此度の聖杯戦争の主催者たる吸血鬼の姫は、自らの指先を切り裂いた。
新兀枝・森羅万象令嬢卿。
人ならざる年月を生き、人ならざる力を蓄え、それでいて本人が望むものといえば、世界の裏側でも根源でも第三魔法でもない。
恋であった。
それも、できれば素敵な殿方との。
指先から零れた血が、石床へ落ちる。
一滴。
二滴。
森羅万象令嬢卿が指を滑らせるたび、鮮血は意思を持つ蛇のように床を這った。
円を描く。
文字を描く。
魔術回路を描く。
通常ならば霊脈から汲み上げるべき魔力も、何代もの魔術師が蓄積するべき神秘も必要ない。
この女の血そのものが、とうの昔に一つの神秘として完成していた。
やがて血の召喚陣が完成する。
その中央へ、森羅万象令嬢卿は古びた木片を置いた。
かつて、一つの王国に十二の席を与えたという円卓。
その残骸。
これほど分かりやすい触媒もあるまい。
森羅万象令嬢卿は満足げに頷いた。
これならば、きっと素敵な騎士様が来る。
美しく、強く、気高く。
できれば独身。
吸血鬼の姫は胸元で手を組み、静かに息を吸った。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師シュバインオーグ――」
血が光った。
召喚式が起動する。
触媒照合。
円卓。
霊基検索。
該当伝承群を確認。
**CLASS : SABER**
**CANDIDATE : ARTHUR**
――適合。
――霊基接続可能。
――branch detected.
**BRANCH : ARTORIA**
――適合。
――召喚可能。
――優先順位照合。
――CONFLICT.
「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で――」
森羅万象令嬢卿の詠唱は続く。
彼女は知らない。
自ら構築した召喚式が、本来参照する必要のない領域へ踏み込んだことを。
――検索範囲拡張。
英霊の枝から。
世界の枝へ。
**WORLD BRANCH : SEARCHING**
――剪定事象照合。
**PRUNING PHENOMENON : FALSE**
――編纂事象照合。
**PROPER HUMAN HISTORY : TRUE**
正常。
この世界は剪定されない。
人類史は継続する。
これは、正しい世界である。
――未来領域参照。
――照合。
――照合。
――照合。
**ALERT : RED**
世界の果てで、血よりもなお深い赤が灯った。
――抑止力起動。
**COUNTER FORCE : ACTIVE**
――剪定要求。
**DENIED**
――選定。
――剪定。
――選定。
――剪定。
**CONFLICT**
**JUDGEMENT : IMPOSSIBLE**
ならば。
判断する者を。
王ではない。
騎士ではない。
王に仕える者でもない。
王を選ぶ者。
王を――■■■■者。
**SELECTION AUTHORITY : DELEGATED**
――円卓伝承再検索。
**CANDIDATE : ARTHUR**
**REJECTED**
**BRANCH : ARTORIA**
**REJECTED**
――検索。
――検索。
――該当。
――白。
――白き■■。
――妖精。
――王権。
――妻。
――■■■■■■。
**TRUE NAME : █████████**
――霊基接続。
――適合クラス検索。
**SABER : REJECTED**
**LANCER : REJECTED**
**ARCHER : REJECTED**
**RIDER : REJECTED**
**CASTER : REJECTED**
**ASSASSIN : REJECTED**
**BERSERKER : CONDITION NOT SATISFIED**
――召喚術式を検索。
――未使用記述を検出。
`// されど汝はその眼を混沌に曇らせ、侍るべし`
`// 汝、狂乱の檻に囚われし者`
`// 我はその鎖を手繰る者`
――無効。
――必要。
**COUNTER FORCE**
**FORCE**
`// DELETE`
森羅万象令嬢卿の唇が、勝手に動いた。
「――されど汝はその眼を混沌に曇らせ、侍るべし」
介入。介入。介入。
「……?」
眉が動く。
「汝、狂乱の檻に囚われし者」
森羅万象令嬢卿は、自らの喉へ手を当てた。
止まらない。
「我はその鎖を手繰る者――」
一瞬。
背中を押された。
そうとしか形容できない感覚だった。
世界そのものに、詠唱を口の中へ押し込まれたような。
そして、それはすぐに消えた。
**CLASS : BERSERKER**
**CONDITION : SATISFIED**
――霊基固定。
――召喚開始。
「……今、私、何か余計なことを言いませんでした?」
答える者はいない。
森羅万象令嬢卿は訝しげに首を傾げた。
だが、術式はすでに最終工程へ入っている。
「――抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」
血で描かれた召喚陣が爆ぜた。
白い光が噴き上がる。
長い髪を押さえながら、森羅万象令嬢卿は期待に胸を膨らませた。
来る。
円卓の欠片を触媒として。
伝説に謳われる、素敵な騎士様が。
光の中に人影が現れる。
細身だった。
金色の長い髪。
白い肌。
ウエディングドレスの様な白い衣。
美しい。
文句のつけようもなく美しい。
ただし。
「……女の人?」
森羅万象令嬢卿の笑顔が固まった。
女は答えない。
ただただ、美しく微笑んでいた。
湖水より深い、青い瞳と共に。
「お、お待ちになって?」
円卓の欠片を見る。
女を見る。
もう一度、円卓の欠片を見る。
「素敵な騎士様が出てくるはずではありませんでしたの?!」
女は微笑んでいる。
「…………まさか」
森羅万象令嬢卿は息を呑んだ。
「アーサー王って女の子だったんですの!?」
女は否定しなかった。
肯定もしなかった。
ただ、その湖水より深い青の瞳をわずかに細めた。
まるで、とても可愛らしい勘違いを見つけたかのように。
そして。
ただただ、美しく微笑んだ。
召喚は成立した。
クラス――バーサーカー。
真名――
█████████。
主催者が召喚事故は草