「そんな……酷い。癒月さん………」
「あれだけ押してたのに……たった一発で」
「嘘だろ……こんなのってねぇよ!!」
僕達は相澤先生を連れて後ろに下がった。
癒月さん一人に敵の相手を任せる事に、躊躇いはあったけど、それが一番だと思っていた。
実際、彼女は終始敵を圧倒していた。
あの脳無を、二度も倒してみせた。
なのに、状況は一瞬でひっくり返った。
彼女は吹き飛ばされ、仰向きに倒れている。
息はあるみたいだけど、意識は無い。
両腕はに至っては、完全に折れている。
対する脳無は、余裕そのものだ。
全身の傷も、ほとんど回復している。
「アレで形を保っているのか……化物め。今の攻撃で、ゲームオーバーなのは間違いないだろうけど」
「しかし、生かしたままにするには危険です」
「ああ、そうだな。彼奴は確実に殺す」
そう言って、死柄木は癒月さんを指差した。
脳無はのそのそと、その方向に歩き出した。
今の彼女に、自衛出来る術は無い。
「や、やべぇ!?彼奴、本気で殺す気だ!!」
「先生達が……来る気配はまだ無いわね」
咄嗟に、振り返ってUSJの入口を見た。
入口は人一人分の隙間が開いてるのみだ。
都合良く、誰かが来るなんて事は無い。
今担いでる相澤先生も、とても戦えない。
癒月さんの治療で、血が止まっているだけだ。
階段の上に居る、13号先生も同じだろう。
此処にプロヒーローは、誰一人居ない。
……それでも僕は、彼女を救けたい。
「み、緑谷ッ!?駄目だ!!戻れっ!!」
「緑谷ちゃん!!無茶よ!!」
気付いた時には、身体が動いていた。
僕は脳無は目掛けて、跳躍していた。
どういう訳か、脚は折れていない。
力の調整が、偶然にも上手く行った。
「癒月さんから、離れろっ!!」
僕は全力の拳を、脳無に向かって振るった。
轟音と共に、拳が腹へ直撃する。
それとほぼ同時、激しい激痛が走った。
今度は、力の調整が上手く行かなかった。
力に耐え切れず、右腕の骨が折れる。
「あん?なんだ?そんなに死にたいのか?」
「浅はか。我々が手を出すまでもありません」
「まぁ、いいよ。どうせ全員殺すつもりだし」
僕は顔面から、地面に転がった。
逃げたい。逃げなきゃいけない。
攻撃を、避けなきゃいけない。
けど、痛みで身体が思うように動かない。
そんな僕に、脳無は狙いを定めた。
ぎょろりとした目が、僕を覗き見る。
弱い自分に、どうしようもなく腹が立つ。
「どっけぇ!!邪魔だァ!!デク!!」
「俺の
その直後、脳無は体勢を大きく崩した。
横方向からの不意打ちをモロに受けたからだ。
頭部に、爆破と拳の痕が刻み込まれる。
攻撃の主は、勝っちゃんと切島君だ。
2人も此処まで、辿り着いたらしい。
「あの時の生徒……何時の間に」
「チッ。面倒だな。でも、この程度なら───」
「お前等。全員、その場から跳べ」
脳無は攻撃を喰らっても尚、動き続けた。
やはり、この攻撃もほぼ効いていない。
けれど、その背後から冷気が迫っていた。
この声と個性は、轟君のものだ。
僕は勝っちゃんに背負われ、癒月さんは切島君に抱きかかえられ、その場から即座に離脱する。
次の瞬間、脳無の下半身が凍り付く。
「とっておきだ。ついでに食らっとけ」
勝っちゃんは、空中で籠手のピンを抜いた。
この前の訓練で見せた、特大の爆破だ。
脳無の全身が、爆破の光に呑まれて消える。
衝撃波と風圧が、周囲の全員を襲った。
そして僕は、着地ついでに地面へ放り出される。
流石の戦闘センスだけど、容赦がない。
「……なるほど。ならば、もう一発」
その直後、脳無の頭部に衝撃が走った。
誰一人、予想していなかった一撃だ。
彼女は、切島君の腕を抜け出していた。
そして頭突きを、勢いよく叩き込む。
尤も、この攻撃は大したダメージになってない。
脳無は凍り付いたまま、未だ健在だ。
それを見た彼女は、直ぐこっちに下がる。
彼女の状態を考えたら、当然だろう。
なのに、自然と全員の恐怖が薄れた。
そして敵は、大きく動揺する。
「何なんだよ……何なんだよ、お前ッ!?」
「ヒーロー志望兼、医者志望です」
癒月さんもまた、未だ健在だった。
一体どれだけ、意識を失ったのだろう?
