英雄になりたいおっさんの聖杯戦争   作:笑嘲嗤

5 / 5
第5話 バーサーカー陛下♡

 一九一七年。

 

 西部戦線のどこか。

 

 地上では今日も砲弾が飛び交い、機関銃が火を噴き、人間が人間を殺していた。

 

 その地下深く。

 

 戦場には似つかわしくない、巨大な宮殿が存在していた。

 

 白亜の柱。

 

 磨き上げられた床。

 

 豪奢な絨毯。

 

 壁には魔術によって灯された無数の明かりが並び、その中央には巨大な広間がある。

 

 この宮殿を作り上げたのは、一人の吸血鬼だった。

 

「恋がしたいんですの」

 

 新兀枝・森羅万象令嬢卿。

 

 此度の聖杯戦争を主催する吸血鬼の姫は、極めて真剣な顔でそう言った。

 

「素敵な殿方と出会って、胸がキュンとして、手と手が触れ合っただけで眠れなくなるような――そういう恋がしたいんですの!」

 

「すればいいじゃない」

 

 返事は軽かった。

 

 森羅の向かい。

 

 豪奢な椅子に腰掛けた女が、紅茶を飲んでいる。

 

 白い肌。

 

 白い衣。

 

 長い髪。

 

 湖水より深い青の瞳。

 

 森羅が円卓の欠片を触媒として召喚した、謎のサーヴァント。

 

 バーサーカー。

 

「だから! その相手を探すために聖杯戦争を始めたんですの!」

 

「知ってるわよ」

 

「でしたら、もう少し親身に相談に乗ってくださいまし!」

 

「乗ってるじゃない」

 

 バーサーカーはカップを置いた。

 

「よそのサーヴァントと恋をすればいいのよ」

 

「敵ですわよ!?」

 

「だから?」

 

「だからって……敵なんですのよ!?」

 

「恋愛に陣営って関係ある?」

 

「ありますわよ!」

 

「そうかしら」

 

 バーサーカーは不思議そうに首を傾げた。

 

 森羅は頭を抱えた。

 

「そもそも、わたくしは素敵な騎士様を召喚するつもりだったんですの! それなのに出てきたのは女の方で!」

 

「私じゃ不満?」

 

「そういう問題ではありませんわ!」

 

「贅沢ねぇ」

 

「何がですの!?」

 

 森羅はしばらく憤慨していたが、ふと気を取り直した。

 

「ところで、バーサーカー」

 

「…………」

 

「バーサーカー?」

 

「…………」

 

「聞こえてますわよね?」

 

「…………」

 

 女は優雅に紅茶を飲んでいる。

 

 森羅は眉をひそめた。

 

「バーサーカー様?」

 

「なあに?」

 

「聞こえてたんじゃありませんの!」

 

「聞こえてたわよ?」

 

「なら返事してくださいまし!」

 

「嫌よ」

 

「なんでですの!?」

 

「呼び方が気に入らなかったから」

 

 森羅の頬が引きつった。

 

「では、なんと呼べばよろしいんですの?」

 

「そうねぇ」

 

 バーサーカーは少し考えた。

 

「陛下」

 

「…………」

 

「陛下」

 

「二度言わなくても聞こえてますわ!」

 

「じゃあ呼んでみて」

 

「嫌ですわよ!」

 

「…………」

 

「その顔やめてくださいまし!」

 

「…………」

 

「バーサーカー様!」

 

「もう一声♡」

 

「なんで召喚した側のわたくしが、ご機嫌取りをしなくてはいけませんの!?」

 

「さあ?」

 

 森羅は震えた。

 

 だが、目の前の女は本当に返事をするつもりがないらしい。

 

 やがて森羅は観念した。

 

「……バーサーカー陛下?」

 

 ぱっと。

 

 女の顔に笑みが咲いた。

 

「花丸をあげるわ♡」

 

「いりませんわ!」

 

「でも、そうでしょう?」

 

 バーサーカーは満足そうに足を組み替えた。

 

