いつものように勉強し、生徒会長としての仕事をこなし、トレーニングを終えて就寝したはずのシンボリルドルフ。
だが朝目を覚ますと、体がなぜかトウカイテイオーになっていた。

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エイプリルフールの一発ネタです。


「ボクとカイチョーが入れ替わってる〜!?」

 目が覚めて、視点の低さに違和感を覚える。

 

「目指せ、三冠ウマ娘……?」

 

 これは自分を慕う後輩、トウカイテイオーが掲げている目標だ。何故それが書かれた紙が自分の部屋に貼り付けられているのだろうか。

 今しがた聞こえた声の持ち主に聞いてみることにした。

 

「テイオー、これはいつの間に……ん?」

 

 おかしい。聞こうと思った内容がそっくりそのままテイオーの口から出てきた。まだ自分は寝ぼけているのだろうか。寝起きが悪い方だとは分かっているが、それでも今日は普段よりずっと頭がすっきりしている。

 

「…マヤノトップガン?」

 

 ベッドから起き上がり、部屋を見回してみる。記憶にある自分の部屋と配置が大きく異なっており、極め付けに同室のウマ娘がマヤノトップガンだった。

 トレセン学園生徒会長を務める頭脳明晰、成績優秀なシンボリルドルフは一瞬で答えを導き出した。

 

「これは、もしや…私とテイオーの体が…入れ替わっている、のか…?」

 

 導き出せたからと言って受け入れられるかと言えば、いくら七冠ウマ娘といえどもそれは否である。

 

 


 

 

 制服に身を包み、テイオーの時間割を確認して通学鞄に筆記用具と教科書を入れて支度を整える。その物音がウマ娘にはうるさかったようで、マヤノトップガンが寝ぼけまなこを擦りながら布団から顔を出した。

 

「ふわあ~…ていおーちゃんおはよ~…」

「ああ。お早うマヤノトップガン君。私はもう出るが、君も遅刻しないようにするんだよ」

「はぁ~い……んん?今の会長さんだった?」

 

 しまった、とルドルフは顔を顰めた。テイオーの姿なのに普段通りの口調で話してしまった。それにマヤノトップガンが気づき、指摘される前に慌てて部屋を後にする。

 

「ふう…ただでさえあの子は察しがいいところがあるからな。油断強敵、気を引き締めなければ」

 

 栗東寮を出て、目指すは生徒会室。無用な混乱は避けたい。しかし自分は生徒会長、やらなければならない仕事が山積みだ。となると事情を知ってもらわなければならない、協力者が必要だ。

 

「エアグルーヴ、ブライアンは確定として…秋川理事長と駿川秘書にも話しておいた方がよさそうか…」

「あら、テイオー。今日は早いのね」

「ん?ああ。スズカ、お早う」

 

 かつてのチームメイトであったサイレンススズカ。彼女に声をかけられ挨拶を返す。彼女は瞼をパチクリとさせ、首を傾げた。

 

「テイオー…今日はいつもと雰囲気が違うような…?」

「えっ。き、気のせいじゃないかな?」

 

 スズカが不思議そうにこちらを見つめてくる。マズイ、やはり毎日顔を合わせているチームスピカのメンバーには些細な変化も見抜かれてしまうのか。ポーカーフェイスをしているが冷や汗が背中を伝う。

 

「Hai!スズカ!それにテイオーもGood Morning!」

「お早うタイキ。突然なんだけど、今日のテイオーを見て何か変わったところはないかしら?」

 

 同じチームリギルのチームメイトであるタイキシャトルまでやって来てしまった。

 タイキはスズカの問いに「Humm?」と唸り、じっとこちらを見つめてくる。数秒見ただけでタイキは気づいたようで目を見開いて笑った。

 

「HAHAHA!スズカはお茶目さんデース!今日のテイオーはいつものNormalなテイオーじゃありマセン!」

「っ!」

 

 万事休す、か。ルドルフは目を閉じて事情を話そうと──

 

「髪型がchangeしていマス!ロングヘアーテイオーデース!」

「……あっ、そうね。それで雰囲気が違って見えたのね。ごめんなさい気づかなくて。おろした髪型も似合ってるわね」

「YES!Berry Cuteデース!」

 

 したところでやめる。危なかった。もう少しで自爆してしまうところだった。

 

「あ、ありがとう二人とも。ぞれじゃあわた…僕は生徒会室に用があるから」

「ええ。またねテイオー」

「Good by!」

 

 二人が天然でよかった…。心底安堵したルドルフであった。

 

「さて…生徒会室についたはいいが…」

 

 ドアノブを回してみるがガチャガチャと音が鳴るだけで開く気配はない。

 

「鍵のことを失念していたな…」

 

