今際の国で飯を食う。   作:有栖結華

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たいざいここのかめ?(はあとのじゅう)(1)

壁に手をつく。

息を整える。

ポケットに手を入れた。

取り出す。

クラブの2。

 

トランプを、幽鬼はぼんやり見つめた。

「……取っちゃったな」

別に、欲しかったわけじゃない。

でも、取れたから取った。

それだけだった。

少し考えてから、またポケットにしまう。

白士に見せたら、何と言われるだろう。

たぶん。

「馬鹿か、お前は」

とか。

「余計な面倒を増やすな」

とか。

そんなところだろう。

幽鬼は、小さくため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日から何日経っただろうか。

たぶん、七か八か九日目。

この国に来てから、毎日ゲームに参加していた。

最初は、意味が分からなかった。

でも、少しずつ分かってきた。

この国にはルールがある。

ゲームごとに、性質が違う。

スペード。

ダイヤ。

クラブ。

そして、ハート。

トランプのマークごとに、求められるものが違う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幽鬼は振り返る。

おとといのゲーム。

会場は、たしか工場だった。

すぺえどのろく。

ゲーム:「ふえおに」

二、三十人規模のゲームだった。

最初に鬼が十人いる。

鬼に触れられると、自分も鬼になる。

ただし。

鬼は五人鬼にすると、人間に戻れる。

ゲーム終了時に鬼だったらゲームオーバー

ルールだけ聞けば単純だった。

走って。

逃げて。

捕まらない。

それだけ。

少なくとも、幽鬼にはそう見えた。

そして、そのゲームでは墨家が異常だった。

速い。

強い。

躊躇がない。

鬼を撒いて。

囮になって。

時には鬼を蹴り飛ばしていた。

「いや、おかしいだろあの人……」

幽鬼が本気でそう思うくらいには、めちゃくちゃだった。

結果、クリア。

墨家さんが大活躍だった。

 

 

 

 

昨日のゲーム。

会場は、バッティングセンター。

だいやのなな。

ゲーム:「とばく」

これは、正直よく分からなかった。

オッズ。

期待値。

インコース。

アウトコース。

知らない単語が、次から次へと飛び交っていた。

墨家が珍しく、鼻息を荒くしていた。

「おい白士! 今の見たか!」

「期待値が――」

「いや、ここは張るだろ普通!」

やたら楽しそうだった。

だが。

ゲームが進むにつれて、様子がおかしくなった。

途中から。

バッターを妨害したり。

投球を邪魔したり。

挙げ句の果てには、ボールを飛ばすマシンを壊し始めた。

「いや、これ本当にダイヤか?」

幽鬼は本気で思った。

頭脳戦じゃないのか。

なんで最後、物理で解決しているんだ。

結局。

勝ったのか負けたのかもよく分からないまま、クリアした。

白士は平然としていた。

墨家は満足そうだった。

幽鬼だけが、何も分からないままだった。

 

 

 

 

……ああ、そういえば。

あのゲームには、見覚えのある顔がいた。

このあいだのゲーム。

学習塾――クラブの2のときにいた、あの短髪の女。

男みたいな雰囲気のやつ。

たしか。

「我妻……だったっけ」

名前を思い出す。

あいつ、いたな。

ゲームが終わったあと、会場にはいなかった気がする。

たぶん、途中で死んだんだろう。

我妻の隣には、もうひとりいた。

やけに冷静な女。

生きるか死ぬかの場なのに、妙に落ち着いていた。

まるで。

日常の延長線みたいな顔で、そこに立っていた。

何を話していたかまでは覚えていない。

でも、一つだけ妙に記憶に残っている。

髪の話だ。

最近、髪を伸ばしているとか、そんな話をしていた。

なんでそんなことを覚えているのか、自分でも分からない。

こんな国で。

明日生きているかも分からない場所で。

髪を伸ばすだの、そんな話をしていたのが妙に印象に残ったのかもしれない。

……いや。

待て。

あの子、なんて名前だったっけ。

そこまで考えたところで。

ゴッ。

頭に衝撃が走った。

「痛っ!?」

白士のげんこつだった。

かなり痛い。

普通に痛い。

「おい、聞いていたのか?」

白士が呆れた顔でこちらを見ていた。

聞いていなかった。

 

