英雄になりたいおっさんの聖杯戦争   作:笑嘲嗤

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第7話 英雄をつくる女

一九一七年。

 

 ドイツ帝国、西部戦線。

 

 砲声が聞こえる。

 

 遠くで大地が震え、黒煙が空へと昇っていた。

 

 その空を。

 

 一頭の馬が駆けていた。

 

「いやあ、便利だなあ!」

 

 ピョートルは上機嫌だった。

 

「鉄道代もかからない! 国境も関係ない! 最高じゃないか!」

 

「お前は少し黙っていろ」

 

 ライダーが呆れたように言った。

 

「そもそも、なぜドイツ側へ来た?」

 

「近かったから」

 

「近かったから!?」

 

「いや、空を飛んでると国境なんか分からんだろ」

 

「地図を見ろ!」

 

「持ってない」

 

「買え!」

 

「金がもったいない」

 

「銀行から盗んだ金だろうが!」

 

 そのときだった。

 

 地上の街道を、一台の荷車が疾走していた。

 

 馬はついていない。

 

 にもかかわらず、荷車は猛烈な速度で走っている。

 

 その上には、鎧を纏った一人の騎士が立っていた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 ピョートルとライダーは、揃って下を見た。

 

「なあ」

 

「なんだ」

 

「あれ、何?」

 

「……分からん」

 

 騎士は荷車の上で仁王立ちしていた。

 

 荷車は揺れる。

 

 跳ねる。

 

 石畳を砕く。

 

 それでも騎士は微動だにしない。

 

 やがて荷車は、恐ろしい速度で西へと消えていった。

 

「…………」

 

「…………」

 

「変な奴もいるもんだな」

 

「お前が言うな」

 

 そのとき。

 

 馬が口を開いた。

 

「――あれは正規のサーヴァントではない」

 

「…………」

 

 ライダーが眉をひそめる。

 

「分かるのか」

 

「うむ。霊基の在り方が異なる。だが、英雄であることに偽りはない」

 

「……どういうことだ?」

 

「偽りのクラスに英霊を押し込んでいる。尋常な術ではないぞ」

 

 ピョートルはしばらく黙っていた。

 

 そして。

 

「お前……」

 

「なんだ、人間よ」

 

「いざってときに食えなくなるから、喋るのやめてよ」

 

「…………」

 

「…………」

 

「余を食うつもりだったのか!?」

 

「いざってときだよ!」

 

「いざというときでも食うな!」

 

 ライダーは頭を抱えた。

 

「お前は馬に何を期待しているんだ!」

 

「食料と移動手段」

 

「後者だけにしろ!!」

 

 馬は深々と溜息を吐いた。

 

「……我が主ライダーよ」

 

「なんだ」

 

「余は、主を選べぬのであったな」

 

「……そうだな」

 

 二人は、しばらく黙っていた。

 

 ピョートルだけが笑っていた。

 

「まあまあ。仲良くやろうぜ!」

 

「「お前が言うな!」」

 

 空を駆ける馬は、西へと向かっていった。

 

 ◇

 

 同じ頃。

 

 ドイツ帝国軍の野営地。

 

「革命!」

 

 少女が叫んだ。

 

「その前に!」

 

 拳を振り上げる。

 

「粛☆清!!」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 居並ぶ帝国軍将校たちは、誰一人として拍手しなかった。

 

 カーラ・マルクス。

 

 ドイツ帝国代表のマスターである。

 

「……カーラ嬢」

 

「はい!」

 

「今、何と?」

 

「ていこくのために、がんばりまーす!」

 

「その前だ」

 

「気のせいです!」

 

 将校は額を押さえた。

 

 隣では、キャスターが楽しそうに笑っていた。

 

「元気な子ね」

 

「当然よ! 革命には情熱が必要なの!」

 

「革命?」

 

「ていこく!」

 

「ふふっ」

 

 キャスターは笑った。

 

 その前には、数十人のドイツ兵が整列していた。

 

 歩兵。

 

 砲兵。

 

 騎兵。

 

 いずれも戦場を生き延びてきた兵士たちである。

 

 カーラは彼らを見渡した。

 

「さて! みんな!」

 

「はっ!」

 

「英雄になりたい人!」

 

「…………」

 

 兵士たちは顔を見合わせた。

 

「何を言っているんだ、この子は」

 

 誰かが小さく呟いた。

 

 カーラは胸を張った。

 

「大丈夫! 今日は全員、英雄にしてあげるから!」

 

 キャスターが静かに前へ出た。

 

「……人は、変わるものよ」

 

 その声は、不思議なほど優しかった。

 

「獣のように生きていた者も、誰かと出会い、言葉を知り、愛を知り、己の運命を知る」

 