 生徒会室には重要書類など持出し禁止なものが様々ある。基本的には開放されているが、門限になったら締めなければならないのだ。そしてその鍵は自分か副会長のエアグルーブ、理事長秘書の駿川たづなしかもっていない。

 

「…テイオーのウマホはパスワードが分からなくて使えないし、さて…どうしたものか」

「テイオー?こんな時間から会長に会いに来たのか?」

 

 困っていたところにエアグルーヴがやってきた。呆れた視線を向けながら扉の鍵を開ける彼女の瞳をジッと見つめ返し、口を開く。

 

「エアグルーヴ、信じられないかもしれないが私はシンボリルドルフだ」

「……は?急に何を言い出す。朝からふざけたことを──」

「そうだな。厳格で聡明な君はそう判断するだろう。荒唐無稽な話だと……だからこそ、私を信じてくれないだろうか?」

 

 真剣に訴えればエアグルーヴの顔から呆れの色が消え、代わりに困惑が浮かぶ。

 

「……まさか、本当にそんなことが?」

「完全に信じなくても、まさかと思ってくれたのならそれでいい。至急、テイオー…ではなく私…でもなく、シンボリルドルフを連れて来てくれ。なるべく人目を忍んで、目立たないようにな」

「な、え、本当にテイオー…ではなく、会長なのですか…?」

「すまないが説明は後にしてくれ。私はたづなさんと理事長に話をしなければ…ああそうだ、ブライアンにも伝えておいてくれ。無論、他言無用でな」

「は、はい」

 

 エアグルーヴを見送り生徒会室に入る。直ぐに会長席に座り、理事長室へと電話をかけた。

 1コール、2コール…3コール目に入る前に繋がった。

 

『こちら理事長室、秋川だ』

「朝早くから申し訳ございません秋川理事長。シンボリルドルフです」

『問題ない。うむ?シンボリルドルフ…?それにしては声が高いような…?』

「そのことで少し…いやかなり厄介な問題が起こりまして…私は今生徒会室から出られない状態にあります。申し訳ないのですが理事長、生徒会室までご足労願えますでしょうか?」

『ふむ…緊急事態というわけだな?』

「はい」

 

 少しの間も置かず肯定。やよいもルドルフの声色から事の重大さを察したようで、二つ返事で了承してくれた。正門前の挨拶運動に向かったたづなにも声をかけると言ってくれたので取りあえずは一安心だろう。

 息を吐いて背もたれにもたれ掛かる。普段の背丈より低いからだろう、いつも肩を置く位置に後頭部が来るので違和感がある。そんなことを考えていると生徒会室の扉がノックされた。

 

「会長、会長を…失礼、トウカイテイオーを連れてきました」

「もぉ~僕まだ眠いんだけど~…」

「ええい、会長のお姿で腑抜けたことを抜かすな!」

 

 そんな言い合いをしながら生徒会室にエアグルーヴとナリタブライアンに連行されたシンボリルドルフ…の姿をしたトウカイテイオーとゴールドシップの四人が入って来た。事情を呑み込めていなかったナリタブライアンは会長席に座るトウカイテイオーの姿をしたシンボリルドルフを見て目を見開いた。

 

「…成程、女帝様が素っ頓狂なことを抜かしていると思ったが、まさか本当だったとは」

「私だって信じがたい。信じがたいが…今の二人を見ては納得せざるを得ない…」

「あれぇ?なんでボクがそこにいるの…?ゆめ…?」

 

 ようやく目が覚めてきたテイオーが瞼を擦りながら首を傾げる。幼い動作をする自分の姿をなんとも言えない気持ちで見つめていると、再び扉がノックされた。

 

「どうぞ」

「失礼します。秋川理事長と駿川たづな、入ります」

「たづなさんに理事長まで?ねーエアグルーヴ、なんでボク呼ばれたの~?」

「…まず、自分の声と視点の高さに違和感はないのか」

 

 エアグルーヴの質問に目をパチクリさせて答えるテイオー。

 

「ええ?声…低い?会長ににてるような~…目線もなんか、高い?…ってボクが目の前にいる!?」

「これは……」

「驚愕…!?まさかの事態だ…!」

 

 一々動作が幼いシンボリルドルフとやたら大人びているトウカイテイオーを見て顔を引きつらせる一同。事態を呑み込めていないテイオーだけ涙目で「えっ!?え!?」と皆の顔を見回している。

 

「何故かは分からないが、私とテイオーの体が入れ替わってしまったようだ…」

「ボクとカイチョーが入れ替わってるぅ~~!!??」

 

 自分の体がコミカルな動きをしているのを見て、シュールさを感じずにはいられないルドルフだった。

 

