【三国志×ジョジョ】徐庶(ジョショ)の奇妙な冒険   作:券王

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爆華曼荼羅、黄金の不発

建安十三年(二〇八年)、六月。

 

新野の平原を焼き焦がす陽光の下、博望坡の緒戦は、劉備軍の諸将による圧倒的な蹂躙劇で幕を開けた。

「……ハハハッ! 案ずるに及ばず! 曹軍といえど、まるで案山子ではないかッ!!」

張飛の蛇矛が猛然と唸りを上げ、逃げ惑う曹軍の人間部隊を紙細工のように突き崩していく。関羽の青龍偃月刀もまた、冷徹な一閃で敵の先鋒を断ち切っていた。孔明の指示通り、有利な地形を確保し、面白いように敵を屠る諸将の瞳には、新軍師への敬意よりも「やはり戦は武力よ」という慢心が色濃く滲んでいた。

だが、本陣の奥底に佇む諸葛孔明だけは、羽扇を動かさず、西に沈みゆく太陽を氷のような眼差しで見つめていた。

「……来ます。……ここからが、本当の『戦(いくさ)』だ」

 

日没。

残光が消え、博望の谷間にどす黒い闇が澱んだ瞬間、戦場の空気は一変した。

後方から地響きと共に現れたのは、曹操の「死血」に適合した半吸血鬼の将軍たちが率いる、痛みを知らぬ屍生人の本隊。その中心で、黄金の魔眼を眼帯で覆う夏侯惇が、漆黒の馬上で咆哮した。

 

「……かかれッ! 逃げ惑う小虫どもを、一匹残らず肉の塊に変えてくれるわッ!!」

夏侯惇の合図と共に、夜の闇を友とする人外の軍勢が、人間には不可能な速度で突撃を開始した。その異様な殺圧に、先ほどまで勝ち誇っていた新野軍の兵たちの呼吸が凍りつく。

 

だが、その刹那。

「――放てッ!!」

高台に立つ孔明の声が響く。

新野軍の投石機が一斉に唸りを上げ、昨夜、料理番たちが心胆を練って作り上げた、あの「不気味な泥団子」を曹軍の頭上へと投擲した。

 

「爆華曼荼羅(ばっかまんだら)……」

孔明が静かに呟いた瞬間、曹軍の頭上で二百余りの「料理」が炸裂した。それは殺傷を目的とした爆発ではない。内部に仕込まれた微量の火薬が、昨夜の作業で小麦粉と混ぜ合わせた「何か」を、戦場一帯に微細な霧として爆散させるための、極めて精密な化学的散布であった。

 

ボフゥゥゥゥッ!!

 

辺りは一瞬にして、月光さえも遮る白い霧に包まれた。

「な……何だ!? また火計かッ!?」

「目が見えぬ! 息が……呼吸が苦しいッ!!」

屍生人といえど、粘膜から吸収される毒素には抗えない。白い粉塵にまみれた曹軍は、不意の視界喪失と、肺の奥を焼くような薬理作用に、瞬時にパニックへと陥った。

 

「……静まれッ! 狼狽えるなッ!!」

夏侯惇の一喝が、混乱の渦を強引に切り裂いた。

やがて夜風が吹き、白い霧が薄れ始めたその時。夏侯惇の十数歩(およそ十五メートル)先、一本の道を塞ぐように、趙雲がただ独り、大弓を番えて立っていた。それは夏侯惇、必殺の間合いに他ならなかった。

 

「……フン、フハハッ! こんな子供騙しで、無敵の夏侯元譲を倒せると思うたかッ! 所詮は浅知恵、戦場を制するのは圧倒的な力のみよ!!」

夏侯惇は勝ち誇り、眼帯を跳ね上げた。剥き出しになった黄金の縦瞳が、趙雲の眉間へと冷徹に集中する。仕上げだ。今度こそ、その超高圧の流体で趙雲の頭部を粉砕する。

「死ねいッ!子龍!」

 

パキィィィィン!

 

死を告げる水晶の破砕音が山間に木霊する。だが――

「……な……に……ッ!?」

夏侯惇の魔眼から放たれたのは、音速の刃ではなかった。

瞳孔の奥で圧縮されたはずの体液は、まるで「涙」のように、ダラダラと力なく溢れ出し、夏侯惇の頬を伝って足元の土を無残に濡らすだけであった。

 

(昨夜、料理人たちが小麦粉に混ぜたもの――それはマンドレイク(曼陀羅華)の根の粉末であったッ!

