西部戦線。
砲声が響く。
銃声が響く。
そして、そのどちらにも負けない怒号が響いていた。
「俺を撃ったのはどっちだこの野郎!?」
ピョートルは怒っていた。
猛烈に怒っていた。
空を飛んでいただけなのに、突然膝を撃たれたのだ。
しかも、ライダーからは事前に警告されていた。
高度を下げれば銃弾が届く、と。
それを「大丈夫、大丈夫」と笑い飛ばした結果がこれだった。
だからといって、自分の判断が間違っていたなどと認めるつもりはない。
悪いのは撃った奴だ。
絶対に撃った奴だ。
「おい! 聞いてるのか!?」
目の前には、槍を持った少女と、光り輝く剣を持ったメイドがいた。
二人とも呆然としている。
「……あの」
ランサーが口を開いた。
「私たちは、あなたを撃ってなどいません」
「じゃあ誰が撃った!?」
「それは、私にも……」
「おいライダー! こいつらじゃないらしいぞ!」
「そうだろうな」
「なんでわかる!?」
「銃を持っていない」
「……確かに!」
ピョートルは納得した。
ライダーは頭を抱えた。
そのとき。
「あらあら。ずいぶん元気なお客様ねぇ」
優雅な声が響いた。
ピョートルが振り返る。
そこには、白いドレスの女がいた。
戦場の真ん中で、椅子に腰掛け、紅茶を飲んでいる。
その傍らにはメイドが一人。
周囲では、甲冑をまとった騎士たちが、ドイツ軍の兵士と戦っていた。
「……なんだ、あいつ」
「バーサーカーです」
ランサーが答えた。
「バーサーカー?」
「はい。非常に危険なサーヴァントです」
「……ふむ」
ピョートルは女を眺めた。
美しい。
それは認める。
だが、それ以上に奇妙だった。
こんな戦場で、なぜ紅茶を飲んでいる?
なぜ周囲の戦闘を気にも留めていない?
そして、なぜあんなに楽しそうなのか。
「……変な女だな」
ピョートルは率直な感想を述べた。
バーサーカーが笑った。
「あら。ありがとう」
「褒めてねえよ!」
「まあ。気が合いそうねぇ」
「合うか!!」
ライダーが小さく溜息をついた。
ランサーは、いよいよ状況が理解できなくなっていた。
その隣で、メイド二号が剣を握り直す。
「……ねえ、ちょっと」
メイド二号はバーサーカーを睨んだ。
「この状況、どうするつもりなのさ?」
「どうもしないわよ?」
「僕、まだ戦わされてるんだけど!?」
「あら。そうだったわね」
「忘れるな!!」
バーサーカーは楽しそうに笑った。
そして、ランサーに視線を向ける。
「さあ。続けましょうか?」
バーサーカーの肩にある王冠が輝いた。
「うわっ、また!?」
光の剣が振るわれる。
ランサーは咄嗟に槍を構えた。
轟音。
剣と槍が衝突する。
「おいおいおい!?」
ピョートルは慌てて後退した。
「なんだ!? いきなり始めるな!!」
「マスター、下がれ!」
ライダーが彼の前に出る。
だが、戦闘は止まらない。
メイド二号の剣が光を放ち、ランサーの槍がそれを受け止める。
その衝撃だけで、周囲の土が吹き飛んだ。
「……なるほど」
ピョートルは目を細めた。
「これがサーヴァント同士の戦いか」
「感心している場合か!」
「いや、すごいじゃないか!」
「お前の膝はどうした!?」
「痛いに決まってるだろ!!」
ライダーは、もう何も言わなかった。
◇
その頃。
ジルは、塹壕の中で戦場を観察していた。
逃げ込むことには成功した。
だが、それで終わりではない。
自分のランサーが、まだあそこにいる。
しかも、バーサーカーの命令で戦わされているメイドと交戦中だ。
さらに、空から降ってきた正体不明の男まで加わっている。
「……面倒くせえ」
ジルは呟いた。
状況は悪い。
いや、最悪と言っていい。
だが、ひとつだけ希望があった。
空飛ぶ馬。
あれに乗れば、この戦場から脱出できる。
問題は、どうやって乗るかだ。
あの中年男は、銃で撃たれたことに腹を立てている。
当然だ。
撃ったのは自分なのだから。
ジルは塹壕から顔を出した。
周囲を見回す。
バーサーカーの騎士たちは、ドイツ軍と激しく交戦していた。
ドイツ軍の兵士たちは、普通ではなかった。
人間離れした身体能力。
異様な魔力。
何らかの術で強化されているのだろう。
その後方に、一人の少女がいた。
ドイツ軍の軍服。
そして、妙に勢いのある身振り。
何かを叫びながら、兵士たちを指揮している。
「……なんだ、あれ」
ジルは耳を澄ませた。
「ていこくのためー!!」
少女が叫んだ。
「……帝国?」
ジルは首を傾げた。
その少女は、続けて何かを叫びかけた。