 

「もう一度説明する。よく聞け」

白士は静かに言った。

その声色が、少しだけ重かった。

幽鬼は姿勢を正す。

今度は、本当に聞く。

「最近、妙な噂がある」

白士が言う。

「毎晩、同じ場所がゲーム会場になる場所があるらしい」

幽鬼は眉をひそめた。

同じ場所?

この国のゲーム会場は毎回違う。

少なくとも、幽鬼はそう思っていた。

「しかも」

白士が続ける。

「そこに向かったやつは、誰一人戻ってきていない」

部屋の空気が、少しだけ重くなった。

墨家も、さっきまでの軽い雰囲気を消していた。

幽鬼は少し考えてから、適当に答えた。

「ゲームの準備、面倒になったんじゃないですか」

白士が無言でこちらを見る。

しまった。

ちょっとふざけすぎたかもしれない。

だが。

白士は怒らなかった。

その代わり、静かに言った。

「いや」

短く。

はっきりと。

「多分、何かある」

その声には、確信に近いものがあった。

白士が、少し目を細める。

「重要な何かがな」

幽鬼は、ごくりと唾を飲み込んだ。

白士がここまで断言するのは珍しい。

つまり。

本当に、ただ事じゃない。

部屋の空気が、さらに重くなる。

そして。

白士は、ゆっくり口を開いた。

「今夜、そこへ行く」

幽鬼の心臓が、どくりと鳴った。

 

 

