フランス共和国、パリ。
欧州全土が戦争の渦中にあるというのに、この街にはまだ華やかさが残っていた。
石畳を馬車が行き交い、街路樹の並ぶ大通りには洒落た店が軒を連ねている。
その一角にあるカフェで、二人の人物がコーヒーを楽しんでいた。
一人は、英国紳士然とした身なりの男。
ジョン・ブル。
大英帝国から派遣された聖杯戦争のマスターである。
そしてもう一人は、当世流行のドレスをまとった美しい貴婦人だった。
帽子には羽飾り。手袋をはめた指先は優雅で、姿勢にも隙がない。
誰が見ても、上流階級の令嬢か貴婦人にしか見えないだろう。
もっとも、その正体はセイバーのサーヴァントである。
「ねえ、ジョン」
セイバーがカップを置いた。
「僕をわざわざ現界させておくと、魔力がもったいなくないかな?」
「ん? ああ、それなら問題ない」
ジョン・ブルは平然と答えた。
「時計塔から魔力を抜いてきている」
「……は?」
「彼らは神秘がどうの、魔術の秘奥がどうのと言いながら、無職を装い税金を納めない者たちだからな」
コーヒーを一口。
「代わりに魔力を搾取することにした」
「……それ、いいの?」
「何を言っている。大英帝国は肌の色、信条、宗教、魔術。関係なく搾取する存在だ」
セイバーはしばらく黙った。
そして、深々とため息をついた。
「僕の王様の伝説がまだこの世に残ってることがわかっちゃうなぁ。ブリテン島、夢がなさ過ぎ」
「褒め言葉として受け取っておこう」
「褒めてないよ」
「知っているとも」
ジョン・ブルは微笑んだ。
その表情には、まったく悪びれた様子がなかった。
セイバーは呆れたように肩をすくめ、コーヒーを飲んだ。
「……まあ、僕としては助かるけどね」
「それは結構」
ジョン・ブルはテーブルに置かれた書類へと視線を落とした。
英国情報部から届いた報告書である。
「さて。そろそろ仕事の話をしよう」
「ようやく?」
「西部戦線では、すでにサーヴァント同士の衝突が発生している」
ジョン・ブルは書類を一枚めくった。
「まず、フランス陣営。ランサーと思われる女性サーヴァントが目撃されている。マスターはフランス軍の兵士らしい」
「ランサーか」
「次にロシア。ペトログラードで、空を飛ぶ馬に乗った男が目撃された。恐らくライダーだろう。中年男性のマスターを伴っていたそうだ」
「空を飛ぶ馬ねえ。ずいぶん派手だ」
「そしてドイツ」
ジョン・ブルは別の報告書を取り出した。
「自称マルクスなるマスターと、キャスターと思われる女性が確認されている。どうやら一般兵士を魔術的に強化しているらしい」
「兵士を?」
「ああ。しかも、その兵士たちが、セイバーらしき男性の騎士と交戦したという報告がある」
セイバーが眉を上げた。
「セイバー?」
「剣が光り、閃光が大砲のように大地をえぐったそうだ。どう考えても聖剣だろう」
「……へえ」
「どう思うかね、セイバー?」
セイバーは少し考えた。
「正規のセイバーは僕なのに、聖剣を振るうセイバーもどき。バーサーカーとか?」
「もっとお道化てほしいものだね、セイバー」
「え?」
「ここはフランスだから、Sabreのクラスだと言ってみるとか」
セイバーは一瞬きょとんとした。
それから、にやりと笑った。
「それって君たち英国貴族の結構な割合がフランス系だった名残の、自虐ジョークかい?」
「これは一本取られたな」
ジョン・ブルは愉快そうに笑った。
「君は間違いなく英国騎士だよ」
「僕は英国の騎士じゃなくて、ブリテンの騎士だよ」
セイバーはカップを持ち上げた。
「まあ、逃げたけど……」
最後の一言だけ、少し声が小さくなった。
ジョン・ブルはそれ以上追及しなかった。
代わりに、報告書を閉じた。
「それにしても、気がかりなのはアサシンだ」
「アサシン?」
「ああ。ほかの陣営は、少なくとも何らかの目撃情報がある。だがアサシンについては、まともな情報がない」
「見つからないのが仕事だからね」
「その通り」
ジョン・ブルは頷いた。
「戦争において、敵の所在がわからないというのは厄介だ。まして、こちらの首を狙っているかもしれない相手ならなおさらだよ」
「じゃあ、どうするの?」
「探し出す」
即答だった。
「陣営を特定し、所在を突き止め、速やかに始末する」
「ずいぶん物騒だね」
「合理的と言ってほしいな」
ジョン・ブルは微笑んだ。
「姿の見えている敵より、見えない敵の方が危険だ。ならば、先に排除するのが道理だろう?」
「……なるほどね」
セイバーは窓の外へ目を向けた。
パリの街には、相変わらず人々が行き交っていた。
華やかな街。
美味しいコーヒー。
そして、その片隅で交わされる暗殺の相談。
「やっぱりブリテン島、夢がないなぁ」
「それはもう聞いたよ」
*
ドイツ帝国、ベルリン。
欧州大陸の中央に位置するこの都市では、戦争の影響が日々深刻になっていた。
物資は不足し、食料事情も悪化している。
しかし、そんな事情をまるで気にしていない二人組がいた。
「いやー! ベルリン最高だな!」
アンクル・サムである。
