英雄になりたいおっさんの聖杯戦争   作:笑嘲嗤

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第12話 天翔けるおっさんの叫び

 ジルは、必死に考えていた。

 

 どうすれば生きて帰れるか。

 

 それだけだった。

 

 目の前では、二人のサーヴァントが激突している。

 

 旗槍と剣がぶつかるたび、空気が震え、地面が抉られた。

 

 戦場の砲声にすら負けない、異常な剣戟。

 

 そして、そんな光景を眺めながら、バーサーカーは優雅に紅茶を飲んでいる。

 

 頭がおかしい。

 

 ここにいる連中は、全員頭がおかしい。

 

 ジルはそう結論づけた。

 

 ただし、それを口に出すほど愚かではなかった。

 

 彼はゆっくりと周囲を見回した。

 

 最も近い塹壕。

 

 そこまでの距離。

 

 遮蔽物。

 

 砲撃の間隔。

 

 そして、自分が持ってきた装備。

 

 発煙筒がある。

 

 煙幕を張ることはできる。

 

 だが、それだけでは足りない。

 

 サーヴァントが相手なら、煙の中でも追いつかれる。

 

 それに、バーサーカーの傍らには、まだメイドがひとり残っている。

 

 何者なのかは知らない。

 

 知りたくもない。

 

 だが、ただのメイドでないことくらいはわかる。

 

 ならば、必要なのは隙だ。

 

 ほんの数秒。

 

 敵の注意が、自分から逸れるだけでいい。

 

「……くそ」

 

 ジルは小さく呟いた。

 

 こんな場所で死ぬつもりはなかった。

 

 自分は兵士だ。

 

 戦場で死ぬ可能性があることくらい、最初から承知している。

 

 だが、だからといって、意味のわからない怪物たちのお茶会で殺されてたまるものか。

 

 そのときだった。

 

 ふと、空に何かが光った。

 

「……ん?」

 

 ジルは目を細めた。

 

 雲の下。

 

 砲煙の向こう。

 

 何かが動いている。

 

 鳥ではない。

 

 飛行機でもない。

 

 妙な形をした、光る何か。

 

 それが、こちらへ向かって高度を下げている。

 

 ジルはしばらく観察した。

 

 そして、ある考えに至った。

 

 馬鹿げている。

 

 成功する保証などない。

 

 だが。

 

 今の状況より悪くなることが、果たしてあるだろうか。

 

「……よし」

 

 ジルは腰のホルスターへ手を伸ばした。

 

 拳銃を抜く。

 

 その動きを、バーサーカーは見逃さなかった。

 

「あら?」

 

 女は楽しそうに笑った。

 

「何か思いついたの?」

 

 ジルは答えなかった。

 

 拳銃を構える。

 

 バーサーカーは、まるで子供の悪戯を見守るように微笑んでいた。

 

「でも、一応言っておくけど」

 

 紅茶のカップを置く。

 

「私をそれで殺すのは無理よ」

 

「だろうね」

 

 ジルはあっさり認めた。

 

 バーサーカーが目を細める。

 

「だけど、知らないんだろ。お前ら」

 

「何が?」

 

 女は笑っていた。

 

 目の前の人間が、何かを企んでいる。

 

 足掻いている。

 

 その事実そのものが、彼女には楽しくて仕方がないらしかった。

 

 ジルは、拳銃の銃口を持ち上げた。

 

 バーサーカーではない。

 

 メイドでもない。

 

 空へ。

 

「銃弾は――」

 

 引き金に指をかける。

 

「お前たちが思っている以上に高く届く!!」

 

 発砲。

 

 乾いた銃声が響いた。

 

     ◇

 

「……ん?」

 

 上空。

 

 ピョートルは地上を覗き込んでいた。

 

 白い光。

 

 剣を振るう女。

 

 槍を構える女。

 

 そして、少し離れたところで優雅に座っている女。

 

「なんだあれ。女ばっかりじゃないか」

 

「油断するな、マスター。あの連中は――」

 

 ライダーが言いかけた、そのとき。

 

 何かが空気を切り裂いた。

 

「いっ――!?」

 

 鋭い痛みが、ピョートルの膝を走った。

 

「痛ってええええええ!!」

 

「どうした!?」

 

「膝だ! 膝!! なんか当たったぞ!!」

 

 ピョートルは慌てて脚を押さえた。

 

 ズボンが裂けている。

 

 その下には、浅く血の滲んだ傷。

 

 銃弾がかすめたのだ。

 

「だから言っただろう! 銃弾が届くと!」

 

「なんで当たるんだよ!?」

 

「俺が聞きたい!」

 

「こんな広い空で! よりにもよって俺の膝に!?」

 

「運が悪かったんだろう!」

 

「ふざけんな!!」

 

 ピョートルは地上を睨みつけた。

 

「誰だ!? 誰が撃った!?」

 

「知らん!」

 

「降りろ!」

 

「何?」

 

「降りろって言ってるんだよ!」

 

「マスター、待て。地上ではサーヴァント同士が――」

 

「知るか!! 人の膝を撃っておいて、ただで済むと思うなよ!!」

 

 ライダーは、しばらく何も言わなかった。

 