 全員が事情を呑み込めたことを確認して、今後について話し合う。ソファーに腰をかけ、テーブルを囲みながらまずルドルフが話を切り出した。

 

「さて、まずこうなった原因だが…」

「アグネスタキオンでは?」

「アグネスタキオンだろう」

「アグネスタキオンじゃねー」

「アグネスタキオンさんでしょうね」

「同意!アグネスタキオンだろう」

「タキオン先輩じゃないかな?」

「みんな彼女に対しての決めつけが過ぎないか…?」

 

 満場一致でアグネスタキオンが容疑者に上がってしまった。これもある種の信頼なのだろうか。積み重ねと言った点では確かに、納得できるものだが。如何せんマイナス方向にすぎる。

 少し待ってほしい、そう言って話をとどめる。

 

「ここ数か月、私は彼女から怪しげな薬物はもちろん、飲食物を貰った記憶もあまつさえ口にした記憶もない。テイオーはどうだ?」

「う~ん…確かに、そもそもタキオン先輩とは結構長い間話してないかな?たまーに見かけるけど、ボクはそこまで親しいわけじゃないしね」

「となるとアグネスタキオンの線は薄いか」

「一応彼女も招集しますか?心当たりはなくとも何かしらの見解は示してくれるかと」

 

 エアグルーヴの意見を聞いて、少し頭の中で反芻させた後、頷いた。

 

「それで私が呼ばれたというわけか、生徒会の面々が授業を免除され、私も校欠扱いにされ、毎朝始業チャイムまで挨拶運動をしているはずの駿川女史が居なかった理由がこれとは。成程ねぇ…」

 

 生徒会室に呼び出したアグネスタキオンはここにいる面々を見て何となく察してくれたようで、説明をするりと呑み込んでくれた。狂人ゆえの柔軟な思考と理解力に思わず感心する。

 

「ふむ…結論から言うが、今回の件に私は一切関わっていない」

「それは本当ですか?」

「是だとも」

 

 たづなの視線を受けてピクリとも顔色を変えない辺り、真実のようだ。たづなも理解したらしく、小さく息を吐いて視線を戻した。

 

「そもそもの話、入れ替わっているのは体なのか?私としてはそこがまず疑問だね」

「と言うと?」

 

 秋川が『疑問』と書かれた扇子を広げる。アグネスタキオンは頷き、話を続けた。

 

「私は入れ替わっているのは精神の方ではないかと考えている」

「精神?」

「ああ。まあ科学的に考えるならばそっちの方が可能性が高いというだけなのだが…。仮に私がそう言った目的の薬を作るとしたら、思いこみ…つまりは暗示効果のあるものを作る」

「暗示…催眠ってことか?」

 

 ブライアンの問いに再び頷く。

 

「そう捉えてくれても構わない。要は薬を飲んだ二人に『自分はシンボリルドルフorトウカイテイオーだ』と思い込ませる。二人は親密だし、お互いの理解が深い。暗示にかかる条件としては問題ないだろう」

「だが薬は盛っていないのだろう?」

「そう。だから最初に言った精神が入れ替わっていると私は考察したのさ」

 

 タキオンの話を纏めるとこうだ。タキオンが薬を作るとしたら、自己暗示にかかるものを作り、テイオーに『自分はシンボリルドルフだ』と、ルドルフに『自分はトウカイテイオーだ』と思い込ませるという。そうすれば体はも精神も入れ替わっておらず、薬の効果が切れれば元に戻ると言った。

 しかし今回は薬を作っていない。そこで浮かんでくるのが先程タキオンが話した『体ではなく精神が入れ替わっている説』だ。

 

「肉体ではなく精神…魂に影響を及ぼされた結果、こうなってしまったのではないかと私は推察するよ。科学者としては甚だ不満だけどもね。まあつまりは──」

 

 アグネスタキオンは不満そうに口を尖らせながら彼女の名前を言った。

 

「頼るべきはカフェ、マンハッタンカフェだと私は思うよ」

 

 


 

 

「それで私が呼ばれたと…そういうわけですか」

「ああ。頼めるかなマンハッタンカフェ君?」

 

 タキオンの考察を聞き、すぐにマンハッタンカフェを呼び出した。なおタキオンは乗り掛かった舟と言って解決に向けて協力してくれるらしい。本音はこの現象を解明したいというマッドサイエンティスト思考が疼いたのだろうが。

 ルドルフの依頼に戸惑いながら頷いて数秒後、瞳孔をガン開きにして虚空に話しかけた。

 

「…ああ、そうですね。魂が…『お友達』もそう思いますか?ええ、でも不可解になってくるのが、だれがやったのか。こんなことできるのなんてそれこそ三女神様クラスでないと…でもそのレベルの気配は無かったはず…?え?いや、でも何のために…?」

