英雄になりたいおっさんの聖杯戦争   作:笑嘲嗤

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第13話 離脱

 西部戦線。

 

 砲声が響く。

 

 銃声が響く。

 

 そして、そのどちらにも負けない怒号が響いていた。

 

「俺を撃ったのはどっちだこの野郎!?」

 

 ピョートルは怒っていた。

 

 猛烈に怒っていた。

 

 空を飛んでいただけなのに、突然膝を撃たれたのだ。

 

 しかも、ライダーからは事前に警告されていた。

 

 高度を下げれば銃弾が届く、と。

 

 それを「大丈夫、大丈夫」と笑い飛ばした結果がこれだった。

 

 だからといって、自分の判断が間違っていたなどと認めるつもりはない。

 

 悪いのは撃った奴だ。

 

 絶対に撃った奴だ。

 

「おい! 聞いてるのか!?」

 

 目の前には、槍を持った少女と、光り輝く剣を持ったメイドがいた。

 

 二人とも呆然としている。

 

「……あの」

 

 ランサーが口を開いた。

 

「私たちは、あなたを撃ってなどいません」

 

「じゃあ誰が撃った!?」

 

「それは、私にも……」

 

「おいライダー! こいつらじゃないらしいぞ!」

 

「そうだろうな」

 

「なんでわかる!?」

 

「銃を持っていない」

 

「……確かに!」

 

 ピョートルは納得した。

 

 ライダーは頭を抱えた。

 

 そのとき。

 

「あらあら。ずいぶん元気なお客様ねぇ」

 

 優雅な声が響いた。

 

 ピョートルが振り返る。

 

 そこには、白いドレスの女がいた。

 

 戦場の真ん中で、椅子に腰掛け、紅茶を飲んでいる。

 

 その傍らにはメイドが一人。

 

 周囲では、甲冑をまとった騎士たちが、ドイツ軍の兵士と戦っていた。

 

「……なんだ、あいつ」

 

「バーサーカーです」

 

 ランサーが答えた。

 

「バーサーカー?」

 

「はい。非常に危険なサーヴァントです」

 

「……ふむ」

 

 ピョートルは女を眺めた。

 

 美しい。

 

 それは認める。

 

 だが、それ以上に奇妙だった。

 

 こんな戦場で、なぜ紅茶を飲んでいる?

 

 なぜ周囲の戦闘を気にも留めていない?

 

 そして、なぜあんなに楽しそうなのか。

 

「……変な女だな」

 

 ピョートルは率直な感想を述べた。

 

 バーサーカーが笑った。

 

「あら。ありがとう」

 

「褒めてねえよ!」

 

「まあ。気が合いそうねぇ」

 

「合うか!!」

 

 ライダーが小さく溜息をついた。

 

 ランサーは、いよいよ状況が理解できなくなっていた。

 

 その隣で、メイド二号が剣を握り直す。

 

「……ねえ、ちょっと」

 

 メイド二号はバーサーカーを睨んだ。

 

「この状況、どうするつもりなのさ?」

 

「どうもしないわよ?」

 

「僕、まだ戦わされてるんだけど!?」

 

「あら。そうだったわね」

 

「忘れるな!!」

 

 バーサーカーは楽しそうに笑った。

 

 そして、ランサーに視線を向ける。

 

「さあ。続けましょうか?」

 

 バーサーカーの肩にある王冠が輝いた。

 

「うわっ、また!?」

 

 光の剣が振るわれる。

 

 ランサーは咄嗟に槍を構えた。

 

 轟音。

 

 剣と槍が衝突する。

 

「おいおいおい!?」

 

 ピョートルは慌てて後退した。

 

「なんだ!? いきなり始めるな!!」

 

「マスター、下がれ!」

 

 ライダーが彼の前に出る。

 

 だが、戦闘は止まらない。

 

 メイド二号の剣が光を放ち、ランサーの槍がそれを受け止める。

 

 その衝撃だけで、周囲の土が吹き飛んだ。

 

「……なるほど」

 

 ピョートルは目を細めた。

 

「これがサーヴァント同士の戦いか」

 

「感心している場合か!」

 

「いや、すごいじゃないか!」

 

「お前の膝はどうした!?」

 

「痛いに決まってるだろ!!」

 

 ライダーは、もう何も言わなかった。

 

     ◇

 

 その頃。

 

 ジルは、塹壕の中で戦場を観察していた。

 

 逃げ込むことには成功した。

 

