治療狂人のヒーローアカデミア   作:熊田ラナムカ27

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10 医者の誠意は最善

  

「そんな……酷い。癒月さん………」

 

「あれだけ押してたのに……たった一発で」

 

「嘘だろ……こんなのってねぇよ!!」

 

 僕達は相澤先生を連れて後ろに下がった。

 

 癒月さん一人に敵の相手を任せる事に、躊躇いはあったけど、それが一番だと思っていた。

 

 実際、彼女は終始敵を圧倒していた。

 

 あの脳無を、二度も倒してみせた。

 

 なのに、状況は一瞬でひっくり返った。

 

 彼女は吹き飛ばされ、仰向きに倒れている。

 

 息はあるみたいだけど、意識は無い。

 

 両腕はに至っては、完全に折れている。

 

 対する脳無は、余裕そのものだ。

 

 全身の傷も、ほとんど回復している。

 

「アレで形を保っているのか……化物め。今の攻撃で、ゲームオーバーなのは間違いないだろうけど」

 

「しかし、生かしたままにするには危険です」

 

「ああ、そうだな。彼奴は確実に殺す」

 

 そう言って、死柄木は癒月さんを指差した。

 

 脳無はのそのそと、その方向に歩き出した。

 

 今の彼女に、自衛出来る術は無い。

 

「や、やべぇ!?彼奴、本気で殺す気だ!!」

 

「先生達が……来る気配はまだ無いわね」

 

 咄嗟に、振り返ってUSJの入口を見た。

 

 入口は人一人分の隙間が開いてるのみだ。

 

 都合良く、誰かが来るなんて事は無い。

 

 今担いでる相澤先生も、とても戦えない。

 

 癒月さんの治療で、血が止まっているだけだ。

 

 階段の上に居る、13号先生も同じだろう。

 

 此処にプロヒーローは、誰一人居ない。

 

 ……それでも僕は、彼女を救けたい。

 

「み、緑谷ッ!?駄目だ!!戻れっ!!」

 

「緑谷ちゃん!!無茶よ!!」

 

 気付いた時には、身体が動いていた。

 

 僕は脳無は目掛けて、跳躍していた。

 

 どういう訳か、脚は折れていない。

 

 力の調整が、偶然にも上手く行った。

 

「癒月さんから、離れろっ!!」

 

 僕は全力の拳を、脳無に向かって振るった。

  

 轟音と共に、拳が腹へ直撃する。

 

 それとほぼ同時、激しい激痛が走った。

 

 今度は、力の調整が上手く行かなかった。

 

 力に耐え切れず、右腕の骨が折れる。

 

「あん?なんだ?そんなに死にたいのか?」

 

「浅はか。我々が手を出すまでもありません」

 

「まぁ、いいよ。どうせ全員殺すつもりだし」

 

 僕は顔面から、地面に転がった。

 

 逃げたい。逃げなきゃいけない。

 

 攻撃を、避けなきゃいけない。

 

 けど、痛みで身体が思うように動かない。

 

 そんな僕に、脳無は狙いを定めた。

 

 ぎょろりとした目が、僕を覗き見る。

 

 弱い自分に、どうしようもなく腹が立つ。

 

「どっけぇ!!邪魔だァ!!デク!!」

 

「俺の友達(ダチ)に!!何してんだぁ!!」

 

 その直後、脳無は体勢を大きく崩した。

 

 横方向からの不意打ちをモロに受けたからだ。

 

 頭部に、爆破と拳の痕が刻み込まれる。

 

 攻撃の主は、勝っちゃんと切島君だ。

 

 2人も此処まで、辿り着いたらしい。

 

「あの時の生徒……何時の間に」

 

「チッ。面倒だな。でも、この程度なら───」

 

「お前等。全員、その場から跳べ」

 

 脳無は攻撃を喰らっても尚、動き続けた。

 

 やはり、この攻撃もほぼ効いていない。

 

 けれど、その背後から冷気が迫っていた。

 

 この声と個性は、轟君のものだ。

 

 僕は勝っちゃんに背負われ、癒月さんは切島君に抱きかかえられ、その場から即座に離脱する。

 

 次の瞬間、脳無の下半身が凍り付く。

 

「とっておきだ。ついでに食らっとけ」

 

 勝っちゃんは、空中で籠手のピンを抜いた。

 

 この前の訓練で見せた、特大の爆破だ。

 

 脳無の全身が、爆破の光に呑まれて消える。

 

 衝撃波と風圧が、周囲の全員を襲った。

 

 そして僕は、着地ついでに地面へ放り出される。

 

