️風の女神は我慢できない ~お供え物だけじゃ足りないので、分御霊になって直食いしに来ました~ 作:月影 流詩亜
◇ 嵐のあとの、優雅ならざる日常 ◇
創造神デミウルゴスという、この世界の理そのものが降臨し、焼き鳥のタレ一本を土産に去っていったあの日から、一週間。
湖畔のキャンプ地を後にしたムコーダ一行を乗せた馬車は、新たな活気を求めて街道をのんびりと進んでいた。
「……ムコーダよ。余の勘違いでなければ、昨夜の『てりやきばーがー』、レタスのシャキシャキ感が、いつもの一割増しであったような気がするのじゃが?」
御者台の隣。以前にも増して艶やかになった銀髪を風に靡かせ、ニンニンが満足げに鼻を鳴らした。
「ああ、あれね。ネットスーパーに『朝摘みレタスフェア』っていうのがあってさ。せっかくデミ様……あのおじいちゃんにお墨付きをもらったんだし、少しは贅沢してもいいかなって」
「……うむ。殊勝な心がけじゃ。お主のその『とんでもスキル』、もはや神界の至宝……いや、余の故郷の宝と言っても過言ではないのう。よし、褒美に余の風で、お主の頭の上の小さな虫を吹き飛ばしてやろう」
「うわっ、やめて! 鼓膜が破れるから、加減を知らない風魔法は禁止!」
ムコーダが慌てて頭を押さえる。
認識阻害の権能は、デミウルゴスの降臨を経て、ムコーダの脳内でさらに強固なものとなっていた。彼にとってニンニンは、今や「世界の長老にすら認められた、一族の期待を背負って(あるいは逃れて)旅をする健気な少女」として定着していた。
◇ 最終目的地、そして最高のロケーション ◇
一行がたどり着いたのは、次の大きな街へ向かう途中の、なだらかな丘の上に広がる草原だった。眼下には、沈みゆく夕日に照らされてオレンジ色に輝く大河が流れ、遠くには雪を頂いた山脈が紫色のシルエットとなって浮かんでいる。
「よし、今日はここに泊まろう。ロケーションも最高だし、何より風が気持ちいい」
「……うむ。風の主……ではなく、風来坊である余の目に狂いはない。ここは気が満ちておる。つまり、飯が美味くなる場所じゃ!」
ニンリルは馬車から飛び降りると、新しい青いスカートをなびかせて草原の真ん中で深呼吸をした。
ムコーダは手際よく調理の準備を始めた。今日はこの旅の一つの区切りとしての、全力のバーベキューだ。
「さあ、まずは火起こしだ。フェル、薪をお願いしていい?」
『……安い御用だ。魔法など使わずとも、我の爪で一瞬だ』
フェルが森の端から枯れ木をなぎ倒して運び、スイがそれを細かく砕く。ムコーダはネットスーパーを開き、これまで「高すぎる」と躊躇していた最高級の食材を次々と召喚した。
『黒毛和牛の特選サーロインブロック』
『天然車海老の特大セット』
『プレミヤム・マルツ・マスターズドリーム』
『不三家・極上メロンのショートケーキ(ホール)』
「……ムコーダ。お主、ついに正気に失ったか。それとも、明日世界が滅ぶのか?」
並べられた食材を見て、ニンニンの手が震えている。
「いや、たまにはいいだろ。……俺を助けてくれた、ニンニンちゃんへの、本当の『礼』だよ」
◇ 至高のバーベキュー、開幕 ◇
焚き火が安定し、炭が良い具合に
「――ジューゥゥゥゥゥッ!!!」
この世で最も幸福な音が、夕暮れの草原に響き渡った。網から立ち上る、肉の脂が炭に落ちて弾ける香ばしい煙。
「……んんぅぅ。この匂い。余の理性が、風に乗って飛んでいってしまいそうじゃ……」
「はい、まずは海老とホタテ。熱いうちに食べてね」
ニンリルは、殻を剥く時間すら惜しむように、ぷりっぷりの車海老に齧り付いた。
「……っ!! ぱり、ふわ、ぷりっ……。海の旨味が、お主の国の魔法のようなソースと絡まり、舌の上で爆発しておる!」