 だが、それで終わりではない。

 

 自分のランサーが、まだあそこにいる。

 

 しかも、バーサーカーの命令で戦わされているメイドと交戦中だ。

 

 さらに、空から降ってきた正体不明の男まで加わっている。

 

「……面倒くせえ」

 

 ジルは呟いた。

 

 状況は悪い。

 

 いや、最悪と言っていい。

 

 だが、ひとつだけ希望があった。

 

 空飛ぶ馬。

 

 あれに乗れば、この戦場から脱出できる。

 

 問題は、どうやって乗るかだ。

 

 あの中年男は、銃で撃たれたことに腹を立てている。

 

 当然だ。

 

 撃ったのは自分なのだから。

 

 ジルは塹壕から顔を出した。

 

 周囲を見回す。

 

 バーサーカーの騎士たちは、ドイツ軍と激しく交戦していた。

 

 ドイツ軍の兵士たちは、普通ではなかった。

 

 人間離れした身体能力。

 

 異様な魔力。

 

 何らかの術で強化されているのだろう。

 

 その後方に、一人の少女がいた。

 

 ドイツ軍の軍服。

 

 そして、妙に勢いのある身振り。

 

 何かを叫びながら、兵士たちを指揮している。

 

「……なんだ、あれ」

 

 ジルは耳を澄ませた。

 

「ていこくのためー!!」

 

 少女が叫んだ。

 

「……帝国?」

 

 ジルは首を傾げた。

 

 その少女は、続けて何かを叫びかけた。

 

「かくめ……じゃなかった! ていこくのためー!!」

 

 ジルは沈黙した。

 

 そして、理解した。

 

「……なるほど」

 

 革命。

 

 帝国。

 

 妙な組み合わせだった。

 

 だが、今はそんなことを考えている場合ではない。

 

 あの少女を怒らせれば、何かが起きる。

 

 少なくとも、こちらに注意を向けさせることはできる。

 

 問題は、どうやって怒らせるか。

 

 ジルは少し考えた。

 

 そして、塹壕の縁に片足をかけた。

 

 大きく息を吸う。

 

「おおおおおい!!ドイツの革命かぶれええええ!!」

 

 戦場に声が響いた。

 

 少女が振り返る。

 

「……は?」

 

「何がマルクス主義だ!!」

 

 ジルは叫んだ。

 

「みんなで平等!?みんなで貧乏の間違いだろ馬鹿野郎!!」

 

 少女の動きが止まった。

 

 その顔から、表情が消える。

 

「…………」

 

 ジルは続けた。

 

「人の財産を取り上げて、みんな仲良く貧乏暮らしってか!?冗談じゃねえ!!」

 

 少女の肩が震えた。

 

「……いま」

 

 小さな声が漏れた。

 

「いま、なんて……?」

 

「聞こえなかったか!? マルクス主義なんざ――」

 

「マルクス先生を……」

 

 少女が顔を上げた。

 

 その瞳に、真っ赤な炎が宿っていた。

 

「マルクス先生を馬鹿にしたなああああああ!!」

 

 ジルは一瞬だけ目を見開いた。

 

「……お?」

 

「革命のためえええええ!!」

 

 少女が叫ぶ。

 

「……あっ!」

 

 そして、慌てて言い直した。

 

「ていこくのためええええ!!」

 

 さらに。

 

「いや!! マルクス先生のためだからな!!」

 

 少女は拳を突き上げた。

 

「反動分子めえええええええ!!」

 

 次の瞬間。

 

 少女が走り出した。

 

 一直線に。

 

 バーサーカーの騎士たちが守る防衛線へ向かって。

 

「……は?」

 

 ジルは固まった。

 

 騎士たちも、固まった。

 

 まさか敵のマスターが、自分から突撃してくるとは思っていなかったのだ。

 

「敵襲!」

 

「魔術師だ!」

 

「止めろ!!」

 

 騎士たちが迎撃に動く。

 

 だが、少女は止まらない。

 

「反動分子どもがあああああ!!」

 

 強化兵士たちが騎士の足を止める。

 

 その隙間へ、少女が飛び込んだ。

 

 甲冑の間をすり抜ける。

 

 泥を蹴り上げる。

 

 倒れかけても、踏みとどまる。

 

 そして。

 

「マルクス先生は偉いんだぞおおおおお!!」

 

 防衛線を突破した。

 

 マスター単独で。

 

 騎士たちの守る防壁を。

 

