長江を黄金の律動と深紅の焔で埋め尽くした赤壁の決戦、および雨と泥濘にまみれた華容道の地獄を経て、天下の地殻変動は誰も予測せぬ速度で加速し始めていた。
激しい戦火の火の粉が収まりゆく中、歴史の表舞台と裏舞台の双方において、英傑たちの運命が冷徹に交錯していく。
曹軍撃退の果実ともいうべき荊州を領有すべく、曹操と争う中、周瑜は建安十五年(西暦二一〇年)に、南郡攻略戦の最中、巴丘の地で三十六歳で夭折した。一説には、江陵城の攻防で、屍生人の腐血が塗られた矢を脇腹に受け、全身にその不浄の毒が回った末の、凄絶な病没であったとも言われている。
周瑜亡き後の江東を背負って立つこととなった魯粛は、建安二十二年(西暦二一七年)に四十代で病没するまで、劉備軍との同盟を維持し続けた。彼は生前、孔明の放ったあの黒布と石灰による、人為的な自然操作という神業を最も近くで目撃した人間であり、生涯、真冬の長江に吹いた生温い西南の風の恐怖を忘れることはなかったという。
その魯粛は、周瑜の死後、かつて鳳雛と称されながらも隠棲していた龐統を孫権に推挙した。しかし、孫権とその才や気風においてどうしても折り合いがつかず、仕官は叶わなかった。龐統はかつての友である孔明を頼って長江を渡り、劉備に拝謁して副軍師として迎えられることとなる。建安十九年(西暦二一四年)、落鳳坡にて三十六歳の生涯を閉じるまで、蜀という新天地を切り拓く先鋒を務めることとなる彼の知略もまた、赤壁の夜の因果から紡ぎ出されたものであった。
一方、油江口(ゆこうこう)の陣営には、重苦しい沈黙が垂れ込めていた。
劉備と孔明が、周瑜の織りなす大水上戦を見物するために近くの高台へと出払っていたその隙に、軍令を完全に無視して深夜の陣営を脱走した関羽は、華容道で曹操を逃がし、自らの軍令違反を罰してもらうべく、静かに孔明の前へと出頭していた。
関羽は青龍偃月刀を傍らに置き、自らの首を差し出す覚悟を固め、ただ静かに孔明からの冷徹な断罪を待っていた。だが、羽扇を静かに揺らす孔明の瞳に宿っていたのは、激しい怒りではなく、盤面のすべてを見通していたかのような、底知れぬ理知の光であった。
孔明は、関羽が樊口の待機命令を破って脱走することも、および華容道で満身創痍の曹操の前に立ち塞がり、結果として彼を見逃すことも、そのすべてを最初から予見していたのである。
孔明は、静まり返った幕舎の中で、関羽へ向けて自らの読みの真意を明かした。
関羽は建安五年(西暦二〇〇年)の秋以来、曹操から受けた破格の温情と武人としての礼遇を、生涯の重すぎる義理としてその内に抱え、苦しみ続けていた。もしこの義理を清算せぬまま曹操を滅ぼせば、関羽の武人としての刃は永久に鈍り、劉備の覇道を支える大黒柱としては機能しなくなる。
孔明は、関羽が自らの意思で軍令を破ってまで華容道へ駆けつけ、曹操を見逃すという不条理な因果を演じさせることで、彼が長年その背に背負い続けていた曹操への義理を、赤壁に連なる動きの中で強制的に清算させたのである。かつての恩は、あの死地を生かして帰したことで、すべて均された。関羽は生涯、華容道の闇の中ですれ違った徐庶の怨念の全貌を知ることはなかったが、彼が背負っていた義の呪縛だけは、孔明の冷徹な算術によって完全に削ぎ落とされたのであった。
敗走路の果てに逃げ延びた不浄の王にもまた、凄絶な内情が渦巻いていた。
這々の体で華容道の泥濘を脱出し、江陵城へと逃げ帰った曹操を迎え入れたのは、この地を死守していた曹仁であった。
曹操は曹仁の下に辿り着くなり、「食料」を激しく所望した。城内の地下で百人余りにおよぶ命を瞬く間に吸い尽くしたところで、赤壁から華容道に至る一連の戦いで受けた致命的な火傷と波紋傷がようやく癒え、人外の王としての漆黒の生気がその肉体へと甦った。
敗戦の痛手を引きずる曹操の本隊は、最前線である江陵の防衛を曹仁に託すと、裏切り者である徐庶を頑丈な鉄の檻に閉じ込め、速やかに後方の許都へと護送した。
許都の朝廷において論功行賞が行われるなか、かつて長坂の地において劉備の二人の娘を捕らえる大功を挙げた曹純の姿があった。曹純は、その褒美として、人外としての純度をさらに引き上げるべく、曹操より直々に死血を賜る栄誉に浴していた。だが、曹操の歪んだ愛ゆえか、死血が過剰に投与された結果、その肉体は不浄の血流に耐え切れず、眷属をも無差別に喰らうほどに理性を完全に崩壊させていた。狂戦士と化した彼は、虎豹騎の隊長を免職されて丞相府の地下深くへと幽閉され、この頃から、歴史の表舞台から忽然と姿を消すこととなる。
同じく許都の丞相府の最奥、澱んだ血の残響が残る謁見の間に、衣服を引き裂かれた徐庶が引き出された。
赤壁敗戦の張本人、国家反逆罪、丞相暗殺未遂……そのどれ一つをとっても極刑が妥当な徐庶を前に、曹操の瞳には、人外の王としての烈火の如き怒りが燃え盛っていた。
「斬れ」
曹操が冷酷に命じ、処刑人が表に引っ立てようとしたところ、程昱が静かに前に進み出て、その行く手を遮った。
「お待ちください、丞相。無罪放免というわけにはいきませぬが、この者を今すぐ殺すのはあまりに惜しゅうございます」
曹操が不快げに眼を細めるなか、程昱は冷徹極まる聲音で、生体部品としての徐庶の利用価値を説き始めた。
「我らとしても、あの太陽の如き波紋の理を徹底的に研究し、克服するための素材が必要です。さらに、この者が用いた理、船団に炎を回り巡らせた理は、未だ治まりきらぬ西方の涼州や、北方の烏桓族といった異民族の反乱を平定するのに、非常に有益にございます」
曹操は低く唸り、程昱を睨み据えた。
「だが、裏切り者をこのまま生かしておけば、いつ再び我が喉元に牙を剥くか分からんぞ」
「案ずる必要はございません。孝行者を鎖で縛るのは容易にございます。捕らえているこの者の母を、人間と屍生人の中間の肉体へと我らの術で改造するのです。この者が、毎日みずからの波紋を正確にその肉体へと注ぎ込まぬ限り、母親は完全に知性のない屍生人へと堕ちてしまうという、見えぬ檻につなぐのでございます」
程昱の進言を聞いた瞬間、囚われの徐庶の全身に、骨の髄まで凍りつくような戦慄が走った。
波紋は、曹操を滅ぼすための最大の武器である。しかし、これからは、そのみずからの命の灯火を、曹操によって人質に取られた母の延命のために、毎日強制的に消費させられることになる。曹操を殺すために波紋を全開にすれば、その瞬間に母へ注ぐ力が枯渇し、母は化け物へと成り下がる――。
曹操の口元に、残虐極まる歪んだ笑みが甦った。
「フフフ……それは面白い。徐庶よ、お前はもう一歩もこの檻から出ることはできぬ」
徐庶は生かされた。しかし、自由に吸血鬼狩りを行うことなど決して叶わぬ、生涯破ることのできぬ見えない檻の中に、完全に閉じ込められることとなったのである。