イフの勇者令嬢ー勇者になるかもしれない私と元勇者の女装メイドー 作:カオス箱
――
アズール魔導王国・王都ハレー
トリスメギストス学園。
ジゼル・レインズラインは、所謂“ツイてない”人間だ。
特に、今朝は寝坊して朝食を食べそびれるし、いつもの通学路が工事中で通れず迂回したら遅刻。教科書忘れて皆の前で説教されるわ、魔術実技の試験では些細なミスが積み重なって再試験決定。
怒涛の不運に意気消沈してたらお昼のサンドイッチを水たまりに落とした挙句、前々から約束してたはずのリチャード先生との読書会は先生側の急用で中止。
なんだよ今日は厄日ですかと言わんばかりの災難のおかげで、気持ちは絶賛パーフェクトブルー。今なら世界を青色に塗りつぶしてしまえそうな気がする。
繰り返すが、ジゼルはツイてない人間だ。
まだ、災難は続いている。
具体的に言うと、
「お兄様のお迎えシカトしやがりましたんで代わりに迎えに来て差し上げましたよージゼルお嬢様」
「…………………………誰だお前⁉︎」
バイクに跨った見知らぬメイドに現在進行形で絡まれていた。
不幸の連続に意気消沈しながら家に帰ろうとしたらこれだ。正門付近で変なメイドが待ち構えてやがるのだ。
一体ジゼルが何をしたというのか。誰かが呪いをかけているとか言ってくれたほうがまだマシだ。
白と黒を基調とした、いかにもなメイド服。その胸元で輝いているのは、まぎれもないレインズライン家の紋章。
赤いメッシュの入った黒髪を肩まで伸ばし、太腿に用途不明のベルトを巻いたり首からシルバーアクセサリーをぶら下げているあたり、ガラは良くなさそうに見える。歳はジゼルと同じか、少し上くらいか。しかしスタイルの面では明らかに向こうのほうが上だった。ジゼルも決して貧相ではないのだが、彼女と並べられてしまうと大抵の女性は見劣りしてしまいそうな――
――いやいや、そこはどうでもいい。
問題は別にある。
「あの、だからどちら様ですか。あなたのようなメイド、我が家にいた覚えないんですけど」
「だから、お前を迎えに来たんだよ。お嬢様」
「会話って概念ご存知ですかぁッ⁉︎ 誰だって聞いてんですけどコッチはぁっ! とりあえず素性明らかにしてから話進めてくれないかなぁ‼︎」
「
「プロフィール帳先頭から読み上げなくていいよっ‼︎ つーか最後の方は何言ってるかまるで意味がわからんし‼︎」
ツッコミの連打で疲労困憊となるジゼル。
だが、とりあえず名乗ってくれただけ良しとするしかない。
ミクリと名乗ったメイドに、息を切らしながらジゼルは訊ねる。
「あなた、一体何者……? うちのメイドの服装だけど見たことないし……」
「そりゃそうだろ、今日から働くことになってるんだから。それよりほら、迎えの車来てるから乗れよ」
「そもそも……迎えってなんの話?」
「……………………えっと。もしかしてお前、メール見てない? ほら、お兄様から来てたはずっしょ」
「メール……」
そう言われて、ジゼルはスマホの画面を見る。
そこには簡潔に一文。
”正門に迎えを用意した”
以上、それだけだった。
業務連絡よりも簡潔なその文章を目にしたジゼルは、苦虫を嚙み潰した顔をしながらスマホをしまう。
「過保護すぎるんだよなぁ兄様……」
「そりゃ過保護にもなるでしょうよ。アンタ自分の立場わかってらっしゃる? あの大企業・
ジゼルの実家であるレインズライン家が経営する巨大複合企業。現在の社長はジゼルの兄であり、そんなジゼルは紛うことなき社長令嬢ということになる。
――正直な所、ジゼルは兄のことが苦手だ。
兄は正しい。それはもう、高潔を通り越して潔癖なまでに。生まれてこの方、ジゼルは兄が失敗する様を見た記憶がない。LLCの社長として日夜激務に追われながら、レインズライン家当主としても責務を全うしている。
しかし、それ故にキツイ。
顔を合わせれば、学園で孤立してないかだの将来どうするんだのそろそろ婚約者とかいるべきじゃないのだとか、事あるごとにジゼルの痛いところを突いてくるし、こうして頼んでもない迎えの車を寄越してくるし。