「お、おい…誰と話しているんだこいつは…!?」

「ピエェ…」

「テイオー…私の顔でその声はやめてくれ…」

 

 突如見えない『誰か』と会話を始めたマンハッタンカフェの姿を見てブライアンが怯える。体を震わせて隣に座るエアグルーヴの腕をがっしりと掴んで離さない。

 一方、掴まれているエアグルーヴも異様な光景に冷や汗を流している。テイオーも涙目でルドルフの腕を掴んでいるが、見た目が逆なので普段のシンボリルドルフを知る者たちからすればやはり違和感が凄い。

 虚空との会話を終え、ルドルフたちにスッと向き直るマンハッタンカフェ。一同がビクゥッ!!と体を震わせたのは見ないふりをして、『お友達』に聞いて分かったことを話し始めた。

 

「…どうやら三女神クラスの力を持つナニカがシンボリルドルフ生徒会長とトウカイテイオーさんの魂を入れ替えたようです」

「困惑!なんの意味、意図があるのか!?」

「それは…私にも『お友達』にも分かりません…。ですが、ただ一つ分かるのは…犯人は間違いなく面白がっているということですね」

「面白がっている?」

 

 予想ではなく断言していることを不思議に思ったルドルフの口から思わずオウム返しのように言葉が出た。

 

「ええ。だって三女神クラスの力を持つのであれば、私たちに気づかれることなく、力の残滓を出さずに魂を入れ替えることなど造作もないでしょう…でも相手は会えてそれをやらなかったのは何故か」

「──私たちの反応を観察している?」

「そういうことになりますね。ましてや、こんなことをするくらいですから…十中八九愉快犯でしょう。力を持っているという点が厄介で仕方がありませんが…」

 

 そう言ってため息をつくマンハッタンカフェ。ここまで話をして、普段あまり長話などはしない彼女は、喉の掠れ具合に眉をしかめる。

 

「…すみません。珈琲を淹れてもいいでしょうか?もしよろしければ皆さんの分も…」

「え?あ、ああ。すまない、頼めるかな?」

「ええ。お任せ下さい」

「カフェ、私のは紅茶で頼むよ」

「…タキオンさんは自分で淹れてください」

「ええー!?」

 

 カフェとタキオンのコント染みた寸劇を見ながら、ルドルフは先程の話を頭の中で反芻する。

 相手が人知を超えた存在であり、いつ元に戻るかは目途が立っていない。このまま学生生活を過ごすとして、周りにこのことを打ち明けるのか、隠し通すのか。学業は、レースはどうするのか。もしこのまま戻らなければ──

 そこまで考えてルドルフは思考を中断した。突拍子もない出来事の連続でどうにも頭が参ってしまっているようだ。ふと掛け時計に目を向けると、気づけば短針は10時を示していた。午前復帰は無理だな、そう考えたところで机の上にソーサーと共にカップが置かれた。芳醇な香りが鼻腔を擽る。

 

「どうぞ、ルドルフ会長」

「ありがとうマンハッタンカフェ君。うん、いい香りだ」

「豆と道具が良かったので…」

 

 そう話すマンハッタンカフェだが、耳と尻尾がピコピコと動いている。照れているようだ。

 

「いや、これは一長一短で出せるものじゃないことくらいは私にもわかる。キミもそう思うだろう、エアグルーヴ」

「ええ。店で出されるものと遜色ない…いや、それよりも美味しいですね」

「美味!苦みも控えめで飲みやすい!」

「本当…美味しいですね。珈琲を淹れるの、お上手なんですねマンハッタンカフェさん」

「…皆さん褒めすぎです。ですが、ありがとうございます」

 

 頬を赤く染めて控えめにお礼を告げる。それを見て微笑み、一通り香りを楽しんだルドルフはカップに口を付けた。

 

「むっ」

「ん?どうしたのカイチョー?」

「……い、いや…気のせいか?少し疲れていたようだ。頂くよ」

「ええ。どうぞ」

 

 ルドルフの口からわずかに洩れたうめき声に、テイオーが耳ざとく気が付き問いかける。が、ルドルフは数度首を傾げたあと、カフェに微笑み再びカップに口をつけようとした。カフェもまたふんわりと微笑み返し、頷き促す。

 

「……むっ」

「…?会長、もしかしてお口に合いませんでしたか…?」

「そんなことはないだろう。会長は珈琲を好んで飲まれる。テイオーならまだしも…」

 

 そこまで言ってエアグルーヴは「ん?」と違和感に気づいた。そう、先程からテイオーが静かなのである。『はちみー』なる激甘ハニードリンクを愛飲する彼女には、いかに苦さ控えめと言っても珈琲は好まないはずだ。テイオーに視線を向けると、顔を俯かせてプルプルと震えていた。

