英雄になりたいおっさんの聖杯戦争   作:笑嘲嗤

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第9話 ジョン・ブル&アンクル・サム

 フランス共和国、パリ。

 

 欧州全土が戦争の渦中にあるというのに、この街にはまだ華やかさが残っていた。

 

 石畳を馬車が行き交い、街路樹の並ぶ大通りには洒落た店が軒を連ねている。

 

 その一角にあるカフェで、二人の人物がコーヒーを楽しんでいた。

 

 一人は、英国紳士然とした身なりの男。

 

 ジョン・ブル。

 

 大英帝国から派遣された聖杯戦争のマスターである。

 

 そしてもう一人は、当世流行のドレスをまとった美しい貴婦人だった。

 

 帽子には羽飾り。手袋をはめた指先は優雅で、姿勢にも隙がない。

 

 誰が見ても、上流階級の令嬢か貴婦人にしか見えないだろう。

 

 もっとも、その正体はセイバーのサーヴァントである。

 

「ねえ、ジョン」

 

 セイバーがカップを置いた。

 

「僕をわざわざ現界させておくと、魔力がもったいなくないかな?」

 

「ん? ああ、それなら問題ない」

 

 ジョン・ブルは平然と答えた。

 

「時計塔から魔力を抜いてきている」

 

「……は?」

 

「彼らは神秘がどうの、魔術の秘奥がどうのと言いながら、無職を装い税金を納めない者たちだからな」

 

 コーヒーを一口。

 

「代わりに魔力を搾取することにした」

 

「……それ、いいの?」

 

「何を言っている。大英帝国は肌の色、信条、宗教、魔術。関係なく搾取する存在だ」

 

 セイバーはしばらく黙った。

 

 そして、深々とため息をついた。

 

「僕の王様の伝説がまだこの世に残ってることがわかっちゃうなぁ。ブリテン島、夢がなさ過ぎ」

 

「褒め言葉として受け取っておこう」

 

「褒めてないよ」

 

「知っているとも」

 

 ジョン・ブルは微笑んだ。

 

 その表情には、まったく悪びれた様子がなかった。

 

 セイバーは呆れたように肩をすくめ、コーヒーを飲んだ。

 

「……まあ、僕としては助かるけどね」

 

「それは結構」

 

 ジョン・ブルはテーブルに置かれた書類へと視線を落とした。

 

 英国情報部から届いた報告書である。

 

「さて。そろそろ仕事の話をしよう」

 

「ようやく?」

 

「西部戦線では、すでにサーヴァント同士の衝突が発生している」

 

 ジョン・ブルは書類を一枚めくった。

 

「まず、フランス陣営。ランサーと思われる女性サーヴァントが目撃されている。マスターはフランス軍の兵士らしい」

 

「ランサーか」

 

「次にロシア。ペトログラードで、空を飛ぶ馬に乗った男が目撃された。恐らくライダーだろう。中年男性のマスターを伴っていたそうだ」

 

「空を飛ぶ馬ねえ。ずいぶん派手だ」

 

「そしてドイツ」

 

 ジョン・ブルは別の報告書を取り出した。

 

「自称マルクスなるマスターと、キャスターと思われる女性が確認されている。どうやら一般兵士を魔術的に強化しているらしい」

 

「兵士を?」

 

「ああ。しかも、その兵士たちが、セイバーらしき男性の騎士と交戦したという報告がある」

 

 セイバーが眉を上げた。

 

「セイバー?」

 

「剣が光り、閃光が大砲のように大地をえぐったそうだ。どう考えても聖剣だろう」

 

「……へえ」

 

「どう思うかね、セイバー?」

 

 セイバーは少し考えた。

 

「正規のセイバーは僕なのに、聖剣を振るうセイバーもどき。バーサーカーとか?」

 

「もっとお道化てほしいものだね、セイバー」

 

「え?」

 

「ここはフランスだから、Sabreのクラスだと言ってみるとか」

 

 セイバーは一瞬きょとんとした。

 

 それから、にやりと笑った。

 

「それって君たち英国貴族の結構な割合がフランス系だった名残の、自虐ジョークかい?」

 

「これは一本取られたな」

 