はるか未来の中世欧州において、『魔法植物』として扱われるマンドレイク――別名マンドラコラは、中国西部にも自生する、古くからの薬草である。

個体によっては人型に似るその根は毒性が極めて強く、幻覚、幻聴、嘔吐、そして何より強力な瞳孔拡大(散瞳)を伴い、場合によっては死に至るのであるッ!)

 

孔明は徐庶と共に吸血鬼帝国を倒すと決めたあの日から、探し続けていた。修行なき身で万の大軍と戦う術を。その一つの答えが「薬理」であった。不死異能の人外と言えど、元の肉体は人間。ならば薬草、特に毒の類は、殺すまでには至らずとも、相当の効能を発揮するのではないか。徐庶が「器」を求めて旅立ったあの日から六年、孔明もまた方々に人を遣わし、毒を持つ植物を集めさせ、その効能を孤独に研究し続けてきた。

その執念が、今この瞬間、結実したのである。

 

粉塵として吸引されたアルカロイドが、夏侯惇の脳神経に作用し、瞳孔を「全開」の状態に固定してしまっていた。極小の点穴から射出することで超高圧を得ていた魔眼。その「絞り」を完全に失った装置は、もはやただの欠陥器官に過ぎなかった。

 

「な……何をしたッ!? 孔明ッ!? ……俺の眼に、何を――ッ!?」

夏侯惇の悲鳴に近い絶叫。

 

パキィィィィン! パキィィィィン!

 

何の効果も伴わない水晶の破砕音だけが、夜の静寂に虚しく響く。

 

「……死ぬのは、貴様だッ!!」

趙雲の咆哮一閃。

引き絞られた剛弓から、孔明が波紋を込めた「鉄の矢」が放たれた。矢羽も矢尻もない、ただ先を鋭く尖らせただけの鉄の芯。だが、開きっぱなしになり、焦点を結べぬ夏侯惇の黄金の瞳孔を、吸い込まれるように正確に貫いたッ!!

 

「ぎゃあああああああああああああああッ!!!」

断末魔の叫び。鉄の棒が魔眼を貫通し、眼球の裏側へと到達する。そこへ、孔明が一晩かけて練り上げた、細く鋭い波紋エネルギーが逆流した。

 

ジュゥゥゥゥゥッ!!

 

波紋傷特有の蒸発音が、夏侯惇の頭蓋の内側で不気味に響く。魔眼は内部から焼けただれ、再生不能なダメージを負った。黄金の光を失い、どす黒く変色した自らの眼窩を押さえ、夏侯惇は悶絶した。

「……この借りは必ず返すぞ、孔明! 子龍! 次こそは劉備共々、必ず殺してくれるわッ!! ……全軍、退けッ! 退けェェッ!!」

夏侯惇は馬を返し、命からがら敗走を開始した。

だが、孔明の羽扇が再び翻る。

 

「……逃がすかよ、お前らッ!!」

昨夜と同様、博望の峡谷の左右から、伏せていた関羽・張飛・関平・劉封らが一斉に襲いかかった。再び火の手が上がり、退路を断たれた曹操軍の精鋭たちは、燃え盛る地獄絵図の中で、人外の悲鳴を上げながら次々と塵へと還っていった。

 

新野の城。

戦勝の宴の中、誰もが趙雲を「戦功第一、流石は子龍よ」と称えていた。

だが、趙雲は杯を手にしながら、自らの内にあった孔明への不信を深く恥じていた。

(……負ける役を演じさせたのは、敵の傲慢を極限まで高めるため。矢を射る役を私に託したのは、あの魔眼の恐怖を知っていればこそ、それに打ち勝つ勇気を示さんがため。……軍師殿は、私の『心』すらも、戦術の一部として信じてくださっていたのだ)

趙雲は、劉備と孔明の座す上座を仰ぎ、これまで以上の忠義を尽くすことを、静かに、しかし黄金の熱を持って心に誓った。

 

別室。

劉備と孔明が、二人きりで静かに酒を酌み交わしていた。

「……徐元直の時も鮮やかでしたが、十万を相手にこれほどの勝ちを収められたのは、まさに先生のおかげです」

「……いえ、喜ぶのはまだ早い。……曹仁、夏侯惇が敗れたとあらば、次は曹操自らが親征してくるでしょう」

孔明は窓の外、北の夜空を見つめた。

「……これをいかにして凌ぐかで、我らの死命が決まります。……次は、中原そのものが、曹軍の肺となって襲いかかってくるのですから」

 

博望坡の煙は消えたが、大陸を飲み込む「闇」は、さらに巨大な渦となって、劉備たちの運命を翻弄しようとしていた。

 

(第六章・完)

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