英雄になりたいおっさんの聖杯戦争   作:笑嘲嗤

11 / 13
第11話 お茶会

 西部戦線。

 

 泥と血と硝煙に覆われた大地の真ん中で、優雅なお茶会が開かれていた。

 

 白いドレスをまとった女が、椅子に腰掛けている。

 

 その周囲には甲冑をまとった騎士たち。少し離れた場所には、二人のメイド。

 

 そして女の前には、呆然と立ち尽くす二人のフランス人がいた。

 

「こんにちは。救国の聖処女ちゃん。お茶でもどうかしら?」

 

 バーサーカーは微笑んだ。

 

 ランサーは旗槍を握り直した。

 

「……マスター。下がってください」

 

「言われなくてもわかってる」

 

 ジルは、泥だらけの軍服を払いながら周囲を見回した。

 

 騎士が多すぎる。

 

 しかも、ただの騎士ではない。

 

 ドイツ軍の砲撃を平然と受け止める化け物たちだ。

 

 逃げ道を探そうにも、周囲は開けた戦場。近くの塹壕まで走ったところで、背後から斬られればそれまでだった。

 

「あら。そんなに警戒しなくてもいいのよ?」

 

 バーサーカーは小首を傾げた。

 

「みんな、あちらのお客様を迎えてちょうだい」

 

 騎士たちが一斉に動いた。

 

 その向かう先では、ドイツ軍の兵士たちが不自然な速度で進撃していた。

 

 人間離れした動き。

 

 異様な魔力。

 

 通常の兵士とは明らかに異なる存在だった。

 

 騎士たちは主人の命令に従い、次々とそちらへ駆けていく。

 

 鋼鉄の甲冑が砲煙の中へ消えた。

 

 残されたのは、白いドレスの女と、二人のメイドだけ。

 

「ほら。ここには手弱女なお姫様と、メイドが二人だけ。安心したかしら?」

 

「……ふざけていますか?」

 

 ランサーの声が低くなった。

 

「いいえ? お茶に誘っているの」

 

 バーサーカーは空いた椅子を指さした。

 

 ランサーは動かなかった。

 

 しかし。

 

「……座るぞ」

 

「マスター!?」

 

 ジルは椅子を引き、腰を下ろした。

 

「あら? あなたのランサーは嫌がってるみたいだけど?」

 

「そこに突っ立ってたら死ぬだろ。お前に気なんか許してない。だけど、こんなくだらない聖杯戦争とかいう出来事で死にたくもない」

 

 バーサーカーは楽しそうに目を細めた。

 

「いい選択ね。私の色香に惑わされることもなく、ただただ冷静に生きることを選んだ。花丸あげる」

 

「どういたしまして」

 

 ジルはぶっきらぼうに答えた。

 

 ランサーは、そのやり取りを信じられない思いで見ていた。

 

「……あなたは」

 

 その視線は、やがてバーサーカーへ向けられた。

 

「ここがどこだかわかっているのですか?」

 

「フランスでしょう?」

 

「戦場です!」

 

 ランサーの声が響いた。

 

「今この瞬間にも、人が死んでいるのです! 故郷に帰れず、家族に会えず、傷つき、苦しみ、命を落としている人々がいる! それなのに、あなたは何をしているのですか!?」

 

 バーサーカーは紅茶を一口飲んだ。

 

「お茶だけど?」

 

「ここで戦うすべての人々への愚弄ですか!!」

 

 女は肩をすくめた。

 

「男の気持ちがわかってないのね」

 

「……なんですか?」

 

「男をその身に受け入れたことがないから、男の心もわからない」

 

「だから何だというのですか!? それが戦場で戦うことと、何か関係がありますか!!」

 

「あるでしょう」

 

 バーサーカーは、ごく当たり前のことを説明するように言った。

 

「戦場は男たちの場所よ。あなたは生前、戦場にのこのこ出てきた。女が男の場所で出しゃばったの」

 

「私は戦いました!」

 

「たかが旗持ちでしょ。まるでアイドルみたいね」

 

 ランサーの顔が強張った。

 

「あなたを崇拝しなかった、他の男たちの気持ちは考えなかったの?」

 

「…………」

 

「男が女たちだけの泉に来たら? それは鹿に変えられても仕方がないような愚行よね。逆を考えなかった?」

 

 バーサーカーは、今度はジルに視線を向けた。

 

「ねえ。ランサーのマスターさん」

 

「聞かないでくれ」

 

「女が春さえ鬻ぐことなく、戦場であれこれ言ったらどう思う?」

 

「聞くなって言ってるだろ」

 

「まあ。それが答えよねぇ」

 

「答えてねえだろ!」

 

 ジルの抗議など、バーサーカーには届いていない。

 

 彼女は再びランサーを見つめた。

 

「救国の聖処女。あなたは男をまだ知らない」

 

「…………」

 

「男に逞しさで抱かれる悦び。男に頼ることの充実。男に従うという無謀。あなたは女に許された権利を、どれも行使していない」

 

 ランサーの手が震えた。

 

「そのくせ男の世界に入って、男の仕事を奪っている。奪えるのは、あなたが美しく、その肉体が豊満で、まあ誰にも触らせない希少性ゆえにでしょう?」

 

 バーサーカーは笑った。

 

「それって本当に、戦争に参加したって言えるのかしら?」

 

「……あなたは」

 

 ランサーは一歩踏み出した。

 

「あなたは、何もわかっていない!!」

 

