イフの勇者令嬢ー勇者になるかもしれない私と元勇者の女装メイドー 作:カオス箱
その実力、とくとご覧あれ。
ジゼルの窮地に姿を現したのは、兄・ローゼンだった。
雷撃でビームを撃ち落としたローゼンは、涼しい顔をしてバックスクリーンの上に佇んでいる。
「兄様……⁉︎」
「すまない、遅くなった」
「社長、仕事中ではなかったのですか」
「今会社は昼休憩中だ。安心しろ、休憩時間内には片をつける」
予想だにしない救援に、誰もが度肝を抜かれていた。
だが、当の本人はそれに間暇せずといった態度。
しかし、敵は待ってくれない。
ギギギギ、と。
ローゼンに気づいた“ディアマンティ”達が、一斉に砲口をローゼンのほうへと向ける。
その数、二百以上。
「一番の標的は私、か。このようなものまで持ち出すとは、随分と落魄れたものだなウィダール家は」
砲口を向けられてなお表情一つ変えないローゼンに、“ディアマンティ”のビームが放たれる。
しかし、
「“偏折”」
ローゼンがそう呟くと、真っ直ぐ飛んでいたはずの二本のビームは空中で不自然に軌道が捩れ、互いに衝突して霧散する。
“ディアマンティ”は何度もビームを放つが、そのどれもがローゼンに当たることなく屈折し、“ディアマンティ”自身に跳ね返るかビーム同士でぶつかり相殺されてしまう。
他の皆には何が起きているのか分かっていなかったが、唯一ミクリは理解していた。
磁力操作。
ローゼンは電気を介して周囲の磁場に干渉することで、ビームの軌道を変えているのだ。
尚もビームを撃ち続ける“ディアマンティ”達だが、ローゼンにはひとつも命中しない。
「“閃刃”」
続いてローゼンがそう呟くと、彼の周囲を迸っていた稲妻が刃の形を取り、次々と“ディアマンティ”の分身達へと向かって飛び始めた。
“ディアマンティ”分身体はビームや高周波ブレードで迎え撃とうとするが、雷の刃はそれらを物ともせず、纏めて分身達を容赦なく切り裂いてゆく。
余りにも速すぎて、ジゼルやセレニアの目には、ただひとりでに”ディアマンティ”達がバラバラになったようにしか見えなかった。
五秒。
それが、ローゼンが“ディアマンティ”分身体を一掃するまでにかかった時間。
切り裂かれた分身達は瞬く間に崩壊してゆく。
これがローゼン・レインズライン。
基礎魔術のひとつである雷撃魔術を極限まで鍛え上げ、“閃雷の青薔薇”とまで呼ばれるに至った、世界最強の魔術師の実力。
(小さい時から知ってるけど、相変わらずパネェなぁ兄様は……てか兄様の戦うのを見たの久々かも)
兄の暴れっぷりに呆気に取られているジゼルに、背中を向けたままのローゼンが声をかける。
「後はお前がやれ、ジゼル」
「え?」
「分身は処理してやった。後はお前でも出来るだろう」
それ以上、ローゼンは何も言わなかった。
ジゼルの方に顔を向けることもなかった。
「相変わらず不器用だなぁローゼンの奴。ま、あれくらいの欠点がなきゃ鬼に金棒で済まないしな」
「ミクリ」
「何ぼさっとしてやがんだよ。あれはな、アイツなりにお前に期待してんの。ならそれに応えてやるのがお前の役目だろう」
「兄様が、私に……」
ローゼンから何かを期待されるのなんて初めてだった。
昔からなんでもかんでも一人でできてしまうが故に、ジゼルに何かをさせようとはしなかった兄。
そんな彼がジゼルに任せると言っているのだ。
ここで応えなかったら、勇者以前に人として駄目だろう。
「やっちゃえジゼル! 今ならいけるよ!」
ジゼルの前には、損傷により動きの鈍った“ディアマンティ”本体のみ。今ならば最大出力の聖剣を叩き込めば一撃で終わらせらるだろう。
しかし。
勝利を目前にして、ジゼルに一抹の不安が芽生える。
――
宗教家達に襲われた時はやらなきゃ殺られる状況下だったし、ジゼル自身も開放感とか勢いに合わせて無意識半ばで聖剣を振るっていたが、全てが終わった後になって、ジゼルは己が力に完全に恐怖を抱いていた。
一撃であんな破壊を撒き散らす力を、果たして一人の少女に振るって大丈夫なんだろうか?