「私にこそ『Your Majesty』は相応しいと思わない?」

 

 返事はなかった。

 

「ねえ、メイド一号ちゃん?」

 

「――お前にそれだけは絶対に与えない」

 

 低い声がした。

 

 バーサーカーの傍ら。

 

 銀髪の女が立っていた。

 

 着ているのは、なぜかメイド服である。

 

「私たちが憧れた理想の王国を破壊したのは、お前のくせに」

 

「あら」

 

 バーサーカーは笑った。

 

「お茶をお願い、メイド一号ちゃん」

 

「断る」

 

「お願い♡」

 

「断ると言っている」

 

 その瞬間。

 

 バーサーカーの肩に刻まれた王冠の徴が、淡く輝いた。

 

「…………」

 

 銀髪の女の眉間に深い皺が寄った。

 

「お茶♡」

 

「…………いつか必ず殺す」

 

 そう言いながら。

 

 メイド一号はティーポットを手に取った。

 

 こぽこぽと紅茶が注がれる。

 

 森羅は目を見開いた。

 

「今の何ですの!?」

 

「便利でしょう?」

 

「答えになってませんわ!」

 

 広間には他にも人影があった。

 

 何人もの騎士たち。

 

 いずれも並の英霊とは思えない気配を纏っている。

 

 その一人が、メイド一号を見ていた。

 

 否。

 

 睨んでいた。

 

 正確には。

 

 メイド一号に茶を淹れさせているバーサーカーを、憎悪すら感じさせる目で睨んでいた。

 

 バーサーカーは紅茶を一口飲んだ。

 

「…………」

 

 もう一口。

 

「…………」

 

 そして騎士を見る。

 

「ねえ」

 

「…………」

 

「そんな目で見なくてもいいじゃない」

 

「…………」

 

「文句があるなら言えば?」

 

 騎士の眉が動いた。

 

「では申し上げましょう」

 

「どうぞ♡」

 

「貴女は生前からそうだった!」

 

 騎士が声を荒らげる。

 

「男を惑わせて! 騎士たちを惑わせ! あの方を――!」

 

「はいはい」

 

「はいはいではない!」

 

「でも」

 

 バーサーカーは騎士ではなく、メイド一号を見た。

 

 それからもう一度、騎士を見る。

 

「あなた、お母様を庇おうとしたのね?」

 

「…………」

 

「立派な親子愛じゃない。素敵よ」

 

「何を――」

 

「結婚するなら、あなたみたいな人のほうがいいんでしょうねぇ」

 

 騎士が固まった。

 

 メイド一号も固まった。

 

 森羅は少し身を乗り出した。

 

「まあ!」

 

「真面目だし。家族思いだし。浮気もしなさそう」

 

「何の話をしている!」

 

「でも――」

 

 バーサーカーは顎に指を当てた。

 

 しばらく騎士を眺める。

 

 そして。

 

「いい人止まりって感じ」

 

「…………」

 

「燃えないわね」

 

「誰が貴女の恋愛対象になりたいと言った!!」

 

「そういうところよ」

 

「何がだ!!」

 

「息子を品定めするな!」

 

 メイド一号まで怒鳴った。

 

「あら。褒めてるのに」

 

「どこがだ!」

 

「親子仲良しねぇ」

 

「「黙れ!」」

 

 バーサーカーは楽しそうに笑った。

 

 森羅は感心していた。

 

「なるほど……これが恋愛上級者……」

 

「違う!」

 

 なぜかメイド一号と騎士から同時に否定された。

 

「あー」

 

 バーサーカーが呟いた。

 

「でもさ」

 

「今度はなんですの?」

 

「陛下より、聖下のほうが上っぽくない?」

 

 沈黙。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 騎士たちまで黙った。

 

「私に合うと思うのよね。聖下」

 

「思いつきで敬称を増やさないでくださいまし!」

 

「そう?」

 

 バーサーカーは別の方向を向いた。

 

「ねえ、メイド二号ちゃん?」

 

「ボクをここまで苛立たせられるのは、たぶん君だけだよ」

 