兄からすれば純粋に妹を心配しているつもりなのは理解しているが、押し付けがましさを感じてしまってどうも好きになれない。
「ほら、正門のほうに車止めてあるからさ。行こうぜ」
「じゃあこのバイクは何?」
「これは俺の私物。あ、もしかしてこっちの方がよかったか? 風になりたいかぁそうかぁ……法定速度ガン無視で激走するけど乗る?」
「やめときます」
ミクリの提案に即答するジゼル。
こちとらジェットコースターすら乗ったことないのだ。バイクで激走なんかしたら多分臨死体験しそうで怖い。
……しかし、バイクを却下するとなると、必然的にこうなるわけで。
「じゃあ車に乗ってもらうしかねぇよなぁ? 悪いが初仕事なんだ、加減は出来ねーぞ」
ミクリはそう言うと、パキパキと指を鳴らしながらジゼルに向かって一直線に走ってきた。
あまりの速さにジゼルは咄嗟に反応できず、なす術なくミクリに腕を掴まれてしまう。
「はっ、離して‼︎」
「逃げようとしただろお前。お天道様は誤魔化せても俺の目は誤魔化せないぞ」
「いや逃げる間も無く捕まったんだけど⁉︎」
「その台詞、やっぱり逃げる気だったんじゃねーか」
ジゼルはなんとかしてミクリの腕を振りほどこうとするが、ミクリの腕は石像の様に微動だにしない。
それどころか、ミクリに手を引っ張られて抱き寄せられる形となってしまい、ますます逃げ出すのが困難になってしまう。
「とりあえず兄様にお前を連れ帰る様頼まれてるんでな、手っ取り早く済まさせてもらうぜ」
ミクリの浮かべる、見るからにサディスティックな何かが隠せて無い笑みに、ジゼルは完全に恐怖していた。
――コイツやべー奴だ!
ジゼルは掴まれた腕をなんとか引き抜こうとするが、やはりというかびくともしない。
「暴れんなよ……暴れんなよ……、ったく、野良猫の方がまだ大人しく出来るぞ」
「だから――やめろって言ってるでしょ‼︎」
こうなりゃヤケだ、と掴まれていない方の腕を振り回して抵抗するジゼル。
すると。
バシュッ、と。
ミクリの頬が斬られ、血が舞った。
「がっ………………」
「――ヤバッ」
地面に落ちた赤い液体を目にしたジゼルは、真っ青な顔になる。
が。
幸か不幸か、今の一撃によりジゼルを掴んでいたミクリの手が緩んだ。
ジゼルはその隙をつくと、鞄を放り出したまま全力疾走でその場から逃亡した。
◇ ◇ ◇
「うーん、思ったよりお転婆だぁ」
ジゼルに逃げられ、一人残されたミクリ。
頬を斬られたというのに、酷く冷静だった。
「――ま、これくらいの刺激がなきゃやってられんよな」
呑気なことを言いながら、頬を伝う血を拭う。
心なしか、その様子はどこかしら歓喜しているように見えた。
ミクリはポケットティッシュで血を拭くと、手袋とヘルメットを被りバイクに跨る。
「しかし、いい時代になったもんだな。異世界でも普通にスマホやバイクが使えるとか。
キーを差し込んで回すと、バイクのエンジンが激しく唸り声をあげる。
――千年前の八英雄召喚が、ラトレイユを激変させた。
古来より
それらが高度に合わさる事で誕生した科学魔導文明が、現代ラトレイユの基礎となっている。
ミクリが駆るこのバイクもその産物。
ガソリンの代わりに乗り手の魔力で駆動するソレは、古代の魔術師達が使っていた空飛ぶ絨毯やゴーレムはおろか、現代日本にあったバイクなどとは比べ物にならない程の性能を有している。
乗り物ひとつをとってもこれなのだ。
ラトレイユの技術は、すでに
「――さ、追跡開始といこうか」
ヘルメット越しに微笑みながら、ミクリはアクセルを全開に回した。
用語とか色々。
○ラトレイユ
本作の舞台。
千年前に地球から勇者を召喚したことがきっかけで、よくある異世界ファンタジー世界から近未来世界へとバグじみた変貌を遂げた。
スマホとか車とか普通に普及してるし、魔術も存在してる。
◯八英雄
千年前、ラトレイユに召喚された八人の英雄。
そのうちの一人が聖剣の勇者。
今では伝説的な英雄として語り継がれている。