建安十二年(西暦二〇年)、臘月(ろうげつ/十二月)。
新野の北方に位置する境界の平原は、枯れ果てた草が白く凍てつき、北からの颪(おろし)が地表を削るように吹き抜けていた。冬の陽光は力なく、ただ寒々しい灰色の空を照らすのみであったが、その平原のただ中には、自然の冬将軍とは異質な、肌を刺すような「腐った冷気」が澱んでいた。
「……報告! 北方より曹軍の斥候五騎、我が陣形を遠巻きに観察しておりますッ!」
物見の叫び声に、演武場で集団調練を指揮していた徐庶は、鋭い眼光を北の空へと向けた。横に立つ劉備と関羽も、その異変を敏感に察知する。
「斥候五騎か。……追い散らしてくれる。周倉、行けッ!」
関羽の命を受け、精鋭の騎馬隊が土煙を上げて出撃した。数では圧倒的に勝る新野軍。本来ならば、数度の矢を浴びせれば逃げ出すはずの小部隊。……だが、そこで起きた光景は、劉備たちの戦の常識を根底から覆すものであった。
「な……なんだ、あの連中はッ!?」
周倉の絶叫が響く。
新野軍の放った矢が、曹軍の斥候の一人の胸に深々と突き刺さった。落馬。凄まじい勢いで地面に叩きつけられ、首が不自然な角度に曲がる。……だが、その男は、血を流すこともなく、折れた首をパキパキと音を立てて強引に据え直すと、無表情のまま再び馬に跨ったのである。
「化け物か……ッ! 槍だ! 突き殺せッ!!」
周倉の槍が別の斥候の腹を貫通した。だが、男は腹を裂かれたまま、その槍の柄を自らの肉で挟み込み、逆に周倉を引きずり倒そうと怪力を振るった。
痛みを感じず、恐怖を抱かず、ただ「観察」という任務を遂行し続ける『死血の斥候』。
(……これこそが、曹操から死血を分け与えられた末端の屍生人(アンデッド)であったッ!
彼らの脳は既に破壊され、痛みを感じる神経は麻痺している。
肉体が物理的に寸断されぬ限り、曹仁の意志という信号を受け取り、機械のように動き続ける肉の操り人形……。
新野の兵たちが初めて味わったのは、死をも恐れぬ軍勢という、根源的な『不浄の恐怖』であったッ!!)
動揺が新野の陣を波打つように駆け抜ける。
兵たちの呼吸が乱れ、せっかく整えた共鳴が崩れかけたその時、一筋の「黄金の旋風」が戦場を横切った。
「――退けッ! その者たちは、もはや貴公らの知る『単なる兵士』ではないッ!!」
徐庶であった。彼は愛馬を飛ばし、折れた首のまま迫りくる斥候の正面に躍り出た。
「……貴様らの『主』に伝えろ。……太陽の光が、すぐそこまで来ているとなッ!」
「黄金太陽波紋疾走――ッ!!」
徐庶の放った掌が、斥候の馬の鼻面を、そして背後の男の胸部を、波紋の連鎖で貫いた。
ドォォォォォンッ!!
物理的な衝撃ではない。高密度の波紋エネルギーが、斥候の体内の『死血』と激しく衝突し、生化学的な拒絶反応を引き起こす。
先ほどまでどれほど斬られても立ち上がった怪物が、波紋の熱に触れた瞬間、内側から発火するように黄金の炎を上げ、悲鳴すら上げずに一瞬で白い灰へと崩れ去った。
「……あ、灰になった……」
呆然と立ち尽くしたままの兵たちを、徐庶は鋭い声で鼓舞した。
「怯えるなッ! 修行を積まぬお前たちの体の中にも、微弱ながらも生命の火――『波紋の萌芽』は宿っている。一人では灯火に過ぎぬが、呼吸を合わせ、その命を共鳴させれば、闇を焼き払う巨大な太陽の壁となるのだッ! 隣の戦友を信じろ、自分を信じろッ!!」
徐庶は残る四騎を瞬く間に「浄化」し、平原に静寂を取り戻した。
「……主公。これが、我らがこれから戦う『現実』です」
徐庶は馬を劉備の元へ寄せ、厳かに告げた。
「奴らには慈悲も、戦の作法も通じません。……ですが、我らの呼吸が一つである限り、この輝きを消すことは不可能です」
遠く樊城の地で、曹仁は自らの遠隔感覚が「熱」によって遮断されたことに、不気味な笑みを浮かべていた。
二〇七年、初戦。
「死血」と「波紋」の衝突は、曹操一派に、闇の理(ことわり)を塗り替える真昼の太陽の如き新星の出現を告げる号砲となったのである。