 怒りがあった。

 

 侮辱されたことへの怒り。

 

 戦友たちを軽んじられたことへの怒り。

 

 何より、戦場に立った人々の苦しみを、目の前の女が退屈しのぎの話題にしていることへの怒りだった。

 

「私は、私のなすべきことを成しただけです!」

 

 ランサーは言い切った。

 

「それ以上でも、それ以下でもありません!」

 

 バーサーカーは、しばらく彼女を見つめた。

 

 そして。

 

「ああ。辛い道を選んだのねぇ」

 

 優しく、慈しむように言った。

 

「それは僕のセリフ?!」

 

 突然、メイド二号が叫んだ。

 

 ジルは目を丸くした。

 

 ランサーも、一瞬だけ怒りを忘れた。

 

「あら? あなたのセリフだったの?」

 

 バーサーカーはメイド二号を振り返った。

 

「ごめんね。メイド二号ちゃん」

 

「いや、そういう問題じゃなくてね!?」

 

「代わりに面白いこと思いついちゃったから、巻き込んであげるね」

 

「……え?」

 

 その瞬間。

 

 バーサーカーの手に、剣があった。

 

 いつ取り出したのか、誰にもわからなかった。

 

 ただ、そこに存在していた。

 

 眩い光を放つ、一振りの剣。

 

 戦場の硝煙を照らし、曇天の下に白い輝きを広げていた。

 

「……それは」

 

 メイド二号の表情が変わった。

 

「それは星の内海に返したはず?!」

 

「夫が死んだわけだしねぇ。相続するのは普通でしょ」

 

「英雄伝説に民法を持ち込むな!!」

 

 バーサーカーは笑った。

 

 そして、その剣を無造作に投げた。

 

 光の剣はメイド二号の足元に落ちた。

 

 地面に突き立つ。

 

 まるで、遠い昔。

 

 ひとりの少年が岩から剣を抜いた、あの瞬間を再現するかのように。

 

「抜きなさい」

 

 バーサーカーの声が変わった。

 

 柔らかな響きはそのままに、抗うことを許さない命令が宿る。

 

「今この瞬間だけ、あなたは戎敵を討つ勇者よ」

 

 メイド二号が後ずさろうとした。

 

 しかし、その身体は動かなかった。

 

「妖精気取るのやめて、私の命に服しなさい」

 

 バーサーカーの肩にある王冠が輝いた。

 

「……っ!」

 

 メイド二号の手が、剣の柄へ伸びる。

 

 自分の意思ではない。

 

 それでも、指は柄を握り締めた。

 

 そして。

 

 剣が抜かれた。

 

 光が爆ぜた。

 

「ランサー!!」

 

 ジルが叫ぶ。

 

 次の瞬間、メイド二号は剣を振るっていた。

 

 ランサーは咄嗟に槍を構える。

 

 衝突。

 

 凄まじい金属音が、戦場に響き渡った。

 

 剣と槍。

 

 二人のサーヴァントが、互いの武器をぶつけ合う。

 

 メイド二号の表情には苦悶があった。

 

 それでも、その剣技は容赦がなかった。

 

 ランサーが踏み込み、槍を突き出す。

 

 光の剣が軌道を逸らす。

 

 返す刃が白い軌跡を描いた。

 

 ランサーは身をひねり、辛うじてかわした。

 

 足元の土が裂けた。

 

 銃声が鳴る。

 

 砲弾が落ちる。

 

 しかし、そのすべてを押しのけるように、剣戟の音が高らかに響いた。

 

 バーサーカーは椅子に座ったまま、紅茶を口に運ぶ。

 

「あらあら。素敵ねぇ」

 

 その傍らで、メイド一号は沈黙していた。

 

 ジルは、笑うことも怒鳴ることもできなかった。

 

 ただひとつだけ、確信していた。

 

 ここから逃げなければならない。

 

     ◇

 

 同じ頃。

 

 西部戦線の上空を、一頭の馬が駆けていた。

 

 その背には二人の男。

 

 ひとりはライダー。

 

 もうひとりは、ピョートルと名乗る中年男だった。

 

「……おい、マスター」

 

「なんだ?」

 

「地上でサーヴァント同士が戦っている」

 

「ほう?」

 

 ピョートルは雲の切れ間から地上を覗いた。

 

 だが、何が起きているのかまではわからない。

 

「よし。高度を下げろ」

 

「偵察か?」

 

「ああ。せっかくだ。どんな連中が戦ってるのか見ておこう」

 

「待て。下手に降りると銃弾が届くぞ?」

 

「大丈夫、大丈夫」

 

「……何が大丈夫なんだ?」

 

「そう簡単に当たるものか」

 

「根拠は?」

 

「俺の勘だ」

 

 ライダーは沈黙した。

 

 そして、呆れたように息を吐いた。

 

「……お前は本当に、妙なところで度胸があるな」

 

「褒め言葉として受け取っておこう」

 

「褒めてないぞ」

 

「いいから降りろ。見えなきゃ偵察にならん」

 

 馬は雲の下へと降りていった。

 

 戦場が近づく。

 

 塹壕。

 

 砲煙。

 

 そして、地上で激しくぶつかり合う二つの光。

 

「おお……」

 

 ピョートルは身を乗り出した。

 

「こいつは、なかなか面白いことになってるじゃないか」

 

 その下で。

 

 ひとりの若いフランス人が、空を見上げていた。

 

 彼の目に、雲間から降りてくる小さな光が映った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。