星穹列車と豊穣の行人   作:メラニンEX

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感覚が空きました。よろしくお願いします


ヒアンシー/アナイクス

 

 

 

 オクヘイマで昏光の庭を再稼働してから少しして、ヒアンシーはその戸口に薄布をかけ始めた。ペールグリーンに青の混ざった、涼し気で清潔な色の透けた布だ。薄布の向こう側に人がいるのは分かっても、そのはっきりとした面立ちや服までは見えないし、布を通した光はずいぶん微かで淡いものになる。そういう透明度の、きれいな布切れ。

 

患者たちや近隣の住民には好評だった。目にも涼やかで、風が通るとやわらかに布がたなびく様子がよい、と言われたので、次は裾に小さな鈴を縫い付けた。

 

うるさくない程度のきらきらとした音が、布が動くたびに可愛らしく鳴るので、ヒアンシーは我ながらこのアイデアにとても満足した。それ以来、ちりん、ちりりん、とペールグリーンの色と鈴の音を携えた、目に見える風が、生まれては走り出していく。

 

 

「ヒアンシー、洗濯用の石鹸ってまだある?洗い場はもうそろそろ切れちゃいそうだよ」

 

のんびりと、『戸口に薄布を取り付ける原因』となった女がそんなことを言い出したので、彼女は天上近くの戸棚を開けて目を凝らした。まだオクヘイマで再稼働して日も浅いため、樹庭から運び出した荷物や新しく買い込んだ物資はいまだに大変雑多としている。もっと言葉を選ばずいうなら、散らかっている。

 

「石鹸ですか?うーん、このあたりの箱にまとめて置いたはずなんですが……」

 

脚立に載って箱をひっぱりだそうとすると、予想より遥かに重かったそれが、引き出したはずみに中身をぽん、と吐き出そうとした。慌ててキャッチするにも脚立の上は不安定で、咄嗟に動くには不向き──イカルン、おいで!と翼を持つ小さな相棒をヒアンシーが呼ぼうとするよりも早く、背後から伸びてきた奇妙な触手のような何かが、飛び出したいくつかの石鹸と箱を掴み、彼女の背を支えていた。

 

「あれ、大丈夫、ヒアンシー?怪我はないよね?」

「ありがとうございます、カーラたん!おかげで助かりました。石鹼、まだまだ在庫があるみたいですね。当分は買いにいかなくてよさそうです」

「どういたしまして。それじゃ、洗い場の方は1個だけでいいから、あとは戻しておくね」

 

背に触れていた硬い骨のような…というか、骨そのものの感触が遠ざかり、ひょいっと石鹸を箱に入れると、よどみなく戸棚に箱ごと押し込んだ。そのまま、するすると洗い場の方に引っ込んでいく骨だけの尻尾のような、はたまた背骨の延長のような何かを見ながら、ヒアンシーはつくづく、便利なものだなあ、と感嘆した。

 

 アグライアから少し前に紹介された、天外からのお客様たち。列車に乗って星々を巡っているという3人のうちのひとりは、その珍しい性質を持ってしてヒアンシーら黄金裔を大いに驚かせた。不老不死の種族で、強い太陽の光と特別な鉱石が苦手で、血液が主食(このせいでアグライアから大いに顰蹙を買っていた)、おまけに自分の体を好き勝手に弄り回せるんだとか。

 

そりゃあオンパロスにだって長命の人物はいるし、不死身の戦士もいるし、何なら血を飲む風習だってかつてのクレムノスにはあったらしいけれど、それらを全部兼ね備えた種族や都市国家なんて聞いたこともない。そんなわけで天外との交流手段を持たないオンパロスで生まれ育った黄金裔たちはみな、突如として現れたお客様たちや摩訶不思議な外の世界に興味津々なのだった。

 