数秒か、数分か、それとも、もっとか。
気が付くと、私は切島君の腕の中に居た。
爆豪君の爆破が、脳無を呑み込んでいる。
それに加え、緑谷君と轟君も近くに居た。
どうやら私は、皆に助けられたらしい。
(緑谷君には……また説教が必要なようですが)
よく見ると、緑谷君の右腕は折れていた。
私を助けた時に、無茶をしたのだろう。
どうせ、身体が咄嗟に動いたとかの理由で。
そういうのは、本当に止めて欲しい。
今回ばかりは、あまり強く言えないが。
彼には直接の、健康指導が必要かもしれない。
とにかく今は、早々に処置を終わらせる。
「お、おい!?癒月!?そんなんアリか!?」
私は脳無に向かって、頭突きを放った。
大したダメージにはならないが、スッキリした。
ぼんやりとした思考が、一気にクリアになる。
ボーっとしていても、仕方がない。
原始的だが、歴としたショック療法だ。
あまりオススメはしないやり方だが。
思考を再度回しつつ、私は後ろに下がる。
「お前……大丈夫なのか?さっきまで意識が」
「問題ありません。戦闘可能です」
「それのどこがだ。引っ込んでろピンク髪」
「そうだぜ。お前の頑丈さはよく分かってるけどよ」
「癒月さんの両腕はもう……とにかく後ろに」
「緑谷君。貴方は後で説教です」
「なんで!?僕にだけ当たり強くない!?」
戦闘を続けようとする私を、全員が止めた。
医者がこの程度で倒れる訳ないのに、不服だ。
況して、ヒーローなら尚更の事だろう。
特に後者については、全員分かっているはずだ。
自分の限界と、その先ぐらいは見極めている。
「何度も、何度も、俺の邪魔をしやがって……!ゲームオーバーしたはずだ……!どうなってる……!?」
「貴方が見立てが単に甘っただけです」
「あぁ、くっそっ!!このチーターがァ!!」
「死柄木 弔……敵の挑発には───」
「黙れ……っ!!黒霧!!黙れェ……!!」
死柄木の機嫌は、最悪そのものだった。
首元を異常なまでに掻きむしっている。
自分の身体を傷つけて、何がしたいのだろう
隣の黒霧は、それにただ戸惑うだけだ。
あまり良い職場環境とは思えない。
ストレスによる不調が、早々に起こるだろう。
そもなくば、既に起こっている。
病原体の思考は、やはり理解出来ない。
「まぁ、あながち間違ってはいません。これに関しては、医療ではありません。ですが、貴方達は命を冒涜した。そして彼は、患者ですらない。処置を待つだけの遺体。気乗りはしませんが、使わせて貰います」
私はそう言って、個性を発動させた。
普段の私なら、これは絶対使わない。
母様にもお婆様にも、使うなと厳命されている。
これは医療の範疇を、超えた治療だ。
皆の忠告通り、私は下がるべきだろう。
しかし、医者の本能がそれを否定する。
終わらせるのも、
「毒あるもの、害あるものよ、全て去れ」
半透明のエネルギーが、全身を包み込んだ。
今の私が出来る、全力の治療だ。
後のことなど、考えている余裕はない。
どんなものも、使えるのなら使う。
ただ、目の前の処置だけに集中する。
「馬鹿な……治癒系の個性でも、此処までの回復は負荷が大きいはず。にも拘らず、骨折のみならず、全身の怪我までも、完全に回復させた……!?」
「何が医療だ……ただのチートだろ!!」
「その通りだと、言ったはずです」
そして、両腕の骨折と全身の裂傷は完治した。
その代わりの疲労感が酷いが、まだ動ける。
私の身体は常人より筋肉の密度が高い。
訓練の過程で、ミオスタチン関連筋肉肥大と近い特殊体質になり、それを可能な限り鍛えたからだ。
けれど、それはあくまで副産物に過ぎない。
訓練過程における筋肉の破壊。
自らの個性による修復。
そして、母様の個性による細胞の活性。
それを幾度となく、幾千と繰り返し続けた結果。