 

「会…テイオー?」

「……この珈琲美味しいー!ボク珈琲って苦いからあんまり好きじゃなかったんだけどカフェ先輩の淹れるコーヒーならいくらでも飲めちゃうかもー!なんならもっと苦みがあってもいいくらい!」

 

 一気にペラペラとまくし立てるテイオーに一同はポカンと口を開けて驚く。そんな中、一人だけ砂糖満タンの紅茶を飲んでいたタキオンが興味深そうに口を開いた。

 

「ほお。味の好みは肉体に引っ張られるんだねぇ」

「え?」

 

 ということはつまり…?恐る恐るルドルフの方へ振り向く。

 

「……に、にがい…!?」

 

 顔を顰め、涙目で口を半開きにしていた。

 

 


 

 

「…まさか味覚が変わっているとは」

「ね、ビックリだよ~」

 

 香りの良し悪しは分かったことから嗅覚は変わっていないはずだが、何故味覚だけ変わってしまっているのか。顔を赤く染めたルドルフは疑問を共有した。

 

「…もしかしたら、あまり悠長にはしていられないのかもしれません」

 

 ルドルフの話を聞いたマンハッタンカフェは険しい顔つきでそう話す。

 

「魂が肉体に引っ張られているのかもしれません…その証拠に、先程より身体と精神の歪さが無くなっています」

「…このまま進んだら二人はどうなるんだ」

 

 ごくりと喉を鳴らしたナリタブライアンが問う。苦々しな表情でカフェは頭を横に振った。

 

「それは私にも分かりません…ですが良くないことになるのは予想が付きます。一刻も早く解決しなければ…」

「取り合えず、このことは他言無用で頼む。秋川理事長とたづなさんも、お願いします」

「了承!私たちも人脈を辿ってその道の者に聞いてみよう!善は急げ!行くぞたづな!」

「はい。この場にいる皆さんは暫く公欠扱いにしますので、くれぐれもバレない様に気を付けてください」

「ええ。心得ています」

 

 二人が生徒会室を退室したのを見てアグネスタキオンが大きく伸びをする。

 

「さて…私もラボに戻って科学的観点からアプローチ出来ないか調べることにするよ」

「ああ。済まないが頼んだよ」

「この際多少の副作用は目をつぶってもらうよ」

「…せめて光るだけにしてくれるかな?」

「善処しよう」

 

 それではね、そう言ってアグネスタキオンも生徒会室から出て行った。

 

「…私は『お友達』と一緒に手がかりを探してきます。もし体に変化があれば逐一連絡をください…一応タキオンさんにも、お願いします」

「了解した。申し訳ないが頼んだよ」

「はい。では失礼します」

 

 マンハッタンカフェも出ていき、生徒会室にはルドルフ、テイオー、エアグルーヴ、ブライアン、ゴールドシップの5人だけになった。

 

「さて、どうするか…」

「ボクもカイチョーもレースには出れないよね?」

「暫く出る予定はなかったからそこはまだいいとして…練習をどうするかだな。お互いチームのリーダーだ。まとめ役には問題ないだろう」

 

 ルドルフはチーム『リギル』の、テイオーは『スピカ』のチームリーダーだ。必然的にトレーナーに関わる機会も多くなる。それに加えて──

 

「ただテイオー(こいつ)と違ってアンタには事情を知っている協力者がスピカにいない。トレーナーには話しちゃダメなのか?」

「難しい話だな…花さんもスピカのトレーナーも一流だ。些細な変化も見逃さないだろう」

「トレーナーに事情を話しちまったらどうだ?」

「…そうするしかないか」

 

 今ゴールドシップが言った通り、トレーナーに事情を話しておいたほうがいいだろう。何かあった時のフォローもしてもらえる。特に『リギル』のメンバーは勘がいい者や鋭い者が多いのでトレーナー…東条花の協力は不可欠だろう。

 

「むしろチームメンバー全員に事情を話しておいたほうがいいのでは?『リギル(うち)』だとエルコンドルパサーとタイキシャトル、それにテイエムオペラオーが怖いですが…それ以外の面々なら問題ないかと」

「『リギル』はそれでいいかもだけどよー。『スピカ(うち)』はアホの子ばっかだぜ?スペにスズカにマックちゃんにウオッカ、スカーレット、テイオー…まあ話すんだったら比較的まともなマックちゃんかスカーレットになるんじゃねえかな?」

「なんで当事者のボクまで入ってるのさー!それにそういうことならゴールドシップが一番危ないでしょ!」

「何言ってんだ。真面目モードのゴルシちゃんほど口が堅いウマ娘はいないぞ。なんなら今回の解決方法も知ってるしな」

「何!?それは本当かゴールドシップ!……ゴールドシップ!?」

 

