英雄になりたいおっさんの聖杯戦争   作:笑嘲嗤

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第4話 空をかけるおっさん

 一九一七年。

 

 ロシア帝国首都、ペトログラード。

 

 欧州各国が、それぞれの思惑を胸に聖杯戦争への準備を進める中。

 

 ロシア帝国もまた、一人のマスターを選出していた。

 

 選ばれた男は魔術師ではない。

 

 軍人でもない。

 

 貴族でもなければ、帝国に忠誠を誓った臣民ですらない。

 

 ついでに言えば――。

 

「なあ。これ、外してくれない?」

 

 手錠を鳴らして、中年男は言った。

 

「却下だ」

 

「俺、これから帝国のために命張るんだけど」

 

「お前は銀行強盗だ」

 

「昔の話だろ」

 

「逮捕されたのは先月だ」

 

「昔じゃないか」

 

「先月だ」

 

 ロシア帝国代表。

 

 ピョートル。

 

 自称である。

 

 

 ◇

 

 

 召喚場所として用意されたのは、ペトログラード市内の帝国軍施設だった。

 

 部屋の中央には召喚陣。

 

 触媒。

 

 魔力供給を補助する魔術師。

 

 そして、手錠を外されたばかりのピョートル。

 

「失敗したら?」

 

「死ぬ可能性がある」

 

「先に言えよ」

 

「先に言ったら逃げるだろう」

 

「当たり前だ」

 

 帝国軍人が無視して、召喚を促す。

 

 ピョートルは溜息を吐いた。

 

 魔術なんてものを信じていたわけではない。

 

 だが、牢獄から連れ出されて以来、常識では説明できないものを散々見せられてきた。

 

 今さら召喚陣が光った程度では驚かない。

 

 ――いや。

 

 さすがにこれは驚いた。

 

 風が吹いた。

 

 閉め切られた室内に、荒野を駆け抜けるような風が吹き荒れる。

 

 魔力が渦巻く。

 

 光が弾ける。

 

 そして。

 

 人影が現れた。

 

「――問おう」

 

 力強い声だった。

 

「お前が、私のマスターか?」

 

 ピョートルは少し考えた。

 

 自分の手を見る。

 

 召喚陣を見る。

 

 周囲の魔術師を見る。

 

 最後に、現れた人物を見る。

 

「たぶん」

 

「たぶん?」

 

「俺も今日いきなり連れてこられたからな」

 

「…………」

 

「よろしく」

 

 差し出された手を、英霊はしばらく見つめた。

 

 やがて苦笑して握り返す。

 

「妙な男だな」

 

「よく言われる」

 

「私はライダー。この戦い、お前の脚となろう」

 

「ライダー?」

 

 ピョートルの目が細くなる。

 

「騎兵みたいなもんか?」

 

「まったく同じではないが……まあ、それで構わん」

 

「乗り物に乗る?」

 

「当然だ」

 

「速い?」

 

「無論」

 

 そこで。

 

 ピョートルの顔つきが変わった。

 

「逃げ足に自信は?」

 

「…………」

 

 ライダーは露骨に嫌そうな顔をした。

 

「逃げるのは好きじゃない」

 

「うん」

 

「だが――」

 

 英霊としての自負を込めて、胸を張る。

 

「これでもライダーだ」

 

「なるほど」

 

 ピョートルは頷いた。

 

「よし」

 

 そして立ち上がった。

 

「じゃあちょっと金を下ろしに行こうぜ」

 

「金?」

 

「ああ。戦争するんだろ? 軍資金は必要だ」

 

 ライダーは納得した。

 

「それは道理だな」

 

「だろ?」

 

「銀行か?」

 

「銀行だ」

 

 帝国軍人が二人を見送る。

 

 この時。

 

 彼らは誰も気づかなかった。

 

 ピョートルが銀行口座など持っていないことに。

 

 

 ◇

 

 

「金を出せ」

 

「…………」

 

 銀行員は固まった。

 

 ライダーも固まった。

 