 流石の戦闘センスだけど、容赦がない。

 

「……なるほど。ならば、もう一発」

 

 その直後、脳無の頭部に衝撃が走った。

 

 誰一人、予想していなかった一撃だ。

 

 彼女は、切島君の腕を抜け出していた。

 

 そして頭突きを、勢いよく叩き込む。

 

 尤も、この攻撃は大したダメージになってない。

 

 脳無は凍り付いたまま、未だ健在だ。

 

 それを見た彼女は、直ぐこっちに下がる。

 

 彼女の状態を考えたら、当然だろう。

 

 なのに、自然と全員の恐怖が薄れた。

 

 そして敵は、大きく動揺する。

 

「何なんだよ……何なんだよ、お前ッ!?」

 

「ヒーロー志望兼、医者志望です」

 

 癒月さんもまた、未だ健在だった。

 

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 一体どれだけ、意識を失ったのだろう?

 

 数秒か、数分か、それとも、もっとか。

 

 気が付くと、私は切島君の腕の中に居た。

 

 爆豪君の爆破が、脳無を呑み込んでいる。

 

 それに加え、緑谷君と轟君も近くに居た。

 

 どうやら私は、皆に助けられたらしい。

 

(緑谷君には……また説教が必要なようですが)

 

 よく見ると、緑谷君の右腕は折れていた。

 

 私を助けた時に、無茶をしたのだろう。

 

 どうせ、身体が咄嗟に動いたとかの理由で。

 

 そういうのは、本当に止めて欲しい。

 

 今回ばかりは、あまり強く言えないが。

 

 彼には直接の、健康指導が必要かもしれない。

 

 とにかく今は、早々に処置を終わらせる。

 

「お、おい!?癒月!?そんなんアリか!?」

 

 私は脳無に向かって、頭突きを放った。

 

 大したダメージにはならないが、スッキリした。

 

 ぼんやりとした思考が、一気にクリアになる。

 

 ボーっとしていても、仕方がない。

 

 原始的だが、歴としたショック療法だ。

 

 あまりオススメはしないやり方だが。

 

 思考を再度回しつつ、私は後ろに下がる。

 

「お前……大丈夫なのか?さっきまで意識が」

 

「問題ありません。戦闘可能です」

 

「それのどこがだ。引っ込んでろピンク髪」

 

「そうだぜ。お前の頑丈さはよく分かってるけどよ」

 

「癒月さんの両腕はもう……とにかく後ろに」

 

「緑谷君。貴方は後で説教です」

 

「なんで!?僕にだけ当たり強くない!?」

 

 戦闘を続けようとする私を、全員が止めた。

 

 医者がこの程度で倒れる訳ないのに、不服だ。

 

 況して、ヒーローなら尚更の事だろう。

 

 特に後者については、全員分かっているはずだ。

 

 自分の限界と、その先ぐらいは見極めている。

 

「何度も、何度も、俺の邪魔をしやがって……!ゲームオーバーしたはずだ……!どうなってる……!?」

 

「貴方が見立てが単に甘っただけです」

 

「あぁ、くっそっ!!このチーターがァ!!」

 

「死柄木 弔……敵の挑発には───」

 

「黙れ……っ!!黒霧!!黙れェ……!!」

 

 死柄木の機嫌は、最悪そのものだった。

 

 首元を異常なまでに掻きむしっている。

 

 自分の身体を傷つけて、何がしたいのだろう

 

 隣の黒霧は、それにただ戸惑うだけだ。

 

 あまり良い職場環境とは思えない。

 

 ストレスによる不調が、早々に起こるだろう。

 

 そもなくば、既に起こっている。

 

 病原体の思考は、やはり理解出来ない。

 

「まぁ、あながち間違ってはいません。これに関しては、医療ではありません。ですが、貴方達は命を冒涜した。そして彼は、患者ですらない。処置を待つだけの遺体。気乗りはしませんが、使わせて貰います」

 

 私はそう言って、個性を発動させた。

 

 普段の私なら、これは絶対使わない。

 

 母様にもお婆様にも、使うなと厳命されている。

 

 これは医療の範疇を、超えた治療だ。

 

 皆の忠告通り、私は下がるべきだろう。

 

 しかし、医者の本能がそれを否定する。

 

 脳無(かれ)このままにする事は決して出来ない。

 

 終わらせるのも、医者(わたし)の仕事だ。

 

「毒あるもの、害あるものよ、全て去れ」

 

 半透明のエネルギーが、全身を包み込んだ。

 

 今の私が出来る、全力の治療だ。

 

 後のことなど、考えている余裕はない。

 