 名前を声に出してようやくエアグルーヴは気付いた。いつのまにか会話に参加していたゴールドシップに存在に。

 

「うぇえええ!?ゴルシ!?なんでいるのさー!!?」

「いやゴルシちゃん最初からいたぞ?なんかお前ら気づいていなかったけど」

「…ブライアン、気づいていたか?」

「…気づいていたら摘み出している」

 

 あまりにも自然に会話に交じっていたのにこの場にいる全員が誰も気づけないでいた。ルドルフとブライアンも冷や汗を流している。本当にいつの間に入って来ていたのだろうか。しれっとそこに存在していた。

 この話はいくらしても解決しないと判断したルドルフは先程ゴールドシップが話した言葉の真意について問い詰める。

 

「いつ入って来たかはこの際おいておこう…!それよりもゴールドシップ!解決方法を知っているとはどういう意味なんだ?」

「ん?そのままの意味だけど。ゴルシちゃんマブダチなんだよ。何回も輪廻繰り返してるからなー、マブダチ超えて…家族?まあなんつーか『宿命』の相手だな!」

 

 要領を得ないがどうやらこの出来事を起こした相手と顔見知りらしい。ならばこちらの願いはただ一つ。

 

「ゴールドシップ、私とテイオーを今すぐ戻すようその相手に伝えてくれ。願わくば私たちに会わせてくれ」

「いやー、それは無理だな。あっちから会いに来ることはあってもこっちからは会いに行けねーからなあ」

「では何故お前だけその相手とコンタクトが取れるのだ!」

 

 耳を絞って怒りを表すエアグルーヴが怒鳴り散らす。マンハッタンカフェの言葉を聞いて焦っているのだろう。自分のために怒ってくれている右腕の忠誠心に感謝をしつつ、声をかけて抑える。

 

「エアグルーヴ、私は大丈夫だ」

「ですがっ!」

「ゴールドシップは解決方法を知っていると言った。そしてその落ち着き具合を見るに…私たちの身に危険が生じる前に解決できる手段があるのだろう?」

「おう。アイツもそのつもり、つーか元々危険なんかねえんだけどな。ただ入れ替わったらどうなるのか反応が見たかっただけらしいぜ」

 

 好きな子いじめる小学生かっての、後頭部を抱えるように手を組んで口を尖らせるゴールドシップを見て毒気を抜かれたのかエアグルーヴは半眼になって溜息をついた。

 

「じゃあ戻してくれるか?」

「ん?あたしは戻せねーよ?」

「は?」

「方法を知っているだけでゴルシちゃんがどうこうできるような権限はねーからな」

「じゃあその解決方法ってのをさっさと教えろ」

 

 短針もそろそろ12時を示す時間帯、ブライアンの腹部も空腹を訴えている。つまるところ『腹が減ったからさっさと話して終わらせろ』と言うことだ。へいへーいと軽い返事をしてゴールドシップは解決方法の説明を始めた。

 

「めちゃくちゃ簡単だぞ。ルドルフとテイオーが入れ替わっていることがバレないように一日学園生活を過ごせば次の日には元通りだ」

「……バレないように?」

「バレないように♡」

「バレちゃってるよぉおー!!!」

 

 そう、既に理事長、たづな、カフェ、タキオン、ゴルシ、ブライアン、エアグルーヴの8人にばれてしまっている。既に詰んでいたのだ。テイオーの可愛らしい悲鳴とは裏腹に生徒会の面々は沈痛な面持ちをしている。

 

「まあ今日は特別だな。午後から授業出て練習出れば大丈夫だろ、たぶん」

「今多分って言ったよな」

「それじゃっ☆ゴルシちゃんは伝えたからな!後はお若い二人にお任せして…ほんじゃバイビー!」

 

 それだけ言って嵐のように去っていった。突然のゴールドシップの逃走に固まっていたエアグルーヴだったが、すぐに我に返るとブライアンに声をかけた。

 

「しまった!ブライアン!ヤツを逃がすな!急げ!追うぞ!!」

「ちっ、ようやく飯だと言うのに…!」

「では会長!それとテイオー!くれぐれも、くれぐれも!!バレないように!!待たんかゴールドシップ!!」

「この借りは返してもらうからな」

 

 エアグルーヴとナリタブライアンも生徒会室を出ていき残ったのはルドルフとテイオーの二人。

 

「…ではテイオー。あと半日、お互いにばれないように過ごそう」

「…うん。頑張る」

「背筋を伸ばして堂々と胸を張るんだ」

「うん!カイチョーも笑顔が堅いからもっとニコーってしてね」

「う、うむ。こうか?」

「ぎこちなっ!」

 