 ピョートルの手には拳銃があった。

 

「聞こえなかったか?」

 

「ピョートル」

 

「なんだ?」

 

「何をしている」

 

「金を下ろしてる」

 

「これは金を下ろすと言うのか?」

 

「似たようなもんだ」

 

「似てないだろう!」

 

 銀行内にライダーの声が響いた。

 

「口座から金を受け取るものではないのか!?」

 

「俺の口座からじゃないだけだ」

 

「それを強盗と言うのではないか!?」

 

「詳しいじゃないか」

 

「今知った!」

 

 銀行員が震える手で金を差し出す。

 

 ピョートルはそれを鞄へ詰めた。

 

「よし」

 

「何がよしだ!」

 

「軍資金確保」

 

「帝国から貰え!」

 

「俺を牢屋に入れた連中だぞ。なんで頭下げて金貰わなきゃいけないんだ」

 

「お前は今、その帝国の代表だろう!」

 

「そうだったな」

 

「忘れるな!」

 

 その時だった。

 

 外から笛の音が響いた。

 

「警察だ!」

 

 銀行員の顔が明るくなる。

 

 ライダーの顔が暗くなる。

 

 ピョートルは窓の外を覗いた。

 

 警官が集まってきている。

 

「思ったより早かったな」

 

「どうするつもりだ?」

 

「ライダー」

 

「なんだ」

 

「逃げ足に自信あるって言ったよな?」

 

「私は好きではないと言った!」

 

「できないとは言わなかった」

 

「お前――!」

 

「行くぞ!」

 

 ピョートルは鞄を抱えて銀行を飛び出した。

 

「待て!」

 

「強盗だ!」

 

「止まれ!」

 

 警官たちが一斉に追いかける。

 

「ライダー!」

 

「ええい! 一度だけだぞ!」

 

 英霊が叫ぶ。

 

 次の瞬間。

 

 地面を蹴る轟音。

 

 現れた馬へ、ライダーが飛び乗った。

 

「乗れ!」

 

「待ってました!」

 

 ピョートルが後ろへ飛び乗る。

 

「止まれ!」

 

 警官が銃を構える。

 

 馬が走り出した。

 

 石畳を蹴る。

 

 一歩。

 

 二歩。

 

 三歩。

 

 そして――。

 

 四歩目は、地面になかった。

 

「…………は?」

 

 警官が空を見上げた。

 

 馬が空を駆けていた。

 

 ペトログラードの建物を飛び越え、屋根より高く。

 

 冬空へ向かって駆け上がっていく。

 

「おおおおおおおおっ!?」

 

 後ろに乗ったピョートルが叫ぶ。

 

「飛ぶのかよ!」

 

「ライダーだと言っただろう!」

 

「いや普通そこまでとは思わないだろ!」

 

「落ちるなよ!」

 

「金が落ちる!」

 

「自分の心配をしろ!」

 

 眼下では、警官たちが呆然と空を見上げていた。

 

 銀行員も外へ出てきた。

 

 通行人も立ち止まった。

 

 誰もが、空を飛んで逃げていく銀行強盗を見ている。

 

 神秘の秘匿。

 

 その言葉を知る者がこの場にいたなら、頭を抱えたことだろう。

 

 ピョートルは知らない。

 

 だから笑っていた。

 

「こいつはすげえ!」

 

「何がだ!」

 

「お前と組んで正解だった!」

 

「私は早くも間違いだった気がしている!」

 

「いいじゃないか! 金も手に入った!」

 

「盗んだ金だ!」

 

「金に名前は書いてない!」

 

「そういう問題ではない!」

 

 ペトログラードの空を、一騎の馬が駆け抜けていく。

 

 その背には英雄。

 

 そして、銀行強盗。

 

 こうして。

 

 ロシア帝国代表は、聖杯戦争の軍資金を確保した。

 

 なお。

 

 ロシア帝国政府には一切相談していない。




なんやこのおっさん?!

ライダー……強く生きて……。
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