【三国志×ジョジョ】徐庶(ジョショ)の奇妙な冒険   作:券王

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赤壁の追放、鳳雛(ほうすう)への導き

長江の北岸から漂う、鼻を突くような死臭と、数多の人外が放つどす黒い瘴気が、南岸の赤壁にまで届いていた。

呉軍の陣営は、静まり返った水面を前に、一触即発の緊張感に包まれている。その静寂を乱すように、一艘の小舟が霧の中から姿を現した。乗っているのは、曹操の特使を自認する蒋幹である。

「旧友、周公瑾に会いに来た。大都督にお目通り願いたいッ!」

蒋幹は、かつて九江で共に学んだ日々を盾に、意気揚々と周瑜の本陣へ足を踏み入れた。だが、彼を待ち受けていたのは、期待していたような「旧友同士の語らい」ではなく、呉軍と曹軍は戦争状態にあるのだという冷徹な事実であった。

「……おお、子翼ではないか! 懐かしき友よ!」

 

現れた当初、周瑜は、昨日の水上の鬼神のような冷徹さを微塵も見せず、満面の笑みで蒋幹を抱きかかえた。だが、その瞳の奥には、蒋幹の腹の底を見透かすような鋭利な光が宿っている。

「子翼、今宵は貴殿のために宴を催そう。江東の英傑たちを揃え、わが友情が、今なお変わらぬことを証明しようではないか」

「か、かたじけない、公瑾。だが、実は曹公の伝言も……」

蒋幹が曹操の名を出そうとした瞬間、周瑜の顔から笑みが消え、冬の長江のごとき冷気が走った。

「子翼、今は軍の話をする時ではない。もし貴殿の口から、降伏や、わが主君孫権への裏切りを勧めるような言葉が漏れるようなことがあれば、この赤壁の土は、貴殿の血を吸うことになるだろう」

周瑜の言葉は、笑顔の裏に隠された抜き身の刃であった。蒋幹が二の句を継げずにいると、周瑜はさらに冷たく言い放った。

「学友のよしみで命だけは助けてやる。……だが、わが陣容を見られた以上、ただで帰すわけにもいかん。者共ッ! この男を山中の庵に軟禁せよ。一歩も外へ出すなッ!」

蔣幹は、呉の兵たちに引き立てられ、赤壁の裏山に建つ寂れた庵へと放り込まれた。

 

夜。蒋幹は、暗い室内で焦燥に駆られていた。このままでは何の成果も得られないばかりか、曹操の元にも帰れない。

「……逃げねば。ここで朽ち果てるわけにはいかん」

監視の目が、不自然なほどに薄れた隙を突いた。蒋幹は闇に紛れ、庵を脱け出した。慣れぬ山道。だが、幸いにも道は一つしかなく、まるで見えない手に導かれるように、彼は山を下る一本道をひた走った。

その道が果てる麓に、一軒の古びた庵が佇んでいた。漏れ出す灯火に誘われるように、蒋幹がその扉を叩く。

「……失礼する。道に迷ってしまったのだ。どなたかおられぬか?」

扉が静かに開き、一人の男が姿を現した。眉が長く、風貌は冴えないが、その瞳には深淵のごとき理知が湛えられている。

「……こんな夜更けに、珍しい客人が来られたものだ」

 

男は龐統と名乗った。

蒋幹は内心狂喜した。龐統、号は鳳雛。世に「伏龍か鳳雛を得れば天下を得られる」との評判は蒋幹も耳にしたことがある。その一方が、今、在野の士として自らの眼前に立っている。この男を曹操の元に連れ帰れば、周瑜説得の失敗を補って余りある……蒋幹はそう打算して龐統を口説き落とすことに全力を傾けた。

「先生のような高名なお方が、なぜこのような人里離れた地で庵を結んでおられるのですか?」

蒋幹の問いに、龐統は淡々と応じた。

「曹軍が南下すると聞き、難を避けるため長江を渡りました。私はただ、世の喧騒を逃れ、この南岸に避難してきただけの、しがない学者に過ぎませぬ。今はこうして、読書を友とし、隠棲の日々を送っております」

