建安十六年(西暦二一一年)の秋から時は三年前へと遡る。
建安十三年(西暦二〇八年)の暮れ、赤壁の夜の果てに裏切り者として許都の地下牢へと繋がれたその日から、徐庶の耳には、常に不快な残響が伝わり続けていた。
大きく重い石で強固に組まれた石造りの牢。その何尺もの厚みを持つ重厚な石の壁、そのさらに向こうの暗闇から、到底人間のものとは思えぬ、低く悍ましい獣のような唸り声が、昼夜を問わず常時響いていたのである。
徐庶はそれを、自分と同じように人外の軛(くびき)に囚われた無名の罪人の、己の過酷な境遇や曹操を呪う怨嗟の叫びとして聞いていた。あるいは、二度と会えぬ家族を想い、暗闇のなかで魂を掻きむしりながら嘆き悲しむ、血を吐くような慟哭なのかもしれぬと、胸を締め付けられる思いでその残響に耳を澄ませていた。
だが、その地獄の咆哮は、建安十五年(西暦二一〇年)を迎える頃を境に、だんだんと回数が減り始めていった。
激しい唸り声は掠れた吐息へと変わり、やがて不気味なほどに完全な沈黙へと至る。地下の看守たちは「囚人がようやく静かに野垂れ死んだか、程昱様が処分されたのだろう」と噂し、徐庶もまた、厚い石壁の向こうの哀れな囚人が息絶えたのだと推測していた。
だが、その不気味な静寂の奥底、厚い石の壁の向こうで一体何が起こっていたのか、この時の徐庶には知る由もなかった。
舞台は再び、建安十六年の秋へと戻る。
毎日、母へ全生命たる太陽の波長――波紋の律動を注ぎ込み、己を削り落とし続ける過酷な幽閉生活。程昱は徐庶を完璧に搾取し尽くしていると確信していたが、最近の徐庶の横顔には、かつての絶望の底にはなかった微かな生気が戻りつつあった。
司馬懿の幼き息子たちという、曹操の魔手から遠ざけねばならぬ「人間の未来」へ、密かに生命の盾を教えているという事実。それだけが、地下の囚人となった徐庶の内なる闘志を燃やす、最後の残り火となっていた。
一方、徐庶の母もまた、奇妙な執念のなかにいた。
波紋によって辛うじて「人間」の知性と正気を留めている限られた時間、彼女は中庭の陽光のなかで、一心不乱に針を動かしていた。
彼女は、自らがいつ知性のない化け物へと堕ちるか分からぬ恐怖のなかで、自らの生きた証を刻みつけるかのように、指先を血に染めながら細い糸を一本ずつ、何か別の形へと編み直している。徐庶はその姿を、母が正気を保つための無心な手仕事だと思って静かに見守っていたが、その手元で紡がれる執念が、いずれ誰も予測せぬ因果の牙となって世界を灼くこととなるのは、まだ先の話であった。
そして、建安十七年(西暦二一二年)の春。司馬懿の邸宅での奇妙な教育が始まってから、一年の歳月が流れていた。
数えで五つとなった長男の司馬師は、かつての喘息気味だった軟弱な体質が見違えるほどに強化され、今や小さな木剣を握って「撃剣の功夫」の基礎を始めるまでに成長していた。
同じく数えで二つとなった次男の司馬昭も、徐庶が邸宅を訪れると、その物々しい鉄鎖の音に怯えることもなく、無邪気になつくようになっていた。
司馬懿のあの脅迫めいた取引から始まった歪な関係であったが、幼き兄弟の成長の律動をその手で直接感じるうち、徐庶の胸中には、彼らに対する「師父としての情」が確かに芽生え始めていた。
司馬師の幼い手に手を添えて剣の軌道を直してやり、正しい呼吸の理を肉体へと染み込ませていく。その様子を、司馬懿は部屋の陰から、何も言わずにただ冷徹に観察していた。二人の間に「曹操」の名が交わされることはない。だが、この邸宅のなかにだけは、人外の王の支配から切り離された純粋な人間の時間と、未来への牙が、静かに、確実に育まれていた。
だが、この許都の平穏を根底から揺るがす、巨大な地殻変動の足音が近づいていた。
西方の馬超を破り、人外としての圧倒的な力を天下に誇示して許都へ凱旋した曹操に対し、董昭らの幕閣が、曹操の爵位を進めて「国公(魏公)」とし、天子から授かる最高の名誉たる「九錫」の礼物を用意して、その際立った勲功を顕彰すべきだという動きを開始した。許都の朝廷、および丞相府が、この不穏な協議に激しく揺れ動く。これは事実上、漢王朝の乗っ取り、すなわち人外による国家の完全簒奪への露骨な布石であった。
この不条理な動きに対し、静かに、しかし断固として立ち塞がった男がいた。
曹操の最大の功臣であり、漢室の忠臣でもある荀彧である。彼は、曹操の腹心の中で唯一、その痩躯を怒りに震わせながら反対の姿勢を明確に示した。
「天下を平らげるとは、国を奪うことではない。乱を鎮め、漢を安んずることである。その道を違えた時、義兵は覇兵へと堕ちる。臣はそのような覇を、断じて漢の功とは認めぬ」
漢室への忠義、あるいは人間としての最後の一線を守ろうとする荀彧の正論。しかし、魏公の九錫を受ける意思をすでに隠さなくなっていた曹操の瞳に宿ったのは、かつての友であり頭脳であったこの名臣を、邪魔者として冷酷に排除せんとする人外の殺意であった。
そんな折、東方の孫権を討伐するための、新たなる親征の軍が起こされる。
これまで曹操が遠征するたびに、荀彧は常に後方の留守を預かる最高責任者として許都に残り、朝廷の抑えから兵站の補給に至るまでを完璧に統括し続けてきた。主君が最も信頼する者にしか託さぬ絶対の役職。それが荀彧の不動の地位であった。
しかし曹操は今回、その留守居の役職を荀彧から冷酷に剥奪し、前線である濡須までの軍への「帯同」を命じたのである。
それは、明らかな死刑の宣告を暗示していた。許都に留めれば漢室の忠臣たちと結託して牙を剥くやもしれぬ男を、みずからの目の届く前線へと連行し、そこで処分せんとする人外の謀略。荀彧は己の悲劇的な運命を静かに察しながらも、その命を拝受し、許都を発つ準備を始める。許都を覆う人外の闇が、一人の名臣を呑み込むべく、ゆっくりとその顎を開き始めていた。
そして――
あの獣のような唸り声が完全に止んだ石牢の奥で、何かがゆっくりと立ち上がった。