私の身体は筋肉密度が高くなっただけでなく、個性の発動に合わせ、身体が最適化されるよう変質した。
その変質例は、自発的自己治癒における超回復。
あるいは、自然治癒における常時回復。
治癒過程での、細胞活性を利用した身体強化。
それ等を自分に対し、全力で個性を発動している間、気力と体力が持つ限り、自分自身に行使出来る。
「脳無、殺せ!!あのクソガキを殺せェ!!」
氷結の拘束を解いた脳無は、突っ込んで来た。
超再生で身体を修復しながら、一直線に迫る。
それに対し、私は敢えて真っ向から挑んだ。
攻撃を腕で受けながらも、自らの拳を打ち込む。
肉を絶たせながら、脳無の顔面に拳を叩き込んだ。
その威力は、先のものと比較にならない。
そのままローキックを、ふくらはぎに放つ。
これによって、脳無は後退を余儀なくされた。
その間に、腕の傷はたちまち完治する。
「私が自分に治療を行い続ける限り、どんな攻撃も意味を成しません。
とはいえ、相手にしたって条件は同じだ。
脳無は私から受けた傷を、直ぐに回復させた。
同じ土俵に、ようやく立ったに過ぎない。
強化された身体能力も、たかが知れている。
持ち前の技術込みで、やっと脳無に届く程度だ。
相打ち覚悟でやったとしても泥仕合は必至。
それに私は、即死や欠損まで治療出来ない。
対して脳無は、それ等を容易にやってのける。
やはり、こちらが不利なままだ。
此奴を倒し切る事は、今の私には出来ない。
(それでも、救援が来るまで削る事は出来る)
被弾前提で、私は脳無と打ち合った。
殴打、蹴撃、締め技、投げ技。
必殺の一撃を休む事なく放ち続ける、
相手の動きに合わせ、執拗にカウンターをする。
骨にヒビが入り、何度も鮮血が走った。
衝撃で臓器が激しく揺れ動く。
傷は個性で直ぐ回復するも、疲労が蓄積する。
こればかりは、治癒の副作用だ。
徐々に動きが鈍くなっていくのを感じる。
「どうしてだ!?どうしてガキ一人殺せない?!」
しかし、脳無の動きもまた鈍くなっていた。
ついさっきよりも、再生の速度が遅い。
ほんの僅かだが、パワーが落ちている。
それに伴って、攻撃を躱せる回数も増えた。
やはり敵は、個性を過信している。
何度も言うように個性は所詮、身体機能。
人間が持つ機能の一つに過ぎない。
個性を行使し続ければ、いずれ身体に限界が来る。
複数の個性を持っていても、それは同じ。
ショック吸収にも、超再生にも限度がある。
限度を超えられなくても、近づけはする。
後のヒーローに託す事は出来る。
「そういいように、やらせるかよ……!!」
「オールマイトに遠く及びませんが……なんて身体能力。最早、別人だ。しかし、これぐらいの風圧ならば近づける。一度崩れれば、今度こそ終わりです」
そんな私の背後に、黒い渦が出現した。
黒霧がまたも、個性を発動させた。
死柄木の崩壊の手が、渦越しに伸びる。
脳無の攻撃に合わせ、挟み込む気だ。
避けようとすれば、脳無の拳をまともに受ける。
避けなければ、死柄木の個性で身体が崩壊する。
どちらに転んでも、この一発で状況は悪化する。
最早、これを避ける術は無い。
「それを俺等が、許す訳ないだろ」
「そう何度もやらせるかよ!!」
「スカしてんじゃねぇぞ!!モブ共!!」
「……っ……またしても……!!」
「五月蠅いだけの雑魚が……ッ!!」
しかし、チーム医療は、医療行為の基本。
轟君の大規模な氷壁が、死柄木達へ襲いかかる。
敵は対応する為、攻撃を止めざるを得ない。
そこに、爆豪君達は強襲を仕掛けた。
爆豪君は黒霧を、切島君は死柄木をそれぞれ狙う。
大きな爆破音と、拳を振るう音が響く。
とはいえ、攻撃はどちらも避けられた。
不意打ちとは程遠い以上、仕方ない。
それでも敵は、後退を余儀なくされる。
(倒なくても……一瞬怯ませるぐらい……っ!!)