 ジョン・ブルは愉快そうに笑った。

 

「君は間違いなく英国騎士だよ」

 

「僕は英国の騎士じゃなくて、ブリテンの騎士だよ」

 

 セイバーはカップを持ち上げた。

 

「まあ、逃げたけど……」

 

 最後の一言だけ、少し声が小さくなった。

 

 ジョン・ブルはそれ以上追及しなかった。

 

 代わりに、報告書を閉じた。

 

「それにしても、気がかりなのはアサシンだ」

 

「アサシン?」

 

「ああ。ほかの陣営は、少なくとも何らかの目撃情報がある。だがアサシンについては、まともな情報がない」

 

「見つからないのが仕事だからね」

 

「その通り」

 

 ジョン・ブルは頷いた。

 

「戦争において、敵の所在がわからないというのは厄介だ。まして、こちらの首を狙っているかもしれない相手ならなおさらだよ」

 

「じゃあ、どうするの?」

 

「探し出す」

 

 即答だった。

 

「陣営を特定し、所在を突き止め、速やかに始末する」

 

「ずいぶん物騒だね」

 

「合理的と言ってほしいな」

 

 ジョン・ブルは微笑んだ。

 

「姿の見えている敵より、見えない敵の方が危険だ。ならば、先に排除するのが道理だろう?」

 

「……なるほどね」

 

 セイバーは窓の外へ目を向けた。

 

 パリの街には、相変わらず人々が行き交っていた。

 

 華やかな街。

 

 美味しいコーヒー。

 

 そして、その片隅で交わされる暗殺の相談。

 

「やっぱりブリテン島、夢がないなぁ」

 

「それはもう聞いたよ」

 

     *

 

 ドイツ帝国、ベルリン。

 

 欧州大陸の中央に位置するこの都市では、戦争の影響が日々深刻になっていた。

 

 物資は不足し、食料事情も悪化している。

 

 しかし、そんな事情をまるで気にしていない二人組がいた。

 

「いやー! ベルリン最高だな!」

 

 アンクル・サムである。

 

 アメリカ合衆国の聖杯戦争マスター。

 

 現在、アメリカはまだドイツ帝国と戦争状態にない。

 

 そのため彼は正規の手続きを経て入国し、アメリカ大使館付きの駐在武官を装っていた。

 

 もっとも、現在の彼の行動は、軍務というより完全な観光である。

 

 ドルを使い、買い物を楽しみ、食事を楽しみ、ベルリンの街を歩き回る。

 

 その隣にはアーチャーがいた。

 

 こちらもすっかり観光気分である。

 

「なあ、アンクル・サム」

 

「なんだ?」

 

「東部戦線、西部戦線ってあるだろ」

 

「ああ」

 

「あれ、ドイツ目線じゃないか?」

 

「……」

 

 アンクル・サムは立ち止まった。

 

 しばらく考える。

 

 そして。

 

「まじだ!!」

 

「だろ?」

 

「なんで今まで気づかなかったんだ!?」

 

「知らねえよ」

 

 二人はしばらく感心していた。

 

 なお、東部戦線と西部戦線という呼称は、ドイツ人だけが使用しているわけではない。

 

 そんなことは、二人にとってどうでもよかった。

 

     *

 

 昼食。

 

 二人はベルリン市内の飲食店で、ソーセージとパンを楽しんでいた。

 

 アンクル・サムは片手に報告書を持っている。

 

 一応、仕事はしているらしい。

 

「なあ、アーチャー」

 

「ん?」

 

「お前、ドイツ語できるだろ?」

 

「ああ。聖杯の知識でな」

 

「俺も聖杯からの知識で、できるようになったんだよ!」

 

「へえ」

 

「アメリカ人なのにドイツ語喋れるようになっちゃったよ! びっくりだぜ! 二人称単数! すごい!」

 

 アーチャーはソーセージをかじった。

 

「二人称単数の区別がない英語が欠陥言語なのでは?」

 

「……たしかになんで相手が一人でも二人でもyouって言うんだ?」

 

「知らん」

 

「不思議だよなあ」

 

 アンクル・サムは感心したように頷いた。

 