ふう、と脚立を片付けたヒアンシーは、向こう側の洗い場でのんびりと──もこもこの泡にまみれながらシーツを洗うカーラを見た。彼女がこの、新しい昏光の庭の手伝いをし始めたのはつい最近のことで、雲石市場であれこれ物資を買い集めていたヒアンシーの荷物の山を見かねて、手伝うよ、と親切に声をかけてくれたことに端を発していた。それ以来、カーラは暇があればせっせと昏光の庭で雑用を喜んでこなしてくれている。

 

先だってニカドリーの討伐にも参加していたと聞くし、ファイノンやモーディスからも一目置かれるような剣士だと聞いていたから、ヒアンシーはてっきり、いかにも武張った軍人を想像していたのだけれど、会って実際に話した彼女はその予想とはまるきり違っていた。医者としては心配になるほど痩せた体に、剣ダコのひとつもない手。不思議な装束に身を包んだカーラはのんびりとした、物腰の柔らかい、いたって普通のひとのようだった。剣を握って戦う姿があまり思い浮かべられないほど──たぶん、ヒアンシー自身も同じようなことを周りのひとに思われていることは棚に上げるとしても/横に置くとしても、だ。

 

洗い場の方では、舞い上がる泡を嬉しそうにつついているイカルンを、笑って見ているカーラが構ってやっている。丸々とした可愛いペーガソスは、このお客人がねだればすぐにリンゴをくれる人物であることを知っているからか、当初からずいぶんと懐いていて、彼女の周囲をふよふよと漂っていることも珍しくなかった。やがてシーツを洗い終わったカーラは、イカルンに手伝ってもらいながらそれを干し終わると、籠を片手にこちらへ歩み寄ってきた。

 

「洗濯は終わったよ、ヒアンシー。なにか足りない物があれば、買い物にでも行ってこようか?」

「そうですね。ちょうど包帯とカルテ用の紙が少なくなっていた、かも……」

 

言いかけたときに、ちょうどちりん、と鈴が鳴って、強い風に薄布が巻き上がった。

──庭の入り口を涼しい翠の風が通りぬけて、白昼のまばゆい光が何にも遮られずに、つきんと真っ直ぐ差し込んでくる。

 

咄嗟に光を遮るようにしてヒアンシーがカーラの前に立つと、彼女も慌ててその陰に隠れるように身を縮めた。目を灼くつよい光に晒されたのはほんの一瞬のことで、風はすぐに走り去ってゆき、次の瞬間に光は元の通りにそよぐ薄布に遮られて淡いものへと戻っていた。

 

「だ、大丈夫ですか、カーラたん!光を浴びちゃったりは……」

「びっくりした……うん、大丈夫。ヒアンシーが庇ってくれたおかげで焼けずに済んだよ。ありがとうね」不死身と言えど、流石に肝の冷えた顔でカーラはこっくり頷く。

 

角度からして完全な日陰に移動しながら、ヒアンシーは新しい友人の体に支障がないか、上から下までじっと観察した。髪の毛──顔─腕──足、どこにも火傷や焦げたような匂いはない。少女はほっと息をつく。ただ、実のところ、ヒアンシーはカーラのような生き物を見るのは人生で初めてのことだったから、彼女が日を浴びたらどのような症状が出るのか知らないし、どのくらいの強さの光から彼女の体にとって有害な範囲となるのかも知らない。もしかして自分が読み取れないだけで、内部に異常が出ていたりしないかしらん、とヒアンシーはカーラの顔を覗き込んだ。

 

「本当になんともないですか?私はカーラたんみたいなアスラの治療をしたことがありませんから、お力になれるか分かりませんけど……痛みや異常は?」

「嘘じゃないよ、ほんとに何もないから心配しなくていいんだよ。アスラは確かに光に弱いけど、私は同族の中でもうんと頑丈なほうだし、全身を恒星の直射光に晒すからくらいじゃないと死んだりしない。その上さっきはヒアンシーの陰に隠れたから、どこにも光は当たらなかったの」

 

ね、と掌を上に向けた彼女は、ヒアンシーを安心させるように、目を合わせて微笑んだので、ヒアンシーもありもしない傷を疑うのはよそう、追及をひっこめた。

 