 そこにはもう一人。

 

 白い髪の女がいた。

 

 当然のようにメイド服を着ている。

 

「褒めてくれてありがとう♡」

 

「褒めてないよ」

 

「じゃあ、これお願い」

 

 バーサーカーは履いていたヒールを脱いだ。

 

「…………」

 

 素足を差し出す。

 

「…………何かな?」

 

「ネイル♡」

 

「…………」

 

「メイド二号ちゃん?」

 

「自分で塗ればいいだろう?」

 

 王冠の徴が。

 

 ぴかり。

 

「…………」

 

 メイド二号は目を閉じた。

 

 長い沈黙の後。

 

「君、本当に性格が悪いね」

 

「知ってる♡」

 

 メイド二号はしゃがみ込んだ。

 

 小さな瓶を手に取る。

 

 そしてバーサーカーの足の爪に、丁寧に色を塗り始めた。

 

 メイド一号は紅茶を淹れている。

 

 メイド二号はネイルを塗っている。

 

 騎士たちは誰一人としてバーサーカーと目を合わせようとしない。

 

 森羅は感動した。

 

「これが……王の威厳……!」

 

「違う」

 

「違うよ」

 

「断じて違う」

 

 メイド一号、メイド二号、騎士から同時に否定された。

 

「ところで」

 

 バーサーカーが自分の肩を見た。

 

「これだけだと、ちょっと危ないのよね」

 

「何がですの?」

 

「いろいろ」

 

「いろいろとは!?」

 

「いろいろよ」

 

「説明してくださいまし!」

 

 バーサーカーは答えなかった。

 

 代わりに森羅の手を見た。

 

 そこに刻まれているもの。

 

 三画の令呪。

 

「森羅ちゃん」

 

「なんですの?」

 

「それ、ちょうだい」

 

「…………」

 

「三画とも♡」

 

「嫌ですわよ!?」

 

 即答だった。

 

「あら」

 

「あら、ではありませんわ! 令呪ですのよ!? マスターがサーヴァントに対して持つ、もっとも重要な――」

 

「命令権?」

 

「そうですわ!」

 

「ふうん」

 

 バーサーカーは少し考えた。

 

 そして、にっこり笑った。

 

「好きな男の子に命令して、恋が始まると思う?」

 

「…………!」

 

 森羅に衝撃が走った。

 

「恋は対等じゃなくちゃ」

 

「お前が言うな」

 

 メイド一号が即座に言った。

 

 王冠が光った。

 

「…………」

 

 紅茶が追加された。

 

「説得力というものが泣いているよ」

 

 メイド二号も言った。

 

 王冠が光った。

 

「…………」

 

 足の爪がさらに綺麗になった。

 

「今まさに二人を強制的に働かせていますわよね!?」

 

「これは恋愛じゃないもの」

 

「無敵ですの!?」

 

 バーサーカーは笑った。

 

「別にあなたの邪魔なんてしないわよ」

 

「本当ですの?」

 

「あなたはこの戦争で、理想の恋を見つければいいの」

 

「…………」

 

「聖杯そのものが欲しいわけじゃないでしょう?」

 

「それは……まあ」

 

 森羅は視線を逸らした。

 

 彼女の目的は根源ではない。

 

 魔法でもない。

 

 世界征服でもなければ、人類の救済でもない。

 

 恋がしたい。

 

 それだけだった。

 

「それに」

 

 バーサーカーが、地下宮殿のさらに奥へ視線を向けた。

 

 そこには。

 

 此度の聖杯戦争のために森羅が作り上げた聖杯がある。

 

「あなたの聖杯、もうとっくに飽和してるでしょう?」

 

「…………」

 

「西部戦線で何万人死んだと思ってるの」

 

 地上では、三年前から戦争が続いている。

 

 流された血。

 

 失われた命。

 

 積み重ねられた死。

 

 それらを呑み込み続けた聖杯は、既に願望機として必要な量を遥かに超える魔力を蓄えていた。

 