「あとさ、ロシア語、フランス語、イギリスの訛った英語、そして日本語もできるんだ!」

 

「ほう」

 

「どういうことなんだろうな!!」

 

「知らねーよ。全部聖杯のせいにしておけ」

 

 アーチャーは手を伸ばした。

 

「ところで、そっちのソーセージよこせ」

 

「ぎゃー!? 奪うんじゃねぇ!!」

 

「一本くらいいいだろ」

 

「自分で頼め!!」

 

 アーチャーは肩をすくめた。

 

 そして店員を呼んだ。

 

「お姉さん、ザワークラウトと、この燻製ソーセージ追加で!」

 

 アンクル・サムは報告書を広げ直した。

 

「ったく……。さて、情報部からの報告なんだけどな」

 

「おう」

 

「現在確認されてるのは、英国のセイバー。自信満々で連れ歩いてる。写真を見たが美人だった」

 

「なるほど。それはけっこうなことだ」

 

 アーチャーは運ばれてきたソーセージに手を伸ばした。

 

「で、次。フランスのランサー」

 

「うん」

 

「なんか情報部が言ってたんだけど、手紙を触媒にしてたんだと。だからジャンヌ・ダルクらしい」

 

「へえ」

 

「誰なんだろうな? フランス革命で処刑された王妃様ってやつかな?」

 

「革命ねぇ……」

 

 アーチャーは窓の外を眺めた。

 

「故郷は今、何回目の革命なんだろうな。気になる……」

 

「聞いてる?」

 

「聞いてる聞いてる」

 

「で、ここドイツでは、美人な緑髪の女と、自称マルクスとかいうドイツ軍人が目撃されてる」

 

「ふうん」

 

「キャスターだそうだ」

 

「なるほど」

 

「ところでキャスターって何を投げるんだろうな?」

 

 アーチャーはプレッツェルをちぎった。

 

「なあ」

 

「なんだ?」

 

「プレッツェルって、なんでこんなにもちもちしてるんだ?」

 

「知らねえよ!」

 

「うまいな、これ」

 

「人の話を聞けよ!」

 

「聞いてるって」

 

 アーチャーは楽しそうにパンをかじった。

 

 アンクル・サムはため息をついた。

 

「……まあいいや」

 

 報告書をもう一枚めくる。

 

「そしてロシア。ペトログラードでおっさんが……」

 

 ドカーン!!

 

 突然、轟音が響いた。

 

「うおっ!?」

 

 アンクル・サムが椅子から飛び上がった。

 

 通りの向こうから悲鳴が上がる。

 

 銀行の前に人だかりができていた。

 

 そして、その中から一人の中年男が飛び出してきた。

 

 何やら大声で叫んでいる。

 

 その傍らには、もう一人の男。

 

 こちらは明らかに普通の人間ではなかった。

 

 二人は馬に飛び乗った。

 

 いや。

 

 馬が、突然現れたのだ。

 

「……は?」

 

 アンクル・サムが呆然とした。

 

 馬は石畳を蹴った。

 

 そして、宙へと駆け上がった。

 

 銀行から飛び出した中年男と、その相棒を乗せたまま。

 

 ベルリンの空へ。

 

 通行人たちが悲鳴を上げる。

 

 警官たちが叫ぶ。

 

 誰かが銃を構えた。

 

 しかし、馬はすでに屋根よりも高い場所を走っていた。

 

 アンクル・サムは窓の外を見つめた。

 

 それから、手元の報告書を見る。

 

 もう一度、空を見る。

 

「……なあ」

 

「なんだ?」

 

「あいつ、どう考えてもライダーだよな? 空飛んでるぞ、おっさんと」

 

 アーチャーはプレッツェルをかじりながら答えた。

 

「ああそうだな。ライダーだな」

 

「空飛ぶ馬かぁ。実家の牧場が懐かしい。はいよーはいよー!!」

 

 アーチャーは黙った。

 

「……」

 

「なんだ?」

 

「いや。あれは馬じゃない」

 

「は?」

 

 アーチャーは空を見上げた。

 

「太陽だな」

 

「……ドイツのビール、もう飲むのやめようぜ」

 

「飲んでないぞ」

 

「じゃあなおさら怖いわ!」

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