(でも、光が直接の死因になる種族がいるなんて……)

彼女に会うまでは思いもよらなかったな、と天空の民の子孫は、そう思った。医師として、その生き物の生態を哀れんだりなんてことはしないけれど、もし自分が同じような体質になったとしたら、曇り空から指すやわらかな微光や、まばゆい蒼空が恋しくてたまらなくなるだろうな、とは容易に想像がついた。

 

世界を照らし、生命をはぐくみ、本来は年月の基盤となる光を忌避するその生態は、いかにして生まれたものなのだろう、と考えたところで、思考を読んだかのように硬質な声が耳朶を打った。

 

「噂には聞いていましたが、本当に光を忌避する種族なのですね」

声の主は、椅子に座ってカーラの端末を操作しているアナイクスだった。うつくしい混色の隻眼が、興味深そうにカーラを睥睨している。

 

 

 天外の世界の知識に興味を示していたこの学者は、まず初めに星を質問攻めにしてうんざりさせ、次にカーラにも同じことをしたが彼女の説明の下手さに呆れて、直接彼女の携帯端末であらゆる情報を読みふけっているのが現状だった。──なぜそれを昏光の庭でやっているのかはいまいち謎だが、ともかく彼はカーラの少し古い型番の携帯端末を片手に、自分の石板やノートに何やら書き留めてはぶつぶつと独り言を言っては、庭の患者たちを怖がらせている。

 

「そうだよ、アナクサゴラス先生。まさか信じてなかったの?」

「いいえ。しかし、貴女が口にした『光が苦手』の定義が不明瞭だったため、詳細をはかりかねていました。光を過敏に感じ取る性質の類かと推測していましたが、その様子から察するに、命に関わるほどの支障が出るのですね」

いかにも学者らしい、角ばった物言いに、カーラはこっくりと頷いた。

「うん。一般的にアスラの体は恒星の光を浴びると、焼けて一瞬で灰になって死んじゃうの。詳しいメカニズムは、だいたい判明してるんだっけ?うーん……なんだか、私たちの体内にいる微生物だかウイルスだかがどうとか言ってたっけ……?ごめんね先生、前にナルギスに教えてもらったはずなんだけど、忘れちゃった」

「ほう。灰となって死ぬ、とは。人間にとっては生存に不可欠な光が、貴女がたにとっては劇的で不可逆な変化をもたらす物質となる……それは生まれついての形質ですか?」

 

カーラはヒアンシーと目をちらっと合わせて、また始まったぞ、という感情を共有した。この終生の学者と言えば、カーラの携帯端末を手にした瞬間からこの調子で、時折挟まれる質問は2、3個目で既にカーラや星の手に負えるものではなくなり、それを察したアナイクスは己の求める答えすら自分で携帯端末の中から探し出すか、そうでなければ勝手に己で導き出していた。カーラは質問が来なくなってよかった、と内心胸を撫でおろしていたが、どうもまたその安心を手放さなければならなさそうだ、とがっかりする。

 

「違うよ、生まれついてのアスラはいないからね。私たちは全員もとは人間で、どこかのタイミングでアスラに血を吸われて殺された後、体内にアスラの血を入れることで蘇り、アスラになる。そのときから恒星の光が弱点になるんだよ」

「ふむ。このスターピース・ペディアやいくつかの電子論文によると、『恒星』の定義は『自ら光を発し、その質量がもたらす重力による収縮に内部からの圧力で支えているガス体の天体』『知的生命体が発生する確率の高い惑星は、この恒星を中心とした星系に属することが多い』との記述があります……興味深い。タイタンどうこうという嘆かわしい俗説ではなく、私やわが師の考えてきたものとも異なる天体理論です」(天外との通信は制限されているはずなので電子ジャーナルへの接続は無理なのでは?先生なら推論で辿り着けそうですが……)

「ふーん?まあ、先生のお気に召したならよかったよ。多分私よりその端末を有効活用してそうだし……この端末で電子論文の掲載サイトなんか覗いたことなかったもの。学のあるひとは、世の中にあるもの全てを教材にできるからすごいよねえ」

