英雄になりたいおっさんの聖杯戦争   作:笑嘲嗤

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第10話 暴風鉄花の咲く庭で

 西部戦線。

 

 フランスとドイツの軍隊が、互いの命を奪うために築き上げた巨大な戦場。

 

 地面は砲弾にえぐられ、雨水と血液が混じり合い、無数の塹壕が大地を切り裂いていた。

 

 そこでは人間が、人間を殺すために、ありとあらゆる知恵を絞っていた。

 

 機関銃。

 

 毒ガス。

 

 榴弾砲。

 

 鉄条網。

 

 文明が生み出した技術の粋が、人間の肉体を破壊するために惜しみなく投入されていた。

 

 そして、その地獄のような戦場の上空。

 

「なあ、ライダー」

 

「なんだ、マスター」

 

「俺たち、今までちょっと目立ちすぎたと思わねえか?」

 

 ピョートルは、空を駆ける馬の背で腕を組んでいた。

 

 ベルリンで銀行を襲った後、彼らは西へ向かっていた。

 

 ドイツ帝国の領土を横断し、そのまま西部戦線へ侵入するつもりだったのである。

 

 もっとも、ピョートルにも学習能力というものはあった。

 

「考えてみろよ。空飛ぶ馬なんて、誰だって見るだろ?」

 

「そうだな」

 

「俺たち、今までわざわざ人間の目につく高さを飛んでたんじゃねえか?」

 

「そうだな」

 

「だったら、もっと高いところを飛べばいいんじゃねえか? 必要なときだけ降りればいい」

 

 ライダーはしばらく沈黙した。

 

「……今さら気づいたのか?」

 

「うるせえ! 俺は騎兵じゃねえんだよ!」

 

「騎兵でも気づくと思うぞ」

 

「細けえことはいいんだよ!」

 

 ピョートルは空を見上げた。

 

 雲が流れている。

 

 その上まで行ってしまえば、地上から自分たちを見つけることは難しい。

 

 もちろん、雲が切れれば姿を見られる可能性はある。寒さも厳しくなるし、地上の様子もわかりにくくなる。

 

 だが、街の屋根すれすれを飛んで人々を驚かせるよりは、よほど賢い。

 

「よし。上がろうぜ」

 

「承知した」

 

 馬が空を蹴った。

 

 彼らはぐんぐん高度を上げていく。

 

 やがて西部戦線は、雲の切れ間から見下ろす、細く長い傷跡のようになった。

 

「……すげえな」

 

 ピョートルが呟いた。

 

 地上では数え切れないほどの人間が殺し合っている。

 

 しかし、ここからでは、その一人一人の顔など見えなかった。

 

 見えるのは大地に刻まれた塹壕と、時折咲く砲煙の花だけだった。

 

「人間ってのは、よくもまあ、こんなもんを作るよな」

 

 ライダーは答えなかった。

 

 二人は西へ向かった。

 

     *

 

 そのころ。

 

 西部戦線の、まさしく真ん中。

 

 砲弾が降り注ぎ、土砂が舞い、兵士たちが泥の中で死んでいく野原に、奇妙な一団がいた。

 

 騎士たちである。

 

 古めかしい鎧を身につけ、剣と盾を携えた騎士たちが、円を描くように立っていた。

 

 その中央には、白いテーブルクロスのかけられた卓があった。

 

 ティーポット。

 

 カップ。

 

 焼き菓子。

 

 果物。

 

 そして、花。

 

 まるで貴族の庭園で開かれる午後のお茶会だった。

 

 ただし、ここは庭園ではない。

 

 第一次世界大戦の西部戦線である。

 

 遠くで砲声が響いた。

 

 やがて一発の砲弾が、彼らのいる野原へ向かって飛来した。

 

 騎士の一人が剣を振るった。

 

 閃光。

 

 砲弾は空中で砕け散った。

 

 破片が飛び散る。

 

 別の騎士が盾を掲げ、そのすべてを防いだ。

 

 土煙が舞い上がろうとしたところで、さらに別の騎士が前へ進み出た。

 

 風が流れを変えた。

 

 砂塵は円陣の外側へ押し流された。

 