握ったままの聖剣を見つめながら、ジゼルは躊躇する。
レヴィを助けるためには”ディアマンティ”を止めるしかない。
だが、本気で聖剣をぶちまかせばレヴィの命を保証しきれない。
どうする?
躊躇っている今この瞬間も、きっとレヴィは苦しんでいる。
見殺しにしたくないんだろう? なら迷わずやるしかない。
聖剣を握る手が震える。
不安に押しつぶされそうになる。
(駄目、だ――)
意識が飛びそうになるその寸前。
ジゼルの手にそっと添えられる、誰かの手。
振り向くと、ジゼルの隣にミクリが立っていた。
「大丈夫だ、俺が付いている」
「……………………ミクリ」
「俺に合わせて振え」
「いや、でも」
「
ミクリはそう言って、ジゼルの手をぎゅっと握る。
男性にしては細く柔い手のはずなのに、何故か今はとても頼もしく、温かいものに思えた。
――心配なんて必要ない。
なんてったって、ジゼルには正真正銘の勇者サマがついてるのだから。
「「是は未来を決する時制の剣。世界を廻す残酷な運命の楔。我、汝にこの身を捧げる――」」
ジゼルとミクリは聖剣を構え、詠唱を始める。
側から見れば、ケーキ入刀をする新郎新婦のように見えるかもしれない。
だが、今ここにいるのは二人の聖剣使いだ。
詠唱が進むごとに、聖剣はその輝きを増してゆく。
今か今かと待ち侘びるかのように、光が鼓動するのを感じる。
不安はまだ消えていない。
でも大丈夫。ひとりじゃないから。
「「この煌めきで闇を祓えッ!!!! ”
直後。
閃光がアリーナ全体を埋め尽くした。
◇ ◇ ◇
レヴィ・ヴィダールの意識が浮上する。
曖昧ながら、自分の身に何が起きていたのかは理解していた。
”ディアマンティ”に操られ、決闘など関係なしに破壊と殺戮を振りまく一歩手前だった。最終的にはミクリやセレニア、ローゼンまでもが介入してことを納めた。
ただ、全てに現実感がない。
寝ぼけ眼で流し観していたテレビドラマの記憶のように、ぼんやりとしている。
気を抜いたら再び微睡んでしまいそうになるレヴィの意識を引っ張り上げるかのように、光が差し込む。
彼女自身を覆っていたプララヤ・システムの泥が砕けたのだ。
光と共に視界に入ったのは、差しだされた手だった。
数十分ぶりの光に目が眩みながらも、レヴィは手の主の顔を見上げる。
ジゼル・レインズライン。
自分と魔術決闘をしていた相手。
さんざんいびって、嫌みを言って、虐めていた相手。
そんな彼女が、レヴィに手を差し伸べている。
訳が分からない。道理が通らない。
ジゼルとレヴィの関係ははっきりいって最悪そのもの。普通ならば助けようとはしない筈だ。
ならば、この手は何だ?
何故、自分はこうして生きている?
「…………どうして、わたくしを助けたのですか」
意識を取り戻して最初に口から出たのは、至極当然の疑問だった。
ジゼルにはレヴィを見捨てる権利があったはず。それを行使せず傷だらけになってでも助けた、その心情が分からない。
ジゼルは。
レヴィの疑問に対して、きっぱりとこう言った。
「だって、放っておけなかったし」
一言、それだけ。
それでこの問答はおしまいだった。
放っておけない。助けなかったら気分が悪い。
誰かが誰かに手を差し伸べる理由なんてその程度でいい。
それがきっと、勇者であるとか関係なしに人間が持つ当たり前の善性なのだから。
たとえ自分を虐げていた相手であろうとも見捨てない。それこそが勇者だと思うのです。
次回はレヴィ編のエピローグに相当する話になります。
長々とやってしまいましたがもう少しお付き合いください。