 

学問の話にはあまり興味のなさそうなカーラに、アナイクスは眉を顰めた。この天外から来た客人たち──丹恒はまだしも、他二人は──オンパロスよりも技術水準の進んだ世界を旅しているはずが、自分の暮らす世界についてアナイクスがあれこれ尋ねても知らないことが多い。その上に知らないことを積極的に学ぶ姿勢もあまりない──「学術的でない」態度に賢者は呆れた。そうして教師でもある彼は、端末の電源を落としてからカーラの方に向き直った。

 

「学のあるひと、と他人ごとのように貴女は言いますが、万物を教材とできるかどうかを決めるのは才能や修めてきた知識の量には左右されません。例えば……私は貴女から齎されたこの携帯端末によって初めて天外の天文学に触れましたが、それでも貴女にひとつの推論を提唱することができます」

「す、推論。アナクサゴラス先生、あんまり難しいものだと私じゃ答えられないと思うけど……」おろおろと、難しそうな話!と狼狽えるカーラをぴしゃりとアナイクスは一蹴する。

「難しくはありませんよ。貴女にとっても身近なものに関する、『もしかするとこうではないか』という可能性の話です。カーラ、このオクヘイマに偽りの白昼をもたらすもの……住民たちがこぞって崇める神跡、『黎明のミハニ』が見えていますね」

カーラは頷く。薄布を隔て致死性を取り除いてなおまぶしい、ひかり輝く球。聖都を照らすそれは、はっきりと視界に収まっている。

「よろしい。──では。天外の定義上、『黎明のミハニ』は恒星に分類できるでしょうか?」

「えっ」カーラは虚を突かれて、コバルトブルーの瞳を丸くした。

 

 

彼女はそのことについて、取り立てて深く考えたことはなかった。銀河にある文明が発生する星はほとんどの場合恒星の周りを公転する惑星で、そこには当然恒星からの光を受ける面と受けない面が──つまりは夜と昼が存在する。アスラにとって、昼とはすなわち死そのものを意味していた。なので当然、オクヘイマの永遠の白昼は彼女にとって致死性のものであるだろう、と漠然と考えていたが……よく考えると、たしかにおかしい。

 

まず、黎明のミハニは、オンパロスという星の中でケファレの肩に担がれている。逆に恒星は基本的に星系の中心に位置し、何千何億キロも離れた場所にあるのが普通だ。惑星の中にある恒星とは、そもそも存在が矛盾している。

それに、途轍もない高温になるはずの恒星がこの距離にあって、オクヘイマの気温はごく普通の、せいぜい20度台だ。一般的な恒星にこの距離で近づけば人間など跡形もなく融解するはずだが、そのようなことはまるで起こっていない。

 

(あれ?よく考えてみたら、あんまり当てはまって……ないかも?)

 

「分類……できない?のかな?よく考えたら、ほとんどの恒星はミハニより大きいはずだし、この距離でぜんぜん熱くないのも変な話だし……」

「この電子論文たちが間違っていない限りは、恐らくそうでしょう。ミハニは恒星の条件をまったく満たしていない。すなわち──」

教師らしい、ややもったいぶった言葉の切り方を拾って、ヒアンシーが首を傾げた。

「え?それじゃあ、私はさっきカーラたんが危ないと思って庇いましたけど、ミハニの光はカーラたんに有害じゃないってことですか?」

「その可能性が高いと、私は踏んでいます。カーラ、貴女は蝋燭の光や石板の画面から放たれる光を避けていないことから察するに、恒星からの光にのみ含まれる特定の物質あるいは波長が貴女方の肉体に害があるのでしょう」

カーラは慌てて頷いた。彼はまだスターピースペディアの『アスラ/夜泳人』の項目を読んでいなさそうなのに、まるでとっくの昔に理解し終えたようにすらすらと事実を当てていく。賢い人は、例え知らない分野だとしても推測の解像度がおそろしく高いんだなあ、と半ばあきれたような気持でカーラはアナイクスを見た。

