「……これを、指一本触れずに左右へ割り、その断面を黄金の膜で閉じ込めてみせよ」
ストレイツォが徐庶(じょしょ)の前に置いたのは、深皿に湛(たた)えられた一塊の水豆腐であった。
パミールの万年雪が溶け出した清冽(せいれつ)な水と、西域から運ばれた大豆の精を凝縮して固めたその白い塊は、吐息一つで形を崩さんばかりにプルプルと震えている。
「指を浸け、波紋の『吸着』で豆腐を持ち上げる。……そこまでは基礎だ。だが、持ち上げた瞬間に中心線を波紋の『反発』で断ち切り、二つの独立した塊として静止させよ。一滴の水分も漏らしてはならん」
徐庶は、震える人指し指を豆腐の冷たい肌へと沈めた。
集中。
肺の中の空気は、既に五年の歳月をかけて「黄金の導体」へと作り替えられている。
「……はあ……ッ!!」
徐庶が波紋を流し込んだ瞬間。
ベチャリ。
豆腐は無残にも自重で崩れ、皿の上に白い飛沫(しぶき)を散らして溶けていった。
「呼吸が荒い。吸着の波紋が強すぎれば組織を握り潰し、反発の波紋が遅れれば自重に負ける。……失敗した『師』の味を、存分に噛み締めるがいい」
その日から、徐庶の主食は「失敗した水豆腐の残骸」となった。
原型を留めぬほどに崩れ、波紋の熱で中途半端に温まった大豆の粥。それを啜りながら、徐庶は自らの神経を、指先の一点にまで尖らせていった。
だが、この過酷な試練こそが、徐庶の肉体にさらなる「変異」をもたらした。
中原の美食で濁っていた血液は、植物性たんぱく質を中心としたストイックな食生活により、不純な脂質を削ぎ落とした『高純度の伝導体』へと浄化されていったのだ。
(……現代の科学的見地から言えば、これは驚異的な肉体の『純化』であったッ!
高タンパクかつ低脂肪の摂取を続け、波紋エネルギーで細胞の代謝を極限まで高めることで、徐庶の身体は、鋼のようにしなやかで、かつ波紋を一切減衰させずに通す『黄金の筋骨』へと作り替えられていったのであるッ!!)
水豆腐の修行開始から三年。
徐庶の指先が、ついに水豆腐の「結合」を支配した。
左右の人指し指を浸け、スッと持ち上げた瞬間、豆腐は空中で二つに割れ、その断面は黄金の燐光を放つ膜によって完璧に封じ込められた。
(……三国志演義の第六十八回『左慈、術を弄して曹操を欺く』において、仙人・左慈が杯の中の水を縦に真っ二つに割り、その半分だけを飲み干したという伝説が残っているが、これこそが波紋功による表面張力の極限操作――すなわち『水豆腐の試練』の完成形であったと推察できるッ!
左右に引き、中央ではじき、その断面を波紋の膜で即座に包み込む――。左慈はこの時、既に独力で、この波紋の高等コントロールの極致にまで至っていたのであるッ!!)
「……合格だ」
ストレイツォが、初めて満足げに頷いた。
「お前の血は、今や一点の曇りもない。……だが、徐庶よ。技を磨くほどに、お前は気づくはずだ。……己の肉体が放つ輝きに対し、その影にある『老い』という残酷な真実に」
師の瞳に、微かな、しかし消えることのない「羨望」の影が過(よぎ)った。