「かくめ……じゃなかった! ていこくのためー!!」
ジルは沈黙した。
そして、理解した。
「……なるほど」
革命。
帝国。
妙な組み合わせだった。
だが、今はそんなことを考えている場合ではない。
あの少女を怒らせれば、何かが起きる。
少なくとも、こちらに注意を向けさせることはできる。
問題は、どうやって怒らせるか。
ジルは少し考えた。
そして、塹壕の縁に片足をかけた。
大きく息を吸う。
「おおおおおい!!ドイツの革命かぶれええええ!!」
戦場に声が響いた。
少女が振り返る。
「……は?」
「何がマルクス主義だ!!」
ジルは叫んだ。
「みんなで平等!?みんなで貧乏の間違いだろ馬鹿野郎!!」
少女の動きが止まった。
その顔から、表情が消える。
「…………」
ジルは続けた。
「人の財産を取り上げて、みんな仲良く貧乏暮らしってか!?冗談じゃねえ!!」
少女の肩が震えた。
「……いま」
小さな声が漏れた。
「いま、なんて……?」
「聞こえなかったか!? マルクス主義なんざ――」
「マルクス先生を……」
少女が顔を上げた。
その瞳に、真っ赤な炎が宿っていた。
「マルクス先生を馬鹿にしたなああああああ!!」
ジルは一瞬だけ目を見開いた。
「……お?」
「革命のためえええええ!!」
少女が叫ぶ。
「……あっ!」
そして、慌てて言い直した。
「ていこくのためええええ!!」
さらに。
「いや!! マルクス先生のためだからな!!」
少女は拳を突き上げた。
「反動分子めえええええええ!!」
次の瞬間。
少女が走り出した。
一直線に。
バーサーカーの騎士たちが守る防衛線へ向かって。
「……は?」
ジルは固まった。
騎士たちも、固まった。
まさか敵のマスターが、自分から突撃してくるとは思っていなかったのだ。
「敵襲!」
「魔術師だ!」
「止めろ!!」
騎士たちが迎撃に動く。
だが、少女は止まらない。
「反動分子どもがあああああ!!」
強化兵士たちが騎士の足を止める。
その隙間へ、少女が飛び込んだ。
甲冑の間をすり抜ける。
泥を蹴り上げる。
倒れかけても、踏みとどまる。
そして。
「マルクス先生は偉いんだぞおおおおお!!」
防衛線を突破した。
マスター単独で。
騎士たちの守る防壁を。
「…………」
ジルは、しばらく何も言えなかった。
それから、小さく呟いた。
「……嘘だろ」
◇
バーサーカーは、その光景を見ていた。
最初は、きょとんとしていた。
そして。
「……ぷっ」
肩が震えた。
「ふふっ……」
口元を押さえる。
だが、もう我慢できなかった。
「あはははははははははは!!」
戦場に笑い声が響いた。
「まあ!! まあまあまあ!!」
バーサーカーは腹を抱えて笑っていた。
「なんて素敵な子なのかしら!!」
メイド一号は、呆然としていた。
「…お前」
「見た!? 今の見た!?」
「……見ました」
「騎士たちの防壁を突破したわよ!? あの子、マスターなのに!!」
「……はい」
「しかも、マルクス先生のためですって!!」
「……はい」
メイド一号は、何とも言えない表情で少女を見つめた。
一方。
メイド二号は、泣きそうになっていた。
「……違う」
光の剣を握りながら、呟く。
「違うよぉ……」
ランサーが困惑した。
「……何がですか?」
「僕が思ってる人間の強い意志と違うぅ!!」
メイド二号は悲鳴を上げた。
「人間の可能性って、そういうことじゃないんだよぉ!!」
バーサーカーはさらに笑った。
「あはははは!! いいじゃない! あれも立派な人間の意志よ!!」
「そうだけど!! そうなんだけどさあ!!」
「素敵ねぇ。自分の信じるもののために、命まで賭けちゃうなんて」
「賭ける理由が変なんだよぉ!!」
ランサーは、何も言えなかった。
その間にも、少女は突進を続けていた。
「どこだああああ!! マルクス先生を侮辱した反動分子はああああ!!」
バーサーカーは、嬉しそうに手を振った。
「こっちよぉ!」
「お前?!?あんなやつ呼ばないでください!!」
メイド一号が悲鳴を上げた。
バーサーカーは笑っていた。
心の底から。
楽しそうに。
◇
ジルは、状況が動いたことを確認した。
騎士たちが混乱している。
バーサーカーは笑い転げている。
メイドたちも、あの少女に注意を奪われている。
そして、ランサーとメイド二号の戦闘も、一瞬だけ間が空いた。
今だ。
ジルは塹壕から身を乗り出した。
遠くにいる中年男を見つける。
馬の傍らで、まだ膝を気にしている。
ジルは大きく息を吸った。