 そして、深々と溜息をついた。

 

「……本当に面倒な男だな、お前は」

 

「いいから降りろ!!」

 

 馬が急降下を始めた。

 

     ◇

 

 銃声の直後。

 

 ジルは拳銃を下ろした。

 

 そして、空を見上げる。

 

 光っていた何かが、明らかに動きを変えていた。

 

 こちらへ向かっている。

 

 しかも、猛烈な速度で。

 

「……当たったのか?」

 

 ジルは一瞬だけ驚いた。

 

 まさか本当に当たるとは思っていなかった。

 

 だが、今さらそんなことはどうでもいい。

 

 問題は、あの何かがこちらへ降りてくることだ。

 

 ジルはバーサーカーを見た。

 

 彼女も空を見上げている。

 

「あらあら」

 

 その顔には、純粋な好奇心が浮かんでいた。

 

「面白いことをするのねぇ」

 

「そうかい」

 

 ジルは発煙筒を取り出した。

 

「じゃあ、もうひとつ面白いことを見せてやるよ」

 

 点火。

 

 煙が噴き出した。

 

 白い煙幕が広がる。

 

 その瞬間、ジルは椅子を蹴って立ち上がった。

 

 近くにいたメイド一号が、彼の方を向いた。

 

「……何を?」

 

「悪いな!」

 

 ジルは拳を振り抜いた。

 

 メイド一号の顔を殴る。

 

 正確には、殴ろうとした。

 

 拳は確かに相手を捉えたが、妙に硬い感触があった。

 

「いってえ!?」

 

 痛かったのはジルの方だった。

 

 メイド一号は、わずかに顔を動かしただけ。

 

 そして、信じられないものを見るようにジルを見つめた。

 

「……あなた」

 

「すまん! 忘れてくれ!!」

 

 ジルは全力で駆け出した。

 

 塹壕へ。

 

 生き延びるために。

 

 煙幕の中へ飛び込む。

 

 背後から追撃が来るかもしれない。

 

 だが、振り返らなかった。

 

 数秒。

 

 あと数秒あれば、塹壕へ飛び込める。

 

 ジルは歯を食いしばって走った。

 

 その背後で、バーサーカーの笑い声が聞こえた。

 

「あはははは!」

 

 心底楽しそうだった。

 

「まあ! なんて元気な子なのかしら!」

 

 メイド一号は頬に手を当てていた。

 

「……貴様」

 

「いいじゃない。逃げたいんでしょう? 逃がしてあげましょうよ」

 

 バーサーカーは、再び空を見上げた。

 

「それより、面白いお客様が来るみたいよ?」

 

     ◇

 

 ランサーは、目の前の剣を受け止めることで精一杯だった。

 

 メイド二号の剣技は凄まじい。

 

 その剣は光り輝き、振るわれるたびに周囲の空気を震わせた。

 

「……っ!」

 

 槍で剣を弾く。

 

 踏み込む。

 

 だが、相手の剣はすぐに戻ってくる。

 

 受ける。

 

 弾く。

 

 かわす。

 

 わずかな隙を見つけて反撃する。

 

 しかし、決定打には至らない。

 

 メイド二号もまた、苦しそうな顔をしていた。

 

「……まったく!」

 

 剣が閃く。

 

「どうして僕が、こんなことを!」

 

 ランサーは槍を構え直した。

 

「あなたも、望んで戦っているわけではないのですね!」

 

「そうだよ! だからって手を抜かないでくれよ!」

 

「そのつもりはありません!」

 

 槍と剣が再び激突する。

 

 光が弾けた。

 

 その瞬間。

 

 頭上から、怒号が聞こえた。

 

「おおおおおおおおお!!」

 

「……え?」

 

 ランサーが顔を上げた。

 

 メイド二号も、思わず視線を動かした。

 

 空から何かが降ってくる。

 

 馬だった。

 

 空を飛ぶ馬。

 

 そして、その背には二人の男。

 

 片方は手綱を握り、もう片方は膝を押さえながら怒鳴っていた。

 

「そこだ!! そこに降りろ!!」

 

「わかっている! 暴れるな!」

 

「暴れてねえよ!!」

 

「暴れてるだろうが!!」

 

 馬が地面へ突っ込んでくる。

 

 ランサーは慌てて後退した。

 

 メイド二号も剣を引く。

 

 轟音。

 

 土煙が舞い上がった。

 

 馬の蹄が大地を蹴る。

 

 その背から、ひとりの中年男が飛び降りた。

 

 軍服姿。

 

 髭面。

 

 険しい顔。

 

 片膝のズボンは裂け、わずかに血が滲んでいる。

 

 男は周囲を見回した。

 

 槍を持った女。

 

 光る剣を持った女。

 

 どちらも武器を構えている。

 

 そして男は、怒りに任せて叫んだ。

 

「俺を撃ったのはどっちだこの野郎!?」

 

 ランサーは呆然とした。

 

 メイド二号も呆然とした。

 

 ライダーは額を押さえた。

 

 遠くで、バーサーカーが腹を抱えて笑い始めた。

 

 なお。

 

 撃った本人は、すでに塹壕へ逃げ込んでいた。

 

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