アメリカ合衆国の聖杯戦争マスター。
現在、アメリカはまだドイツ帝国と戦争状態にない。
そのため彼は正規の手続きを経て入国し、アメリカ大使館付きの駐在武官を装っていた。
もっとも、現在の彼の行動は、軍務というより完全な観光である。
ドルを使い、買い物を楽しみ、食事を楽しみ、ベルリンの街を歩き回る。
その隣にはアーチャーがいた。
こちらもすっかり観光気分である。
「なあ、アンクル・サム」
「なんだ?」
「東部戦線、西部戦線ってあるだろ」
「ああ」
「あれ、ドイツ目線じゃないか?」
「……」
アンクル・サムは立ち止まった。
しばらく考える。
そして。
「まじだ!!」
「だろ?」
「なんで今まで気づかなかったんだ!?」
「知らねえよ」
二人はしばらく感心していた。
なお、東部戦線と西部戦線という呼称は、ドイツ人だけが使用しているわけではない。
そんなことは、二人にとってどうでもよかった。
*
昼食。
二人はベルリン市内の飲食店で、ソーセージとパンを楽しんでいた。
アンクル・サムは片手に報告書を持っている。
一応、仕事はしているらしい。
「なあ、アーチャー」
「ん?」
「お前、ドイツ語できるだろ?」
「ああ。聖杯の知識でな」
「俺も聖杯からの知識で、できるようになったんだよ!」
「へえ」
「アメリカ人なのにドイツ語喋れるようになっちゃったよ! びっくりだぜ! 二人称単数! すごい!」
アーチャーはソーセージをかじった。
「二人称単数の区別がない英語が欠陥言語なのでは?」
「……たしかになんで相手が一人でも二人でもyouって言うんだ?」
「知らん」
「不思議だよなあ」
アンクル・サムは感心したように頷いた。
「あとさ、ロシア語、フランス語、イギリスの訛った英語、そして日本語もできるんだ!」
「ほう」
「どういうことなんだろうな!!」
「知らねーよ。全部聖杯のせいにしておけ」
アーチャーは手を伸ばした。
「ところで、そっちのソーセージよこせ」
「ぎゃー!? 奪うんじゃねぇ!!」
「一本くらいいいだろ」
「自分で頼め!!」
アーチャーは肩をすくめた。
そして店員を呼んだ。
「お姉さん、ザワークラウトと、この燻製ソーセージ追加で!」
アンクル・サムは報告書を広げ直した。
「ったく……。さて、情報部からの報告なんだけどな」
「おう」
「現在確認されてるのは、英国のセイバー。自信満々で連れ歩いてる。写真を見たが美人だった」
「なるほど。それはけっこうなことだ」
アーチャーは運ばれてきたソーセージに手を伸ばした。
「で、次。フランスのランサー」
「うん」
「なんか情報部が言ってたんだけど、手紙を触媒にしてたんだと。だからジャンヌ・ダルクらしい」
「へえ」
「誰なんだろうな? フランス革命で処刑された王妃様ってやつかな?」
「革命ねぇ……」
アーチャーは窓の外を眺めた。
「故郷は今、何回目の革命なんだろうな。気になる……」
「聞いてる?」
「聞いてる聞いてる」
「で、ここドイツでは、美人な緑髪の女と、自称マルクスとかいうドイツ軍人が目撃されてる」
「ふうん」
「キャスターだそうだ」
「なるほど」
「ところでキャスターって何を投げるんだろうな?」
アーチャーはプレッツェルをちぎった。
「なあ」
「なんだ?」
「プレッツェルって、なんでこんなにもちもちしてるんだ?」
「知らねえよ!」
「うまいな、これ」
「人の話を聞けよ!」
「聞いてるって」
アーチャーは楽しそうにパンをかじった。
アンクル・サムはため息をついた。
「……まあいいや」
報告書をもう一枚めくる。
「そしてロシア。ペトログラードでおっさんが……」
ドカーン!!
突然、轟音が響いた。
「うおっ!?」
アンクル・サムが椅子から飛び上がった。
通りの向こうから悲鳴が上がる。
銀行の前に人だかりができていた。
そして、その中から一人の中年男が飛び出してきた。
何やら大声で叫んでいる。
その傍らには、もう一人の男。
こちらは明らかに普通の人間ではなかった。
二人は馬に飛び乗った。
いや。
馬が、突然現れたのだ。
「……は?」
アンクル・サムが呆然とした。
馬は石畳を蹴った。
そして、宙へと駆け上がった。
銀行から飛び出した中年男と、その相棒を乗せたまま。
ベルリンの空へ。
通行人たちが悲鳴を上げる。
警官たちが叫ぶ。
誰かが銃を構えた。
しかし、馬はすでに屋根よりも高い場所を走っていた。
アンクル・サムは窓の外を見つめた。
それから、手元の報告書を見る。
もう一度、空を見る。
「……なあ」
「なんだ?」
「あいつ、どう考えてもライダーだよな? 空飛んでるぞ、おっさんと」
アーチャーはプレッツェルをかじりながら答えた。
「ああそうだな。ライダーだな」
「空飛ぶ馬かぁ。実家の牧場が懐かしい。はいよーはいよー!!」
アーチャーは黙った。
「……」
「なんだ?」
「いや。あれは馬じゃない」
「は?」
アーチャーは空を見上げた。
「太陽だな」
「……ドイツのビール、もう飲むのやめようぜ」
「飲んでないぞ」
「じゃあなおさら怖いわ!」