「もしも、徐庶(ジョショ)が後漢末期の動乱の裏で、あの『ジョジョ』のような闇との闘いを繰り広げていたら――」
そんな空想を抱き続けて、約四十年。
インターネットという道具を得て、ようやくこの物語を形にすることができました。
単なる能力クロスやパロディではありません。
正史・演義の記述と、ジョジョの生化学的ロジックを徹底的に融合させ、「なぜ歴史はそのように動いたのか」を波紋と吸血鬼の理で再構築していく、重厚な歴史伝奇を目指しています。
一字一句に黄金の波紋を込めて執筆しております。
乱世に芽吹く「勇気」と「生命」の讃歌を、どうぞ最後までお楽しみください。
第一章:夜明けの太陽、復讐の果てに
ゴゴゴゴ……。
夜の帳が、これほどまでに重く、粘りつくように感じたことはなかった。
単福(ぜんふく)――後に徐庶と名乗ることになるその男は、全身を泥と返り血に染め、撃剣の柄を握りしめていた。
(……なぜだ。なぜ、死なないッ!)
眼前に立つ怪物の喉元には、単福が先ほど放った致命的な一撃――頸動脈を正確に断ち切ったはずの裂傷がある。だが、そこから溢れ出した鮮血は、重力に逆らうように傷口へと吸い込まれ、不気味な泡を立てながら肉が盛り上がり、瞬時に塞がっていった。
すべてが狂い始めたのは、ほんの数刻前のことだ。
【回想:廃観の闇】
数時間前。単福と親友の広元(こうげん)は、この廃観の奥底で、泥のような眠りに落ちようとしていた。
敬愛していた広元の叔父・石徳(せきとく)が、強欲な薬商・王猛(おうもう)の息子に殺害された。その落とし前をつけるべく、二人は夜の闇に乗じて下手人を誅殺。だが、権力者の息子を手にかけた代償は重かった。単福は捕縛され、裁判なき処刑を待つ身となったが、広元が命がけの襲撃で彼を救い出したのだ。
「……ここなら大丈夫だ。地元の奴らは、この道観を『食人鬼のねぐら』と恐れて近づかない」
広元が震える声で言った。
そこは森の深淵にポツンと佇む、朽ち果てた道教の施設であった。
かつて始皇帝が命じた不老不死の研究拠点であったとされるその場所は、漢代に入って道教の拠点となったものの、いつしか「闇の巨神に丸呑みにされる」という呪われた噂が流布し、数百年もの間、人の侵入を拒んできた邪気の巣窟である。
だが、古今東西、「行ってはいけない場所」ほど踏み込みたがるのが、反抗期の少年というものだ。
幼い頃。単福、広元、そして広元の従兄弟である石忠(せきちゅう)の三人は、肝試しと称してこの禁忌の地へ足を踏み入れたことがあった。
「どうせ何も出やしない」
当時から大人を凌ぐ撃剣の腕を誇っていた単福は、二人の背中を押すように暗い堂内へ侵入した。
「うわぁ! だ、誰だッ!?」
広元が叫んだ。
闇の奥、祭壇の中央に「人の形をした何か」が立っていた。
単福が護身用にと携えていた木の枝を構え、震える声で叫ぶ。
「誰だ!? そこにいるんだろッ!」
返事はない。闇に目が慣れるにつれ、それが数百年分の埃を被り、不気味に沈黙する「髭を蓄えた老仙人の石像」であることがわかった。
「なんだよ、脅かすなよ……」
広元と石忠が脱力した瞬間、単福だけは異変を察知し、構えを解かなかった。
「……気配を感じるんだ。感じないのか、お前たち」
単福が石像の背後を指した、その時。
ゴトン。
重く、硬い石が床を這うような音が響いた。
三人は弾かれたように飛びのき、背後も見ずに逃げ出した。物音以上に彼らを突き動かしたのは、呪いや悪意という言葉では足りない、何か「根源的な恐怖」の片鱗に触れたという戦慄であった。
今夜、奇しくもあの時の三人が、再びこの廃観に集っていた。
暗闇の中、祭壇の裏に潜んでいたのは、あの石忠であった。
【現在:激突】
「……すまない、広元。許してくれ、単福」
石忠は短刀を握りしめ、小刻みに震えていた。単福脱獄に激昂した王猛は、私兵である石忠に対し、生死を問わぬ捕縛を命じていた。病弱な親の薬代を握られている彼に、拒否権はなかった。
(顔を見られるわけにはいかない。幼馴染の俺が二人を売ったと知れれば、一生顔を合わせられない……。だが、捕らえねば親が死ぬッ!)
石忠は必死に顔を隠すものを探し、祭壇の裏に転がっていた「それ」に触れた。
数百年の沈黙を守ってきた、冷たく重い石仮面。
彼はその不気味さにたじろいだが、背に腹は代えられず、仮面を布帯で頭部に固く縛り付けた。
「……お前らッ!!」
闇を割って、石忠が躍り出た。
「なっ……何奴だッ!?」
眠りに落ちる寸前だった単福(ぜんふく)が、弾かれたように跳ね起き、広元から渡されたばかりの撃剣へと手を伸ばす。
「動くなッ! 二人とも、大人しく縛り上げられろッ!!」
闇から躍り出た仮面の男に対し、単福の撃剣が反射的に閃いた。
シュンッ!
鋭い金属音と共に、石忠の右指が三本、宙を舞った。
「あ、が……あああああああッ!!」
絶叫。そして、切り飛ばされた断面から噴き出した鮮血が、石仮面の頬を赤く染めた。
ズキュゥゥゥゥン!!
血液に反応した石仮面から、生き物の如き節を持った骨の針が突き出し、石忠の頭蓋を貫いた。脳の深部、人間が触れてはならぬ「生命のスイッチ」が、未知のエネルギーによって書き換えられていく。
「……なんだ、これは。……体が、内側から燃えるように熱い。力が……いくらでも湧いてくる気がするッ!」
骨針に脳を貫かれながら、石忠は絶命するどころか、圧倒的な破壊衝動に突き動かされていた。
単福が剣を構え直す。
「……貴様、一体何者だ…?」
「血だ。……血を吸えば、この喉の渇きは、癒えるのか……!?」
怪物が地を蹴った。
その踏み込みだけで、数百年耐えてきた廃観の床板が爆ぜるように砕け散る。
単福の物語――『徐庶(ジョショ)の奇妙な冒険』は、この血塗られた聖域の闇の中から、産声を上げたのである。