宇宙戦艦ヤマト外典:慈愛の元帥 — 凍てついた平和と、黄金の再臨 —   作:汚染されし者

2 / 3
絶望の淵にあるヤマトの前に、空間を粉砕して出現した真珠色の光芒。
その中から姿を現したのは、既存の造船学をあざ笑うかのような超弩級戦艦でした。
全長五キロ。イスカンダル全盛期の遺産である『エリュシオン』の全貌と、それに対峙したガミラス・シュルツ司令官の戦慄を描きます。
物理的な破壊を超えた、圧倒的な「質量の暴力」にご注目ください。


第1章:次元の断層(2) ― 白銀の巨躯、五キロの絶望 ―

それは、空間の「崩落」だった。

 ヤマトの第一艦橋、メインスクリーンの中央に穿たれた漆黒の亀裂。そこから漏れ出した真珠色の光芒は、瞬く間に周囲の星々を塗り潰し、観測可能な全波域に異常なノイズを叩き込んだ。

「……信じられん。空間の位相が、反転しているのか!?」

 真田志郎の指が、コンソールの上を狂ったように踊る。モニターに表示される重力波のグラフは、もはや意味を成さない垂直の線を刻み続けていた。

「重力源、感知……! 質量、計測不能! 既存のどの物質とも異なる原子振動パターンです。これは……この宇宙の物質ではない!」

 亀裂の向こう側から、ゆっくりと「それ」が這い出してきた。

 最初に見えたのは、鋭利な槍の先のような艦首だった。だが、その表面には継ぎ目一つなく、まるで流動する液体金属が凍りついたかのような、不自然なほど滑らかな曲線を描いている。真珠のような光沢を纏った装甲には、微細な幾何学模様が刻まれ、それが脈動するたびに周囲の空間が微かに歪んでいた。

 出現は止まらない。

 十メートル、百メートル、一キロメートル――。

 ヤマトの全長を遥かに超え、ガミラスの巡洋艦群さえも小舟に見せしめるほどの巨躯が、次元の裂け目から静かに、重々しく滑り出していく。

「全長……四千、いや、五千メートルを突破! まだ……まだ後部が続いています!」

 森雪の声が、恐怖で上ずった。

 出現したのは、イスカンダルの優美さと、銀河を焼き尽くす軍事力が同居した異形の超弩級戦艦――全盛期の旗艦『エリュシオン』。その姿は、戦うための道具というよりは、冷徹な物理法則そのものが実体化したかのような「威圧の塊」であった。

 一方、ヤマトを追撃していたガミラス艦隊、シュルツ司令官の旗艦『シュバリエ』の艦橋でも、同様の、あるいはそれ以上の戦慄が走っていた。

「……何だ、あの化け物は」

 シュルツは、座席から立ち上がることさえ忘れ、目の前の巨影を凝視していた。

 ガミラスの科学力は、大マゼラン銀河において無敵を誇っていたはずだ。ケルカピア級、デストリア級……それらは帝国の栄光を背負った精鋭たちだ。しかし、突如として現れた真珠色の巨艦の前では、それらはまるで、大鯨の前に群がる小魚の群れに過ぎなかった。

「司令! 謎の艦より重力干渉を受けています! 姿勢制御不能、全艦隊の陣形が……吸い込まれるように乱されていく!」

 オペレーターの叫びが、通信回線を汚染する。

 『エリュシオン』は、まだ何もしていない。主砲を向けることも、エンジンを吹かすこともなく、ただそこに「存在」しているだけであった。だが、そのあまりに巨大な質量と、次元を歪めるエネルギーの余波が、周囲の物理法則を書き換え、ガミラス艦隊の推進器を狂わせ、装甲をきしませていた。

「全艦、一斉回頭! 陽電子砲、全門開けッ! 正体不明艦を……叩き落とせ!」

 シュルツの叫びは、生存本能に突き動かされた最後の悪あがきであった。

 数百のガミラス艦から、一斉に紅い陽電子ビームが放たれた。漆黒の宇宙を紅蓮に染め上げる光の濁流。それは本来、小惑星をも一撃で粉砕する破壊の奔流だ。

 だが、その光の矢が『エリュシオン』の真珠色の装甲に触れる直前、驚くべき現象が起きた。

 ビームは爆発を起こすことさえなく、まるで水面に投げ込まれた小石の波紋のように、装甲の表面を滑り、霧散していったのである。

 熱も、衝撃も、光さえも。

 『エリュシオン』の周囲に展開された「次元防壁」は、この宇宙の物理的な干渉を、文字通り「無効化」していた。

「……効いていない? そんな馬鹿な……。我らの砲撃を、無に帰したというのか」

 シュルツの唇が、絶望に震える。

 ヤマトの第一艦橋でも、沖田がその光景を沈黙のうちに見つめていた。

「……真田、あれはイスカンダルの艦か」

「……わかりません。ですが、あの装甲の意匠、そしてエネルギーの質……。我々がイスカンダルから授かった波動エンジンが、赤子の火遊びに見えるほどに、完成された『神の技術』です」

 その時だった。

 『エリュシオン』の艦中央部、クリスタルのように透き通った展望室のような区画が、淡い藍色の光を帯び始めた。

 同時に、ヤマトとガミラス全艦のスピーカーから、ノイズを一切含まない、透き通るような声が響き渡った。

 それは通信回線を通じた電気信号というよりは、乗組員たち一人一人の脳髄に、直接刻み込まれるような重厚な残響だった。

『……これ以上の無益な熱を、宇宙に放つのはやめなさい。その火が、君たち自身を焼き尽くす前に』

 声と共に、メインモニターの映像が強制的に切り替わった。

 そこに映し出されたのは、真珠色の玉座に深く腰掛けた、一人の男の姿であった。

 白い軍服。胸元に輝く、古の王家の紋章。

 そして、何よりも見る者を射抜いたのは、その瞳だった。

 すべてを見透かし、すべてを諦念し、それでいて、今にも涙が零れ落ちそうなほど深い、「悲しみ」を湛えた蒼い眼。

 ヤマトの戦術班長、古代進は、その男と目が合った瞬間、呼吸を忘れた。

 怒りではない。憎しみでもない。

 ただ、この世のすべての命がいつか死にゆくことを、あらかじめ嘆き、慈しんでいるかのような、圧倒的な「優しさ」を伴った絶望。

 彼こそが、かつて銀河を平定した伝説の指揮官――「元帥」であった。

「……私は、君たちを傷つけるために来たのではない」

 元帥は、ゆっくりと、祈るように瞼を閉じた。

「ただ、これ以上、失わせたくないだけだ。……例え、それが君たちの『自由』を奪うことになろうとも」

 その呟きと共に、『エリュシオン』の艦首ドームが、宇宙の闇を凪へと変える藍色の波紋を放ち始めた。

 




ご拝読ありがとうございます。
第2回は、ヤマトを小舟に見せしめる五キロの巨艦『エリュシオン』の圧倒的な威容を描きました。
ガミラスの精鋭艦隊が放った全火力を、文字通り「無」へと還元してしまったその次元技術。
力による拒絶ではなく、存在そのものが攻撃を許容しないという神のごとき壁の前に、シュルツはただ震えることしかできません。
次話(3)では、ついにこの巨艦の主である「元帥」がその姿を現します。
彼が湛える、あまりにも深い「悲しみ」の正体とは。
そして、ヤマトとガミラスに下される「神のごとき制圧」が始まります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。