英雄になりたいおっさんの聖杯戦争   作:笑嘲嗤

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第1話 召喚

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公」

 

 西部戦線のフランス側陣地の端にある放棄された教会で一人の兵士が呪文を唱えていた。周りには魔術師とフランス軍将校たちがいて儀式を固唾をのんで見守っていた。

 

「降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)」

 

 床にかかれた召喚人が淡く光り出す。そして触媒である旗の欠片が風もないのにはためきだす。

 

「繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する――――告げる」

 

 光が教会に満ち始める。そしてそれは人の形を編んでいく。

 

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

 そして光が解かれるとそこには一人の女がいた。鎧を纏い凛とした空気を纏っている。まだ若く美しい少女。その眼光にはひれ伏したくなるような圧があった。ざわざわと教会内の男たちが騒ぐ。

 

「成功した!はは!本当に現れたのだな!救国の聖処女が!!」

 

 歓喜の声が教会に満ちる。ただ召喚した兵士だけはむすっとしていた。

 

「サーヴァント・ランサー。聖杯の導きにより現界しました。あなたが私のマスターですね?」

 

 マスターと呼ばれた若い兵士は応えない。顔を将校たちの方に向ける。

 

「ランサー。いやジャンヌダルクよ。君を召喚したマスターは素人でね。我々が説明してもよろしいかな?」

 

「……はい。わかりました。何か事情があるようですね」

 

 ジャンヌは訝し気に前に出てきた将校に視線を向ける。

 

「あなたもすでにわかっていると思うが聖杯戦争がこの度おこなれることとなった。だが此度の聖杯戦争は通常のそれとは違う。本来ならば聖杯戦争は神秘を巡る魔術師たちの私闘でしかない。だが今回、聖杯が置かれた場所はこの欧州の戦地のど真ん中だ。今我々は世界の覇権をめぐって史上最大の戦争を行っている。その中に聖杯が真祖によって戦地に持ち込まれてしまったのだ」

 

「それは……なんとも恐ろしいことですね」

 

「ああ。だから君を召喚したのだ。救国の聖処女よ。フランスを再び救ってほしい。聖杯を回収してこの戦争に我々は勝利する」

 

「国家がバックアップしているということですか。それは……なんとも異常事態なのですね」

 

「ああ。通常の聖杯戦争ではない。これは国家がその威信と繁栄と存亡をかけた代理戦争にほかならない。聖杯戦争に勝利した国がこの世界大戦も征する。そういう構図だ」

 

 あまりにも異例の事態にジャンヌは少し面食らってしまう。そして皮肉なことにまたもフランスを守るために戦うことになった。その運命の皮肉さに神の悪戯のようなものを感じてしまう。あるいは悪魔か。

 

「では君のマスターを紹介する。ジル」

 

 ジルと呼ばれた若い兵士がジャンヌの前に立つ。

 

「俺がマスターとやらだ。秘匿任務のためジル・ド・レイと名乗れと言われた。本名は聞かないでくれ」

 

「マスターが真名を隠す?皮肉なものですね。しかもジル・ド・レイですか……」

 

「誰かは知らないけど、あんたにはぴったりなんだろ?まあよろしく頼むよ」

 

 兵士はそう言ってそっぽを向く。好かれてはいない。ジャンヌはそう察した。

 

「では活動費を与える。偽装した身分証も。二人にはこの西部戦線で聖杯を探してもらう。もちろん他の陣営の排除も頼む。国は最大限のバックアップを与える。では健闘を祈る」

 

 そして召喚の儀はお開きとなった。ジルとジャンヌは教会を出て、近くの兵舎で荷物を受け取った。ジルは普通の若者らしい私服に、ジャンヌもまたどこにでもいそうな婦人服を纏う。そして近くの街へと二人は車で向かった。

 

「しかしジルですか……よりにもよってその名は……」

 

「あんたの生前の知り合いなんだろ?仲良くないのか?」

 

 ジルは運転しながらそう言った。助手席に座るジャンヌは遠い目をする。

 

「悪いわけではないです。ですが彼の所業は……」

 

「ふーん。そう」

 

「あなたはサーヴァントに興味がないのですね」

 

「任務だから押しつけられただけだ。手の令呪ってやつも怪我だと思ってた。いやなんだよ。戦友たちを放っておいて女と旅?戦争を舐めてるとしか思えない」

 

「塹壕……」

 

「ああ。ひでぇ場所だよ。あんたがあのジャンヌダルクだって言うのはすごいと思うけどな。どうせ女だろ。俺たち下っ端の兵士がどんだけ苦労してるから知らないんだろうさ」

 

 ジャンヌは俯く。ジルは戦争に疲れている兵士だ。生前もそのような兵士たちは沢山見た。本来なら後方にいる女たちなど兵士たちにとっては鬱陶しいものなのだろう。

 

「ですが私は戦います。英霊ですから。そしてフランスを再び守りましょう。この名に誓って」

 

「あ、そう。まあ頑張ってくれ」

 

 あまりよくない出会いにジャンヌは少し戸惑いを覚えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝政ロシアの首都ペトログラード。政府庁舎の一つに手錠をかけられた中年の男が連れてこられていた。

 

「俺みたいなチンケな強盗なんかにブルジョワの皆さんはどのようなご用件で?」

 

「お前に恩赦の機会をくれてやる」

 

 政府の官僚たちが中年の男を睨みつけている。

 

「その手に浮かんだ令呪。お前には聖杯戦争のマスターとしてサーヴァントを召喚してもらう」

 

「聖杯戦争?欧州大戦のことじゃないのか?」

 

「詳しい説明は後で資料をくれてやる。お前が聖杯をロシアに持ち帰ってきたときにはお前の仲間たちもろとも恩赦を出してやる」

 

「ふーん?聖杯ねぇ。まあいいさ。同志たちを釈放してくれるっていうなら乗ってやるよ」

 

 そして英雄になりたがっている一人の男もまた聖杯戦争に飛び込むことになる。聖女との出会いまであと7日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『英雄になりたいおっさんの聖杯戦争』

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