 卓の上の花は、わずかにも揺れなかった。

 

 そして、その中心に座る女の白いドレスにも、埃一つつかなかった。

 

 いや。

 

 つかせなかったのである。

 

 女は美しかった。

 

 肩を大胆に露出した、純白のドレス。

 

 それはまるで、結婚式に臨む花嫁の衣装のようだった。

 

 戦場にあるはずのない白。

 

 血にも泥にも、硝煙にも汚されない白。

 

 女は優雅にカップを持ち上げた。

 

 バーサーカー。

 

 この聖杯戦争に召喚された、異質な英霊である。

 

「あら。今日のお茶もおいしいわね」

 

 女は微笑んだ。

 

 その傍らには、二人のメイドが控えていた。

 

 バーサーカーは、ふと思いついたようにメイド1号へ顔を向けた。

 

「ねえ、メイド1号ちゃん」

 

「……なんだ」

 

「生前聞けなかったから、聞いちゃうけど」

 

 バーサーカーは、何の気なしに尋ねた。

 

「なんであんな小さな島の王様になりたかったの?」

 

 メイド1号の表情が固まった。

 

「……何?」

 

「ブリテンよ、ブリテン。あんな小さな島の王様になって、どうしたかったの?」

 

 遠くで機関銃が鳴っていた。

 

 その音を聞きながら、バーサーカーは焼き菓子を一つ手に取った。

 

「奢侈でもしたかったの? 今の私のように」

 

 彼女は周囲を見渡した。

 

「ここはこの世の地獄にそっくり。なのに私は綺麗なままで、まだ暴風鉄花の咲き乱れるここにいられる」

 

 砲弾が炸裂した。

 

 大地が震えた。

 

 しかし、彼女のカップから紅茶がこぼれることはなかった。

 

「騎士たちは私を愛し、無限の忠誠を誓っている」

 

 バーサーカーは微笑んだ。

 

「それが羨ましかったの?」

 

「……貴様」

 

 メイド1号の声が低くなった。

 

「私を愚弄するつもりか」

 

「いいえ?」

 

 バーサーカーは首を傾げた。

 

「質問しているだけよ」

 

「貴様に、私の何がわかる」

 

「わからないわ。だから聞いているの」

 

 メイド1号は唇を噛んだ。

 

 バーサーカーは、なおも続けた。

 

「でも王様になんかなって、何がしたかったの?」

 

「それは――」

 

「なることが目的?」

 

 メイド1号の言葉を遮るように、バーサーカーは尋ねた。

 

「王は手段? 目的?」

 

 沈黙が落ちた。

 

 メイド1号は答えようとした。

 

 答えなど、いくらでもあるはずだった。

 

 ブリテン。

 

 王位。

 

 妖精。

 

 血統。

 

 正統性。

 

 アーサー。

 

 自分が王になるべき理由ならば、いくらでも語れる。

 

 だが。

 

 王になって、何をしたかったのか。

 

 その問いに答えようとすると、なぜか言葉が続かなかった。

 

「王位は、本来ならば――」

 

 そう言いかけて、彼女は唇を強張らせた。

 

 言葉が続かなかった。

 

 バーサーカーは、そんな彼女をじっと見つめた。

 

「神秘に縋ったブリテンはアラヤが剪定した。素敵な言い訳よね。だって――」

 

「やめろ」

 

 メイド1号が低く言った。

 

 バーサーカーは止まらなかった。

 

「誰が王様になっても滅びることは確定したなら――」

 

「やめてぇ!」

 

 悲鳴だった。

 

 女王の命令ではなかった。

 

 魔女の恫喝でもなかった。

 

 ただ、これ以上聞きたくないと願う、一人の女の声だった。

 

 バーサーカーは静かに微笑んだ。

 

「悲劇に酔えるもの」

 

 メイド1号は俯いた。

 

 返す言葉はなかった。

 

 遠くで砲声が響いた。

 

 騎士たちは誰一人、口を挟まなかった。

 

 メイド2号も、珍しく沈黙していた。

 

 バーサーカーは何事もなかったように紅茶を飲んだ。

 

 白いドレスは、相変わらず美しいままだった。

 