「う、うん。恒星からの光に含まれるハロン波長っていうのが、私たちの体には有害なの」

「当たっていたようですね。ミハニはオクヘイマ全体を照らすほどの輝度を誇りながら、ほとんど熱を発さない不可思議な物体です。しかし、データベースにある限りの恒星には当てはまらない。──つまりは、この光に当たっても問題ないのでは?」

「…………」

 

カーラはしばし、目を瞬かせた。昼とは死そのものだ。触れれば肉体が灰と化し、あっという間に崩れ去るのが、アスラになってからの自然の摂理だった。身をもって確かめたことすらある。遠い昔、全身に恒星の光を浴びたとき、彼女は本当に灰になったのだから。しかし、この永遠の白昼の光は、昼によく似た不可思議なものだから大丈夫なのではないか、と言う。それは今までの常識を根底からひっくり返すものだったから、カーラは頭の中でアナイクスの言ったことを3たび繰り返し繰り返しとなえ、それから床に淡く差している陽光を見た。

 

この前腕をつかんだときのキャストリスも、今の自分と似たような気持ちだったのか、とふと思う。今までの常識を覆すものが当たり前のように目の前にあって、長らく叶わなかった自分の望みがかくもあっさりと叶ってしまいそうだ、という拍子抜けるような感覚。

 

彼女はおろおろと、床に投げかけられた淡い日差しとアナイクスたちの顔を見比べて、触れるべきか躊躇うように視線をさ迷わせた。嬉しいのか、恐れているのか、あるいは戸惑っているのか、様々な感情の入り混じった顔のカーラに、ヒアンシーは「無理をして触れようとしなくてもいいんですよ」と窘めようとして、結局それは為されなかった。それよりも早く、トレンカに包まれたカーラの足が踏み出されて一瞬立ち止まり、そうして戸口の薄布を少し持ち上げて、ミハニの光の下に足をじかに晒した。

 

「あ……」

明るい昼の光に、トレンカに包まれていない爪先と踵が照らされている。無色透明の光線に、血管が透けて見えていた。柔らかい日差しが、夜の生きものであるはずのカーラの肉体を、灰にすることもなく、ただあるがままに。存在している。できている、許されている。こうこうと輝く、黎明のミハニに。

カーラは誘われるように、ふらりと戸口の外へ歩を進めた。何百年かぶりの昼の世界の中で、雲石市場の白い家々が、町ゆく人々が、不可思議なオンパロスの建造物が──頭上には青い空が広がっていた。目に沁みて痛いほどまぶしい、蒼穹だ。アナイクスの言うように、偽りの昼などとはとても思い難いほどだった。

 

(いつぶりだろう……)

カーラは呆然とそう考えた。日に当たっても死ななかった人間の頃は、もはや思い出すのも難しいほど遠くなった。アスラになって、一度焼け死んだのも昔の話だ。全てが懐かしいを通り越して、こんな風だっただろうか?という疑念すら抱かせた。昼の光はこんな風に透き通って目に沁みただろうか、昼の風はこんな風にぬるく肌に触れただろうか、空はこんなにも鮮やかな色をしていただろうか。呆然と宙を見上げるカーラを、ヒアンシーは歓びと心配が半々に混ざった顔で覗き込んだ

 

「カーラたん、大丈夫ですか?ミハニの光で焼けないのが分かってよかったですけど……」

「……」

「カーラたん?」

「………、……」

 

黎明の光をいっしんに浴びながら、カーラは声が聞こえていないかのように、突っ立っている。黒色の睫毛が日に透けて、コバルトブルーの瞳の上にきらきらと光の粒を落としている。きれいな人だな、とヒアンシーが場違いにも考えたところで、かけた声から三拍ほど遅れてようやっと、彼女の瞳がはっと大きく見開かれた。夜の美しい部分を写し取った瞳が、見たこともないほどきらきらと光っている。

