宇宙戦艦ヤマト外典:慈愛の元帥 — 凍てついた平和と、黄金の再臨 —   作:汚染されし者

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全長五キロの巨艦『エリュシオン』を前に、ガミラス艦隊が放った全火力の陽電子ビーム。しかし、それは装甲に触れることさえ許されず、静かに霧散しました。
ついにその姿を現した「元帥」。
彼が放つのは、破壊の光ではありません。
戦う者たちの「牙」を優しく、そして絶対的に抜き取る、残酷なまでの慈愛の行使を描きます。


第1章:次元の断層(3) ― 藍色の静寂、神のごとき拒絶 ―

『エリュシオン』の艦首ドームが、深い海の底を思わせる藍色の光を放った。

 それは放射状に広がるエネルギーの奔流というよりは、宇宙という空間そのものを穏やかに「上書き」していく、静かな波紋であった。

 波紋がヤマトの船体を通り抜けた瞬間、第一艦橋の全コンソールが、まるで吐息をつくように消灯した。

「……っ!? 動力、全系統ダウン! 予備電源、作動しません!」

 南部康雄が、反応のない火器管制グリップを力任せに引き絞った。だが、そこには虚しい金属の感触があるだけだった。

「主砲、魚雷発射管、すべてロック! 手動の強制排除も受け付けない! 一体……何が起きているんだ!?」

 パニックに陥る艦橋内で、真田志郎だけが、手元に残された数少ないアナログ式の計測器を凝視していた。

「……波動エンジンのバイパス、完全に遮断されている。いや、遮断ではない。波動コア内部のタキオン粒子が……その『運動』を止めているんだ」

「運動を止めている?」

 古代の問いに、真田は震える声で返した。

「……眠らされたんだよ、古代。物理法則の根幹に干渉して、エネルギーの変換そのものを『拒絶』されている。故障じゃない。この艦(ヤマト)そのものが、あの巨艦によって『戦う意志を持たない物質』へと定義し直されたんだ」

 それは、死よりも残酷な無力化だった。

 ヤマトという「戦艦」から、戦うための牙も、走るための脚も、等しく奪い去られたのだ。

 同様の、あるいはそれ以上の惨劇がガミラス艦隊にも降り注いでいた。

「……馬鹿な、我らのゲシュ=タム機関が、沈黙しただと……!?」

 シュルツ司令官は、自身の旗艦『シュバリエ』が、ただの鉄の塊として宇宙に放り出された事実を認められずにいた。周囲を見渡せば、精鋭を誇ったデストリア級、ケルカピア級が、まるで潮の引いた浜辺に取り残された魚のように、無残に、そして静かに漂流している。

 ガミラスの兵士たちが叫び、怒り、通信機を叩く。だが、宇宙には音もなく、ただ元帥の放つ藍色の静寂だけが満ちていた。

 これほどまでに多くの命がひしめき、殺し合おうとしていた戦場が、一瞬にして「真空の墓標」へと変貌したのだ。

 元帥の視線が、再びヤマトの第一艦橋へ、そして沖田十三へと向けられた。

 画面越しの彼の瞳からは、一筋の涙が、真珠色の床へと零れ落ちた。

「……すまない。君たちの『希望』が、どれほど多くの犠牲の上に成り立っているかを、私は知っている。……だが、その希望が、さらなる地獄への引き金になることを、私は許容できない」

 元帥の声には、支配者の傲慢は微塵もなかった。

 そこにあるのは、子供が誤って手にした刃物を、その子が自分を傷つけぬよう、掌を切られながらも奪い取る親の「痛み」であった。

「波動砲……。それは、宇宙の因果を歪める呪いの火だ。……古代進。君がその引き金を引くたびに、宇宙の寿命は削られ、失われるはずのなかった命が消えていく。……私は、君の手をこれ以上、汚させたくはないのだ」

「……勝手なことを!」

 古代が、動かぬコンソールを叩き、叫んだ。

「僕たちの地球は、あと一年なんだ! 誰かが戦わなければ、みんな死ぬんだ! あなたに、僕たちの絶望の何がわかるっていうんだ!」

 元帥は、怒らなかった。ただ、そっと睫毛を伏せ、耐え難いほどの悲哀をその背中に背負った。

「……わかっている。君が失った兄のことも、君がこれから出会い、そして失うことになる者たちのことも。……すべて、見てきたのだから。……だからこそ、私はこの汚名を被ろう」

 『エリュシオン』から放たれる藍色の光が、さらにその密度を増していく。

 それはヤマトとガミラスを平等に、そして絶対的に包み込み、戦場という概念そのものを消滅させていった。

 沖田十三は、静かに座席から立ち上がった。

 動かぬ艦橋、光を失った計器。その中で、彼は窓の向こうに鎮座する真珠色の巨神を見据えた。

「……元帥。貴殿の慈愛は、あまりにも重い。……だが、我々人間は、その重圧の下でただ眠るほど、柔(やわ)な存在ではないぞ」

 元帥の瞳が、一瞬だけ鋭く細められた。

 それは挑戦に対する不快感ではなく、愛しき子供が見せた、予期せぬ「反抗」への微かな驚きであった。

「……よかろう、沖田艦長。……ならば、この停滞の中で、君たちの『魂』が何を求めるか、じっくりと見せてもらうことにしよう」

 こうして、大マゼラン銀河の入り口で、時間は止まった。

 数百万の軍勢と、人類最後の希望を乗せた一隻の戦艦。それらはすべて、一人の男の「悲しみ」という名の檻の中に、閉じ込められたのである。

 




ご拝読ありがとうございます。
第3回は、破壊ではなく「静止」による制圧を描きました。
元帥が湛える、あまりにも深い「悲しみ」。
それはヤマトの乗組員たちから未来を切り拓くための「牙」を奪い去り、全銀河を家畜の如き平穏へと誘います。
第1章、ここに完結です。
次話からは第2章「凍りついた戦場」が始まります。
武器を奪われ、停滞した宇宙に取り残されたヤマトとガミラスの兵士たちが、生き残るために見せる「人間性の輝き」とは。
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