【三国志×ジョジョ】徐庶(ジョショ)の奇妙な冒険   作:券王

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赤壁炎上、万象転生陣

南岸の幅七里(およそ三キロメートル)、長さ二十四里(およそ十キロメートル)におよぶ白き地平に水が注がれた瞬間、大自然の均衡は完全に崩壊した。

煆石灰が放つ百度超の猛烈な消化熱は、石灰に蒔いた川の水を一瞬にして激しく沸騰させ、天を覆い尽くすほどの大量の水蒸気を吹き上げた。その白煙の如き水蒸気は、同時に発生した西南の風に乗るも、冷たい長江の水面を北へと渡る過程で急激に冷やされ、長江全体を包み込む「濃密な川霧」へとその姿を変えた。

 

その頃、煙る長江の水面を、黄蓋率いる江東の突撃船団が猛烈な速度で突き進んでいた。

「本当に風が吹いた……。あの男の言った通り、真冬の長江に南の風が吹き荒れているぞッ!」

兵たちの間に走った驚愕は、時速五十キロメートルを超える西南の風が船の帆をはち切れんばかりに押し上げるのを感じるにつれ、確固たる闘志へと変わっていった。さらに、自分たちの横を凄まじい速さで追い抜いていった水蒸気の霧が、対岸の曹操軍の視界を瞬く間に真っ白に染め上げていく。

「天の理は我らに味方しているッ! この霧があれば、敵に気づかれることなく、その懐深くへと刃を突き立てられるぞ!」

これならば見つからずに相当の懐まで入り込める――。黄蓋をはじめとする江東の将兵の胸中には、勝利を予感した静かな、しかし烈火の如き高揚感が満ち満ちていた。

 

一方、北岸の烏林の物見櫓では、見張りの兵たちが突如として変わった風向きと、異様な熱を孕んで迫り来る白い壁に悲鳴を上げていた。

「か……風が……西南の風に変わりました! 濃い霧が、まるで巨大な生き物のように、南から凄まじい速さで押し寄せてまいりますッ!」

その報告を受け、曹操、夏侯惇、程昱らの一行は、即座に最前線の旗艦へと様子を見に現れた。眼前に広がる、星明かりすらも完全に覆い隠して視界を皆無にする熱い濃霧を前に、夏侯惇は忌々しげに顔を歪め、地面をこするような声で吐き捨てた。

「……チッ、またあの孔明という男の仕業か!?」

博望坡の戦いでの苦い記憶が、猛将の脳裏をよぎる。曹操がその霧の深奥を鋭い眼光で睨み据えた、まさにその時であった。

 

霧の接近から十分足らず。

突如として白い闇を切り裂き、黄蓋の快速船団が目前に姿を現した。

「放てッ! 突撃せよッ!!」

黄蓋の号令とともに、先鋒船から放たれた無数の火矢が雨の如く降り注ぎ、激しい突撃音とともに先鋒船が曹操軍の連環船へと次々に激突した。激しい衝撃とともに船体が大きく揺れ、凄まじい炎が上がった。

「丞相、敵の奇襲にございます! 一応大事を取って、奥の幕舎まで戻りましょう!」

程昱が緊迫した声で曹操の行く手を遮った。曹操は一瞬不快げに目を細めたが、程昱の進言を容れ、夏侯惇ら側近を従えて、船団の外へ向けて退避を開始した。その最前線の現場には、水軍都督の焦触と、連環工程の総監督たる徐庶だけが残された。

激突した黄蓋の船からは確かに炎が上がっていた。……しかし、その火の手は一向に奥へと燃え広がらない。曹操がかつて禁忌の森を根こそぎ伐採して組ませた魔船群は、その血を吸ったかのような不浄の硬度ゆえに、人間の放つ通常の火力では容易に焼き尽くせぬ異様な耐性を持っていたのである。

さらに、現場に残された焦触は、即座に北方兵たちへ向けて冷徹な怒号を響かせた。

「慌てるなッ! 敵は数隻の火船に過ぎぬ! 桶を持て、水を叩き込め! 火を消し止めるのだッ!!」

統率された迅速な消火活動により、西南の強い追い風が背後から激しく吹き付けているにもかかわらず、炎は先端の数隻を黒く焦がしたのみで、それ以上内側へと延焼する気配を完全に失っていく。

黄蓋の突撃船の燃料である薪や油の勢いは、見る間に衰えていった。火の手はみるみる小さくなり、今にも完全に消え去ろうとしていた。

勝利を確信した焦触が、長江の闇に向かって傲然と咆哮を上げた。

「ハハハハハッ! 所詮は人間の浅知恵よ! 火は完全に消え去った! 呉の小童どもを一人残らず逆撃し、この泥水に溺れさせてくれるわッ!」

 