『……主よ。我の肉はまだか。我は、その大きな塊をレアで喰らいたい』
『わあー! あるじ、これ、ふわふわー! スイ、しあわせー! ぷるぷるー!』
サーロインが切り分けられる。中からはロゼ色の断面が覗き、溢れ出す肉汁が月明かりに照らされて宝石のように輝いた。
「……美味い。……ただ、美味い。温かくて、騒がしくて、……そして、誰かと一緒に食べる飯が、これほどまでに心を震わせるとはのう……」
ニンリルは、口の周りをタレで汚しながら、一筋の涙をこぼした。
認識阻害下のムコーダは、その涙を「これほどの御馳走を食べられなかった故郷への想い」だと信じ込み、優しく彼女の頭を撫でた。
「……これからは、独りじゃないだろ。おかわり、いくらでもあるからさ」
「……うむ。お主が倒れるまで、余が食い尽くしてやるわ!」
◇ 神界への「お裾分け」 ◇
宴が最高潮に達した頃、ムコーダは用意していた段ボールを五つ、草原の隅に並べた。
「ニンニンちゃん。約束、忘れてないよ」
ムコーダは、三女神への供物、そして創造神おじいちゃんへの『大吟醸・極上』と『高級焼き鳥セット』を箱に詰めた。
「ニンニンちゃん。これ、君の故郷の家族に。……みんなで仲良く食べるように伝えてね」
「……うむ。アグニたちめ、今頃は涎を流して待っておるじゃろう。……よし、ゲート開放じゃ!」
ニンリルが指を弾くと、草原に巨大な魔導陣が浮かび上がり、段ボールを包み込んだ。一瞬の後、空の彼方から、女神たちの歓喜の悲鳴と、おじいちゃんの「ふぉっふぉっふぉ、良い酒じゃ」という満足げな溜息が、風に乗って微かに聞こえたような気がした。
「……これで、文句はないじゃろ。さあ、ムコーダ。仕上げじゃ! あのメロンの、あの生クリームの塊を出すのじゃ!!」
「はいはい、わかったって」
◇ エピローグ:終わらない「おかわり」 ◇
翌朝。草原を黄金色に染める朝日と共に、一行は再び移動を開始した。
「……ムコーダよ」
「ん? なに?」
「次の街に着いたら、まずは『揚げパン』の店を探すのじゃ。余の鼻が、南西の方角から砂糖の焦げる匂いを感じ取っておる」
「……まだ食べるの? 少しは節制しないと、おじいちゃんに怒られるよ」
「よいのじゃ! 余は我慢などせぬ。風のように自由で、風のように貪欲。それが今の、余の生きる道なのじゃ!」
『……ククク。主よ。諦めろ。こやつの胃袋は、次元の狭間の如く底がないのだからな』
「……そうだよね。よし、スイ。次はどっちに行こうか?」
『スイ、おねーちゃんといっしょなら、どこでもいーよー! ぷるぷるー!』
馬車は、緩やかな坂道を下っていく。その背後には、彼らが過ごした幸せなキャンプの跡。そこには一陣の清々しい風が吹き抜け、まるで全てを祝福するかのように、草原の草花を揺らしていた。
神界の退屈から逃げ出した女神。
異世界で、ただ平穏に生きたかった男。
彼らが紡ぐ「とんでもスキル」の物語は、これからも多くの「おかわり」と、絶えることのない笑い声と共に、果てしなく続いていく。
「……さあ、ムコーダ! 追い風を吹かせてやるぞ! 昼飯の時間に遅れるでないぞ!」
「わわっ、急に加速しないで! ニンニンちゃん!!」
草原を駆け抜ける馬車の音。その音は、いつまでも、この世界のどこまでも響き渡っていた。
「風の女神は我慢できない ~お供え物だけじゃ足りないので、分御霊になって直食いしに来ました~」
―― 完 ――
あとがき
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
私のハーメルンでの二次創作三作品目、どうだったでしょうか ?
楽しんでもらえたなら嬉しいです。
普段はオリジナルを書いていますが、また二次創作を書きたく成ったらお邪魔します。