っている。
背中のベルトには魔導士の象徴である杖の代わりに、無骨な鉄の塊――魔力で駆動する短機関銃様と、超長距離射撃に使うスナイパーライフル様の飛び道具が1挺ずつ、直ぐに構えられるように配置されていた。
「拘束術式……付与。爆裂術式……付与――」
男は街道脇の柔らかな土の上に膝をつき、手際よく細工を施していく。彼の手から流れ出る濃密な魔力は複雑な幾何学紋様を描くと同時に、環境同化術式によって色彩を失い、地面の下へと溶け込んでいった。それは魔法の深淵を競うための陣ではなく、獲物を確実に仕留めるための感圧式トラップだ。
「――設置完了。あとは出てくるのを待つだけだな」
全ての罠を仕掛け終えた男は、予め用意した薪の前に腰を下ろし、指先から小さな火花を飛ばして火を起こした。パチパチと爆ぜる火の粉を見つめる彼の瞳には、高潔な志も魔族への憎しみも宿っていない。あるのは、ただ本日分の業務を滞りなく完遂しようとする、冷徹な職人の目だけ。
今回の依頼内容は、この川沿いの街道に居座り、行商人を誘い込んで捕食している魔族の殺処分。依頼したこの地の領主によれば、子供の姿に擬態して同情を誘う悪質な小型個体の目撃例が多いという。
「依頼通りの個体だったら良いんだが、もし大型や長寿型だったら遠距離戦に切り替えねえと。……コイツを使うのは中々に手間で、金も掛かるんだよなぁ」
彼は背負った銃を撫でてから、懐から煤けた業務日誌と羽ペンを取り出し、今日の日付と周囲の魔力密度を淡々と記録していく。これから現れるだろう人類の天敵相手に、彼の振る舞い方は平凡ながらも何処か異質な雰囲気を抱かせる。
「――!」
ふと、男は自分よりも小規模な魔力の接近を感知した。
「おいでなすったか。予定通りの個体の可能性、大だ」
暫くして川の音に混じり、風が足音を運んできた。街道の先、生い茂る草むらの向こう側から、か細い、守ってあげたくなるような声が響く。
「お母さん……何処行ったの? 1人は嫌だよ……誰か、助けて……」
男の予想通り、駆除対象たる子供の魔族が姿を現した。フラフラとした足取りで、誰かに助けを求める様は、見るからに弱々しい子供そのもの。
常人ならば心配そうな表情を浮かべて寄り添うべき状況だが、男は一切の感慨も抱かず冷静に子供の魔族を観察するのみ。
「……ふむ、”お母さん”ね。この鳴き声なら、この鳴き真似でいけるかもしれない」
男は手帳を仕舞い立ち上がる。そして子供の魔族に向かって口笛を吹き、自分に興味を惹かせた。
「どうしたの~僕~? お母さんって言ってたけど、迷子なのかい?」
その声は、高原の穏やかな風に溶け込む程に澄んでいた。独り言を呟いていた時とは打って変わって優しく、温かみすら感じさせる声色。そして穏やかな笑み。演者であれば普通に食べていけそうなレベルだ。
しかし、その透き通った瞳は欠片も笑っておらず、一切の感情が宿っていない。
「……う、うわぁぁん! お兄さん! お母さんが、お母さんがいなくなっちゃったんだよぉ……!」
子供の姿をした魔族は、泣くような声を発しながら男へと近寄ろうとする。その足取りはおぼつかなく、今にも転んでしまいそうな程に儚い。
「よしよし可哀想に。怖かったねぇ? 大丈夫、お兄さんが一緒に探してあげるから。……ほら、怖がらずにこっちにおいでー? よーしよし、いい子だねぇ」
男は屈み込み、まるで迷子の仔犬を呼び寄せるように、優しく、丁寧に、一定のリズムで手をパンパンと叩いた。その仕草は慈愛に満ちているが、視線は魔族の目ではなく、自身と魔族の中間に隠匿した魔法陣の一点のみを凝視している。