まさに、その瞬間であった。

焦触のすぐ傍ら、旗艦の最前線に佇んでいた徐庶が、これまで頑なに保ち続けていた冷徹な鉄面皮を初めて微かに崩し、不敵な笑みを浮かべた。

徐庶は、自らの足元にがっしりと固定されている「一番留め金」へと、静かに手を触れた。

一度、深く長く呼吸を整える。その胸中に去来するのは、本名を捨てて孤独な闇に潜み続けてきたこれまでの歳月、曹操への烈火の如き怨念、そしてあのとき新野に残してきた主君への変わらぬ忠義であった。

徐庶は、そのすべてを指先へと集中させ、波紋功免許皆伝の全力の一撃――黄金の輝きを放つ太陽的律動を、一番留め金へと直接打ち込んだ。

ドゴォォォォォォン!

大音響とともに、徐庶の全身全霊の一撃が、衝撃となって連環された船団全体を揺らした。その直後。

旗艦の甲板や竜骨付近にわずかに残っていた火は、一番留め金に吸い寄せられたかのようにたなびき、消えてしまった。

 

「無念……この風と火計をもってしても、この船団を焼き払うことが叶わぬとは……」

黄蓋は自らの死と、呉の滅亡を覚悟した。しかし……

キィィィィィィィィィィン!

かつて孔明が新野を実験台に万象転生陣を発動させたときに微かに聞こえた高周波音。それと同じ音がした刹那、青白い光のような何かが一番留め金から二番留め金、二番留め金から三番留め金へと、跳躍しながら駆け巡り始めた。更に。一番留め金が吸い込んだかのように見えた火が、次の瞬間、二番留め金の付近から、あるいは三番留め金の付近からと、目に見えぬ回路を正確になぞるようにして、次々と爆発的な自然発火を起こして激しい火の手を上げた。鉄鎖を狂ったような速度で駆け巡る黄金の波紋の循環と、それに伴う凄絶な金属の熱上昇とが相まって、火は一瞬にして船団全体を完全に包み込んでいく。

 

(幾何学模様とその配置からなる『万象転生陣』は、単なる波紋の増幅装置ではなく、エネルギーそのものの増幅伝導回路であった。否、波紋など存在しない伏羲の時代、最も原始的なエネルギーである火と陽こそが、万象転生陣の伝導対象だったのであるッ!)

 

(そして、すべての留め金の「裏側」に模様が入っていたなら、エネルギーが互いに干渉し合い、散逸して、陣として成立しなかった。徐庶は、模様入りと模様なしの留め金を周到に作り分け、模様入りのみをあの徹底した管理によって、孔明の引いた設計通りに正確に配置した。だからこそ、この火と波紋エネルギーをも強制伝導する最凶の増幅回路は完成したのであるッ!)

 

「ぎゃあああああああッ!!」

火と波紋の網が凄絶な勢いで全軍へ行き渡る中、逃げ場のない鉄鎖の結節点に生体部品として縫い付けられていた蔡瑁と張允が、その不浄の肉体を太陽の波長によって真っ先に激しく炭化させ、声にならぬ絶叫とともに、一瞬にして灰へと変わっていった。

自らの乗る巨大な旗艦が、内側から真っ赤に赤熱化し、自らの肉体が崩壊していく凄絶な絶望のなかで、水軍都督の焦触は、この鉄鎖の網のすべてが最初から自分たちをハメるために仕組まれていた罠であったことを悟った。彼は、隣に立つ男を血走った眼で睨みつけ、最期の力を振り絞って咆哮した。

「徐庶ォォォォッ! 貴様ァァァァッ!」

しかし、その呪わしい絶叫は、長江を吹き荒れる西南の暴風と、二千隻の船団が内側から爆発する凄まじい爆鳴にかき消され、後方の曹操たちの耳に届くことは決してなかった。焦触はその場で即座に灰燼に帰し、物言わぬ塵となった。

 

天を焦がすほどの猛烈な深紅の炎と、夜空に走る黄金の波紋の光を見つめながら、徐庶は激しい火の粉の中で、南岸にいるただ一人の友へ向けて静かに微笑み、その胸中で熱い言葉を紡いだ。

(……さすがだな、孔明。お前が引いた『理』の線に、一寸の狂いもなかった。お前が味方で本当によかった。この孤独な闇の中で、お前という友が、わが背を押してくれたことを心から誇りに思う)

 

曹操が自ら繋ぎ合わせた不敗の鉄城は、いまや一歩も逃れることのできない巨大な処刑台と化し、不浄の軍勢を内側から容赦なく焼き尽くしていく。

孔明の呼んだ風、周瑜の放った火、精度高く配置された徐庶の鉄の陣。

三位一体となった人間の「理」が、ついに不浄の王の喉元を完全に破砕した瞬間であった。

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