 彼女は、一人の兵士の頬に触れた。

 

「かつて私は、一人の獣を人へと導いた」

 

 兵士の身体が震えた。

 

「その人は、英雄になった」

 

 魔力が満ちる。

 

「ならば」

 

 キャスターは微笑んだ。

 

「人として生まれたあなたたちが、英雄になれない道理はないでしょう?」

 

 光が広がった。

 

 兵士たちの身体を包み込む。

 

 骨が軋む。

 

 筋肉が膨張する。

 

 魂の奥底へ、何かが刻まれていく。

 

 それは単なる強化ではなかった。

 

 人間という存在の可能性を。

 

 英雄という概念へ。

 

 強引に押し上げる奇跡だった。

 

「…………!」

 

 一人の兵士が、足元の石を拾った。

 

 握る。

 

 石が砕けた。

 

「…………」

 

 別の兵士が、軍用車両を片手で持ち上げた。

 

「…………」

 

 さらに別の兵士が、地面を蹴った。

 

 その姿が消えた。

 

 次の瞬間。

 

 数十メートル先の木が、轟音とともにへし折れた。

 

「…………」

 

 将校たちは絶句した。

 

 カーラは両手を広げた。

 

「同志諸君!!」

 

「カーラ嬢!」

 

「ていこくの勇士諸君!!」

 

「よろしい!」

 

「進撃よ!!」

 

 兵士たちが、一斉に敬礼した。

 

 キャスターは、その光景を眺めていた。

 

 かつて。

 

 彼女が触れたのは、たった一人だった。

 

 その一人が、英雄となった。

 

 そして今。

 

 彼女の前には、数十人の英雄が立っている。

 

「……不思議ね」

 

 キャスターは小さく呟いた。

 

「人を人にしただけなのに」

 

 誰も、その言葉を聞いていなかった。

 

 ◇

 

 フランス側、西部戦線。

 

 一台の自動車が、荒れた街道を走っていた。

 

 運転席にはフランス兵。

 

 後部座席には、一人の少女が座っている。

 

 ジャンヌ・ダルク。

 

 ランサーとして召喚された、フランスの聖処女と謳われる英雄である。

 

「……静かですね」

 

「そうか?」

 

 隣に座る青年が答えた。

 

 ジル・ド・レイ。

 

 もちろん偽名である。

 

「砲声は聞こえているぞ」

 

「そうではありません」

 

 ジャンヌは窓の外を見た。

 

「何かが……近づいています」

 

「ドイツ軍か?」

 

「分かりません。ただ――」

 

 その瞬間。

 

 前方の地面が爆ぜた。

 

「うわっ!?」

 

 運転手が急ブレーキを踏む。

 

 車体が横滑りした。

 

 土煙。

 

 砕けた石。

 

 そして。

 

 街道の真ん中に、一人の男が立っていた。

 

 軍服を着ている。

 

 ドイツ帝国軍の兵士だった。

 

「……何だ、あいつ」

 

 ジルが呟く。

 

 男は笑っていた。

 

 そして。

 

 拳を握った。

 

「伏せてください!」

 

 ジャンヌが叫ぶ。

 

 次の瞬間。

 

 男の姿が消えた。

 

 轟音。

 

 自動車の前部が、拳の一撃で吹き飛んだ。

 

 鉄板がひしゃげる。

 

 車輪が宙を舞う。

 

 ジャンヌはジルを抱えて飛び退いた。

 

 地面を転がる。

 

 そして立ち上がる。

 

「……サーヴァント?」

 

 彼女は旗槍を構えた。

 

 だが、目の前の男は首を傾げた。

 

「違う」

 

 男は笑った。

 

「俺は、ただのドイツ兵だ」

 

「…………」

 

「だがな」

 

 その背後。

 

 土煙の向こうから。

 

 一人。

 

 二人。

 

 三人。

 

 次々と軍服姿の男たちが現れた。

 

 誰もが、尋常ではない魔力を纏っている。

 

「今日から俺たちは――」

 

 男が拳を鳴らした。

 

「英雄なんだそうだ」

 

 ジャンヌは息を呑んだ。

 

 ジルは呟いた。

 

「……冗談だろ」

 

 遠くから、少女の声が響いた。

 

「革命のため――!」

 

 間。

 

「ていこくのためーに!!」

 

 ジャンヌは旗槍を握り直した。

 

 そして、静かに言った。

 

「……ジル」

 

「なんだ」

 

「どうやら」

 

 聖女は、眼前に並ぶ兵士たちを見据えた。

 

「この聖杯戦争は、私の知っている戦争とは少し違うようです」

 

 ジルは顔を引きつらせた。

 

「少し?」

 

 男たちが、一斉に地面を蹴った。

 

「だいぶ違うだろ!!」

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