 残り半日、テイオーとルドルフはバレずに過ごすことが出来るのか。ハラハラドキドキの学園生活が今、始まった。

 

 


 

 

「まずは昼食だな」

「むーカイチョー、言葉遣い!」

 

 テイオーに指摘されて口を押えた。気を付けようと言ったばかりだというのに失念

 していた。自分はテイオー、トウカイテイオーなんだと頭に叩き込む。

 

「すまない…じゃないな。ご、ごめんね会長」

「うむ。くるしゅうない!」

「そんな話し方をした覚えはない…ないよー?」

 

 ジト目を向けてやれば緩んだ顔つきを引き締めてクールに微笑んで見せた。

 

「フッ、そうだな。私は品行方正、成績優秀、容姿端麗、超絶美人の生徒会長、シンボリルドルフだからな」

「そんなことも言ったことがない…よー?さてはテイオー、面白がっているな?」

「てへっ☆」

 

 可愛らしく舌を出しておちゃらけるテイオーに溜息を返す。生徒会室の扉を開き、互いに視線を交わした。

 

「じゃあ頑張ろうね、会長!」

「ああ。テイオーもな」

 

 それぞれ役になりきって生徒会室を後にした。テイオーと別れた直後、もふもふツインテールの少女がルドルフの顔を見るなり急ぎ足で近寄って来た。

 

「あ!テイオー!体調大丈夫なの!?」

「君は…ナイスネイチャ。うん。問題ない、大丈夫だよ」

「そ、そう?ならいいんだけど…ほら、急に午前公欠って先生が言ってたからびっくりしてさ」

 

 たははと照れ臭そうに笑うナイスネイチャを見て、テイオーはいい友人を持ったな…と謎の親目線で感慨深げに頷く。ネイチャの手をそっとに包み込むように握りしめ、ルドルフは顔を近づけてお礼を言った。

 

「ナイスネイチャみたいな子から心配されるなんて、テ…僕は幸せ者だよ。ありがとう、これからも友人としてよろしく頼むよ」

「はっ!?へっ、えっ!?て、テイオー、何急にちょっと恥ずいじゃんもう!」

 

 耳と尻尾をピンと立たせて後ずさる彼女の顔はリンゴのように赤い。解かれた手で熱くなった自分の頬をパタパタと仰ぐ姿がなんとも愛くるしい。商店街の人気者なのも納得だ。

 ほかほかに暖まったナイスネイチャと並んで食堂へ向かっていると、横から「あ!!」と大きな声が聞こえた。声の方に視線をよこせば海のように青い綺麗なツインテールのギザ歯の少女がルドルフに向けて指をさしていた。

 

「テイオー!休んでなくていいのかー!」

「ツインターボ。僕は別に体調が悪かったわけではないんだ。生徒会の…その、会長の手伝いがあってね。だから公欠扱いにしてもらえたんだ」

 

 もちろん嘘だが。そんなことをツインターボが気づくわけもなく、ニパーとした笑顔を浮かべて自分のことのように喜んでくれた。

 

「そうだったのか!なら安心した!じゃあターボと勝負ね!勝負勝負!」

「しょ、勝負?」

 

 仕方がないとは言え、嘘を付いてしまったことに少し罪悪感を覚えていたルドルフは突拍子もなく投げつけられた手袋に困惑し、固まっているとナイスネイチャが助け船を出してくれた。

 

「はいはい、勝負の前にご飯にしましょうね~。ターボは今日何にするの?」

「にんじんハンバーグ定食!」

「あんた昨日もそれだったじゃん。ちゃんと野菜も食べないと大きくなれないよ~?」

「野菜やだ!ヒシアマがいっぱい出してくるから食べたくない!」

「好き嫌いしなーい」

「ネイチャまでお母さんみたいなこと言う~!」

「誰が子持ちか!あたしはまだ花の女子学生じゃい!」

「華の女子学生にしてはやや荒んだ物言いだね」

 

 ルドルフの言葉も二人の声に阻まれ流されてしまった。仕方ないので会話に交じりつつ話の舵を少しずつズラすことにした。流石は生徒会長と言うべきか、巧みな話術により食堂に到着するころには二人の話題は別のものに変わっていた。

 

「それでねそれでね!もう少しでターボ、トレーナーに勝てそうだったんだよ!」

「最近昼休み見かけないな~って思ったらトレーナーさんと将棋指してたのね。それにしても…ははぁ~、ターボ、あんた将棋できたのね」

「おもしろいぞ!ネイチャもやってみる?」

「ん~あたしはルール齧った程度の知識しかないからな~…」

「えー!じゃあテイオー!将棋で勝負だ!」

「勝負は構わないけど、やるのならチェスの方が好みかな」

 