「おおおおおおい!!」
ピョートルが振り返った。
「……あ?」
「撃ったのは俺だあああああ!!」
ジルは叫んだ。
「かかってこいやあああああ!!」
ピョートルの顔が変わった。
「…………」
沈黙。
そして。
「てめええええええええ!!」
怒号が響いた。
「ライダー!! あそこだ!!」
「……何?」
「あの野郎だ!! 俺を撃ったのは!!」
ライダーが塹壕を見た。
そこには、こちらに向かって手を振っている若い男がいた。
「……マスター」
「なんだ!?」
「罠かもしれんぞ」
「知るか!!」
「いや、知っておけ!」
「ぶっ飛ばしてやる!!」
ピョートルは馬に飛び乗った。
「行け!!」
「……まったく!」
ライダーが手綱を引く。
馬が走り出した。
塹壕へ向かって。
一直線に。
その様子を、ジルは冷静に見つめていた。
来る。
予想どおりだ。
あの男は、絶対に来る。
ジルは視線を動かした。
ランサーがこちらを見ている。
彼は片手を上げた。
指を動かす。
軍人として身につけた、簡潔な合図。
――その馬に乗れ。
ランサーが目を見開いた。
ジルはもう一度、同じ合図を送った。
――乗れ。
ランサーは、ほんの一瞬だけ躊躇した。
だが、すぐに頷いた。
槍を構え直す。
メイド二号の剣を受け流す。
そして、大きく後退した。
「……ごめんなさい!」
「えっ!? ちょっと!?」
メイド二号が驚く。
ランサーは振り返らなかった。
馬が近づく。
ピョートルは塹壕の中のジルしか見ていない。
「逃がすかあああああ!!」
その瞬間。
ランサーが跳躍した。
白い影が空を舞う。
そして、馬の背へ飛び乗った。
「うおっ!?」
ピョートルが驚く。
「なんだ!? お前!?」
「失礼します!」
「いや、待て! なんで乗ってる!?」
「マスターの指示です!」
「どこのマスターだよ!?」
ライダーは、もはや何も言わなかった。
ただ、塹壕へ向かって馬を走らせ続けた。
ジルは待っていた。
逃げなかった。
塹壕の縁に立ち、まっすぐピョートルを見つめていた。
「捕まえたぞ、この野郎!!」
ピョートルが手を伸ばす。
ジルの胸倉を掴んだ。
「てめえ! よくも俺の膝を撃ちやがったな!!」
「ああ。撃ったよ」
「開き直るな!!」
「悪かったな」
「謝れば済むと思ってんのか!?」
「いや」
ジルは笑った。
「助かったよ」
「……あ?」
ピョートルが眉をひそめた。
そのとき。
ライダーが手綱を引いた。
「……もういいな?」
「何がだ!?」
「飛ぶぞ」
馬が地面を蹴った。
跳躍。
次の瞬間には、空を駆け上がっていた。
「うおおおおおお!?」
ピョートルが叫んだ。
その手は、まだジルの胸倉を掴んでいる。
ジルは空中にぶら下がったまま、平然としていた。
「おい!! お前!!」
「なんだ?」
「なんで笑ってやがる!?」
「生き延びたからな」
「はあ!?」
ランサーが、馬の背から身を乗り出した。
「マスター!」
「大丈夫だ! 問題ない!」
「大丈夫には見えません!」
「生きてるだろ!」
ライダーが叫んだ。
「おい! そこの若造を引き上げろ! 落ちるぞ!」
「なんで俺がこいつを助けなきゃならねえんだ!!」
「お前が掴んでるからだろうが!!」
「くそっ!!」
ピョートルは悪態をつきながら、ジルを馬の背へ引き上げた。
ジルは器用に身体をひねり、馬に跨った。
「助かった」
「礼を言うな!!」
ピョートルは怒鳴った。
ジルは笑った。
ランサーは、ようやく小さく息を吐いた。
眼下では、戦場が遠ざかっていく。
甲冑の騎士たち。
異様な力を持つドイツ兵。
白いドレスのバーサーカー。
そして。
「反動分子はどこだあああああ!!」
まだ叫んでいる少女。
バーサーカーは、その姿を見ながら腹を抱えて笑っていた。
メイド一号は、呆然としていた。
メイド二号は、剣を握ったまま泣き言を言っていた。
「……僕が思ってた人間の可能性と違うぅ……」
西部戦線。
泥と血と硝煙に覆われた大地。
その上空を、一頭の馬が駆けていく。
乗っているのは、四人。
怒り狂う中年男。
その男に撃ったことを認めた若いフランス人。
聖女と呼ばれるランサー。
そして、すべてに巻き込まれたライダー。
「おい、てめえ!!」
ピョートルが再びジルの胸倉を掴んだ。
「なんで俺を撃った!?」
ジルは、少しだけ考えた。
そして、答えた。
「当たるとは思わなかった」
「ふざけんなああああああ!!」
その怒号は、雲の上まで響き渡った。
ジルは主人公じゃないです( ˙ω˙ )
苦労してんなぁ