「ほう……」

蒋幹は、書棚に山と積まれた本を見回しながら、更に尋ねる。

「先生は呉に住みながら呉に仕えているご様子もない……。先生ほどの才を持ちながら、この山中で朽ち果てるのはあまりに惜しい。今後、どのように生きていかれるおつもりか」

「さて。いつかは仕官して、自らの学問を試してみたい気もございますが……まずは、わが身を託すに値する人物を見て回らねばなりますまい」

蒋幹は、膝を叩いて身を乗り出した。

「それならば、わが主・曹丞相こそが最良の選択です! 曹丞相のように士を愛する名君の下に仕えれば、必ずや重く用いられることでしょう」

「はははっ、曹操が人に惚れ込む話はよく聞いております」

「知っているならなぜ丞相の下に参らぬのです?」

「私が襄陽の出身であることは誰しもが知っています。丞相を、荊州の仇とみなしていると思われて、疎んじられるのが関の山でしょう」

「そんなことはありませぬ。出自や因縁関係なく、ただ才あれば重く用いられる唯才主義こそが、丞相をして英雄たる所以。元は荊州の水軍都督、蔡瑁殿が今や丞相府水軍の大都督に任じられておられるではありませぬか」

 

龐統はしばし思案した。蒋幹が追い討ちをかける。

「この私も口添えいたします。どうか一度、我が主にお会いになられてみては如何?」

龐統が意を決したように口を開いた。

「……仕官するとは約束できませぬが、会って人物を見定めるだけなら、吝かではありません」

「ならば早い方がようございます。今から如何でしょうか」

「ふむ。参りましょう。この辺の地理には私の方が明るい。長江までご案内しましょう」

庵を出てほどなく二人は長江に着いた。月明かりが水面を照らしている。蒋幹は龐統を伴い、夜の長江を北へと渡っていった。

 

二人が乗った小舟が波間に消えていく報告を受け、赤壁の本陣で、周瑜は一人、暗い水面を見つめた。

「鳳雛、ついに立つか……」

周瑜の脳裏には、数日前にこの本陣の幕舎で、龐統と交わした密談の光景が甦っていた。

 

『高名な先生が、わが呉に住んでおられるとは知りませなんだ』

周瑜の問いに、龐統は静かに頷いた。

『荊州の戦火を逃れ、しばらく前から貴国に住まわせてもらっております』

『先生、この呉に力を貸してくださいませぬか。幕賓として粗略にはいたしませぬ』

『わかっております。曹軍は我が故国荊州を滅ぼした仇敵、喜んでお力になりましょう』

『我が軍と曹軍、この兵力差で曹軍百万を打ち破るにはどのようにしたらよいでしょうか?』

『火計しかありますまい』

龐統の瞳が、鋭い光を帯びる。

『先生もそのようにお考えでしたか……ただ、数隻やそこらの船に火を放っても、他の船には逃げられてしまいますし、そもそも風向きの問題もございます』

『風向きの問題はともかく、全部を燃やすことは可能です』

『それは、どういう……?』

『船同士を、鎖でつながせてしまうのです。これを連環計といいます』

『曹操も兵法に通じております。敵が、そう都合よく船同士をつないでくれるでしょうか……?』

『船をつなぐことで揺れをなくし、兵の船酔いの苦しみを和らげるためと献策すれば、用いられる可能性は高いでしょう。そのために、自ら曹操に面会するつもりでおります。故郷を焼き、蹂躙した曹操に、何とか一泡吹かせるのが今の拙者の唯一の望み』

周瑜は、その龐統の「恨み」の深さと、冷徹なまでの策略に、戦慄を禁じ得なかった。

『いずれ、その機会もまいりましょう。先生には待機いただくため、あの山の麓の庵で、しばらく過ごしていていただけませんか? 曹操の元に手引きしてくれる役目の者が見つかったなら、先生にそれと知らせます』

 

回想から覚めた周瑜の耳に、冷たい夜風が吹き抜けた。

すべては、長江を巨大な墓標に変えるための盤面。孔明の波紋、周瑜の火、龐統の連環計。

不浄の王を葬るための三位一体の策が、今、蒋幹という一人の道化を通じて、曹操の喉元へと運ばれていった。

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