 自分の数少ない趣味の一つであるチェス。相手がエアグルーヴかシリウスシンボリくらいしかおらず、テイオーはまだ育っている最中。

 

(成程。カノープスのトレーナーが言っていた最近の楽しみとはツインターボとの将棋のことだったのか。あの彼が楽しめるほど指せる腕前があるのなら、私ともチェスを…)

 

「チェスかー、将棋とどう違うんだ?」

 

 こてんと首を傾げる姿は背丈とかみ合って年齢より幼く見える。テイオーやツヨシを見守るときのような親心がひょっこりと顔を覗かせた。

 

「基本的な駒の動かし方は一緒さ。ただ将棋と違って取った駒を使うことは出来ない。また将棋の成りとは違いプロモーションはキング以外の駒の動きを選ぶことが出来る」

「へぇー…うーん…面白そうだけど今はいいや!トレーナーとの将棋に集中したいし!」

「それは残念。じゃあ僕が将棋を覚えようか」

「うん!でもターボが勝つよ?」

「どうだろうね。ほら、定食を受け取りに行こう」

 

 ターボが人参ハンバーグ定食を受け取りにカウンターへ向かうのを見計らい、ネイチャがこそっと耳打ちしてきた。

 

「…テイオー、あんたいつの間にあんなに上手くターボのことあしらえるようになったの?」

「え?」

「え?じゃないよ。いつもだったら『あーはいはい』みたいないい加減な感じだったじゃん。今日は、なんていうか…ん-、お母さんみたいだったよ」

「…母親か。うん、悪くはないな」

「悪くはないのかーい。…ホント、どうしたの今日?やっぱりまだ体調悪い?」

 

 その言葉にどきりとした。このままではテイオーや必死にゴールドシップを捜索してくれているエアグルーヴやナリタブライアンに迷惑が及ぶ。正体がバレるのを恐れたルドルフは、咄嗟にテイオーの口調を真似することにした。

 

「な、なんでもないもんにー」

「……本当かー?」

 

 冷や汗が垂れる。どうやら猶更怪しまれてしまったようだ。生徒会長として、選手として、大舞台には何度も出たことがあるというのにこの緊張感はなんだ。ナイスネイチャの視線に思わずたじろぐ。どうしたものかと考えているとターボがトレイを持って間に入ってきた。

 

「ねーねー!見てみてー!おばちゃんがおまけしてくれた―!」

「おっ、一段増えてるじゃん。どしたのそれ」

「あのなー、この前野菜運ぶの手伝ったお駄賃って言って増やしてくれたんだ!」

 

 そう言えば、最近食堂に入荷される野菜の量が多い時があったな、と思い出す。とても職員では運びきれなかったため、生徒会とボランティアで手伝ったのだ。確かにツインターボも手伝ってくれていたなと記憶が掘り起こされる。

 

「因果応報だね」

「インガオホー?」

「因果応報だっての。でもそれって悪い事したら自分に返ってきますよーって意味なんじゃなかったっけ?」

「確かにその意味で使われることの方が多いけど、良いことをしたら自分のためになるって意味でも間違いないんだよ……って会長が言ってたよ!!」

「へぇー…流石会長さん。博識だね~」

「そんなことないさ」

「今褒めてたのに!?」

 

 ズビシッ!と鋭いツッコミが入る。その光景を見ていたタマモクロスは「あのツッコミ、只者やないな…」と不敵に笑った。ルドルフもハッとなり慌てて誤魔化す。何とか事なきを得たが、この調子ではいつバレるか分かったものではない。

 それにしても自分とテイオーを入れ替えた存在は随分悪趣味だな、と声には出さずに独りごちた。

 

「そういえばテイオーは大丈夫だろうか……」

 

 焼き魚をほぐしながら、ふと不安が過ぎるがすぐに晴れる。彼女はあれでいてとても優秀だ。自分たちの今後がかかっている状況でまさかボロを出すなんてことはないだろう。

 

「マルゼンスキーもミスターシービーも……レース以外では意外と抜けているところがある……ん?以外では意外と……伊賀以外は意外と胃が良い……いや違うな……以外意外……」

 

 精神が肉体に引っ張られているのか、若干の楽観視をしていることにルドルフは気づいていない。

 

 一方そのテイオーはというと…

 

「ねえ、君、ルドルフじゃないでしょ?」

 

 ミスターシービーに捕まり、問い詰められていた。

 

「誰?」

 

 真顔のシービーに鼻と鼻が触れ合う距離まで顔を近づけられたテイオーは、冷や汗だらだらの状態で、内心叫んだ。

 

(カイチョー助けて!!!)

 


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