「…………」

 

 ジルは、しばらく何も言えなかった。

 

 それから、小さく呟いた。

 

「……嘘だろ」

 

     ◇

 

 バーサーカーは、その光景を見ていた。

 

 最初は、きょとんとしていた。

 

 そして。

 

「……ぷっ」

 

 肩が震えた。

 

「ふふっ……」

 

 口元を押さえる。

 

 だが、もう我慢できなかった。

 

「あはははははははははは!!」

 

 戦場に笑い声が響いた。

 

「まあ!! まあまあまあ!!」

 

 バーサーカーは腹を抱えて笑っていた。

 

「なんて素敵な子なのかしら!!」

 

 メイド一号は、呆然としていた。

 

「…お前」

 

「見た!? 今の見た!?」

 

「……見ました」

 

「騎士たちの防壁を突破したわよ!? あの子、マスターなのに!!」

 

「……はい」

 

「しかも、マルクス先生のためですって!!」

 

「……はい」

 

 メイド一号は、何とも言えない表情で少女を見つめた。

 

 一方。

 

 メイド二号は、泣きそうになっていた。

 

「……違う」

 

 光の剣を握りながら、呟く。

 

「違うよぉ……」

 

 ランサーが困惑した。

 

「……何がですか?」

 

「僕が思ってる人間の強い意志と違うぅ!!」

 

 メイド二号は悲鳴を上げた。

 

「人間の可能性って、そういうことじゃないんだよぉ!!」

 

 バーサーカーはさらに笑った。

 

「あはははは!! いいじゃない! あれも立派な人間の意志よ!!」

 

「そうだけど!! そうなんだけどさあ!!」

 

「素敵ねぇ。自分の信じるもののために、命まで賭けちゃうなんて」

 

「賭ける理由が変なんだよぉ!!」

 

 ランサーは、何も言えなかった。

 

 その間にも、少女は突進を続けていた。

 

「どこだああああ!! マルクス先生を侮辱した反動分子はああああ!!」

 

 バーサーカーは、嬉しそうに手を振った。

 

「こっちよぉ!」

 

「お前?!?あんなやつ呼ばないでください!!」

 

 メイド一号が悲鳴を上げた。

 

 バーサーカーは笑っていた。

 

 心の底から。

 

 楽しそうに。

 

     ◇

 

 ジルは、状況が動いたことを確認した。

 

 騎士たちが混乱している。

 

 バーサーカーは笑い転げている。

 

 メイドたちも、あの少女に注意を奪われている。

 

 そして、ランサーとメイド二号の戦闘も、一瞬だけ間が空いた。

 

 今だ。

 

 ジルは塹壕から身を乗り出した。

 

 遠くにいる中年男を見つける。

 

 馬の傍らで、まだ膝を気にしている。

 

 ジルは大きく息を吸った。

 

「おおおおおおい!!」

 

 ピョートルが振り返った。

 

「……あ?」

 

「撃ったのは俺だあああああ!!」

 

 ジルは叫んだ。

 

「かかってこいやあああああ!!」

 

 ピョートルの顔が変わった。

 

「…………」

 

 沈黙。

 

 そして。

 

「てめええええええええ!!」

 

 怒号が響いた。

 

「ライダー!! あそこだ!!」

 

「……何?」

 

「あの野郎だ!! 俺を撃ったのは!!」

 

 ライダーが塹壕を見た。

 

 そこには、こちらに向かって手を振っている若い男がいた。

 

「……マスター」

 

「なんだ!?」

 

「罠かもしれんぞ」

 

「知るか!!」

 

「いや、知っておけ!」

 

「ぶっ飛ばしてやる!!」

 

 ピョートルは馬に飛び乗った。

 

「行け!!」

 

「……まったく!」

 

 ライダーが手綱を引く。

 

 馬が走り出した。

 

 塹壕へ向かって。

 

 一直線に。

 

 その様子を、ジルは冷静に見つめていた。

 

 来る。

 

 予想どおりだ。

 

 あの男は、絶対に来る。

 

 ジルは視線を動かした。

 

 ランサーがこちらを見ている。

 

 彼は片手を上げた。

 

 指を動かす。

 

 軍人として身につけた、簡潔な合図。

 

 ――その馬に乗れ。

 

 ランサーが目を見開いた。

 

 ジルはもう一度、同じ合図を送った。

 

 ――乗れ。

 

 ランサーは、ほんの一瞬だけ躊躇した。

 