そんな状況で、緑谷君が黙っている訳がない。
横方向から、強烈な風圧が脳無を襲った。
彼の左手の指の一つは、大きく腫れていた。
体育測定の時に見た、指のみの衝撃波だ。
彼は自分の身体を、なんだと思っている。
けれど、今はそれを気にしている暇は無い。
今ので、脳無の体勢は大きく崩れた。
狙うは一点。ぎょろりとした目と目の間。
人間の急所の一つ、眉間だ。
遺体であろうと、頭を潰せば関係ない。
彼は早く、眠らなければならない。
「……せめて、心に安寧が訪れる事を」
私の拳が、脳無の眉間を深く抉った。
脳無の身体がボールのように転がる。
それとほぼ同時、激しい痛みが全身を走った。
アドレナリンでは、もう誤魔化し切れない。
何十度にも及ぶ治癒で、体力も限界を超えている。
傷は癒せても、痛みまでは取り除けない。
思わず片膝をつき、肩で大きく息をした。
目がチカチカとして、視界もおぼつかない。
「立て脳無!!平和の象徴を殺す為にお前を連れて来たんだ!!ふざけるなぁ!!立って彼奴を殺せ!!」
朧げな視界の先で、何かが動いた。
それは痙攣しながらも、立ち上がった。
脳無はアレを受けても、健在だった。
誰かの叫ぶ声が、遠くで聞こえる。
動けと脳が、警鐘を鳴らしている。
けど、もう手も足も言う事を効かない。
外側は無事でも、内側はボロボロだ。
個性を発動させる事も出来ない。
これ以上、私に出来る処置は無い。
「後は、よろしくお願いします」
「あぁ……!!任せたまえ!!」
私の傍らで、凄まじい轟音が響いた。
迫っていた脳無が、真反対へ吹っ飛ぶ。
いくら何でも、来るのが遅過ぎる。
肝心な時にしか、役に立たない。
教師としては、三流もいいところ。
それでも、ヒーローとしてはやはり一流だ。
「もう大丈夫!!私が来た!!」
オールマイトの声が辺りに響いた。
こんな状態でも、否が応でも聞こえる。
無駄に圧が強く、大きな声。
それでいて、聞いていると何処か安心する。
その直後、誰かに抱きかかえられるのを感じた。
気が付くと、私は入り口前の下に居た。
私の他に、緑谷君達の姿もある。
オールマイトが、全員連れて来たらしい。
階段の上から、芦戸さん達が駆け寄って来る。
「皆、入口へ。彼女の事を頼む」
そう言って、オールマイトは飛び出して行った。
後は全て、彼に任せればいいだろう。
件の脳無も、あれだけ削れば大丈夫なはず。
もう間もなく、他の先生達も来る。
これでようやく、ゆっくり休める。
「癒月?!」「癒月ちゃん!?」「癒月さん!!」
そして今度こそ、私の意識は遠い彼方に沈んだ。