     *

 

「革命のためー!」

 

 そのときだった。

 

 遠くから、妙に元気な女の声が聞こえてきた。

 

「ていこくのためー!」

 

 戦場に似つかわしくない、間延びした声だった。

 

 だが、その声の背後には、明らかに異常な魔力の気配があった。

 

 騎士たちが一斉に顔を上げた。

 

 剣を持つ者が、柄を握り直す。

 

 盾を持つ者が、バーサーカーの前に進み出る。

 

 円陣の空気が変わった。

 

「……何か来るな」

 

 騎士の一人が呟いた。

 

 ドイツ軍の方角から、複数の強大な気配が近づいていた。

 

 しかも、その数は一つや二つではない。

 

 普通の兵士が持ち得ない魔力を帯びた者たちが、戦場を進んでいる。

 

「革命のためー!」

 

 気合の入った叫び。そしてすぐにやる気のない叫びが続く。

 

「ていこくのためー!」

 

 声はなおも響いていた。

 

 バーサーカーは、楽しそうに笑った。

 

「あらあら。ずいぶん賑やかね」

 

 その直後だった。

 

 すぐ近くの塹壕から、二つの人影が飛び出した。

 

「おい! お前の予知ってどうなってるんだ!? ドイツよりも数は少ないけど、こっちもなんかサーヴァントだらけじゃねーかよ!」

 

 泥まみれの軍服姿の男が叫んだ。

 

 フランス陣営のマスター。

 

 ジル・ド・レである。

 

 その隣には、旗を携えた少女がいた。

 

 ランサー。

 

 ジャンヌ・ダルク。

 

 二人はドイツ軍の追撃から逃れ、塹壕を通ってここまで辿り着いたのだった。

 

 ジャンヌは前方に感じた強大な気配を頼りに、敵の数が少ない方へ向かった。

 

 大勢の強化兵士に追われ続けるよりは、少数の強敵と向き合った方がまだ望みがある。

 

 そう考えたのである。

 

 しかし。

 

「……ランサー」

 

「はい」

 

「あれはなんだ?」

 

 ジルが指差した。

 

 騎士。

 

 騎士。

 

 騎士。

 

 騎士。

 

 どこを見ても騎士だった。

 

 その中央には、純白のドレスを着た美しい女が座っている。

 

 卓には紅茶と菓子。

 

 花まで飾られていた。

 

 しかも、ここは西部戦線のど真ん中である。

 

「……私にも、わかりません」

 

 ジャンヌは正直に答えた。

 

「お前、強い気配が二つとか言ってなかったか?」

 

「はい。確かに、強大な存在が二つ……」

 

「じゃあ、あの騎士どもはなんだよ!」

 

「……申し訳ありません」

 

 ジルは頭を抱えた。

 

「ドイツ軍から逃げたと思ったら、今度は騎士団かよ! なんなんだ、この戦争は!」

 

 ジャンヌは旗を握り直した。

 

 目の前の騎士たちは、ただの人間ではない。

 

 それだけはわかった。

 

 彼らの中央に座る女からは、さらに異質な魔力が感じられた。

 

 少女は警戒を強めた。

 

 だが、その女は敵意を見せなかった。

 

 むしろ、突然現れた客人を歓迎するかのように、嬉しそうに微笑んだのである。

 

「あらぁ」

 

 バーサーカーは、ゆっくりとカップを置いた。

 

 そして、ジャンヌへ向かって優雅に微笑んだ。

 

「こんにちは。救国の聖処女ちゃん。お茶でもどうかしら?」

 

     *

 

【小ネタ!】

 

マスターのステータス情報が開示されました。

 

【マスター:ジョン・ブル】

 

スキル

 

英国紳士:A+

 

万人を平等に皮肉り、万人を平等に搾取する紳士の称号。

 

なお、田舎にある別荘の害獣USAGIには勝てないことが、因果逆転により定められている。

 

【マスター:アンクル・サム】

 

スキル

 

モンロー主義:A++

 

アメリカ人は旧世界に興味はない。

 

放っておけ。放っておけ。

 

それより今日も牧場と株式操作が楽しいです。

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