「サーヴァント一騎を受肉させるくらい、わけないわ」

 

 メイド二号の手が。

 

 ほんの一瞬だけ止まった。

 

「……?」

 

「動かないで。はみ出すでしょう?」

 

「誰のせいだと思ってるんだい」

 

「あなた♡」

 

「君だよ」

 

 森羅は自分の令呪を見た。

 

「でも……」

 

「嫌ならいいのよ」

 

「…………」

 

「無理にとは言わないわ」

 

「…………」

 

「残念だけど」

 

 バーサーカーは紅茶を飲んだ。

 

「…………」

 

 森羅は令呪を見る。

 

「…………」

 

 バーサーカーは紅茶を飲む。

 

「…………」

 

 森羅がちらりと見る。

 

 バーサーカーは何も言わない。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……何かありませんの?」

 

「何が?」

 

「説得ですわ!」

 

「嫌なんでしょう?」

 

「そうですけれど!」

 

「じゃあ仕方ないわね」

 

「…………」

 

「せっかく、モテる秘訣を教えてあげようと思ったのに」

 

「…………」

 

 森羅の目が動いた。

 

 メイド一号が顔を上げた。

 

 メイド二号も顔を上げた。

 

 騎士たちまで一斉に森羅を見る。

 

「やめておけ」

 

「やめたほうがいいよ」

 

「絶対にやめろ」

 

 忠告が重なった。

 

 森羅はバーサーカーを見た。

 

「…………具体的には?」

 

「森羅!」

 

「やめろ!」

 

「正気かい?」

 

 バーサーカーは笑った。

 

「令呪三画♡」

 

「三画全部?」

 

「全部♡」

 

「…………」

 

 森羅は考えた。

 

 長い。

 

 長い沈黙だった。

 

 彼女は何百年も生きている。

 

 死徒として数多の魔術師を見てきた。

 

 欺瞞も、策略も、裏切りも知っている。

 

 だからこそ分かる。

 

 これは。

 

 とてつもなく怪しい。

 

「……ちゃんと教えてくださいますのよね?」

 

「もちろん」

 

「絶対?」

 

「ええ」

 

「途中でやっぱりなしとか言いません?」

 

「言わないわ」

 

「…………」

 

 森羅は覚悟を決めた。

 

「分かりましたわ!」

 

「森羅!!」

 

 メイド一号の制止は遅かった。

 

 三画の令呪が輝く。

 

 契約を結ぶための魔力が動く。

 

 主から従者へ。

 

 マスターからサーヴァントへ。

 

 本来ならば決して手放すべきではない三つの命令権。

 

 それが。

 

 すべてバーサーカーへと渡った。

 

「はい!」

 

 森羅は期待に満ちた目を向けた。

 

「これでよろしいですわね!」

 

「ええ」

 

「では!」

 

「うん?」

 

「モテる秘訣ですわ!」

 

「ああ」

 

 バーサーカーは立ち上がった。

 

 ヒールに足を通す。

 

 数歩歩いて。

 

 ふと振り返った。

 

「まず男の子と話すとき、自分の話ばっかりしちゃダメよ」

 

「…………!」

 

 森羅は真剣な顔になった。

 

「なるほど……!」

 

「相手の話を聞くの。人間、自分に興味を持ってくれる相手には自然と好感を持つものだから」

 

「さすがですわ、バーサーカー陛下!」

 

「聖下でもいいわよ♡」

 

「調子に乗らないでくださいまし!」

 

「ふふっ」

 

 バーサーカーは笑った。

 

 そして。

 

 地下宮殿の奥へ歩いていく。

 

 西部戦線で死んだ、数え切れないほどの人間。

 

 その魂を呑み込み。

 

 既に飽和するほどの魔力を蓄えた。

 

 聖杯へ。

 

 メイド一号が、ティーポットを置いた。

 

 メイド二号が、ネイルの瓶を閉じた。

 

 騎士たちも。

 

 森羅だけを残して。

 

 歩いていくバーサーカーの背中を見つめていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。