 どんなものも、使えるのなら使う。

 

 ただ、目の前の処置だけに集中する。

 

「馬鹿な……治癒系の個性でも、此処までの回復は負荷が大きいはず。にも拘らず、骨折のみならず、全身の怪我までも、完全に回復させた……!?」

 

「何が医療だ……ただのチートだろ!!」

 

「その通りだと、言ったはずです」

 

 そして、両腕の骨折と全身の裂傷は完治した。

 

 その代わりの疲労感が酷いが、まだ動ける。

 

 私の身体は常人より筋肉の密度が高い。

 

 訓練の過程で、ミオスタチン関連筋肉肥大と近い特殊体質になり、それを可能な限り鍛えたからだ。

 

 けれど、それはあくまで副産物に過ぎない。

 

 訓練過程における筋肉の破壊。

 

 自らの個性による修復。

 

 そして、母様の個性による細胞の活性。

 

 それを幾度となく、幾千と繰り返し続けた結果。

 

 私の身体は筋肉密度が高くなっただけでなく、個性の発動に合わせ、身体が最適化されるよう変質した。

 

 その変質例は、自発的自己治癒における超回復。

 

 あるいは、自然治癒における常時回復。

 

 治癒過程での、細胞活性を利用した身体強化。

 

 それ等を自分に対し、全力で個性を発動している間、気力と体力が持つ限り、自分自身に行使出来る。

 

「脳無、殺せ!!あのクソガキを殺せェ!!」

 

 氷結の拘束を解いた脳無は、突っ込んで来た。

 

 超再生で身体を修復しながら、一直線に迫る。

 

 それに対し、私は敢えて真っ向から挑んだ。

 

 攻撃を腕で受けながらも、自らの拳を打ち込む。

 

 肉を絶たせながら、脳無の顔面に拳を叩き込んだ。

 

 その威力は、先のものと比較にならない。

 

 そのままローキックを、ふくらはぎに放つ。

 

 これによって、脳無は後退を余儀なくされた。

 

 その間に、腕の傷はたちまち完治する。

 

「私が自分に治療を行い続ける限り、どんな攻撃も意味を成しません。()()()()()()()、私が()()()()()()()()()。貴方達の望んでいる死は誰にも訪れない」

 

 とはいえ、相手にしたって条件は同じだ。

 

 脳無は私から受けた傷を、直ぐに回復させた。

 

 同じ土俵に、ようやく立ったに過ぎない。

 

 強化された身体能力も、たかが知れている。

 

 持ち前の技術込みで、やっと脳無に届く程度だ。

 

 相打ち覚悟でやったとしても泥仕合は必至。

 

 それに私は、即死や欠損まで治療出来ない。

 

 対して脳無は、それ等を容易にやってのける。

 

 やはり、こちらが不利なままだ。

 

 此奴を倒し切る事は、今の私には出来ない。

 

(それでも、救援が来るまで削る事は出来る)

 

 被弾前提で、私は脳無と打ち合った。

 

 殴打、蹴撃、締め技、投げ技。

 

 必殺の一撃を休む事なく放ち続ける、

 

 相手の動きに合わせ、執拗にカウンターをする。

 

 骨にヒビが入り、何度も鮮血が走った。

 

 衝撃で臓器が激しく揺れ動く。

 

 傷は個性で直ぐ回復するも、疲労が蓄積する。

 

 こればかりは、治癒の副作用だ。

 

 徐々に動きが鈍くなっていくのを感じる。

 

「どうしてだ!?どうしてガキ一人殺せない?!」

  

 しかし、脳無の動きもまた鈍くなっていた。

 

 ついさっきよりも、再生の速度が遅い。

 

 ほんの僅かだが、パワーが落ちている。

 

 それに伴って、攻撃を躱せる回数も増えた。

 

 やはり敵は、個性を過信している。

 

 何度も言うように個性は所詮、身体機能。

 

 人間が持つ機能の一つに過ぎない。

 

 個性を行使し続ければ、いずれ身体に限界が来る。

 

 複数の個性を持っていても、それは同じ。

 

 ショック吸収にも、超再生にも限度がある。

 

 限度を超えられなくても、近づけはする。

  

 後のヒーローに託す事は出来る。

 

「そういいように、やらせるかよ……!!」

 

「オールマイトに遠く及びませんが……なんて身体能力。最早、別人だ。しかし、これぐらいの風圧ならば近づける。一度崩れれば、今度こそ終わりです」

 

 そんな私の背後に、黒い渦が出現した。

 

 黒霧がまたも、個性を発動させた。

 

 死柄木の崩壊の手が、渦越しに伸びる。

 

