水豆腐を左右に割く繊細な制御を手に入れた徐庶を待っていたのは、五感を「天の気」と直結させるさらなる応用修行であった。
修行の合間、ストレイツォは寒氷観の奥壁に刻まれた、数千年の風雪に耐えた不気味な壁画の前に徐庶を立たせた。そこには、天を突くような巨躯を持ち、人を木の葉のように散らす『三人の巨神』と、その中心で紅蓮の輝きを放つ宝石が描かれていた。
「……徐庶よ。我らが抗い続けてきた『闇』の源流を語る時が来たようだ」
ストレイツォの静かな独白が、凍てついた石室に響く。
「奴らが人から生まれたものなのか、あるいは太古より地上に巣食う別種のものなのか、その正体は我ら守護者にも分からぬ。だが、人が歴史を刻み始めた時、奴らは既にいた。人を喰らい、闇に君臨する『闇の巨神』としてな」
師の指が、壁画に刻まれた紅い宝石――『詠時感(エイジア)の赤石』をなぞる。
「奴らの弱点は唯一、太陽の光だ。あの忌まわしき石仮面を創り出したのも奴らだが、それはあくまで人間を怪物(吸血鬼)へと変え、より滋養の高い『食糧』として育てるための苗床に過ぎん。奴らにとって真に価値があるのは、太陽の光を浄化し、自らの弱点を克服し得るこの『詠時感』のみなのだ」
ストレイツォは、壁画の巨神たちが文明の廃墟を渡り歩く姿を指し示した。
「奴らは知恵者だ。『価値あるものは権力者に集まる』という人間社会の理(ことわり)を熟知しておる。ゆえに奴らは古今東西、強大な帝国の影に現れ、支配者を操って赤石を探させてきた。この中原にも、四百年ほど前に奴らが現れたという記録がある」
「四百年前……。まさか、秦の……」
「然り。始皇帝・嬴政(えいせい)だ。あの男が不老不死に異常なほど執着したのは、奴らが裏で糸を引いていたからだと言い伝えられている。だが、結局嬴政は赤石を手に入れることはできず、奴らは失意のうちに西へ去った。……そして奴らは、ねぐらとした地に、必ず呪いの種として『石仮面』を遺していくのだ」
徐庶の脳裏に、あの泥濘の廃観の光景が蘇った。
(……そうか。だからあの廃観に、あんな無造作に仮面が置かれていたのか。あの肝試しの夜に感じた、肌を刺すような邪悪な気配。あれは数百年の間、奴らが遺していった『食糧への罠』の残滓だったのだ……ッ!)
「徐庶よ。奴らは太陽に依存して生きる人間を嘲笑い、自らの糧を増やすために仮面を撒く。……だが、今お前の肺にあるのは、奴らが最も恐れる『太陽の輝き』そのものだ」
ストレイツォは壁画から離れ、徐庶に鋭い視線を向けた。
「だが、理(ことわり)を知るだけでは、闇の王の首には届かん。……次なる試練は、その波紋を肉体の外側へ、一分の隙もなく展開する術だ」
師が示したのは、極寒の屋外に置かれた、黒々と光る巨大な石の鉢であった。そこには、パミールの寒気でさえ凍らぬ、粘り気のある菜種油(なたねあぶら)が並々と湛えられていた。