英国――ロンドン。
召喚陣から迸った光が消える。
そこに立っていたのは、一人の少女だった。
小柄な身体に鎧をまとい、腰には剣。
少女は周囲を見回すと、自らを呼び出した者たちへ視線を向けた。
「――セイバー。召喚に応じ参上した。君がボクのマスターかな?」
「成功だ」
時計塔の魔術師が満足げに頷く。
「霊基はセイバー。問題ありません。そして――宝具についても、こちらの想定通りです」
「宝具?」
セイバーが首を傾げた。
「ええ。本来のセイバークラスでは使用できないはずの宝具を、あなたの霊基へ組み込みました」
「……ちょっと待ってくれ」
「対国宝具です」
「ボク、セイバーだよね?」
「もちろん」
「なのに対国宝具?」
「はい」
魔術師は平然としていた。
「今回の聖杯戦争にあたり、我々時計塔は可能な限りの検討を行いました。その結果――最強の騎士を召喚するだけでは不十分との結論に達しました」
「それで?」
「最強の騎士に、本来持ち込めない宝具まで持たせることにしました」
「…………」
セイバーはしばらく黙った。
「それ、ズルじゃない?」
部屋の隅で紅茶を飲んでいた男が、そこで初めて笑った。
英国政府から派遣された男。
名を、ジョン・ブルという。
「素晴らしい」
「え?」
「私は時計塔というところを誤解していたらしい。古臭い伝統にしがみつく、退屈な連中だと思っていた」
ティーカップを置く。
そして満面の笑みを浮かべた。
「安心したよ」
ジョン・ブルは時計塔の魔術師たちを見渡した。
「君たちは立派な英国紳士だ」
「光栄です」
「褒めるところなのか、それ?」
セイバーの疑問に答える者はいなかった。
日本――東京。
「聖杯戦争など、ただの賭博だ」
田中義一は、集められた者たちを前にそう断言した。
「勝者になる必要はない。最後まで生き残った者が聖杯を掴む。その瞬間に殺せばいい」
あまりにも身も蓋もない。
その命令を聞いていた黒装束の女――くノ一が、わずかに眉を動かした。
「アサシンといえば、ハサンなる者たちが召喚されると聞きましたが?」
「その可能性は高い」
「では――」
「だから呼ばん」
田中は即答した。
「日本人のマスターなど、彼らからすれば粛清対象でしかない」
「…………」
「暗殺者を召喚して、自分が最初に暗殺されては笑い話にもならん」
もっともだった。
「そこで宮内省の陰陽師たちに、召喚術式そのものを改良させた。触媒もすでに用意してある」
田中が視線を送る。
祭壇の中央には、一つの触媒が置かれていた。
「呼ばれる英雄はアサシンクラス。しかし、その霊基出力は――セイバークラスに匹敵する」
くノ一の目が細くなる。
「暗殺者でありながら、正面戦闘も可能と?」
「そういうことだ」
田中は立ち上がった。
「英国人も、アメリカ人も、ドイツ人も、聖杯を欲しがるだろう。好きに争わせておけ」
「我々は?」
「待て」
短い命令だった。
「隠れろ。欺け。必要なら殺せ。最後の一人が勝利を確信する、その瞬間までな」
そして田中は、くノ一を真っ直ぐ見た。
「必ずや――聖杯を誰にも渡すな」
女は静かに頭を垂れた。
「了解」
日本にとって、聖杯戦争は戦争ですらなかった。
勝者の決まっていない賭場である。
ならば胴元ごと、最後に奪えばいい。
ドイツ帝国――ベルリン。
召喚陣を囲む帝国政府の高官たちが、固唾を呑んで見守っていた。
光が収まる。
そこに現れたのは、一人の女だった。
「キャスター。召喚に応じました」
「よし!」
真っ先に声を上げたのは、小柄な少女だった。
カーラ・マルクス。
彼女はキャスターを一目見るなり、帝国政府の高官たちへ振り返った。
「軍団を用意して!」
「……軍団?」
「うん。兵士いっぱい。銃も大砲も。すぐ西部戦線に送れるようにして!」
高官たちが顔を見合わせた。
「待ちたまえ、マルクス君。これは聖杯戦争だぞ?」
「知ってるよ?」
「サーヴァント同士の戦いではないのか?」
「だから軍団を連れていくんだよ」
「なぜ?」
カーラは隣のキャスターを指差した。
「この子なら、それが一番強いから」
キャスターは微笑んでいる。
否定しない。
「まさか……軍隊を聖杯戦争に持ち込むつもりか?」
「ダメって書いてあった?」
誰も答えられなかった。
数日後。
西部戦線へ向かう軍用列車。
カーラとキャスターだけではない。
その前後には、完全武装した帝国軍兵士を満載した列車が続いていた。
カーラは窓から身を乗り出す。
「革命のため――!」
帝国軍将校たちの視線が、一斉に突き刺さった。
「…………」
カーラはそっと拳を下ろした。
「ていこくのためーに、がんばりまーす」
「マルクス君?」
「がんばりまーす」
隣でキャスターが楽しそうに笑っていた。
軍用列車は西へ走る。
英霊一騎とマスター一人。
そして――一個軍団を引き連れて。
アメリカ合衆国。
「やりたくねえ」
アンクル・サムは開口一番そう言った。
政府関係者たちが沈黙する。
「欧州で聖杯戦争? 勝手にやってろよ」
「しかし、英国もドイツもロシアも参加します」
「だから?」
「聖杯です。あらゆる願いを叶えるという――」
「ヨーロッパ人がそう言ってるだけだろ?」
アンクル・サムは椅子に深く腰掛けた。
「モンロー主義サイコー。ヨーロッパの面倒事はヨーロッパで片付けてもらおうぜ」
「参加命令です」
「…………」
召喚が行われた。
光が消える。
一人の英霊が姿を現した。
「アーチャー。召喚に応じた」
「おう」
「……それだけか?」
「アンクル・サムだ。よろしく」
「よろしく」
「…………」
「…………」
しばらく二人で見つめ合った。
「聖杯、欲しい?」
「別に」
「俺も」
「そうか」
「じゃ、適当にやろう」
「ああ」
握手。
こうしてアメリカ代表の方針は決定した。
「死なない程度に頑張るぞ」
「了解した」
政府関係者が慌てて割って入る。
「待ってください! 国家の威信が!」
アンクル・サムは面倒くさそうに振り返った。
「じゃあ勝てそうだったら勝つ」
「そういう問題では――!」
「よし、アーチャー。行こうぜ」
「ああ」
「どこへ?」
「知らん。ヨーロッパ」
「広いな」
二人は歩き出した。
参加国の中で最もやる気のない陣営が、こうして聖杯戦争へ送り出された。
英国 セイバー チート上等
日本 アサシン 聖杯なんてギャンブルなんて興味ない。優勝者抹殺
ドイツ キャスター 帝国に忠誠心なし!名前からして革命家気取り
アメリカ アーチャー 絶賛モンロー主義中。放っておいてください。