【三国志×ジョジョ】徐庶(ジョショ)の奇妙な冒険   作:券王

13 / 47
油面歩行と生糸の共鳴

「……立て。そして、この上を歩め」

ストレイツォが指し示したのは、極寒の屋外に置かれた、漆黒の石鉢であった。そこには、パミールの寒気の中でも凍ることのない、粘り気のある菜種油が並々と湛えられていた。

 

徐庶は、その黒い水面を見つめ、唾を飲み込んだ。水豆腐の試練で「吸着」と「反発」の基礎は学んだ。だが、油は水よりも密度が低く、かつ波紋の伝導を拒む難敵である。

「お前がこれから戦うのは、平坦な戦場ばかりではない。血の海、凍てついた床、あるいは策士が仕掛けた油の罠……。いかなる足場であっても、呼吸を乱さず、大地と一体化せねば死を待つのみだ」

 

徐庶が右足を油面に踏み出した、その瞬間――。

 

ズブッ!!

 

波紋の吸着が間に合わず、足は無残にも底なしの油沼へと引きずり込まれた。

「ぐわっ……!?」

「遅いッ! 表面張力を波紋で補強し、足裏と油の間に微細な『反発の膜』を張り続けろ。沈めば冷気が体温を奪い、呼吸は止まるぞ!」

油塗れになりながら這い上がる徐庶。

 

一九九年。修行はさらなる過酷さを増していた。

しかし、水豆腐との三年に及ぶ、あの日々があったからであろうか。徐庶の感覚は、周囲の予想を裏切る速度で適応を始めていた。吸着しすぎれば足は離れず、反発しすぎれば滑り落ちる。この矛盾する二つの波紋を、歩行の律動に合わせて切り替え続ける精密な制御を、彼はわずか三ヶ月の歳月で己のものとしたのである。

(……現代の物理学で見れば、これは極めて高度な摩擦係数の制御であったッ!

足裏と流体の間に、高周波の波紋振動によって擬似的な『固体層』を形成する。

常人には滑って立つことすら不可能な油の上を、徐庶は波紋の力で『不沈の足場』へと変えていったのであるッ!!)

 

修行の仕上げは、さらに静かな、しかし神経を削るものへと移った。

一切の光を遮断した石室。徐庶はそこで、壁の向こう側にいるストレイツォが弾く、一本の細い生糸の音に神経を研ぎ澄ませていた。

「……波紋を放つな。波紋を受け取れ。世界は、微細な振動の連なりに過ぎん」

壁の向こうで、師が指先で生糸を弾く。

 

ピン。

 

常人には聞き取ることすら不可能な、空気の微かな震え。

徐庶は自らの血液を「受容器」として共鳴させ、その微震を脳内で増幅させた。基礎五年、豆腐三年の練成が徐庶の肉体を「感度の高い避雷針」へと変えていたのであろうか。この高度な「心眼」の開眼にも、もはや長い歳月は不要であった。彼は続く三ヶ月の対話で、生糸の震えから世界の理(ことわり)を聞き取る術を完全に掴み取ったのである。

(……波紋を自ら発するのではなく、周囲のわずかな波長を『拾う』技術。

かつて中原の仙道において、水を入れた器の震えから遠方の軍勢の足音を察知したという『聴勁(ちょうけい)』の極致が、今、波紋の理と融合した。

闇夜の戦場、あるいは姿を隠した暗殺者の殺気。それらを皮膚で、血液で、直接『視る』ための感覚。徐庶の覚醒は、もはや厚い石壁をも透過するまでに至っていたッ!)

 

「……徐庶よ。技を磨くほどに、お前は気づくはずだ。……己の肉体が放つ輝きに対し、その影にある『老い』という残酷な真実に」

不意にストレイツォが、自らの手の甲に浮かび上がった、わずかな「皺(しわ)」を見つめた。

波紋の師父として君臨しながらも、彼は逃れようのない「老い」という冷酷な時間に晒されていた。

 

「……行け。これより半年、言葉を捨て、ただ座して己の血の音を聴け。その果てにこそ、最終試練の門は開かれる」

ストレイツォは、弟子の成長を喜ぶ反面、自分には到達できなかった「若き太陽」への、隠しきれぬ一滴の毒――羨望を瞳に宿し、再び氷の静寂の中へと沈んでいった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。