「うん……」
魔族の口角が、一瞬だけ、人には判別出来ない程度で吊り上がる。それは悪意とは完全無縁の、魔族としての本能に満ちた、残酷なまでに無垢な笑み。
(……あぁ、久々の御馳走。あと数歩、あと数歩で。まずは喉笛から……そのまま頭を丸齧りして……)
魔族は確信していた。自分の擬態は完璧であり、この男は既に”言葉”という名の毒に侵されているのだと。
……自らこそ人に言葉で“欺かれている”とは夢にも思わず。
「あ、ありがとう……お兄さん、本当に親切なんだね……」
一歩。また一歩。
「おいでおいで~、そうそう、上手だねぇ」
男の”鳴き真似”に導かれ、魔族の小さな足が、遂に土の下に隠された術式の真上へと重なる。
カチッ
「――?」
地面のステルス術式が獲物の重みを感知し、一気に起動する。
直後、地面から上に向かって、魔族を急速に包み込むような爆炎が発生した。
「――!!?」
魔法陣内だけが加害範囲となるよう設計された罠は、その中心に立っていた魔族には十二分に威力を発揮し、致命傷を与えた。
「ぁ……あ……?」
朦朧とした意識、そんな中でも自身の体が崩れていくのだけは確かに感じる魔族。何が起きたか分からず、自らが欺き喰らおうと狙っていた獲物へ視線を送ると、
「よし、成功だ。無事に罠が発動したぞ。大抵の小型個体ならトラップ式の方が費用対効果は良さげだな」
自分を見てガッツポーズを取っていた。
「どう……して、お兄……さ……」
「しっかし、この程度の魔力量の個体でも完全消滅は難しいかぁ……安全性を考えたら、もう少し爆発の威力を上げた方が良いかもしれん。念の為、”要改良”と記録しとこう」
疑問を投げ掛けても、男は既に仕留めた害獣の鳴き声に全く興味を示さず。時たま魔族をチラチラと観察しつつ、再び開いた手帳に羽ペンを走らせるだけ。
「あ……あ……お母、さ……」
爆炎に焼かれ、霧となって崩れ去っていく魔族。その消えゆく間際の擬態音にさえ、男はまるで感情を動かさない。
「……それにしても、魔獣や魔族というのは死体が残らないから困る。駆除した物的証拠を依頼主に見せられないから報酬を貰えない場合もあるし、他の動物みたいに肉は得られないし……費用対効果は最悪だ。せめて実際に起きた出来事を精巧な絵として残せる魔法でもあればな……」
その為に一級魔法使いを目指した事もある男。大陸魔法協会のトップが、好きな魔法を一つだけ一級にくれると聞いたから。もっとも、最終面接でそのトップたるエルフから秒で”不合格”の烙印を押されたが。
彼は日誌を懐に収め、使い古されたコートの裾についた土を無造作に払った。周囲には魔族がいた痕跡すら、もはや残っていない。あるのは、ただ効率的に清掃された街道の風景だけだ。
「よし、この区画の依頼は達成。次は下流の個体か」
男は背負った魔力銃の感触を確かめると、一度も振り返ることなく、次の現場を目指して高原の先へと歩き出した。
彼にとって今の出来事は、ドラマでも復讐でもない。ただの滞りない業務の一環に過ぎなかった。
二級魔法使い、『ビザンツ・シェドリングス・ベケンプファー』。彼のやり方を知る者は、蔑みか皮肉を込めて彼をこう呼ぶ。
『害獣駆除業者のビザンツ』と。
シェドリングス・ベケンプファー(Schädlingsbekämpfer)――ドイツ語で『害虫・害獣駆除業者(装置)』
ビザンツ(Byzanz)――ビザンツ帝国から。実は”ビザンツ”もドイツ語。