その夜。

幽鬼たちは、例の場所へ向かった。

会場は、思っていたよりずっと遠かった。

位置だけ見れば、トチノキ荘の近く――

少なくとも、生活圏内ではあるはずだった。

なのに。

幽鬼には、まったく見覚えがなかった。

通ったことがない。

いや、正確には。

通ろうと思ったことすらない場所だった。

街灯は少ない。

道も狭い。

人通りも、ほとんどない。

周囲に並ぶのは、古びた雑居ビルばかりだった。

どれも小さい。

どれも古い。

どれも、今にも潰れそうだった。

昼なら、まだ違ったのかもしれない。

だが、夜に見ると、その一帯だけ時間が止まっているみたいだった。

妙に静かだ。

静かすぎる。

足音だけが響く。

コツ。

コツ。

コツ。

白士は、無言で前を歩いていた。

墨家も珍しく静かだった。

いつもの軽口もない。

そのことが、かえって幽鬼を不安にさせた。

「……」

幽鬼は、なんとなく口を閉じた。

何か喋る空気じゃない。

しばらく歩く。

やがて。

白士の足が止まった。

「……ここだ」

低い声だった。

幽鬼は顔を上げた。

最初、どこなのか分からなかった。

そこには、ビルとビルの隙間みたいな細い路地があった。

狭い。

かなり狭い。

人ひとりが通れるくらいしかない。

その奥。

暗闇の中に。

光が見えた。

ぼんやりと。

不自然なくらい、そこだけ明るい。

幽鬼は目を細めた。

「……なんだ、あれ」

近づく。

見えてきた。

入口だった。

地下へ続く階段。

古いコンクリートの階段が、下へと伸びている。

まるで。

地下に店を構えているバーか何かみたいだった。

それも。

かなり入りにくい部類の店だ。

隠れ家的、なんて言えば聞こえはいい。

でも。

ここは、隠れすぎていた。

初見で見つけられる場所じゃない。

見つけようとして来なければ、絶対に気づかない。

入口の上には、古びた看板があった。

だが、文字は消えかけていて読めない。

営業している気配もない。

なのに。

階段の先だけが、白く光っていた。

まるで。

下へ来い、と誘っているみたいに。

ぞわり。

背筋に冷たいものが走る。

幽鬼は、ごくりと唾を飲んだ。

「……ここ、ほんとにゲーム会場なんですか」

思わず聞いた。

墨家が、珍しく真面目な顔で答える。

「そうだろうな」

短く。

それだけだった。

白士は階段を見下ろしていた。

その目が、わずかに鋭くなる。

「気をつけろ」

白士が言う。

「今までとは、何かが違う」

その一言で。

幽鬼の心臓が、また嫌な音を立てた。

今までとは違う。

師匠がそう言うなら、本当にそうなのだろう。

白士が、一歩踏み出す。

地下へ。

墨家が続く。

幽鬼も、遅れて階段へ足をかけた。

コツ。

一段。

また一段。

下りるたびに、空気が重くなる。

冷たい。

湿っている。

妙に息苦しい。

下から、微かな電子音が聞こえた。

フォン。

その音を聞いた瞬間。

幽鬼の全身に、嫌な緊張が走った。

始まる。

また、ゲームが。

しかも。

今までで一番、嫌な予感がする。

幽鬼たちは階段を下り切った。

次の瞬間だった。

ぶつっ。

急に、視界が暗転した。

「――っ?」

何も見えない。

本当に、何も。

目を閉じたわけじゃない。

開いているはずなのに、真っ暗だった。

完全な暗闇。

一寸先すら見えない。

「師匠?」

幽鬼が声を出しかけた、そのとき。

プシュー……

妙な音が聞こえた。

どこからか。

何かが噴き出している音。

ガス?

霧?

煙?

分からない。

でも。

嫌な予感だけは、はっきりしていた。

息を止めようとした。

遅かった。

何かが、肺に入った気がした。

視界が揺れる。

頭がぼうっとする。

立っていられない。

「な……」

足元が崩れた。

意識が、急速に沈んでいく。

最後に思ったのは。

ああ、これ、やばいやつだ。

そんな間抜けな感想だった。

そして。

幽鬼の意識は、途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あたたかい。

最初に感じたのは、それだった。

あたたかい。

それに――いい匂いがする。

何の匂いか、と聞かれると分からない。

花でもない。

香水でもない。

料理でもない。

でも。

懐かしかった。

胸の奥が、じんわりとあたたかくなる。

優しい匂いだった。

あたたかくて。

柔らかくて。

幸せだった。

まるで。

幸せそのものに包まれているみたいな感覚。

半分起きていて、半分寝ている。

あの状態。

一番気持ちいい瞬間。

夢と現実の境界が曖昧になる、あの感覚。

その、三倍くらい気持ちいい。

このまま。

ずっと眠っていたい。

何も考えず。

何も怖がらず。

ただ、このままで――

ふに。

頬に、何かが触れた。

むに。

揺れる。

むにむに。

誰かが、幽鬼のほっぺたを触っていた。

「……」

うざい。

誰だよ。

寝かせろよ。

そう思った。

だが。

むにむに。

むにむに。

いつまでたっても終わらない。

しつこい。

かなりしつこい。

さすがに鬱陶しくなって、幽鬼は観念した。

重いまぶたを、なんとか開ける。

視界が、ぼやける。

少しずつ焦点が合っていく。

そこにいたのは。

白士。

そして、墨家。

「……」

幽鬼は、しばらく無言だった。

脳が、状況を処理しきれなかった。

いや。

待て。

何かがおかしい。

かなり、おかしい。

白士を見る。

白い。

いつも通り、全身白い。

でも、違う。

服が違う。

墨家を見る。

こっちも違う。

そして。

ようやく、幽鬼は理解した。

二人とも。

スモックを着ていた。

青いスモック。

幼稚園とか、保育園とかで子供が着るやつだ。

あの、スモック。

なぜ。

どうして。

なんで。

幽鬼は、嫌な予感を覚えながら、自分の服を見る。

着ていた。

青いスモックを。

「……」

数秒、沈黙した。

理解が追いつかない。

これは何だ。

夢か?

まだ夢の中なのか?

白士と目が合う。

幽鬼は、ぽつりと言った。

「……似合ってないですよ、師匠」

 

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