 だが、すぐに頷いた。

 

 槍を構え直す。

 

 メイド二号の剣を受け流す。

 

 そして、大きく後退した。

 

「……ごめんなさい!」

 

「えっ!? ちょっと!?」

 

 メイド二号が驚く。

 

 ランサーは振り返らなかった。

 

 馬が近づく。

 

 ピョートルは塹壕の中のジルしか見ていない。

 

「逃がすかあああああ!!」

 

 その瞬間。

 

 ランサーが跳躍した。

 

 白い影が空を舞う。

 

 そして、馬の背へ飛び乗った。

 

「うおっ!?」

 

 ピョートルが驚く。

 

「なんだ!? お前!?」

 

「失礼します!」

 

「いや、待て! なんで乗ってる!?」

 

「マスターの指示です!」

 

「どこのマスターだよ!?」

 

 ライダーは、もはや何も言わなかった。

 

 ただ、塹壕へ向かって馬を走らせ続けた。

 

 ジルは待っていた。

 

 逃げなかった。

 

 塹壕の縁に立ち、まっすぐピョートルを見つめていた。

 

「捕まえたぞ、この野郎!!」

 

 ピョートルが手を伸ばす。

 

 ジルの胸倉を掴んだ。

 

「てめえ! よくも俺の膝を撃ちやがったな!!」

 

「ああ。撃ったよ」

 

「開き直るな!!」

 

「悪かったな」

 

「謝れば済むと思ってんのか!?」

 

「いや」

 

 ジルは笑った。

 

「助かったよ」

 

「……あ?」

 

 ピョートルが眉をひそめた。

 

 そのとき。

 

 ライダーが手綱を引いた。

 

「……もういいな?」

 

「何がだ!?」

 

「飛ぶぞ」

 

 馬が地面を蹴った。

 

 跳躍。

 

 次の瞬間には、空を駆け上がっていた。

 

「うおおおおおお!?」

 

 ピョートルが叫んだ。

 

 その手は、まだジルの胸倉を掴んでいる。

 

 ジルは空中にぶら下がったまま、平然としていた。

 

「おい!! お前!!」

 

「なんだ?」

 

「なんで笑ってやがる!?」

 

「生き延びたからな」

 

「はあ!?」

 

 ランサーが、馬の背から身を乗り出した。

 

「マスター!」

 

「大丈夫だ! 問題ない!」

 

「大丈夫には見えません!」

 

「生きてるだろ!」

 

 ライダーが叫んだ。

 

「おい! そこの若造を引き上げろ! 落ちるぞ!」

 

「なんで俺がこいつを助けなきゃならねえんだ!!」

 

「お前が掴んでるからだろうが!!」

 

「くそっ!!」

 

 ピョートルは悪態をつきながら、ジルを馬の背へ引き上げた。

 

 ジルは器用に身体をひねり、馬に跨った。

 

「助かった」

 

「礼を言うな!!」

 

 ピョートルは怒鳴った。

 

 ジルは笑った。

 

 ランサーは、ようやく小さく息を吐いた。

 

 眼下では、戦場が遠ざかっていく。

 

 甲冑の騎士たち。

 

 異様な力を持つドイツ兵。

 

 白いドレスのバーサーカー。

 

 そして。

 

「反動分子はどこだあああああ!!」

 

 まだ叫んでいる少女。

 

 バーサーカーは、その姿を見ながら腹を抱えて笑っていた。

 

 メイド一号は、呆然としていた。

 

 メイド二号は、剣を握ったまま泣き言を言っていた。

 

「……僕が思ってた人間の可能性と違うぅ……」

 

 西部戦線。

 

 泥と血と硝煙に覆われた大地。

 

 その上空を、一頭の馬が駆けていく。

 

 乗っているのは、四人。

 

 怒り狂う中年男。

 

 その男に撃ったことを認めた若いフランス人。

 

 聖女と呼ばれるランサー。

 

 そして、すべてに巻き込まれたライダー。

 

「おい、てめえ!!」

 

 ピョートルが再びジルの胸倉を掴んだ。

 

「なんで俺を撃った!?」

 

 ジルは、少しだけ考えた。

 

 そして、答えた。

 

「当たるとは思わなかった」

 

「ふざけんなああああああ!!」

 

 その怒号は、雲の上まで響き渡った。

 




ジルは主人公じゃないです( ˙ω˙ )

苦労してんなぁ
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