【三国志×ジョジョ】徐庶(ジョショ)の奇妙な冒険   作:券王

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絶望の爪、親友の死

「広元ッ! 逃げろッ!!」

 

単福の叫びは、廃観の湿った空気に虚しく吸い込まれた。

目の前に立つ「それ」は、もはや石忠の面影を微塵も留めていない。後頭部を貫いた骨針は、役目を終えたかのように仮面の裏へと沈み、剥がれ落ちた石仮面の奥から現れたのは、もはや人間の域を逸脱した異形の相であった。

痩せて貧相であったその肢体は、内側から膨れ上がる筋肉に押し広げられ、岩のような威圧感を放っている。ルビーのように燃える赤き瞳、そして口角から覗く邪悪な牙。石仮面が、男の奥底に眠っていた野獣の闘争本能を、呪いと共に引きずり出したのだ。

 

怪物が動いた。

速い。撃剣の達人である単福の動体視力をもってしても、それは黒い「残像」としてしか捉えられなかった。

 

ドォォォォォンッ!!

 

怪物の拳が、単福のすぐ横の柱を粉砕した。数百年を耐えた乾いた木材が爆ぜ、鋭い破片が単福の頬を無慈悲に切り裂く。

「……あ……ああ……」

広元は、腰が抜けたようにへたり込み、ただ喉を鳴らしていた。幼い頃、共に野山を駆け、叔父・石徳(せきとく)の薬草を摘み、未来を語り合った「従兄弟」が、今、自分を食い殺そうとする肉の塊へと変貌している。その絶望が、彼の生存本能を完全に凍りつかせていた。

「血だ……。新鮮な……血が、欲しい……ッ!」

怪物の指先が、不自然な角度で反り返り、漆黒の爪へと変貌する。

それは獲物を切り裂くための鉤爪ではない。毛細血管から直接生命を啜り上げるための、吸血の触手だ。怪物は、標的を単福から、より「無防備な獲物」――広元へと切り替えた。

 

「やめろッ! 広元に手を出すなァァッ!!」

単福は剣を逆手に持ち、渾身の力で怪物の背中に躍りかかった。

 

ザシュッ!

 

鋼の刃が怪物の肩口に深く食い込む。本来ならば肩甲骨を断ち割り、肺まで届く致命の一撃。だが、手応えがない。まるで、底なしの泥沼に剣を突き立てたような不気味な感覚。怪物は、背中に突き立てられた剣など意にも介さず、ゆっくりと首を百八十度回転させ、単福を凝視した。その瞳には、知性を凌駕した飢餓の炎が宿っている。

 

ドォォォォォンッ!

 

怪物の裏拳が、単福の胸を打つ。

「が……はっ……!」

あばら骨が数本、へし折れる不快な音が脳内に響いた。単福は五臓六腑をかき回されるような衝撃と共に吹き飛ばされ、老子像の台座へと激突した。視界が真っ赤に染まり、呼吸が止まる。

「……広……元……」

薄れゆく意識の中、単福は見た。

怪物が、震える広元の首を、その剛力で掴み上げるのを。

「単…福…逃げてくれ…かな…わない…」

広元は、死の恐怖に直面しながらも、最期に単福の方を向いた。その瞳には、恨みも絶望もなかった。ただ、友をこの惨劇に巻き込んでしまったことへの、深い悔恨と慈愛だけが宿っていた。

 

ズキュゥゥゥゥン!!

 

怪物の爪が、広元の喉笛を深々と貫いた。

「……カハッ……」

溢れ出した鮮血が、怪物の腕を伝って、飢えた肉体へと吸い込まれていく。広元の肉体は、見る間に生気を失い、枯れ木のように痩せ細っていく。

単福の心の中で、何かが音を立てて壊れた。それは、彼がそれまで信じてきた「正義」や「武芸」という名の、人間世界の脆いルールだった。

 

「……う……うあああああああああああああああッ!!!」

単福は、衝撃で折れた剣の破片を握りしめ、血を吐きながら立ち上がった。手のひらに食い込む刃の痛みが、わずかに理性を繋ぎ止める。友を、石徳を、誰も救えず、自分だけが泥を啜って生き残っている。怪物は広元の「抜け殻」をゴミのように放り捨てると、満足げに喉を鳴らした。吸血によって傷口は完全に塞がり、その筋肉は廃観の天井に届かんばかりの膨張を見せている。

 

「……次は、お前だ……。単福……」

怪物が、最後の一撃を加えようと跳躍した。

だが、人間を遥かに超越した身体能力を、まだその意識が掴み切れていなかった。

必要以上に跳躍し、勢い余ったその巨体は、天井を突き破る勢いで激突し、腐朽していた屋根の均衡を完全に破壊した。

 

ドォォォォォォンッ! ガガガガガガガッ……ガラガラガラ……!!

 

崩落。

石忠の顔から滑り落ち、床に転がっていた「石仮面」の上に、瓦が、梁が、つられて崩れた壁の破片が容赦なく降り注ぐ。石の瞳が、瓦礫の闇の底へと沈んでいった。

単福は仰向けになったまま体を捻って直撃を避けたものの、もはや起き上がる力は残っていない。天井への激突に懲りたのか、怪物は瓦礫の山を掻き分け、今度は一歩一歩、確実に単福へと近づいてくる。

その巨体が、単福に覆い被さろうとした、その瞬間――。

 

ピカァッ!

 

屋根の大半を失った廃観の内部に、一条の鋭い光が差し込んだ。

夜明け。

地平線の彼方、万物を照らす「太陽」が、ついにその顔を覗かせたのだ。

(……朝……?)

単福が目を見開いたとき、目の前で信じられない光景が起きていた。

 

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