英雄になりたいおっさんの聖杯戦争   作:笑嘲嗤

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第2話 抑止の果てより

 此度の聖杯戦争の主催者たる吸血鬼の姫は、自らの指先を切り裂いた。

 

 新兀枝・森羅万象令嬢卿。

 

 人ならざる年月を生き、人ならざる力を蓄え、それでいて本人が望むものといえば、世界の裏側でも根源でも第三魔法でもない。

 

 恋であった。

 

 それも、できれば素敵な殿方との。

 

 指先から零れた血が、石床へ落ちる。

 

 一滴。

 

 二滴。

 

 森羅万象令嬢卿が指を滑らせるたび、鮮血は意思を持つ蛇のように床を這った。

 

 円を描く。

 

 文字を描く。

 

 魔術回路を描く。

 

 通常ならば霊脈から汲み上げるべき魔力も、何代もの魔術師が蓄積するべき神秘も必要ない。

 

 この女の血そのものが、とうの昔に一つの神秘として完成していた。

 

 やがて血の召喚陣が完成する。

 

 その中央へ、森羅万象令嬢卿は古びた木片を置いた。

 

 かつて、一つの王国に十二の席を与えたという円卓。

 

 その残骸。

 

 これほど分かりやすい触媒もあるまい。

 

 森羅万象令嬢卿は満足げに頷いた。

 

 これならば、きっと素敵な騎士様が来る。

 

 美しく、強く、気高く。

 

 できれば独身。

 

 吸血鬼の姫は胸元で手を組み、静かに息を吸った。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師シュバインオーグ――」

 

 血が光った。

 

 召喚式が起動する。

 

 触媒照合。

 

 円卓。

 

 霊基検索。

 

 該当伝承群を確認。

 

 **CLASS : SABER**

 

 **CANDIDATE : ARTHUR**

 

 ――適合。

 

 ――霊基接続可能。

 

 ――branch detected.

 

 **BRANCH : ARTORIA**

 

 ――適合。

 

 ――召喚可能。

 

 ――優先順位照合。

 

 ――CONFLICT.

 

「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で――」

 

 森羅万象令嬢卿の詠唱は続く。

 

 彼女は知らない。

 

 自ら構築した召喚式が、本来参照する必要のない領域へ踏み込んだことを。

 

 ――検索範囲拡張。

 

 英霊の枝から。

 

 世界の枝へ。

 

 **WORLD BRANCH : SEARCHING**

 

 ――剪定事象照合。

 

 **PRUNING PHENOMENON : FALSE**

 

 ――編纂事象照合。

 

 **PROPER HUMAN HISTORY : TRUE**

 

 正常。

 

 この世界は剪定されない。

 

 人類史は継続する。

 

 これは、正しい世界である。

 

 ――未来領域参照。

 

 ――照合。

 

 ――照合。

 

 ――照合。

 

 **ALERT : RED**

 

 世界の果てで、血よりもなお深い赤が灯った。

 

 ――抑止力起動。

 

 **COUNTER FORCE : ACTIVE**

 

 ――剪定要求。

 

 **DENIED**

 

 ――選定。

 

 ――剪定。

 

 ――選定。

 

 ――剪定。

 

 **CONFLICT**

 

 **JUDGEMENT : IMPOSSIBLE**

 

 ならば。

 

 判断する者を。

 

 王ではない。

 

 騎士ではない。

 

 王に仕える者でもない。

 

 王を選ぶ者。

 

 王を――■■■■者。

 

 **SELECTION AUTHORITY : DELEGATED**

 

 ――円卓伝承再検索。

 

 **CANDIDATE : ARTHUR**

 

 **REJECTED**

 

 **BRANCH : ARTORIA**

 

 **REJECTED**

 

 ――検索。

 

 ――検索。

 

 ――該当。

 

 ――白。

 

 ――白き■■。

 

 ――妖精。

 

 ――王権。

 

 ――妻。

 

 ――■■■■■■。

 

 **TRUE NAME : █████████**

 

 ――霊基接続。

 

 ――適合クラス検索。

 

 **SABER : REJECTED**

 

 **LANCER : REJECTED**

 

 **ARCHER : REJECTED**

 

 **RIDER : REJECTED**

 

 **CASTER : REJECTED**

 

 **ASSASSIN : REJECTED**

 

 **BERSERKER : CONDITION NOT SATISFIED**

 

 ――召喚術式を検索。

 

 ――未使用記述を検出。

 

 `// されど汝はその眼を混沌に曇らせ、侍るべし`

 

 `// 汝、狂乱の檻に囚われし者`

 

 `// 我はその鎖を手繰る者`

 

 ――無効。

 

 ――必要。

 

 **COUNTER FORCE**

 

 **FORCE**

 

 `// DELETE`

 

 森羅万象令嬢卿の唇が、勝手に動いた。

 

「――されど汝はその眼を混沌に曇らせ、侍るべし」

 

 介入。介入。介入。

 

「……?」

 

 眉が動く。

 

「汝、狂乱の檻に囚われし者」

 

 森羅万象令嬢卿は、自らの喉へ手を当てた。

 

 止まらない。

 

「我はその鎖を手繰る者――」

 

 一瞬。

 

 背中を押された。

 

 そうとしか形容できない感覚だった。

 

 世界そのものに、詠唱を口の中へ押し込まれたような。

 

 そして、それはすぐに消えた。

 

 **CLASS : BERSERKER**

 

 **CONDITION : SATISFIED**

 

 ――霊基固定。

 

 ――召喚開始。

 

「……今、私、何か余計なことを言いませんでした?」

 

 答える者はいない。

 

 森羅万象令嬢卿は訝しげに首を傾げた。

 

 だが、術式はすでに最終工程へ入っている。

 

「――抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 

 血で描かれた召喚陣が爆ぜた。

 

 白い光が噴き上がる。

 

 長い髪を押さえながら、森羅万象令嬢卿は期待に胸を膨らませた。

 

 来る。

 

 円卓の欠片を触媒として。

 

 伝説に謳われる、素敵な騎士様が。

 

 光の中に人影が現れる。

 

 細身だった。

 

 金色の長い髪。

 

 白い肌。

 

 ウエディングドレスの様な白い衣。

 

 美しい。

 

 文句のつけようもなく美しい。

 

 ただし。

 

「……女の人?」

 

 森羅万象令嬢卿の笑顔が固まった。

 

 女は答えない。

 

 ただただ、美しく微笑んでいた。

 

 湖水より深い、青い瞳と共に。

 

「お、お待ちになって?」

 

 円卓の欠片を見る。

 

 女を見る。

 

 もう一度、円卓の欠片を見る。

 

「素敵な騎士様が出てくるはずではありませんでしたの?!」

 

 女は微笑んでいる。

 

「…………まさか」

 

 森羅万象令嬢卿は息を呑んだ。

 

「アーサー王って女の子だったんですの!?」

 

 女は否定しなかった。

 

 肯定もしなかった。

 

 ただ、その湖水より深い青の瞳をわずかに細めた。

 

 まるで、とても可愛らしい勘違いを見つけたかのように。

 

 そして。

 

 ただただ、美しく微笑んだ。

 

 召喚は成立した。

 

 クラス――バーサーカー。

 

 真名――

 

 █████████。




主催者が召喚事故は草
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