 脳無の攻撃に合わせ、挟み込む気だ。

 

 避けようとすれば、脳無の拳をまともに受ける。

 

 避けなければ、死柄木の個性で身体が崩壊する。

 

 どちらに転んでも、この一発で状況は悪化する。

 

 最早、これを避ける術は無い。

 

「それを俺等が、許す訳ないだろ」

 

「そう何度もやらせるかよ!!」

 

「スカしてんじゃねぇぞ!!モブ共!!」

 

「……っ……またしても……!!」

 

「五月蠅いだけの雑魚が……ッ!!」

 

 しかし、チーム医療は、医療行為の基本。

 

 轟君の大規模な氷壁が、死柄木達へ襲いかかる。

 

 敵は対応する為、攻撃を止めざるを得ない。

 

 そこに、爆豪君達は強襲を仕掛けた。

 

 爆豪君は黒霧を、切島君は死柄木をそれぞれ狙う。

 

 大きな爆破音と、拳を振るう音が響く。

 

 とはいえ、攻撃はどちらも避けられた。

 

 不意打ちとは程遠い以上、仕方ない。

 

 それでも敵は、後退を余儀なくされる。

  

(倒なくても……一瞬怯ませるぐらい……っ!!)

 

 そんな状況で、緑谷君が黙っている訳がない。

 

 横方向から、強烈な風圧が脳無を襲った。

 

 彼の左手の指の一つは、大きく腫れていた。

 

 体育測定の時に見た、指のみの衝撃波だ。

 

 彼は自分の身体を、なんだと思っている。

 

 けれど、今はそれを気にしている暇は無い。

 

 今ので、脳無の体勢は大きく崩れた。

 

 狙うは一点。ぎょろりとした目と目の間。

 

 人間の急所の一つ、眉間だ。

 

 遺体であろうと、頭を潰せば関係ない。

 

 彼は早く、眠らなければならない。

 

「……せめて、心に安寧が訪れる事を」

 

 私の拳が、脳無の眉間を深く抉った。

 

 脳無の身体がボールのように転がる。

 

 それとほぼ同時、激しい痛みが全身を走った。

 

 アドレナリンでは、もう誤魔化し切れない。

 

 何十度にも及ぶ治癒で、体力も限界を超えている。

 

 傷は癒せても、痛みまでは取り除けない。

 

 思わず片膝をつき、肩で大きく息をした。

 

 目がチカチカとして、視界もおぼつかない。

 

「立て脳無!!平和の象徴を殺す為にお前を連れて来たんだ!!ふざけるなぁ!!立って彼奴を殺せ!!」

 

 朧げな視界の先で、何かが動いた。

 

 それは痙攣しながらも、立ち上がった。

 

 脳無はアレを受けても、健在だった。

 

 誰かの叫ぶ声が、遠くで聞こえる。

 

 動けと脳が、警鐘を鳴らしている。

 

 けど、もう手も足も言う事を効かない。

 

 外側は無事でも、内側はボロボロだ。

 

 個性を発動させる事も出来ない。

 

 これ以上、私に出来る処置は無い。

 

「後は、よろしくお願いします」

 

「あぁ……!!任せたまえ!!」

 

 私の傍らで、凄まじい轟音が響いた。

 

 迫っていた脳無が、真反対へ吹っ飛ぶ。

 

 いくら何でも、来るのが遅過ぎる。

 

 肝心な時にしか、役に立たない。

 

 教師としては、三流もいいところ。

 

 それでも、ヒーローとしてはやはり一流だ。

 

「もう大丈夫!!私が来た!!」

 

 オールマイトの声が辺りに響いた。

 

 こんな状態でも、否が応でも聞こえる。

 

 無駄に圧が強く、大きな声。

 

 それでいて、聞いていると何処か安心する。

 

 その直後、誰かに抱きかかえられるのを感じた。

 

 気が付くと、私は入り口前の下に居た。

 

 私の他に、緑谷君達の姿もある。

 

 オールマイトが、全員連れて来たらしい。

 

 階段の上から、芦戸さん達が駆け寄って来る。

 

「皆、入口へ。彼女の事を頼む」

 

 そう言って、オールマイトは飛び出して行った。

 

 後は全て、彼に任せればいいだろう。

 

 件の脳無も、あれだけ削れば大丈夫なはず。

 

 もう間もなく、他の先生達も来る。

 

 これでようやく、ゆっくり休める。

 

「癒月?!」「癒月ちゃん!?」「癒月さん!!」

 

 そして今度こそ、私の意識は遠い彼方に沈んだ。

 

 

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