 

「……や、焼けてない!灰にもなってない!お昼間に外出て、いきてる!」

「そうですよカーラたん!怪我なしで、お外に出られてます!」

「きゃ~~~~~~!うれしい!何百年ごしの夢があっさり叶っちゃった!どうしよう!?とりあえずハグ、ハグしよう、ヒアンシー!」

 

ハグ!とぎゅっと抱き着いてきたカーラを、ヒアンシーは抱き返した。肉付きの薄い、氷のようにひんやりした体はヒアンシーよりも少し硬くて、でも喜ぶウサギみたいにぴょんぴょんと跳ねているのがなんだか可愛くて、ヒアンシーは笑ってしまう。

 

アナクサゴラス先生もハグしよう、と誘って冷たく断られているのを横目に、嬉しそうに──ほんとうに噛みしめるように嬉しそうに目を輝かせたカーラはおもむろに、背骨のあたりからゴキ、だかボキだか不吉な音を鳴らすと、背中からにゅっと1対の翼を文字通り「生やした」。あっという間に骨と肉を備えた、蝙蝠によく似た黒い翼を作り出した彼女は、にこっと笑った。

 

「ああ嬉しい!嬉しくてじっとしてられないから、ちょっと飛んでくる!ヒアンシーも行こうよ」

ね、と断られることを全く予想だにしない顔でカーラがそういうものだから、ヒアンシーは嬉しさ半分、ちょっと困った気持ち半分でアナイクスを見る。恩師は肩をすくめるだけだった。

「カーラたんが私を背負ってくれるんですか?」

「背負うと飛びにくいから抱っこかなあ。やだったらイカルンに乗ってもいいし」

「うーん、それじゃあイカルンに久しぶりに頑張ってもらいましょう!大きい方のイカルンの姿、カーラたんにお見せしたことなかったですよね?とってもかっこいいんですよ」

 

庭の端っこでリンゴをかじっている相棒を呼びに行っていると、手持無沙汰なのかカーラはそわそわと生やした翼で既に宙に浮いていた。ホバリングするように、楽し気な爪先が小気味よいリズムで揺れている。ご機嫌な彼女の横顔が、すっかり開け放たれた戸口の光に照り映えて淡く光っていた。そのあまりにも歓びの色に満ちた、きれいな鼻梁を見ながら、ヒアンシーはエーグルがケファレに「黎明のミハニ」を授けてくださってよかった、と思そんな考えが頭をよぎった。

 

まばゆい光を放ちながら、それに比例するはずの熱を持たず、世界を照らす贈り物。エーグルが授け、ケファレが火を灯して今に至るもの。この贈り物こそが、闇に包まれたオンパロスの中でオクヘイマを永遠の白昼に包み、そうしてこのお客人の長らくの夢を叶えてくれている。

 

タイタンも喜ぶ、なんて言うとアナイクスに鼻で笑われそうだけれど。そうだといいな、とヒアンシーは思った。自ら作ったものが、まったく予期せぬところで、まったく予想だにしないひとに光を与えて、これほどまでに歓びに満ちているのを、嬉しく思わないものなんていないと彼女は信じているので。

 

(戻ってきたら、戸口の布をはずそう)

もう光は彼女を害することはない。それなら、このお客人がオクヘイマにいるときくらいは明るい陽だまりを思う存分楽しんでほしい、とヒアンシーは考えた。

 

 

 





アスラ
ほんとに恒星の光を浴びると死ぬ。ただし足や手など一部のみ当たった場合、すぐ影に引っ込めば即死は免れるけど当たった部分の再生はめちゃくちゃ遅い、もしくは再生できない(個体による)。頭や臓器部分などが日に当たると助からないことが多め。あぶない。

カーラさん
ウキウキ。昔恒星の光で焼け死んだことがある。

ヒアンシー
なかよし。

アナイクス先生
なかよしではない。ただ「アナクサゴラス先生」と普通に呼んでくれるため、一定のコミュはできる。
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